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「倒れたと聞いたぞ!」
「もう、心配かけて!」
「お兄様、お姉様……」
ダリオンとアメリアが医務室になだれ込んできて、一気に騒がしくなる。
二人はリクスを押しのけると、エリシアに抱き着いた。
「身体が弱いんだから、これ以上はやめておいたら? 殿下には私から言ってあげてもいいわ」
「そうだな。実行委員は免除してもらおう。それから寮も引き払って、一緒に家から通おう」
アメリアの言葉にダリオンが決まりだとばかりに話を進めていく。エリシアが反論しようと口を開く。
「でも、わたしまだ……」
「わがまま言わないで、エリシア。倒れたら屋敷に戻る約束でしょう? お兄様は学園へ通うのまでやめろとは言っていないでしょう?」
びくりと揺れる。学園に通うのまで止められたら何もかも終わってしまう。学園祭はこれからだというのに。
「そうだぞ。お前に何かあってからじゃ遅いから、一緒に馬車で登校しようと言っているんだ」
二人に詰め寄られ、エリシアは黙ってしまった。
(このまま押し切られちゃダメなのに……)
屋敷に戻れば、また部屋に押し込められてしまうかもしれない。実際、倒れてしまったのだから良い言い訳も思いつかない。
「よし、さっそく退寮の手続きをとって帰ろう」
(ダメっ……!)
抗いたいのに、何も言えない。ダリオンが勝手に決めてしまい、エリシアの肩に手をかけた。強制連行されてしまうとぎゅっと目をつぶった。
「とんだ過保護だな」
「……なんだと?」
腕組みをして後ろに立っていたリクスが、渇いた笑いとともに口を開いた。ダリオンが怖い顔になり、リクスに振り向く。
「本人がやりたいと言っているのだから、やらせてやったらどうだ? 心配して閉じ込めるだけが愛情じゃないだろう」
「リーク……」
リクスがかばってくれている。エリシアは嬉しくて泣きそうだ。しかし兄姉の酷い言葉にすぐに青くなった。
「はっ! 魔力の無いお前には、妹を心配するこの気持ちがわからないだろうな!」
「どうせあなたがエリシアに無理をさせたんでしょう! そうやって妹を苦しめて、フローレンスに打撃を与えたいんでしょう!?」
「やめて!」
思わずベッドから抜け出し、両手を広げてリクスの前に立った。
「エリシア……?」
兄姉が驚いた顔でエリシアを見ているが、ええい! と一気にまくし立てた。
「リークは何も悪くないの! わたしがやりたくてリークを付き合わせているだけなの! だからお願いします、これだけはやらせてください……!」
「おい!?」
後ろからリクスの驚く声が聞こえたが、エリシアは構わず兄たちに向かって頭を下げた。
これだけはどうしても叶えたい。邪魔されたくない。その先のことは何だって言うことを聞くから。
そんな思いで頭を下げたのに、二人には伝わらなかったようだ。
「ダメだ」
「お兄様!?」
容赦ない兄の声に頭を上げれば、腕を掴まれる。
「ルミナリエを庇うなんて……洗脳されているじゃないか。可哀そうに。」
「わたしは洗脳なんてされていない!」
「心配だから連れて帰る。アメリア」
ダリオンはエリシアの声には耳を貸さない。アメリアはダリオンの合図に頷くと、帰るために医務室の扉を開いた。
(せっかくリークがかばってくれたのに……!)
エリシアはダリオンに強引に肩を抱かれ、連れていかれそうになった。
「待て」
それを止めようとしたリクスにダリオンが振り返る。
「何だ? フローレンス家の問題に口を出すのか? ルミナリエ侯爵子息」
「――っ」
わざとらしい物言いに、リクスの顔が歪む。しかし、ダリオンの言う通りだ。リクスにはこれ以上介入する権限などない。
それでもエリシアを留めようとするリクスに、これ以上迷惑をかけられないと思う。
(これまでか……)
リクスに首を振り、抵抗をやめて身体の力を抜く。大人しくなったエリシアに、ダリオンも満足げに笑った。
ダリオンに肩を抱かれたまま、アメリアが待つ扉に足を進める。すると外から人影が現れた。
「それが私の命令だと言っても、君たちはエリシア嬢を連れていくのかな?」
「アーセル殿下……」
皇族で生徒会長であるアーセルが現れて、さすがのダリオンも息を呑んだ。
「エリシア嬢には両家の架け橋になってもらうべく、実行委員に任命したのはこの私だ」
「よく言いますよ。殿下はルミナリエ派のくせに」
ダリオンがアーセルに噛みついたが、アーセルは余裕の笑みで返す。
「弟を使おうと画策している家の者には言われたくないな?」
「なっ!? 言いがかりです、殿下! 我が家を侮辱されますか!?」
大げさに嘆いてみせるダリオンにも、アーセルは動じない。
「先に皇族を侮辱したのは君だ」
「くっ……」
ダリオンが言い淀んだところで、アーセルが高らかに宣言した。
「いいか、これは皇子であり、生徒会長である私の命だ。エリシア嬢の邪魔をすることは今後一切、誰であろうと許されない!」
ぎりりと歯ぎしりをしたダリオンがエリシアから離れる。そのまま怖い顔で医務室を出て行った。それを見送ったアメリアがアーセルに向き直る。
「学園祭は国の重臣たちも多く来場されます。エリシアを起用したことで殿下が恥をかかれませんこと、未来の妹としてお祈りいたしますわ」
「ありがとう」
お互いにっこりと微笑み合うと、アメリアもダリオンの後を追っていなくなった。エリシアがホッと息をつく。
「俺に投げっぱなしだったくせに、今さら出てきたか」
「良いタイミングだったでしょ? いやー、リクスが前向きになってきたから協力してあげようと思ってね」
呆れ顔のリクスにアーセルが茶化す。二人のやり取りをぽかんと見ていると、アーセルがエリシアに近付いて来た。
「私を脅していた勢いはどこにいったの? 頑張って」
「!」
腰を屈め、アーセルがエリシアの耳元で囁いた。突然のことにエリシアが耳を押さえて顔を赤く染めた。
「はは、そっちが素顔か」
見透かしたような顔のアーセルに、エリシアもひそひそと聞く。
「どうして助けてくださったんですか?」
「そういう誓約だろう」
「そうでした」
エリシアの答えにアーセルの表情が崩れた。
「はは。君を見ていたら、なぜだかフローレンスと無関係と思えてきてね。興味が湧いたよ」
「わたしは殿下には興味ありません」
エリシアの髪をくるくると指で弄ぶアーセルに、ばっさりと答える。しかしアーセルの口角はさらに持ち上がる。何がそんなに面白いのか。
「リクスだけって?」
「はい」
「言うね」
当たり前のやり取りに、不機嫌な表情が出てしまう。それを見たアーセルがますます笑う。ようやくアーセルがエリシアの髪を解放すると、しびれを切らしたリクスが会話に割り込んできた。
「おい、何ひそひそ話しているんだ」
「ふうん?」
何か怒っているようなリクスだったが、意味ありげなアーセルの笑みに、ますます機嫌を悪くしたようだ。ムスッとしたままアーセルを見た。
「何だ?」
「いや? じゃあ君たち、学園祭の準備頑張ってね」
アーセルは手をひらひらさせると、医務室を出て行った。




