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わたしの初恋相手は姉の元婚約者です。今でも大好きなので、病弱なわたしと思い出作りしてください!  作者: 海空里和
第二章 学園祭に向けて

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「違う! だからどうしてお前はそんなに雑なんだ!」


 訓練場にリクスの怒号が飛ぶ。


 リクスとの特訓が始まってはや二週間が経った。彼の指導は授業のときとうってかわってスパルタだった。


「えー、でもちゃんと的に当たるようになったよ?」


 リクスの指導のおかげで、エリシアも安定して魔法を扱えるようになってきた。だから褒められたいのに、リクスからは怒られてばかりだ。エリシアはぶうと唇を尖らせた。


「こう、円を描くように美しく!」


 エリシアの主張は却下され、リクスが厳しい口調で説明する。魔力操作のためにリクスは左手をエリシアの肩に置き、右手でエリシアの手を掴んだ。後ろから密着され、エリシアの心臓はばくばくだ。


「こら、集中しろ。的に当てるだけではだめだ。きちんと操作できないとあの美しさは生み出せない」


 乙女心をちっともわかってくれないリクスに、エリシアは頬を膨らませた。


「リークが一緒に出て操作してくれればいいじゃない」

「一人でやれ」

「あ、ひど」


 それなら魔力がなくても一緒に立てるのでは? という提案なのに、一刀両断でエリシアはぶーたれる。


「まあ、リクスといつでも舞台に立てるように準備しとくかあ」

「待て、俺はやらないと言っている」


 頑ななリクスに、エリシアは必死に訴える。


「だって、わたしの花魔法だけじゃお兄様たちの演目と駄々被りだよ? わたしがやりたいのはフローレンス・ルミナリエなのに!」

「なら俺の父上を呼ぶか?」

「リークとやりたいの!」


 真面目にふむ、と返すリクスにエリシアの声も大きくなる。リクスはまったくわかっていない。


「俺には魔力がないんだから仕方ないだろう」

「ねえリーク、」


 はあ、と溜息をつくリクスにエリシアが言いかけて、騒がしい声がそれを遮った。


「おい! ダリオン様とアメリア様の使用時間だ! 速やかに場所を開けろ!」

「そうよ! お二人はお忙しくて時間もないんだから!」


 入ってきたのは、フローレンス派の貴族たちをぞろぞろと引き連れた兄姉だった。


「行こう、リーク」


 今、余計な波風は立てたくない。エリシアが慌てて立ち去ろうとすると、アメリアが後ろから肩を掴んで呼び止めた。


「待ってエリシア。ちゃんと食べているの? あなたが寮に入ってからちっとも屋敷に顔を出さないから、心配しているのよ」

「すみません、お姉様」


 顔を陰らせたのをリクスに見られ、彼が訝しんでいる。慌ててアメリアから離れれば、取り巻きたちからひそひそと蔑まれる。


「アメリア様がせっかくご心配されているのにあの態度……」


 アメリアは取り巻きたちに微笑みかけると、エリシアの頭を撫でた。


「みなさん、エリシアは照れているだけですわ。一人で頑張りたいから顔を見せないのよね? でも心配はさせて。私はあなたの姉なのだから」

「そうだよ、エリシア。ああ、その可愛らしい顔をお兄様にも見せておくれ」


 今度はダリオンがエリシアを抱きしめ、エリシアの頬を両手で包み込んだ。


「さすが花魔法の女神……!」

「きゃあ! ダリオン様素敵! 私があの子になりたいわ!」


 取り巻きたちから兄姉を称賛する黄色い声があがる。それでもエリシアを悪く言う声は無くならないのだから、彼らにフローレンス家の人間だと認められていないのだろう。


(あの人たちに何て思われようと良いけど、リークには……)


 エリシアは必死に笑顔を作る。


(こんな風にフローレンス家からお荷物扱いされるわたしが、フローレンス・ルミナリエをやりたいなんてリークが呆れて手を引いたらどうしよう)


 エリシアにはそれがすべてなのに。


 ここから早く立ち去りたいのに、兄姉から抱きしめられて動けない。頬が引きつってきたところで、リクスから助け船が出た。


「おい、時間がないんじゃないのか? 立ち去るからそいつを解放しろ」


 なぜかリクスはムッとした顔をしている。フローレンス派しかいないこの空間は、リクスにとって居心地が悪いに違いない。エリシアが謝ろうと口を開く前に、ダリオンがリクスの前に立ちはだかった。


「兄妹水入らずの時間を邪魔するとは無粋なやつだ。エリシア、実行委員だからってこんなやつと一緒にいなくとも良いんだよ?」


 兄の言葉にドキンと心臓が跳ね、エリシアは震えた。


「殿下のご指示ですので……」


 本当はエリシアが脅しただけだが、アーセルにはそういうことにしてもらっている。皇太子の命令に逆らえる生徒なんて、この学園にはいないのだから。彼にはエリシアの盾になってもらうのが良い。


 ダリオンは俯いたエリシアの頭を撫でると、優しく微笑んだ。


「無理はするなよ」


 そう言うと、エリシアから離れていった。アメリアもダリオンの後をついて行く。エリシアはようやく解放され、ホッと息を吐いた。瞬間、ぐらりと視界が揺れて足元がふらつく。


「おい!? 大丈夫か?」


 ぐっと踏みとどまりリクスを見れば、彼は両手を差し出そうとしていた。助けてくれようとしていたらしい。


「ありがとう」


 嬉しくて笑えば、そっぽを向かれる。


「お前、兄姉の前では大人しいんだな。普段うざいのに」

「あ、ひどい」


 リクスが歩き出したので、エリシアも横に並んで歩く。


「お前、あんなに溺愛されていて、よく寮暮らしが許されたな」

「最後の自由だとおじいさまが用意してくれていたみたい」

「最後?」


 ちょうど訓練場を出たところでエリシアの言葉に引っ掛かり、リクスがピタリと止まった。


「あっ! ほら、わたし病弱だから、この先いつまた引きこもりになるかわからないからさ! 学生のうちは好きにさせたいっていうおじいさまの思いやりよ!」


 ハッとして、慌てておどけてみせればリクスの口角が上がる。


「前侯爵様もお前に甘かったからな」

「そうそう、わたし愛されてたから~」


 へへへと笑えば、リクスが呆れ顔になる。


「病弱に見えないくらい元気そうだけどな」


 リクスが再び歩き出す。エリシアは彼の背中に向かって呟いた。


「だから、今だけは……」


 もちろんそんな小さな願いはリクスには届かない。エリシアはにかっと笑うと、リクスに走って追いつく。


「ねえ! だから、学園祭を一緒に回らない?」

「くっつくな! 何がだからなんだ!」


 エリシアががばっとリクスの腕に抱きつけば、彼は身をよじって怒鳴った。


「魔力操作では密着してるじゃな~い」

「調子に乗るな!」


 リクスは怒りながらも顔を赤くしている。それでもエリシアの腕を振り払うことはない。


 優しいリクスに、エリシアはまた泣きそうになったが、笑顔を作り続けた。

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