⑯
「シア、紹介するよ。ルミナリエ家の一人息子リクスだ」
そう言ってエリシアを手招きするのは、前侯爵である祖父だ。
「エリシア……と申します」
ずっと部屋にとじこもっているエリシアにとって、リクスが初めて見る貴族の男の子だった。祖父の背中からおずおずと挨拶をすれば、リクスが手を差し伸べる。
「君のおじいさまに頼まれて魔法の先生をしにきたリクスだ。よろしく」
「リー……ク?」
ハキハキと話すリクスの速度についていけず、エリシアがもごもごと繰り返すと、リクスから優しい笑みが返ってくる。
「うん。それで良いよ、シア」
リクスはエリシアの手を取ると、祖父の後ろから自身へと引き寄せた。
祖父以外にシアと呼んでくれる存在に、胸が弾んだ。しかも綺麗な顔の男の子が優しい声で呼ぶのだから、ドキドキしても仕方ない。
「俺をリークと呼ぶのはシアだけだよ」
「わたしだけ?」
それは特別なことに感じられた。至近距離で優しく笑みを向けるリクスは、少年ながらも紳士的だった。幼いながらもエリシアはリクスのことを素敵だと感じた。
思えばあのとき、すでに恋に落ちていたのかもしれない。会うたびに彼の優しさに触れて、好きになっていくのは必然的だったとしても。
リクスもあのころはよく笑い、無邪気にエリシアの手を繋いでくれていた。
優しくて幸せで、温かい。祖父がまだ生きていたころの、エリシアの大切な思い出だ。
「リーク……」
「気づいたか?」
目を覚ませばエリシアは医務室のベッドの上にいた。
右手に温かいものを感じる。ぎゅっと包まれた自身の手は、リクスが握りしめてくれているのだとわかった。
昔の夢を見たせいか、幼い頃の彼と姿が重なって見える。
「リーク……わたし?」
ぼんやりとしたまま天井を見ていると、リクスはベッドサイドの椅子から立ち上がり、心配そうにエリシアを覗き込んだ。
あのまま自分は倒れてしまい、リクスがここまで運んでくれたのだと思い至る。目線が合い、安堵の表情を見せたリクスは再び椅子に腰かけた。
「リーク、ありがとう」
「すまなかった」
お礼を伝えようとリクスに顔を向ければ、勢いよく彼が頭を下げた。ぱちくりとリクスのつむじを見つめる。
「本当に身体が弱かったんだな……。元気に振舞っているからと、お前が無理をしている可能性を考えなかった。すまない。俺の責任だ」
リクスは頭を下げたままだ。
エリシアの事情を理解してくれたのは嬉しいが、謝ってほしいわけではないのだ。
「頭を上げて! わたしは大丈夫だよ」
エリシアの懇願で頭を上げたものの、リクスはまだ申し訳なさそうな顔をしている。
(もう、優しいんだから。好き)
エリシアはふんわり笑ってみせると、上半身を起こす。そしてリクスに力説した。
「あのね、病気は良くなってるんだよ。ただ、体力がなさすぎて疲れたのと、練習に夢中になりすぎて魔力切れをおこしかけていたみたい」
嘘にほんの少しの真実を織り交ぜてそれっぽく言えば、リクスが顎に手をかけ納得する。
「確かに医務室の医師もそのような症状だと言っていたな」
「でしょ?」
エリシアは元気だということを示すため、拳を握った片手を振り上げてみせた。
「ほら、これ飲んどけ」
ふうと息を吐いたリクスがエリシアに差し出したのは回復薬だ。
「あ、ありがとう!」
リクスの優しさにじーんとしていると、早く飲めと促される。
エリシアは薬を受け取ると、急いで蓋を開けて、回復薬を飲み干した。
ふう、と一息ついていると、リクスの視線を感じる。何だろうとリクスを見れば、ジト目の彼が恐る恐る言った。
「……今回は取っておくなよ?」
「え? だめ?」
当然、エリシアは取っておく気満々だった。
「だめだ」
今度はリクスに瓶を奪われてしまった。エリシアはふてくされて横を向いた。
「ちぇっ、せっかくリクスがプレゼントしてくれたもの第二弾なのに」
同じ物だろうとエリシアには関係ない。リクスがくれた、それだけが重要なのだから。
「……その代わり、一緒に学園祭を回ってやるから」
「え?」
一瞬何を言われたのかとフリーズする。リクスは顔を赤くすると、そっぽを向いた。
「何だ、俺と回りたいって言っていたのは嘘か」
「回りたい!」
エリシアはベッドから身を乗り出して叫んだ。
「ひゃっ!?」
その勢いでベッドから落ちそうになる。間一髪のところでリクスが支えてくれた。
「わかったから落ち着け」
「あ、ありがとう」
ドキドキと胸を鳴らすエリシアを、リクスがベッドの中央へと戻す。「まったく」とぶつぶつ言うリクスと目が合うと、エリシアはふにゃりと笑った。
「リークありがとう。大好き!」
「!」
リクスの目が見開かれる。これはまた「そんなことは言うな」と怒られるかなとエリシアは苦笑した。
「ほんとにお前は…………。シア」
(えっ)
目元は優しく細められ、声には甘ささえ感じられた。
リクスの予想外の反応に、エリシアの心臓は跳ねた。
(あれ? あれれ?)
しかも愛称で呼ばれたものだから、鼓動がおさまらない。ドキドキとうるさい音だけが耳に鳴り響く。
リクスは優しい表情のままエリシアを見つめていた。
「リーク……」
「シア」
懐かしいのに、初めて呼び合うかのように気恥ずかしい。見つめ合ったまま、まるで時間が止まったかのようだ。
「シア……俺は……」
リクスが何か言いかけたとき、医務室の扉が勢いよく開け放たれた。
「エリシア!」
そこには慌てた様子のダリオンとアメリアが立っていた。




