⑩
翌朝、学園に行けば掲示板の前に人だかりができていた。
何だろうとエリシアが近付けば、人だかりがエリシアを避けるように、綺麗に真っ二つに割れて道ができた。
(どうしたのかしら?)
相変わらず遠巻きにエリシアを見ているが、フローレンス派の貴族からは悪口が聞こえてこない。
掲示板に近付き、張り紙を見る。そこにはアーセルによって選出された実行委員の名前が貼りだされていた。もちろん一年生から選出されたのはエリシアだ。
(おお、殿下仕事はやーい)
「どうしてあいつが……」
「腐ってもフローレンス家の娘だからじゃないか」
「殿下にはお考えがあるに違いない」
ひそひそと憶測が飛んでいるが、エリシアが脅しただけである。しかしそんなことが知れ渡れば、エリシアは学園でさらに孤立する。ぼっちなのは良いとして、リクスとの計画を邪魔されてはかなわない。とりあえずその場からは、逃げるようにして教室へと向かった。
教室に入れば、またエリシアが視線を集める。そしてひそひそ話が始まる。表立って言って来ないのは、アーセルの決定に異を唱えることと同じになるからだろう。
(うーん、教室にいても同じね)
いつもなら飛んできそうなフィオナは教室にいないらしい。落ち着かないのでエリシアは教室を出ることにした。確か実行委員に任命されたら、学園祭が終わるまで生徒会役員と行動を共にするはずだ。そう思い、生徒会室へ向かうことにした。
「はあ……リクスが来るまでこの資料をまとめて」
生徒会室へ行けば、アーセルが嫌な顔をしながらも中に入れてくれた。
二年から二人、三年から一人の実行委員が選出されており、彼らはすでにアーセルの指示のもと仕事をしていた。ちなみに一年生はエリシア一人だ。
(とりあえずここまでこぎつけられたわ!)
にこにこと資料作りをしていると、バタバタと生徒会室に向かって来る足音が聞こえて来た。
(あ、リクス?)
まだここにいないメンバーはリクスだけだ。顔を上げたエリシアは、期待とともに頬を紅潮させる。
「おい! どういうつもりだ!」
怒鳴りながら生徒会室に駆けこんで来たのは、やはりリクスだった。
リクスが睨む先はアーセルだ。
「……彼女を学園祭の実行委員に任命した」
「それは見ればわかる。どういうつもりだと聞いているんだ!」
リクスはかなり怒っているようだ。二人のやり取りを他のメンバーは緊張しながら見守っているが、エリシアだけは笑顔のままだ。その光景が余計に他のメンバーをゾッとさせたようで、空気が凍り付いている。
「私の決定は絶対だ。従ってもらう」
「はあ?」
表情を変えないアーセルに対して、リクスの眉間の皺がどんどん真ん中へ寄っていく。
「あと、彼女の企画を承認した。担当はエリシア嬢とお前だ」
「はああ!?」
「生徒会の威信にかけて成功させろよ」
状況をのみこめないリクスにそう言い放つと、アーセルは実行委員全員を連れて生徒会室を出て行ってしまった。
呆然と立ち尽くすリクスにエリシアが近寄る。
「一緒にがんばろうね、リーク!」
「お前、アーセルに何をした?」
リクスの冷たい視線を受け流し、エリシアはにこにこと答えた。
「約束を果たしてもらっただけだよ」
「アーセルとも約束を?」
「まあ、おじいさまが、だけど……。あ、今、アーセル殿下ともって言った?」
リクスの言葉をエリシアは聞き逃さない。
「やっぱり、わたしとの約束覚えてくれているんだ!」
「言葉のあやだ」
嬉しくて笑いかければ、視線を逸らされた。
「俺はやらない。実行委員の仕事は裏方や雑務だ。前に出ることじゃない。お前は設営でも手伝え。それが嫌なら委員を辞退するんだな」
リクスはそう言い捨てると、生徒会室を出て行こうとする。
「わたし、諦めないから!」
リクスはエリシアに振り向くことなく行ってしまった。エリシア一人だけが生徒会室に取り残される。
リクスはああ言ったが、皇太子の命令に逆らえるはずがない。リクスはエリシアを手伝わなければいけなくなる。少し強引だったが、エリシアに手段を選んでいる時間はないのだ。
アーセルにお願いしたことは三つ。
フローレンス・ルミナリエを実現する手助けをして欲しいことと、遺言の二枚目の内容はアーセル以外には秘密にしてもらうこと。そしてエリシアが脅したことをリクスに言わないこと。
アーセルは「それだけ?」と拍子抜けした顔をしていたが、それでもまだエリシアがリクスに近付くことを警戒していた。手紙を盾にアーセルを脅したのだから仕方ないが、せめてリクスには悪く思われたくないという乙女心なのに。
「好きなだけって言っているのに、本当貴族ってめんどくさいわね」
エリシアにあるのは、ただリクスが好きだという想いだけだ。だから彼に会いたくて学園に入学して、約束した祭典を一緒にやりたいと言っている。
貴族の思惑だとか陰謀だとか、駆け引きみたいなそんなものはないのに。
「……これからもっとめんどくさくなるかもしれないわ。でも誰にも邪魔はさせないんだから!」
むんっと拳を掲げると、エリシアは自身を鼓舞した。
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