8話 抜山蓋世
「…!?レイド君…!?」
私は上手いこと地面に着地し、先程まで居た場所を見る。土煙が舞っていて、視認は出来ない…だが、素人目でも判る…あれは即死級だ。
万が一、死んでなかったとしても。生涯後遺症に苛まれる、そんな威力だったのだ。恐らく彼はもう…。
『リリア、分かってるね?【泥黎狼】、【蒼碧風燃蝶】、【壊滅の巨神】。この三種の魔物とは、闘ってはいけないよ』
セイン会長の言葉が反芻した。今、漸く理解した。こんなの…〝勝てない〟。
【壊滅の巨神】の固有能力、〝帝冥の理〟、効果は二つ。一つ目は、自然操作。辺りの地形を意のままに操ることが出来る。そして、二つ目は…まだ、発動してすらいないのに…。
「…っ…逃げなければ…」
ここまでやっておいて、〝逃げる〟という選択肢が出た自分に驚いた。【泥黎の大森林】の【壊滅の巨神】。危険度や個体値で言えば、【泥黎狼】や【蒼碧風燃蝶】と比較しても圧倒的に劣っていると聞いた。だけど…こんなの。
「グウオオオオ!」
「っ…!!」
【壊滅の巨神】の咆哮が轟く。再び私を標的としたのだ。
「…っ、何…?」
逃げようとした脚が、動かない。何故だ?何故、私は逃げようとしない…?
恐怖からだろうか?いや、これはもっと別の感情だ。恐怖でなくて、此処を離脱することを拒むような感情。
「…まさか」
そして、私の脳裏に一つの予測が過る。沸々と沸く感情…それは、憤り。
__私は、怒っているのか?目の前の敵に、殺意を抱いているのか?目の前の敵を倒すまで、逃げる事を許さないと?
「…どういうことだ…?」
私には、彼の為に怒る必要なんて無い筈だ。それより自身の安全が大切…なのに、一向に私の脚は、退くことを許さない。
「グォォォォォォォォ!」
巨大な拳が、私に向けて放たれる。一瞬だが少し、世界がゆっくりになった気がした。
…私が憤怒する理由は分からない…だけどこの身が、戦闘よりも離脱を恐れている…だったら。
「…もう、どうにでもなれ」
私は胸中に湧くこの激情に身を任せ、構えた。
「…〝女帝の睥睨〟」
私のもう一つの独自開発魔法、〝女帝の睥睨〟。対象の魔力を奪い、自身のものとし、奪い取れなかった魔力を〝分散〟させる。〝分散〟させた魔力は本来の威力を発揮出来なくなる。
【壊滅の巨神】のフィジカルは、身体を覆う高密度な魔力によるもの。繊細な魔力操作をなしているため、巨大でもかなりの速度を誇り、威力も倍増するのだ。
その魔力を分散すれば、当然速度はガタ落ち、威力も私からすれば大したことなくなる。
「…遅い」
私に迫ってくる拳は急激に失速していた。それを軽く躱し、剣に魔力を纏わせて腕を断った。
「グゥオオゥ!?」
【壊滅の巨神】は続いて〝帝冥の理〟で木々を宙に浮かせ、飛ばしてくる。ただ、分散した魔力で本来の威力など発揮出来るわけがない。
「〝斬巧〟!」
一太刀。私が振るうと、幾筋もの斬撃が、木々を全て木っ端微塵にした。
「喰らえ…〝吹風雷牙〟!」
…第六段階〝風雷〟属性魔法〝吹風雷牙〟により、小間切れにされた木は全て、雷電を帯びて【壊滅の巨神】へと猛スピードで迫り、直撃した。
かなりの熱量を持った魔法で【壊滅の巨神】を焚いた為、辺り一帯は熱い煙に包まれている。
「…どうだ…?」
煙越しに見えるのは、動かない【壊滅の巨神】の陰。だけど油断はしない。
そうして煙が晴れて…私は一気に焦った。
「っ!?まずい…!」
さっきから妙な感じはしていたが、煙が晴れてからはっきりした。奴の周囲の草木が、元気を失くし枯れていた。【壊滅の巨神】の固有能力〝帝冥の理〟。その二つ目の効果だ。それは、自然エネルギーを自身の筋力と魔力に変換するというものだ。
生まれたばかりのこの状況でさえ、〝帝級〟の私を凌駕する実力であるが故、その能力は最も警戒すべき能力だった。
これ以上やられると、本当に勝ち目が無くなる…!私は魔力を脚に集中させ、全力で地を蹴って突撃する…だが。
「ヴオオオオオオオオオッ!!!!」
「ぐっ…あっ…!?」
先程までとは比べ物にならない咆哮が轟いて。私の耳の奥で、有り得ない程の轟音が炸裂した。…そう、両の鼓膜が破けたのだ…耳から血が垂れ、そのまま音圧で吹っ飛ばされる。
「っく…〝慧癒〟っ…!」
瞬時に鼓膜を復活させ、立て直そうとする…が。
「!?はやっ…!?」
奴は残像しか残さない程のスピードで、私の背後へと回り込んできた。魔力分散前の速度の倍は速い…!〝女帝の睥睨〟の許容出来る魔力量をオーバーしたのか…!?
「くっ…!」
咄嗟に、魔力で固めた右腕で防御の姿勢をとった。回避出来ないと本能で悟ったから、防御に徹した…そして、奴の拳が私の腕にぶつかる。
「があああっ!?」
腕はあらぬ方向に曲がり、その拳はそのままガードを貫通して私の胴に命中した。
魔力で固めていた腕を軽々と圧し折った挙げ句、腕だけに集中させていて魔力を纏っていなかった胴まで攻撃を当ててきた。そんな攻撃を受ければ、当然内臓の損傷が酷い。私は激しく吐血して吹っ飛ばされ、背後の木に衝突したところで止まった。
指一本動かせない、呼吸も満足に出来ない、意識が朦朧とする。だけど、【壊滅の巨神】は待ってくれない。その巨体から来る重い足音を響かせ、私に近寄ってくる。
「…ぁ…」
【壊滅の巨神】が拳を振りかぶる。その時、世界が酷くゆっくりになった。私はぼやけた視界の中で実感する。
(…死ぬ瞬間って、本当に世界がゆっくりに感じるんだな…)
私は目を閉じた…〝死〟を受け入れたのだ。私は満身創痍、奴は五体満足に近しい。ここから起死回生の一手があるなら、知りたいものだ。
そんな刹那が幾秒にも感じられる時間…私が心中で呟いた言葉は。
(…ミィ先輩…シン先輩…すまない。私も、直ぐにそっちに行く…)
〝あの時〟。私がいち早く、違和感に気付いていれば、彼女達を止められた。だから彼女達が消えた時…私は背負うと決めた。だが、現実は見ての通り。
彼女達の足許にも及ばない存在である【壊滅の巨神】に、私はこの上ない敗北を突き付けられた。それも、文字通り私の体躯の何倍もある巨大な壁を見せつけられて。
(…何が背負うだ、何が守るだ…私は…私は…)
──最低だ。
…そうして、奴の拳が私に当たる…そう思った。だが…。
「…?」
一向に、私に拳は当たらなかった。世界がゆっくりになっていると言えど、もう死んでいてもおかしくないのに…。
私はゆっくり目を開ける…意識は相変わらずはっきりしない為、殆ど見えないが…辛うじて見えたのは…誰かの背中。黒い髪をした男の、背中だった。
「…君…は…」
そこで、私の意識はそこで薄れていって…。
視点変更:レイド
「…流石に、気絶してからは無理だったか…」
俺はその巨神の拳を〝左手の人差し指〟で止めながら、そう呟いた。
【壊滅の巨神】をじっくりと観察する…〝帝冥の理〟を利用した強化、〝帝級〟であるリリア副会長を圧倒する実力。それらを考えると…〝神聖級〟の下位程度と見て良いだろう。
「…退け、邪魔だ」
俺は拳を止めていた指で軽く拳を押してやった。すると、【壊滅の巨神】は吹っ飛んで、5m程先で止まった。
「…時間が無いな。さっさと終わらせるか」
リリア副会長が死ぬまでの時間がもうない。あの傷では、もって残り5分程度だろう。だから、俺は目の前の敵に「かかってこいよ」と手招きをした。
「グウオアアア!」
自身を目の前にして余裕そうな態度をとったからか、【壊滅の巨神】は激昂し、音も置き去りにする程の速度で突進してきた。
その速度で拳を繰り出されたら、一溜まりもないだろう…だが。
「…」
「グオオオウ…!?」
その拳は、まるで壁に打ち当たったかのように止まった。【壊滅の巨神】は困惑し、必死に俺に拳を届けようとする…だが動かない
…その拳は決して何もない所で止まった訳では無い。何故なら、その拳は俺がそこに設置した〝砂粒程度の魔力〟によって止められたから。だから、その拳は止まって当然だ。
「…さて、生憎と相手してやる暇は無いんだ…悪いな」
俺は言葉が通じる筈もない存在にそう謝罪し…指を突き出す。だが、【壊滅の巨神】は自然操作で木を俺に向けて突進させて来ていた。
俺が魔法を放とうとする直前に、俺はそれに気づいた。言葉を発する間もなく、その木は俺に直撃する。
ドガガガガガガ!という轟音を響かせ、黒い煙が舞う。流石は【壊滅の巨神】、威力だけは途轍も無い…だが。
「…ウゴォ…?」
【壊滅の巨神】がそんな呆気にとられた声を出す。俺は依然として指を奴に向けて突き出したまま…俺の周りを魔力で覆うと同時に、リリア副会長の周りも魔力で覆っていた。魔法なんて使っていない。
さしもの【壊滅の巨神】とて、そんな芸当は出来ないのか、一歩後退る。既に奴の身体は、恐怖に支配されていた。
「…用は済んだんだな、なら…終わりだ。〝殱穿〟」
…そして、その直後。極小の光線が、【壊滅の巨神】の頭を射抜き…【壊滅の巨神】の眼からは…生気が抜け落ちるのだった。
視点変更:リリア・カルリスタ
「…ん…ぅあ…?」
「…体調はどうですか?リリア副会長」
「…レイド君…?」
私が目を開けると、レイド君が居た。どうやら私を治療してくれたらしい。あれだけの傷を、どうやって…?
「…取り敢えず、治療はしておきました。脊髄損傷、右腕骨折、肋三本骨折、内臓損傷…治療するの大変でしたよ…派手にやられましたね」
「う…うるさい…」
生徒会副会長の無様な姿を晒してしまった。愧赧の念が押し寄せ、身体が熱くなる。
「…でも、良かったですね。運良く生き延びられて。多分、【壊滅の巨神】が死んだと思って何処かにいってくれたんでしょうね。」
「…え?」
私は彼の言葉に酷く動揺した。私は確かに、黒髪の男に助けられた。恐らく…目の前に居る彼に。
なのに、彼は「運よく」と口にした。彼は、私を助けた男とは別人…?いや、視界がぼやけてはっきり見えなかったが、あれは間違いなく彼だ。
「…ちょっと待て…君が【壊滅の巨神】を倒したんじゃないのか…?」
「何言ってるんですか…俺が【壊滅の巨神】を…?馬鹿言わないでください。俺は〝最下級〟ですよ?」
一瞬「誰が馬鹿だ」と言い返そうとしたが、それより重大な事実に気づいてしまって、口を噤んだ。
「…」
「…どうしたんですか」
私は彼の身体を観察する。服は土まみれ、あの巨大な地形がぶつかったのだから当然だろう…だけど。
「…君、怪我はどうしたんだ?」
「……ちゃんと治療しました。ギリギリで命を繋ぎ止めましたよ、俺も危なかったです」
嘘だ。だったら何故、服に血は付着していない?
〝浄化〟か?なら服は完全に綺麗になる筈。だが、彼の服には土が付いている…とどのつまり。
(…あの攻撃で、傷を負わなかった…?)
そんなことが、あり得るのか?私ですらあんなのを喰らったら、〝生きていられるか分からない〟というのに…それを〝無傷〟で…?
「…そんなことより。リリア副会長、〝錬魔力〟使いましたよね?それも魔力がかなり減っていた状況で、更に第五段階以上の…本気で死にますよ?」
「…仕方ないだろう、放たないと死んでいた」
「…倒せなかったのに?」
「斬るぞ?」
癇に障ることを言われ、そう言い返した…だけど。不思議と悪い感じはしなかった。
「…まあ何にせよ。生きてて良かったです」
そう言って、彼は私に初めて笑顔を見せた。嘘を吐かれている…だけど。その笑顔は本物だった。本物の優しい、笑顔だった。
それが分かると、段々と心臓の鼓動が速くなっていった。何だ、この感情…?私は知らない…。
「…立てそうですか?」
「い、いや…暫くは無理そうだ」
目を合わせられない、身体が熱い。風邪でも引いたのか、私…?
「…そうですか。なら背負って行くんで。ほら」
そう言うと、彼は私に背を向け腰を屈めた。
「…あ、ああ…そうさせてもらおう…」
私は、彼の背中に倒れ込むように身を預けた。
「…リリア副会長、意外と体温高いんですね」
「!?そ、そうだな…」
更に体温が上昇する。顔だって、耳まで凄く熱い。おかしくなりそうだ…。
「…それじゃあ、〝瞬讃〟で飛ぶので、目を瞑ってて下さい」
「…ああ」
「…刹那の瞬きで、我は光と成る。光脈を伝い、望むべき場へ導け、〝瞬讃〟」
…〝瞬讃〟により着いた場所は…闘技場の控室だった。彼は私をベッドの上に降ろした。
「…取り敢えず寝ていて下さい。俺はリーシャとカルミアの所に戻るので」
彼はそう言って、控室の扉を開ける。
「…待ってくれ」
私はそんな彼を引き止めた。
「…何ですか?」
どうしても腑に落ちない。彼が何故、気絶していたとは言え、私の前で奇を衒うような真似をしたのか、何故そんな実力があるのか…何故私を助けたのか。
それらを訊ねたかった…だけど…言葉が出てこないで、口を噤んだ。
「…?」
「…いや…何でもない」
「…そうですか。では、失礼します」
そしてそのまま、彼は控室を出ていった。私はこの妙な寂寥感に包まれた空間で、一人呟く。
「…レイド君…君は一体、何者なんだ…?」
視点変更:レイド
…控室の扉を閉め、俺は一息つく。
「…面倒なことになったな…」
あのまま俺がリリア副会長を見捨てていれば…いや、もしかしたら気絶した後でも助けられたかもしれない…そんな後悔ばかりが頭を巡る、もっと良い方法があったのではないかと臍を噛む。
…でも、仕方なかったかもしれない。だってリリア副会長がやられている光景は…。
俺は自分以外の誰にも聞こえない声量で、静かに言う。
「…半分正解ですよ、リリア副会長…俺が【壊滅の巨神】を倒した…だけど、半分不正解。…その答えは、教えられませんけどね」
それを密かに告げた後、俺は再び〝瞬讃〟を使うのだった。
というわけで第8話終了です。あの弱かったレイドは何処へやら、って感じです。
8話まで書いたんですが…まだ土台形成の途中ですね。物語の進行速度はめちゃくちゃ速いんですけどね。落ち着いたら物語の修正もしたいですね。
まあ気長にやっていきますんで、何卒宜しくお願いします。じゃあ、また。




