大学時代の先輩と再会しました
本作は武 頼庵様ご主催の「さいかい物語企画」及び、
コロン様ご主催の「酒祭り」参加作品です。
「そろそろ帰るか……」
時計は夜10時を回ったところ。
会社の事務所には私一人だ。
「ふぅ」と溜息を吐いてパソコンの電源を切る。
私、結城美咲は入社5年の27歳。会社員。独身で彼氏は居ない。
勤めている会社は中堅の商社で、私の担当業務は営業。なのでOLではない…と思う。
有名な大学の理工学部を卒業したが、第一志望の大手機械メーカーに入れず、何とか受かった商社に入社した。
やむを得ず入社した感じとなったけど、ブラックな会社ではないし、営業なので当然ノルマや営業成績の順位など、それなりの成果は求められるが、それほど厳しいものではなく、人間関係も悪くないので気に入っている。何よりこの仕事が好きだ。
主要な取り扱い商品(製品)は産業用のモーター。
(本来、モーター(Motor)とは「動力」という意味で、油圧や空気圧、車のエンジン、ロケットエンジンなど様々なもののことを指すが、ここでは磁界と電流の相互作用によって回転、直線運動を生み出すもの。つまり電動機とする)
モーターといっても様々な種類がある。
整流子電動機、誘導電動機、同期電動機など。
もうね。「勘弁してぇ~」というくらい沢山の種類がある。
例えば、整流子電動機はスマホのバイブなどに使われている。誘導電動機は洗濯機や扇風機など。同期電動機は電車や自動車など。(例えはごく一部)
私の会社の取り扱い商品がモーターとはいえ、当然モーターだけではない。
顧客は主に機械メーカーなので、モーター以外の注文もある。
私が勤めている会社は、南に海、北に山という東西に細長い街で、都会ではあるが、それほど大きな街でもない。しかし、知らない人の方が少ない有名な街にある本社ではなく支社(支店)だ。
顧客の機械メーカーにも様々な業種があり、私の会社の顧客は主に工作機械や自動機など。
なので、それに使用している部品などで取り扱いが出来るものは、モーター以外でも受注している。
私の担当は、中小零細企業の機械メーカーだ。
ほとんどの顧客は、受注による多品種少量生産なので、モーターに限らず、注文して頂く製品の品種は多いが、数は少ない。更に今後の受注予定が不確定というまさに営業泣かせの顧客だ。
もうすぐ4月も終わる。
年度始めなので今期の”営業計画書”を提出しなければならない。
工作機械メーカーや大手機械メーカーを担当している営業の人達は、既に提出している。
当たり前だ。そういう大手メーカーは新年度になれば生産計画が代理店にも公開される。
つまり、私の会社の営業担当はそれに基づき、営業計画書を作成する事が出来るからだ。
私の場合は前述の通り担当は中小零細企業。
それも受注生産なので、今期どころか来月の生産計画さえままならない世界だ。
とはいえ、それを理由に”営業計画書”を提出しないなど許されるわけはない。
それで、担当している顧客を片っ端から訪問して、少しづつ情報を集め、なんとか今日”営業計画書”を完成させた。
救いは、顧客である多数の中小零細企業が、街の東の工業地区に集中しているため、移動時間が短く済む事。
それに、担当になった当時は「女性」ということもあり、顧客の社長や資材調達担当者にあまり良い顔をされていなかったが、元々機械系が好きだった事。理工学部卒でそれなりに知識があったことで、ズカズカと顧客の会社の工場も見学したりして、今ではアポイントなしで訪問し、社長や資材調達担当者が不在でも、仲良くなった工場長や製造部長、設計者など、面会出来るようになったのだ。
まぁ、そんなこんなでここ最近は忙しく、遅くまで仕事していた。
会社の鍵を閉め、駅に向かって歩いた。
この階段を上がれば改札があるが、階段の前の右側には立ち飲み屋があって、いつもはそこで少し飲んでから電車に乗って帰る。
うん。まるでオッサンだな。
でも、今日は仕事が一段落したので、居酒屋でも行ってお祝いすることにした。
一人で。ってうるさいわっ!
階段を越えて駅の反対側に出れば、ショッピングモールがあり、栄えている。
もちろん居酒屋や焼き鳥屋なども多い。
が、人が多そうなので気が乗らない。
階段の左側の通路を少し奥に行けば、電車の高架の下に商店街がある。
”高架下商店街”とでも言うべきか。この商店街は、普通の商店街とは異なっている。
高架下にあるので当然と言えば当然だが、通路は狭く、店も小さい。
何でも、外国人が営んでいる店が多いらしく、多種多様で統一感がまるでない。
それでも、それなりに人気があるそうだ。掘り出し物があったりするとか。
もちろん飲食店もある。
しかし、今は夜10時をとっくに過ぎている。この時間ともなると人通りは少ない。
早速行ってみることにした。
人がほとんど居ない商店街を歩きながら観察した。
閉店している店も多いが、居酒屋、ラーメン屋などの飲食店は未だ多くが開店している。
カフェもある。おそらく昼はカフェ、夜はバーになるのだろう。
ふと、赤い提灯を見つけた。
これが、いわゆる”赤提灯”という店なのだろう。
その赤提灯には『西海』と書かれている。
そのまま(さいかい)と読むのか、意外に(にしうみ)と読むのか。
とにかく店の名前だろう。
店の扉は小さく、暖簾はかかっているものの赤提灯がなければ気づかないかもしれない。
でも、レトロな感じではあるがオシャレな扉だ。
「ここにするか…」
誰に言うでもなく、その店に入った。
店の中は高架下だからであろう。奥行きが狭く、道と並行する方向に細長く、カウンター席が数席あるだけでテーブル席は無い。
でも、レトロな雰囲気で、派手な飾りもない。回らないお寿司屋のようなガラスケースがあり、居酒屋というより、料亭とか割烹という方が合っている感じがする。私的にではあるが。
しかしだ!
何だこのポスターは!
綺麗な歯並びで、物凄く真っ白な歯をキランと見せて満面の笑みの、ねじりハチマキをした漁師のおじさん。両手は腰だ。
漁船は写ってないのに何故か大漁旗がある。
「誰?いつの時代?」と思わず突っ込んでしまいそうなポスターが貼ってある。
まぁ、それはいい。
店には40後半くらいの店長であろうおじさまと、一番奥の席に座っている私と同じくらいの年の女性客が一人。
凄い美人だ。
あれ?
どこかで……。
う〜ん。
あああ、もぅ。ウジウジ考えても無駄だ。
私は彼女に近づいた。
「あの…高橋先輩ですよね?」
「え?」
「あ、あの。結城です。大学で同じサークルだった」
「えっと…」
そういえば……。名字では直ぐには分からないか。
「あ、美咲です」
「あら、美咲ちゃん?」
「そうです!お久しぶりです!」
「お久ぁ〜」
やっぱり。
高橋先輩だ。
高橋瞳。
私より2つ年上の先輩で、大学の同じサークルで知り合った。サークルは私の黒歴史なので、詳しくは聞かないで下さい。
「ご一緒しても?」
「どうぞ」
『西海』で大学時代の先輩に再会した。ダジャレではない。決して頭痛が痛いわけではない!
先輩の隣の席に座り、まずは……。
「生ビール下さい」
「ん」
「ん?」
何だ?店長の「ん」って?
「あ、大将の「ん」は居酒屋なら「ん」という意味よ」
大将って店長のことか……。
ってゆーか、そんな心の声が分かるかっ!
まぁ、そういったグダグダがあって、トンと目の前に置かれた生ビールで、先輩との再会を祝して乾杯したあと、この店の事をおそらく常連と思われる先輩から聞いた。
この店の名前『西海』は、やはり『さいかい』と読むそうだ。
『西海』とは、瀬戸内海または九州の海の事で、この店では瀬戸内海で穫れる魚介類が主なメニューとの事だった。(マダイ、アナゴ、イワシ、カキ、ワタリガニなど)
もちろんそれ以外のおでんや揚げ物、焼き物もある。
さすがに焼き鳥はないそうだ。
焼き鳥は煙が多く出るので、排煙設備が大袈裟になる。メインメニューでもないのにそれではコスパが合わないとの事。納得だ。
「うまっ!」
いつの間にか出されていた突き出し(お通し)を食べたらめっちゃ美味かった。
「先輩、これは何でしょう?」
てん…大将に聞くのはなんか怖いのでダメ元で先輩に聞いてみた。
「カワハギの肝醤油ね」
「カワハギ…ですか」
やっぱり知ってたか。でも。
う〜ん。カワハギ……。
分からん。
でも高そう。突き出しでもお金いるとか?
「大丈夫。サービスだから」
ありゃ、声に出てたかな?
「先輩は何を食べてるんですか?」
「アイナメのたたき、よ」
アイナメ……。
これも分からん。
まぁ、白身魚のたたき、という事は分かる。
そして先輩が飲んでいるのは、冷酒かぁ。
それはそうだな。こんな「ザ・和食」と言える魚料理にウイスキーやブランデー、ワインは合わないな。
それでは私も。
「生ビールのおかわりと生牡蠣下さい」
「ん」
よし!今の「ん」は「ん」だ。たぶん。
「それで、美咲ちゃんは彼氏居るの?それとも、もう結婚している、とか?」
お、久しぶりの女子会で恋バナか。
最近、話するのは、会社の人とか、顧客の社長さんや資材調達担当者、設計者、現場のおっちゃんとかだったから新鮮だ。でも……。
「いえ、独身ですし、彼氏はいません。先輩は?」
「私も独身。彼氏もいないわよ」
恋バナ。終了……。
「デカっ!」
注文した「生牡蠣」が大きい。
たぶん、海の中に鳥居がある所のもの、かな?
ポン酢を少し入れて、ジュルっと。
旨い!
生ビールをごくごく。ぷはー。これも旨い!
誰がオッサンだっ!
『西海』で大学時代の先輩と再会したなら、当然話題は大学時代の話になるわけで……。
「私のキャラカラーは……パープルだったわ。美咲ちゃんは何だっけ?」
「……ピンク」
沈黙。
「「ぎゃあぁぁぁあああああああああ!!」」
はぁはぁ
「美咲ちゃん。この話はやめよう」
「そうですね、やめましょう」
サークルの話はダメだ。命にかかわる。
先輩も黒歴史だったのね。
「若気の至り」にも程があるわ。
仕方ない。仕事の話でもするか。
「私は商社で営業を担当してます。先輩は?」
「私も商社。でも営業事務だけどね」
「え?」
嘘だ!
高橋瞳先輩といえば、早々に博士号を取得した天才……と聞いた事がある。
事務職なわけがない。
あ。
なんか国家機密とか、そういうのか?
根掘り葉掘り聞いたらどこからともなく黒いスーツを着た人が現れて……。
あああああっ
これはヤバい。
これは深堀りしない方が良い。
「君子危うきに近寄らず」だ。私は君子じゃないけど。
よし!気づかなかった事にしよう。
「取り扱い商品は産業用のモーターです。先輩は?」
「空気圧機器」
「それは私とは畑違いですね」
商社といってもどんな商品(製品)でも取り扱えるというものではない。
空気圧機器は代理店でないなら一見の商社、それも少数なら取り扱いできるわけがない。まぁ、例外はあるかもしれないけど。
「産業用モーターって誘導電動機、とか?」
お、やはり先輩はよく知ってる。
「会社では扱ってますけど、私の担当は中小零細企業の機械メーカーなので、サーボモーターとかステッピングモーターが多いですね」
「なるほど。それでいつも仕事が終わるのはこんなに遅いの?」
「いえ。今は年度始めなので今期の営業計画書を作っていて────────まぁ、そういうわけで営業成績も悪くて。会社も分かっているので怒られはしないのですが……」
イカン。酔った勢いで先輩に愚痴ってしまった。
「それで、前期の営業成績はどうだったの?」
「最下位」
おわり
最後までお読みいただき、ありがとうございました。