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「違う! だからどうしてお前はそんなに雑なんだ!」
訓練場にリクスの怒号が飛ぶ。
リクスとの特訓が始まってはや二週間が経った。彼の指導は授業のときとうってかわってスパルタだった。
「えー、でもちゃんと的に当たるようになったよ?」
リクスの指導のおかげで、エリシアも安定して魔法を扱えるようになってきた。だから褒められたいのに、リクスからは怒られてばかりだ。エリシアはぶうと唇を尖らせた。
「こう、円を描くように美しく!」
エリシアの主張は却下され、リクスが厳しい口調で説明する。魔力操作のためにリクスは左手をエリシアの肩に置き、右手でエリシアの手を掴んだ。後ろから密着され、エリシアの心臓はばくばくだ。
「こら、集中しろ。的に当てるだけではだめだ。きちんと操作できないとあの美しさは生み出せない」
乙女心をちっともわかってくれないリクスに、エリシアは頬を膨らませた。
「リークが一緒に出て操作してくれればいいじゃない」
「一人でやれ」
「あ、ひど」
それなら魔力がなくても一緒に立てるのでは? という提案なのに、一刀両断でエリシアはぶーたれる。
「まあ、リクスといつでも舞台に立てるように準備しとくかあ」
「待て、俺はやらないと言っている」
頑ななリクスに、エリシアは必死に訴える。
「だって、わたしの花魔法だけじゃお兄様たちの演目と駄々被りだよ? わたしがやりたいのはフローレンス・ルミナリエなのに!」
「なら俺の父上を呼ぶか?」
「リークとやりたいの!」
真面目にふむ、と返すリクスにエリシアの声も大きくなる。リクスはまったくわかっていない。
「俺には魔力がないんだから仕方ないだろう」
「ねえリーク、」
はあ、と溜息をつくリクスにエリシアが言いかけて、騒がしい声がそれを遮った。
「おい! ダリオン様とアメリア様の使用時間だ! 速やかに場所を開けろ!」
「そうよ! お二人はお忙しくて時間もないんだから!」
入ってきたのは、フローレンス派の貴族たちをぞろぞろと引き連れた兄姉だった。
「行こう、リーク」
今、余計な波風は立てたくない。エリシアが慌てて立ち去ろうとすると、アメリアが後ろから肩を掴んで呼び止めた。
「待ってエリシア。ちゃんと食べているの? あなたが寮に入ってからちっとも屋敷に顔を出さないから、心配しているのよ」
「すみません、お姉様」
顔を陰らせたのをリクスに見られ、彼が訝しんでいる。慌ててアメリアから離れれば、取り巻きたちからひそひそと蔑まれる。
「アメリア様がせっかくご心配されているのにあの態度……」
アメリアは取り巻きたちに微笑みかけると、エリシアの頭を撫でた。
「みなさん、エリシアは照れているだけですわ。一人で頑張りたいから顔を見せないのよね? でも心配はさせて。私はあなたの姉なのだから」
「そうだよ、エリシア。ああ、その可愛らしい顔をお兄様にも見せておくれ」
今度はダリオンがエリシアを抱きしめ、エリシアの頬を両手で包み込んだ。
「さすが花魔法の女神……!」
「きゃあ! ダリオン様素敵! 私があの子になりたいわ!」
取り巻きたちから兄姉を称賛する黄色い声があがる。それでもエリシアを悪く言う声は無くならないのだから、彼らにフローレンス家の人間だと認められていないのだろう。
(あの人たちに何て思われようと良いけど、リークには……)
エリシアは必死に笑顔を作る。
(こんな風にフローレンス家からお荷物扱いされるわたしが、フローレンス・ルミナリエをやりたいなんてリークが呆れて手を引いたらどうしよう)
エリシアにはそれがすべてなのに。
ここから早く立ち去りたいのに、兄姉から抱きしめられて動けない。頬が引きつってきたところで、リクスから助け船が出た。
「おい、時間がないんじゃないのか? 立ち去るからそいつを解放しろ」
なぜかリクスはムッとした顔をしている。フローレンス派しかいないこの空間は、リクスにとって居心地が悪いに違いない。エリシアが謝ろうと口を開く前に、ダリオンがリクスの前に立ちはだかった。
「兄妹水入らずの時間を邪魔するとは無粋なやつだ。エリシア、実行委員だからってこんなやつと一緒にいなくとも良いんだよ?」
兄の言葉にドキンと心臓が跳ね、エリシアは震えた。
「殿下のご指示ですので……」
本当はエリシアが脅しただけだが、アーセルにはそういうことにしてもらっている。皇太子の命令に逆らえる生徒なんて、この学園にはいないのだから。彼にはエリシアの盾になってもらうのが良い。
ダリオンは俯いたエリシアの頭を撫でると、優しく微笑んだ。
「無理はするなよ」
そう言うと、エリシアから離れていった。アメリアもダリオンの後をついて行く。エリシアはようやく解放され、ホッと息を吐いた。瞬間、ぐらりと視界が揺れて足元がふらつく。
「おい!? 大丈夫か?」
ぐっと踏みとどまりリクスを見れば、彼は両手を差し出そうとしていた。助けてくれようとしていたらしい。
「ありがとう」
嬉しくて笑えば、そっぽを向かれる。
「お前、兄姉の前では大人しいんだな。普段うざいのに」
「あ、ひどい」
リクスが歩き出したので、エリシアも横に並んで歩く。
「お前、あんなに溺愛されていて、よく寮暮らしが許されたな」
「最後の自由だとおじいさまが用意してくれていたみたい」
「最後?」
ちょうど訓練場を出たところでエリシアの言葉に引っ掛かり、リクスがピタリと止まった。
「あっ! ほら、わたし病弱だから、この先いつまた引きこもりになるかわからないからさ! 学生のうちは好きにさせたいっていうおじいさまの思いやりよ!」
ハッとして、慌てておどけてみせればリクスの口角が上がる。
「前侯爵様もお前に甘かったからな」
「そうそう、わたし愛されてたから~」
へへへと笑えば、リクスが呆れ顔になる。
「病弱に見えないくらい元気そうだけどな」
リクスが再び歩き出す。エリシアは彼の背中に向かって呟いた。
「だから、今だけは……」
もちろんそんな小さな願いはリクスには届かない。エリシアはにかっと笑うと、リクスに走って追いつく。
「ねえ! だから、学園祭を一緒に回らない?」
「くっつくな! 何がだからなんだ!」
エリシアががばっとリクスの腕に抱きつけば、彼は身をよじって怒鳴った。
「魔力操作では密着してるじゃな~い」
「調子に乗るな!」
リクスは怒りながらも顔を赤くしている。それでもエリシアの腕を振り払うことはない。
優しいリクスに、エリシアはまた泣きそうになったが、笑顔を作り続けた。




