⑮
『生徒会の仕事があるから遅れる』
実行委員からリクスの伝言を受け取ったエリシアは、先に実習場へ向かうことにした。
(よし! 先に復習をしておいて、今日こそリクスに褒めてもらうんだから!)
この学園祭を最高の思い出にしたい。だからこそ時間を無駄にできないエリシアは、意気込んで実習場へと入る。すると、兄姉とその取り巻きたちがちょうど出て来たところで、出口でかち合ってしまった。
(しまった……。前の時間の使用者まで調べていなかったわ)
アーセルから割り当ての表をもらってはいたが、自分の使用する時間しかチェックしていなかった。
まさか鉢合わせるなんて。この前はリクスが一緒だったから良かったものの、今日はエリシア一人だ。
「おい、ルミナリエと恋仲らしいな?」
やり過ごせるわけもなく、やはり取り巻きに絡まれる。
「どういうことだ! ダリオン様とアメリア様を裏切るのか!?」
「同じ学園の生徒なのに、裏切るとかそういう思考がおかしいと思わないの?」
すごい剣幕で迫る取り巻きに、エリシアは呆れてつい反論してしまった。
「何だと!」
案の定、その取り巻きは怒ってエリシアの胸ぐらを掴んだ。
殴られる! そう思ったが、ダリオンが止めに入った。
「妹は病弱でずっと部屋にこもっていたから世間知らずなんだ。許してやってほしい」
「ダ、ダリオン様がそうおっしゃるのでしたら!」
腕を振り上げていた取り巻きは、エリシアから手を離し後ろに下がる。
「エリシアは私の元婚約者だから、リクス様を気にかけてあげているのよね? 優しい子だもの」
アメリアがエリシアをふわっと抱きしめると、取り巻きたちからは歓声がわきおこった。
「なんとお心が広い!」
「妹を正すのではなく、受け入れられるなんてさすが花魔法の女神!」
ダリオンは抱き合う姉妹それぞれの肩に手を置くと、溜息をついた。
「でも、エリシアがみじめな思いをしないか心配だ」
「そうね。あのリクス様と組んで裏切られないといいけど……」
(そうなって欲しいんでしょ!)
エリシアが失敗すれば、全てリクスのせいにされるだろう。ルミナリエに恥をかかせる絶好のチャンスだからだ。
(絶対にそうはさせないんだから)
兄姉に逆らうなんてできない。エリシアは心の中でそう思いつつ、大人しくやり過ごす。
「無理はしないでね」
「そうだぞ、心配しているんだからな」
二人にぎゅうと抱きしめられれば、取り巻きたちからは、ほうと大きな溜息が漏れた。
「じゃあねエリシア。困ったらいつでも頼ってね」
「愛しい妹よ、その可愛い顔をときおり見せておくれよ」
長い抱擁からようやく解放され、エリシアは一人になった。兄姉たちの姿が見えなくなったところで、どっと疲れてその場に座り込む。
「はあっ……はあっ……」
息が荒くなり、うずくまる。
「どうした? 疲れたのか?」
駆け寄ってきたリクスがエリシアの肩に触れる。復習をする前にリクスが来てしまった。エリシアは慌てて立ち上がった。
「あ、うん! でも大丈夫だよ! 今日もよろしくね!」
心配させないようにと力んで、いつもより大きな声が出てしまった。リクスの呆れ顔がエリシアに向けられる。
「……なんか、今日はいつもに増してテンション高いな?」
「ふふふ! あのね、リークとわたしが恋仲だって噂されているんだって! これって周りから仲良く思われている証拠だよね?」
話を変えようと、仕入れたばかりの噂について話す。
きっといつものように冷たくあしらうだろう。そう思っていたのに、リクスの表情が抜け落ち、エリシアの顔もこわばった。
「ほんと、なんなんだろうな?」
「リー……ク?」
リクスの様子がおかしい。呼びかければ、傷付いたかのようなリクスの目がエリシアを捕らえた。
「お前は俺の心をかき乱して、そんなに楽しいか! 今さら俺の前に現れて――」
「リーク、」
近付こうとして拒絶の目を向けられる。
「最初に俺との婚約を断ったのはお前だろう!」
やはりリクスにもそう伝わっていた。エリシアはぎゅっと両手を胸の前で握りしめる。
アーセルがそう言っていたのだから、当然根源はリクスだろう。
(リークは自らわたしを婚約者にと望んでくれていたの?)
一緒に祭典をやろうと言ってくれた意味が、今ようやく理解できた。
(そりゃあ、避けられるわよね)
リクスの中でエリシアは婚約を拒否している。あげくには姉が身代わりだ。最低すぎる。
学園祭を成功させるためには、そのわだかまりだけでも解消しないといけない。今さらリクスとどうこうなりたいわけではない。ただ、思い出が欲しいのだ。
「それはわたしが病弱だったからで――」
「元気そうじゃないか!」
説明しようとするエリシアの言葉をリクスが遮った。
「リーク? 話を――」
なぜか苛立っているリクスに首を傾げながらも話をしようとする。しかしリクスはエリシアに背を向け、立ち去ろうとする。
「待って、リーク!」
追いかけようとして、ぐらりと世界が歪む。
(こんなときに――)
呼び止めることも、追いかけることもできない。エリシアはその場で倒れてしまった。
「シア!!」
意識を失う直前、リクスの声が聞こえた。
(わたしをその愛称で呼ぶのはおじいさまと――)
視界には慌てた様子のリクスが駆け寄ってくるのが見える。
エリシアは口角を無理やり上げると、意識を手放した。




