⑭
「ちょっと! どういうことですの!?」
翌朝、エリシアが教室に鞄だけ置きに寄ると、フィオナがすっ飛んで来た。
「わー、フィオナ様久しぶりー。どうしたの?」
フィオナに絡まれて嬉しいエリシアは、ぽわぽわと返す。フィオナがキイッと眉を吊り上げる。
「どうしたのじゃありませんわよ! あなたとリクス様が恋仲だって噂が出ているのですわ!!」
「ええ!? 本当!?」
突然そんなことを言われ、エリシアの頬が染まる。
(リークと……恋仲!? それってわたしたちが恋人同士に見えるってことだよね?)
顔を両手で挟み込むも、熱が引かない。それ以上にニヤニヤが止まらないエリシアだ。
「嬉しそうにしないでくださいまし! その反応を見るに、やはりただの噂なのですね? じゃあ、腕を組んでいたというのも――」
「あ、それはほんと」
昨日の出来事だ。
目を剥いたフィオナがエリシアの首に手をかける。
「ホーンラビットの餌にしてやりましょうか?」
「小型魔獣なところが優しい!」
「はい!?」
恐ろしい魔獣はたくさんいるのに、あえて小型魔獣をチョイスするところにフィオナの優しさが垣間見える。
久しぶりのやり取りにジーンとしていると、エリシアの首から手を離したフィオナが呆れた顔で話を続けた。
「あなたねえ……。これがどういうことかわかりますの?」
「え?」
首を傾げるエリシアに、フィオナが説教気味に説明を始める。
「ルミナリエとフローレンス、この派閥争いに終止符が打たれるかもと期待される中立派の方も出ているのですわ!」
「そうなの!?」
「あなたは、そんなみなさまの期待に応えられて!?」
「ルミナリエとかフローレンスとか……そんな重たいもの、わたしには背負えない。無理だよ……ただリークが好きってだけなのに」
いつもの勢いをなくし、エリシアが自信なさげに応えると、フィオナが強い口調で言った。
「その覚悟もないのなら、今すぐリクス様から手をお引きなさい! あなたがフローレンス侯爵家の令嬢だというだけで、この問題は簡単なことではないのよ。国にも関わることなんですから。ひいてはリクス様にもご迷惑を――」
くどくど続く忠告に、エリシアは眉を八の字にした。
「今だけだから許してよ……」
「はい?」
エリシアから弱気な言葉が出て、フィオナは目を丸くした。言い返してくるものばかりだと思っていたらしい。その証拠にフィオナはうろたえている。
「学園祭が終わったら二度とリークに近付かないから。約束するから! だからその後はフィオナ様、ルミナリエ派としてリークの力になってあげてね」
「それは当然ですわ!」
「良かった」
反射的に答えたフィオナの返事にエリシアが笑う。
ルミナリエとフローレンスが手を取り合う日など、フローレンスが折れない限りやってこないだろう。次世代からならと望みを持っていたが、学園での兄姉の取り巻きを見るに期待できないだろう。
(中立派が期待してくれるのは嬉しいけど……)
自分には無理だ。そう思って口角が下がる。
国のためには二家が争っている場合ではない。でもエリシアには何の力もない。フローレンス・ルミナリエだって自分の思い出のためにやりたいというだけのエゴだ。
リクスが侯爵に、魔法省の副長官に就任したらますます両家の対立は深まるかもしれない。
(リークが侯爵を継いだとき、フィオナ様みたいな味方がいれば安心よね)
「あなた……今だけって言いましたわよね? やっぱり病気で何かありますの?」
顔を曇らせたエリシアにフィオナが気付いて、ためらいがちに聞いてきた。
「フィオナ様は優しいね!」
にかっと笑えば、フィオナに怒られる。
「心配してあげてるのに、はぐらかさないでくださいまし!」
「やっぱり優しい」
「もう!」
へへへと笑えば、フィオナが諦めて溜息をつく。これ以上は聞くのをやめてくれるらしい。やっぱり優しいなとエリシアは思った。
(うん、フィオナ様ならいいかな)
エリシアは初めてできた友達に秘密を明かすことを決意する。
「フィオナ様、わたしね、卒業したらリークじゃない人のところに嫁ぐの」
言葉にすれば泣き出してしまいそうだった。それをぐっとこらえて笑ってみせる。
「そう……なの」
フィオナは驚いていたが、すぐにエリシアに同情した。
「政略結婚なんて、貴族の家に生まれたからには仕方ないですわ」
「そうだね」
フィオナの言葉に笑顔が保てず下を向く。
「でも」
エリシアの両手を握りしめたフィオナが続ける。
「恋する気持ちはわかりますから……学園祭が終わるまでは、あなたを見守ってあげますわ。ルミナリエ派のご令嬢たちもわたくしが窘めておきます」
「……! ありがとう!」
顔を上げれば、柔らかく微笑むフィオナと目が合う。水色の瞳はエリシアを包み込む優しい色をしている。
「あなたも頑張っているみたいだし?」
照れかくしのようにツンとそっぽを向く仕草はリクスのようだ。
エリシアにはわかっていた。リクスもフィオナも、他人を放っておけない優しい人なのだと。
「あ、でもこのことは」
言いかけたエリシアにフィオナが微笑む。
「わかっておりますわ。あなたが嫁がれることは、リクス様に口外いたしませんわ」
「ありがとう! 大好き!」
「――っ、もう……」
満面の笑みでフィオナを見れば、彼女は顔を赤くしながらもはにかんで笑った。
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