崩壊(2056年2月8日)
その瞬間は、音ではなく、振動から始まった。
低く重い地鳴りが第0区の地下居住区の奥底から響き、やがて壁や天井が軋むような音へと変わっていった。
ハルトはモニター室にいた。冷たいモニター画面には、世界各国の地下シェルターの状況がリアルタイムで映し出されていた。
しかし、次々と「通信途絶」「リンク不良」「信号喪失」の赤い警告が点滅し、あっという間に画面は真っ赤に染まった。
「どういうことだ……これは、もう……」
彼の隣で、ツバサが震える声を出した。
「地球の……中身が、裂けてる……」
そのとき、背後から悲鳴が響いた。
「地下七層の壁が崩れた! 熱風が……もう、止められない!」
通路を駆け上がってくる人々。母親にしがみつく子ども、支え合う老夫婦、泣き叫びながら走る若者。だが、どこにも“逃げ道”など残ってはいなかった。
「この国のせいだ……! 日本が、いや、“上のやつら”が……全部……」
誰かが、泣きながら叫んだ。
「違う! 責任を押しつけても意味ない!」
と別の青年が叫び返す。
「ふざけるな、俺たちは何も選べなかったんだぞ! 最初から逃げ道なんてなかった!」
「そうだ、俺たちは被害者なんだ。そうだろ!? 未来を壊したのは、老人たちじゃないか!」
責任のなすり合い。怒り。絶望。正義と正義がぶつかり合い、廊下のあちこちで口論と涙が飛び交う。
ハルトは非常階段の前に立ち尽くしていた。扉の向こう、地上に通じる最後の道――だが、その先に待つのは、灼熱の地表だった。摂氏95度。呼吸をすれば肺が焼け、目を開ければ網膜が溶ける世界。
それでも、誰かが生き延びる可能性を信じて、彼は叫んだ。
「誰か一人でも……ここを出て、生きてくれ……!」
背後で壁が爆ぜた。火の粉が吹き出し、悲鳴が重なる。サチが振り返りざまに泣きながら言う。
「無理だよ……もう、終わりだよ……でも、せめて最後に……」
彼女はカイトの手をぎゅっと握った。
「あなたと出会えてよかった」
「俺も……」
カイトは目を閉じて、最後の瞬間まで彼女の手を離さなかった。
そして、時刻は2056年2月8日午前5時16分。
世界中の海底プレートが連鎖的に崩壊し、マントルの圧力が暴走を始める。全大陸の火山帯が次々に噴火し、地殻は裂け、内部の高温流体が宇宙へと噴き出していく。
赤い大地。吹き飛ぶ山脈。沸騰する海。あらゆる命が、その熱の中で燃え尽きていった。
第0区も、例外ではなかった。
燃えるような光が地下を貫き、構造体は一つずつ音を立てて崩壊していった。
誰も逃れられない。
誰も、助けられない。
それでも、最後の瞬間まで、若者たちは想像していた。
“もしこの世界を、もう一度やり直せたら”。
“もし、誰かが本気で未来のことを考えていたなら”。
“もし、分かり合えたなら”。
だが、その問いは答えられることなく、火の渦の中へと沈んでいった――。