希望と絶望の街《第0区》
やがて《第0区》には、ひとつの“日常”が生まれはじめた。
崩れた通路を修復し、農場ブロックを広げ、光熱水の共有インフラを整え、食料合成装置もわずかに稼働を始めた。
市場ができ、人工ミミズ肉や菌類スープ、培養ジャガイモが配られる。子どもたちの笑い声が聞こえはじめ、コミュニティが息を吹き返す。
だが、そこには思想の温度差があった。
ある夜、炊き出し場で青年たちが議論を始めていた。
「これが人類の再スタートだって?笑わせんなよ」
言ったのはユウタだった。
「俺たちは敗者だ。“地球に置いてかれた残骸”。希望とか言ってるやつは、自分が捨てられたって現実から目を逸らしてるだけだ」
「それでも未来を描くしかないんだよ」
静かに反論したのはケイ・イソベ(34)、元・国際医療チームの医師。
「私はこの地で、あらゆる感染症や症状を見てきた。だがこの地下に蔓延してる“光熱病”は、地球そのものが壊れかけているサインかもしれない。それでも希望を抱かないと、人間は死ぬより早く壊れる」
「俺は、信じたいんだ」
ハルトが低く言った。
「たとえ事実がどうあれ、俺たちが地底で“人間”として生きようとした事実は残る。それが、意味になると信じてる」
その言葉に、リンがぽつりと続けた。
「もし私たちの命がこの星で終わっても……ここに“光”を作ろうとした人がいたって、誰かが記録に残せば、それが未来の証になる。人間は、最後の瞬間に何を残したかで決まるの」
だがその夜、地下の奥深くから微かな地鳴りが響いた。
その音に気づいたのは、リンただ一人だった。