⑲
ファイアーベアが学園に現れたことで、魔法省から調査隊が派遣されることになった。
エリシアとリクスも事情聴取をされた。真相の解明と同時に学園祭の準備も続けられるらしい。それだけ学園にとって学園祭が重要な祭事だということだ。
ファイアーベアに破壊されたメインステージも、朝から急ピッチで生徒たちが修復に向けて動いている。
(学園祭が中止にならなくて良かった)
せわしなく生徒が走り回るメイン通路を歩きながら、エリシアは校舎の中へと入っていった。
昨日リクスはとてつもなく苦い顔をしていたが、約束したからと、エリシアと一緒にフローレンス・ルミナリエをやってくれると言った。今日からプログラムを改良した後、一緒に練習だ。
「ちょっと! 大丈夫ですの!?」
るんるんで教室に入れば、フィオナがすっ飛んで来た。
「あ、おはよー」
久しぶりの光景ににこにこすれば、フィオナの様子がいつもと違う。
「魔獣に襲われたって聞きましたわよ!?」
心配してくれているのだとわかり、エリシアはふにゃりと笑った。
「あ、うん! かすり傷で済んだから大丈夫だよ」
薬を塗って包帯は巻いた。まだ傷口がじんじんするが、エリシアは元気だと示すために腕を指し示した。
「お見せなさい!」
フィオナはエリシアの腕を取ると、ブラウスの腕をまくり上げて包帯をほどいた。
「ああ、もう。やっぱり怪我の処置しかしていないではないの。ファイアーベアなら火傷も負ったはずよ。放置したでしょう?」
フィオナは呆れた口調でそう言いながら、湿布を取り出して赤くなっていた箇所に貼ってくれた。
ひんやりとした感触が痛みを和らげてくれる。
「……ありがとう。詳しいね」
「当然よ。わたくしはヴェイユ伯爵家の一人娘。家はお兄様が継ぎますが、いくつかの店はわたくしに任されていますのよ」
ふん、と編み上げられた髪を後ろになびかせると、フィオナは包帯を巻き直してくれた。
(ヴェイユ商会って、衣服が主よね? でもいろいろな輸入品を扱うから、医療にも詳しいのかな?)
薬事業はフローレンス家が帝国での要だが、普通に他国の薬も輸入されている。そちらの方が安価で平民たちの間で流通しているらしい。フローレンスだけでは賄えない部分を輸入で補う臨機応変さも大帝国たる所以だ。
服を整えていると、フィオナの鞄からごとりと足元に何かが落ちた。湿布を取り出したときに鞄の口を開けたままだったようだ。エリシアは拾おうと屈んで手を伸ばした。
「あっ――」
慌てるフィオナの声を聞きながら、それを手に取る。
ずしりと重いそれは本で、「魔獣の傷跡」と書かれている。魔獣から受ける傷跡やそれに対応する治療が書かれた医学書だ。栞が挟まれた場所をめくれば、ファイアーベアのことが書かれたページだった。
「これ――わざわざ?」
医学書が目にも留まらぬ速さでフィオナに奪われる。知らぬ顔をしているが、耳が真っ赤だ。
令嬢であるフィオナがわざわざ本を探し、調べてくれたのだろうか。
目をパチパチと瞬いていると、開き直ったフィオナがふんぞり返る。
「……あなたにお友達と呼ばれるからには、わたくしの有益さを示してあげませんとね? まあ、その湿布は輸入品ですから? あなたのお家が作ったものがあれば必要ないかもしれませんが!」
「ううん、これがいい」
「そ、そうですか」
顔を赤くしながらも、不器用に優しさを示すフィオナに、エリシアの顔もにやける。
(友達に有益とか必要ないのに)
「なによ」
「ううん! ありがとう!」
もしかしたら、フィオナも友達と呼べる子がいなかったのだろうか。貴族社会のことはわからないが、フィオナの周りにいるのは兄姉と同じく取り巻きだけに見えた。だからこんなにも不器用なのだろうか。
(フィオナ様もわたしが初めての友達?)
聞きたいけどやめた。きっとフィオナは顔を真っ赤にして怒るだろう。やっと友達だと認めてくれたのだから、撤回されたら嫌だ。
「それより、聞きましたわよ。リクス様が魔力を少しだけ取り戻したこと」
コホンと咳ばらいをして、フィオナが話題を変える。
「うん! わたしの愛の力でね~」
「そのようね」
「え?」
フィオナの話に乗ってふざけただけなのに、真面目に返されてエリシアは目を丸くした。フィオナなら怒るか、呆れるかすると思っていた。
「わたくしは、そんな奇跡もあると思うの」
しかしフィオナはエリシアに静かな笑みを向けている。
「た、たまたまでは……」
慌てて作り笑いをしたエリシアの手をフィオナが握る。
「今、あなたとリクス様が祭典を再現させる話題で持ちきりよ」
「そうなの!?」
驚くエリシアに、フィオナはふふっと笑ってみせた。
「学園祭がかつてない盛り上がりになりそうだってみんな言っているわ。だから、わたくしにも協力させてちょうだい。あなたとリクス様の衣装は、ヴェイユが所有する自慢のブティックに用意させます」
「……え?」
予期していなかったことに呆然とする。フィオナはにっこりと笑って握りしめていたエリシアの手に力をこめた。
「わたくしが関わるからには、素敵な祭典にしてさしあげますわ! だからあなたも、せいぜいリクス様に恥をかかせないよう励みなさいね!」
「え、えええええ~!?」




