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「おい! お前なんで妹のくせにルミナリエ家のやつと仲良くしてるんだよ!」
リクスに突き放されてしまったエリシアは、とりあえず設営中のメインステージを見ようと中央広場までやって来ていた。
フローレンス・ルミナリエを披露する場として、もちろんアーセルがこの舞台の使用を確約してくれている。
るんるんな気持ちでやって来たエリシアだったが、準備中の上級生に絡まれてしまったのである。
楽しい気持ちに横やりを入れられ、溜息をつく。フローレンス派の上級生とフローレンス家のエリシアのもめごとは、派閥を超えてまでアーセルの耳には入らない。それを踏まえて絡んでくるのだから、質が悪い。
「学園でもそういうの持ち込むのやめません? 国のことを思えば、そもそもどこの家とか関係ないのでは――」
「だまれ落ちこぼれ!」
カッとなった上級生に突き飛ばされ、エリシアはその場で尻もちをついた。
もちろん他の生徒たちは遠巻きに見るだけで、助けようとはしない。
「お前の存在がフローレンス家を貶めているんだ! 前侯爵が甘やかしたせいで世間知らずだとお二人が嘆いていらしたぞ! お前が学園に入れたのも前侯爵の遺言のおかげらしいな。無能がずうずうしい」
兄姉を盾にしながら、まるで正義を振りかざすかのように振舞う上級生に腹が立った。
「では、あなたが今わたしにしている仕打ちはフローレンス家を貶めることにはならないのですか? そもそも、前侯爵の意向に異議を申し立てられるほど、あなたは偉いんですか?」
思わず言い返してしまった。上級生はカッと顔を赤くすると、エリシアを睨んだ。
(あっ、しまった)
口を押さえても遅かった。
「何だと!? 落ちこぼれの下級生が生意気な!」
彼の振り上げた手がまっすぐにエリシアへと向かってくる。ぎゅっと目をつぶれば、周囲からざわつく声が聞こえた。
そろりと目を開ければ、上級生が手を振り上げたまま青い顔で固まっている。
エリシアはすぐに自分が助けてもらったのだと理解した。
「何をしている」
背の高いリクスは上級生の背後からでも顔が見える。上級生の振り上げた手を掴み、冷ややかな目で立っている。
「ひっ!」
「……準備に戻れ」
「は、はいっ!」
上級生はリクスが手を離すと、一目散に逃げていった。対立していても侯爵家のリクスにはさすがに表立って逆らえないのだろう。
「来い」
ぽかんとするエリシアの手を引いて立たせると、リクスは広場から離れたところへと連れていく。
「大丈夫か?」
学園内にはいくつもの庭園がある。そのうちの一つは生徒会専用だ。その庭園まで来れば、他に人はいない。
庭園に入ったエリシアはホッと息をつく。
「うん。助けてくれてありがとう、リーク」
お礼を言えば、リクスから引かれていた手を離された。少し名残惜しく思えば、リクスは不機嫌そうな顔で言った。
「俺に構うからあんな目に遭うんだろう」
エリシアは目をぱちくりとさせると、すぐに笑い飛ばした。
「あはは、あんなのは何ともないよ。だって、家のことを気にしてリークと話せなくなるのが一番嫌だもの」
「っ……」
まっすぐに見つめたリクスの顔がほんのり赤くなった気がした。
しかしそれを確かめる前にリクスは腕で顔を隠すと、エリシアから視線を逸らしてしまった。
「……どうしてお前は」
「え?」
リクスの呟きが聞こえなくて近寄るが、彼はこちらを向いてくれない。先ほど言ったことを教えてくれず、話を変えてきた。
「お前……身体が弱いくせに何で学園に入学したのかと思っていたが……前侯爵様の意向だったんだな」
「あ、聞こえた? そう。学園だけは通わせてやってくれっておじいさまの遺言。それよりリーク、さっきのメインステージ見た? けっこう広いんだね! 打ち合わせがてら一緒に上がってみたいな」
リクスの前に出て、顔を覗き込めばすぐに彼は別の方向を向く。目が合わないリクスにエリシアはムッと頬を膨らませた。
「俺はやらないと言っただろう。お前だって見ただろ? 表立っていなくとも、ルミナリエとフローレンスの対立が学園でも派閥分裂して影響を出している。卒業したければ派閥内で大人しくしていろ」
「嫌よ」
「はあ? 俺の話を聞いていなかったのか?」
エリシアの即答に、リクスがやっとこちらを向いた。嬉しさから思わずにんまりしてしまう。
「聞いていたわ。ノクーの情勢だって怪しいのに、いま侯爵家同士で争っている場合? 国のためなら手を組むべきでしょう。まずは私たちの世代から」
エリシアがまともなことを言ったせいか、リクスが目を丸くしている。
「お前……そのためにフローレンス・ルミナリエを再現しようと?」
「あ、それはわたしのため」
「見直して損した!」
さらっと答えれば、リクスが怒ってそっぽを向く。そしてそのまま庭園を去っていく。
「見直してはくれたんだ? リクス、大好き!」
「そういうことを大声で言うな!」
リクスが遠ざかってしまうから聞こえるように叫んだのに、怒られてしまった。でも無視されていたときよりずっといい。去り際にエリシアの言葉に反応して、わざわざ立ち止まってくれたのだから。
「リクス大好きだよ!」
「わかったからもう黙れ!」
(わかったんだ)
リクスは怒って背を向けると、今度こそ庭園を出て行った。
「ふふっ! リーク、好きだよ。ずっとずっと好きだったよ」
エリシアはリクスの姿が見えなくなるまで目で追った。
(リークに見られなくて良かった。……わたし、ちゃんと笑えてるよね?)
今にも泣きだしそうな顔で、エリシアはリクスが見えなくなってもその場に立ちつくしていた。




