廊下で不良とぶつかりそうになったので咄嗟に避けたら、その不良の彼女とキスしてしまい、付き合うことになっちゃった
五月下旬、田面山高校は今日も平穏である。いや、それは言い過ぎか。僕の知らないところで悪事を働いている生徒がいるかもしれない。タバコを吸っていたり、誰かを殴っていたり。しかしまぁ、僕の周りは平穏である。
昼休みになり、購買へと向かう。もちろん昼食を確保するためだ。いつもは弁当を持参しているが、今日は母親が体調を崩していたので、弁当作りを僕が強制的に止めた。そのため購買へと向かっている訳だ。
購買という言葉の印象は、ズバリ【激戦区】。数少ない商品を数多の生徒たちが奪い合うようにして確保する、まるで戦場のような場所。しかしそれは、漫画やアニメの世界における購買だ。いや、実際にもそういう購買があるのかもしれないが、この田面山高校はそうではない。
商品は多種多様にして豊富。近くにある弁当屋とパン屋が出張販売のような形で出店していて、仮に売れ残ったとしても店舗に持ち帰って販売するとのこと。よって、なんとも豊富なラインナップが実現している。だから急いだり焦ったりする必要は全くなく、四限目の終業チャイムと共に生徒たちが徒競走を始めるようなこともない。
そんな購買の場所は、南校舎三階の東端。僕の教室である一年二組の教室は北校舎の一階なので、その道のりは中々に遠い。とはいえ先程の事情により、悠々と歩いて往復したとしても食事はゆっくりとできる。だから、やはり急いだりはしない。まずは三階へと上がり、渡り廊下を通って南校舎を目指す。
渡り廊下から眺める外の景色は、良いモノだ。近くには複数の民家、中ほどには田畑、遠くには連なる山々が見える。なんとも雄大な感じがして、心が晴れ晴れとする。こんなに素晴らしい景色を望めるのなら、今後も三階の渡り廊下に来てみるのも良いかもしれない。いや、四階まで上がれば、更なる良い景色にお目に掛かれるだろう。どうせなら、そっちの方へと行ってみようか。
そんな風に窓の外に気を取られながら歩いていたため、接近してくる人影に気付くのが遅れた。視界の端になにか動くモノを捉えた瞬間、顔を前へと向ける。そうして僕の視線が捉えたのは、見事なまでの赤。
なんとも鮮やかな真っ赤っかの髪だ。そのため即座に不良生徒だと認識できた。僕たちの距離は僅か八十センチメートルほど。このままではぶつかる。よって慌てて左に移動するが、運の悪いことに不良もそちら側へと移動した。
まさかの出来事。髪を真っ赤に染めているほどの不良が僕を避けるなどとは思わなかった。僕は男子にしては背が低く、体も細い。どう考えても、やんちゃな生徒が避けるような対象ではないのだ。それなのに、その不良は僕を避けた。結果、僕たちはぶつかる。
チュッ!
唇に柔らかな感触。あろうことか不良とキスをしてしまった。僕は殴られるに違いない。いや、蹴られるのだろうか。ともかく謝った方が良いだろう。
「ゴ、ゴメンなさい!!」
数歩下がり、深々と頭を下げての一礼。できる限りの誠意を見せないと、なにをされるか分からない。だから頭を下げたまま、もう一度謝ることにした。
「本当にゴメンなさい!!」
「・・・顔、上げろや」
囁くような声ではあったが、なんとも怖い言葉遣いが耳に届いた。よって、恐る恐る頭を上げる。すると【彼女】は肩に力を入れ、両腕を下にピンと伸ばし、拳をプルプルと震わせ、顔を赤くしていた。どうやら相当に怒っているようだ。
「ウチはなぁ、こう見えても身持ちは固ぇんだよ。キスだって、付き合ってからじゃないと絶対しねぇ。それなのに・・・」
不良女子の両手が更にプルプルと震える。より激しい怒りが込み上げてきているのだろう。
あ、ヤバい・・・。殴られそうだ・・・。
僕は覚悟を決め、目と口を閉じる。そうして歯を食い縛った。すると襟を掴まれ、引き寄せられる。
「おい、コラッ! 目ぇ開けろや!」
「はい!!」
不良女子から脅されたことにより、目を大きく開けた僕。すると、その直後───。
「ウチと付き合え!」
「・・・は?」
聞き間違いだろうか。いま確か・・・。
「ウチは付き合ってない奴とキスなんかしねぇんだよ! だからだな、順番は可笑しくなっちまったけど、とにかく付き合え!」
不良女子は顔を真っ赤にして言ってきた。髪色に負けないくらいに真っ赤っかだ。激怒しているに違いない。とはいえ不良と付き合うなんて、僕にはできそうもない。よって、丁重に断ることにした。
「で、でも僕・・・、背が低いですし・・・」
拒否するにしても無下にはできない。雑な応対をすれば殴られるかもしれない。だけどマイナスポイントをアピールすれば付き合わずに済むだろう。
「はぁ? ウチとあんま変わんねぇだろ」
見たところ、不良女子の方が若干ではあるが背が高いように思う。しかしながら僕たちは共に猫背気味なので正確には分からない。
「それは、アナタは女子で───」
「んなこと関係ねぇんだよ! テメェは自分より背が低い女としか付き合わねぇのか?」
「そ、そんなこと、ないですけど・・・」
というか、僕は今まで付き合ったことなんてない。だから選り好みなんてできる立場じゃない。とはいえ目の前の彼女とは付き合いたくなどない。なんだかバイオレンスな未来が待ち受けていそうだから・・・。
「ウチもだよ! 相手の身長なんて関係ねぇ! 付き合う相手だろうが、ケンカの相手だろうがな!」
言うや、彼女の左拳が素早く僕の目の前に突き上げられた。
「ひぃっ!?」
殴られるかと思い、僕の口からは情けない悲鳴が漏れた。
「そ、それにですね。腕力もないですし・・・」
またしてもマイナスポイントをアピール。彼女は随分と強そうなので、非力な男子など好みではないだろう。しかし・・・、
「だからなんだよ? ケンカはウチに任せろ。テメェを守ってやる!」
と、なんだか彼女の闘志に火を点けてしまった。
「えっと、その・・・。か、顔だって、良くないですし・・・」
「・・・確かにな」
うぐぅっ!! そこは納得するんだ・・・。
「でも、悪くもねぇ。それに、大切なのは【中身】だろうが」
なんともキザなセリフと共に、彼女は左の親指で自分の胸を、トン、トン───と突いた。いや、ポヨン、ポヨン───と言うべきだろうか。彼女の胸は中々に立派だ。思わず見蕩れてしまったが、それどころではない。このままだと、僕の平穏な生活がバイオレンスなモノへと変わってしまう。
「あの・・・、根性とかも、ないですけど・・・」
「はぁ!? このウチに出会い頭にキスしといて、なに言ってんだ? 大した度胸じゃねぇかよ!」
なぜか褒められてしまった。いきなりキスをしたというのに・・・。
「いや、それは・・・、じ、事故で───」
「とにかく! いいから付き合え、分かったな!!」
「はいぃっっっ!!」
こうして僕たちは付き合うことになった。なんと根暗な僕に、不良の彼女ができてしまった。
あれから三年、僕たちは未だに付き合っている。なんだかんだ、相性は良いようだ。また、意外なことに彼女は見た目とは裏腹に、結構な【甘えたさん】だった。
ちなみに彼女は僕と同様に初めての交際だったらしく、あのキスがファーストキスだったらしい。だからあんなに強引に迫ってきたのだ。流石に単なる通行人にファーストキスを奪われるなんて、我慢がならなかったとのことだ。