21話 支援の極致と魔の白薔薇
…その瞬間、俺の身体の奥底から…信じられない程の力が漲ってきた。
理由は言わずもがな…リーシャの、支援魔法によるもの。
「…まさか、ここまでとは」
支援魔法…俺は斯道に知悉していても、扱うとなるとからっきし。故に、ここまでの強化を施せる支援魔法の存在を、俺は見た事が無かった。
…まあ、それもそうか。
(──今の魔法名…聞いた事が無かった)
…つまりは…独自開発魔法。今までの支援魔法を凌駕する、完全なる支援。
俺の身体を囲むように渦巻く、魔力の奔流。俺の体内を熱くするまでの、魔力の浸透。
…これ程高密度で強力な魔力なら…。
──ドカァアアアアアアン!!
「…………は?」
自分でやった事なのに、自分で驚いていた。
…今俺は、何をしようとしたか。いつも通り、詠唱からの魔法発動に魔導技術の付加…そして魔法名の宣言で【天滅猛穿竜】を攻撃しようとした。しようとした、だけだ。
──なのに。
「──そのつもりも無いのに…無宣言…?」
有り得ない、有り得る筈が無い。ただ普通に魔法を放とうとしただけなのに、無宣言になるなんて。
…突然魔法陣が現れ、突然第十八段階〝聖魔〟属性魔法〝魔薙浄慧暁爀〟が【天滅猛穿竜】を襲った…しかも、消費する魔力も演算する情報量も完全詠唱の時と変わらない。それは即ち…〝完全詠唱のメリットと無宣言のメリットだけを複合して扱っている〟という事。
昔、魔導研究者達が挙ってそれを試みたが…それは現実的に不可能だった。魔法構築の情報量をデメリット無く補完出来る方法が、詠唱というものしか無かったから。
…結果としては、無詠唱へと妥協して、それでも完全にデメリットを消す事は出来なかった。
…その研究者達の何歩も先に行き、リーシャは支援魔法でこれを完成させた…?
…理解出来ない境地。理解の及ばない極地。
「ギャォオオオオオオオオ!!」
「…まだ立つか」
恐らくギリギリで【天滅の咆哮】を使ったのだろう。それで大幅にダメージを軽減していた。
…だが。
(──ダメージは入っている)
…【天滅猛穿竜】の右翼には穴が空いていた。流石に高位の錬魔法だ。
…だがこれ以上時間を掛ける訳にも行かない。この支援にも限界がある筈。
こんな支援を使い続けるなんて事、できる筈が無い。魔力、脳、あるいはその他の何か…それを、リーシャは消耗しているのだろう。でなければ、ここまでの強力な能力強化と特殊効果を付与出来る訳が無い。
…この魔法は…短期決戦用だ。
「…だったら、直ぐに勝負をつけてやる」
ダンッ!
俺は地を蹴ると、〝砂鋼〟が舞い上がる。
地面反力が伝わりにくく足を取られる場所の筈なのだが…それを無視したかのように、途轍もない速度を叩き出す。
シュババババババッ!!
…無属性ナイフで、斬り刻む。先までの俺の膂力では、このナイフをまともに扱えなかった…だが、支援が入れば。
「ギャァオオオオオオオオオオオオオ!?!?」
鱗をものともせず…斬り刻む。バキバキと、鱗が砕ける音と共に鮮血が四散し、【天滅猛穿竜】が痛みに悶え暴れ回る。
…まさか、こんなに容易く懐に潜り込んで、鱗を破壊するとは。
「ガァアアアアアアアアアアアアアア!!」
…【猛穿の咆哮】を、そこかしこに振り撒く【天滅猛穿竜】。奴の周りの〝砂鋼〟が抉れ、大きなクレーターが何個も出来ていた。
「…」
俺はリーシャの方を一瞥する…目を瞑って集中しているが、まだ余裕はありそうな表情だ。
…本当に強い奴だな。
「…ふっ!」
俺は〝硬〟で作った足場を思い切り踏み抜いて、【天滅猛穿竜】へと迫る。
「ガァアアアアアアアアアアアアアア!!」
【猛穿の咆哮】で迎撃しようとしたのだろうが…。
「──残念、逆だ」
俺は〝瞬讃〟で【天滅猛穿竜】の背後に移動していた。
…よもや無宣言で〝瞬讃〟をここまで自由に扱えるとは思っていなかった。移動系の〝瞬讃〟や〝転移〟は、無宣言となると移動範囲が極端に制限される…それこそ半径50cm以内とか、そんな程度に。
だが、リーシャの固有の魔法で、そのデメリットも無い…非常に使い勝手が良い魔法だな。
ドドドドドドッ!!
第五段階無属性魔法〝無気楼〟で魔力分散をし、第二段階〝虚無〟属性魔法〝邪虚是閃〟で【天滅猛穿竜】の内部へダメージを、第十七段階〝雷光〟属性魔法〝裁きの雷、虚実の光〟で【天滅猛穿竜】の亀裂が入った鱗を全て剥がす。
…無宣言になるだけで、ストレスを全く感じない。自由気ままに、思う通りに…身体が、動く。理想を、体現出来る。
「ギャオオオオオオオ!?!?」
…もう【天滅猛穿竜】を阻む物は、無い。多くを受け付けない鱗も、魔弾も…そして、固有能力も。
「ゴォオオオオオオオオオオ!!」
…【天滅の咆哮】も…これ程の魔力ならば、弾き返す。
「ガァアアアアアアアアアアアアアア!!」
ドドドドドドォオッ!!
…【猛穿の咆哮】も、遅い。数多の魔法で、相殺する。
「ふっ…!」
俺は軽く跳躍し、そのまま〝風翔〟でふわふわと浮く。
…そして、頭が【天滅猛穿竜】の目線まで来た所で。
「はぁっ!!」
魔導技術〝幻〟と〝乖〟を使う。
…【天滅の咆哮】で掻き消せない以上、これはダイレクトに決まる。万一にも避けられないよう、〝昇〟で強化した第八段階闇属性魔法〝影縫〟で動きを止める。
「ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
有り得ない程の大音声で、ソレを消そうとする【天滅猛穿竜】…だが、コレはそんなもので止まる代物では無かった。
【天滅の咆哮】を…越える。肉体を…越える。
──そして、その魔力が【天滅猛穿竜】に達した瞬間。
俺は無宣言でも良いところを、敢えて宣言する。
「──〝死誘う白薔薇の彫刻〟」
…その瞬間。
──パキィイイイイン!!
【天滅猛穿竜】の身体は…何かの物質によって包まれた。その謎の物質は薔薇を型取っていて、色彩からしても、完全に白薔薇だ。
…まあ、それもそうだろう。
俺は懐に隠している花弁を手で押さえ…そして。
「──爆ぜろ」
ドカァアアアアアン!!
その巨大な白薔薇は臨界点を迎え…爆発した。美しく、儚い欠片となり、大気中に溶けていく。一瞬だけプラズマが走った後に、忽ちこの世界から、存在事消滅した。その地面に、デカい魔石が落ちる。
…死を司る属性、〝漆黒〟属性。錬魔力の中でも、とりわけ危険なこの属性を使った。別に使う必要性が無いが、使ったのだ。
俺を覆う魔力の奔流が沈静化して…俺は呟く。
「……俺も、大分苛立ってるか…」
まあ、そうだろう。学園側に【ホワイトサンドワーム】の討伐を頼まれた、ってのに…【天滅猛穿竜】の討伐をしたんだもんな。明らかに難易度が違う…そんなの腹が立って仕方無いだろう。
「…リーシャ──」
バタンッ
…俺がリーシャの方を向くと…リーシャはゆっくりと倒れた。恐らく…疲弊による気絶だろう。
地面が〝砂鋼〟という事もあり…リーシャの顔面から大量の血が散る。
「ッ…〝回生の命天〟」
無詠唱で〝回生の命天〟を発動し、リーシャの傷を回復させる。完治までに時間が掛かるだろうが…〝砂鋼〟に思い切り頭をぶつけた以上、後遺症を遺さない為にもゆっくりと回復させるしかない。
…この魔法は、〝戻す〟事が出来るからな。
「よっ、と…」
俺はリーシャを背負い、セリアル魔法学園の方角へ視線を向ける。
「【胡乱の砂漠】で【天滅猛穿竜】の発生…普通は有り得ない。まさか此処まで飛んできた、なんて事も絶対に無い…と、なると…」
独りでブツブツと呟きながら思案する俺。
やはりどう考えても、【天滅猛穿竜】が【胡乱の砂漠】で活動する事なんて出来やしない。子供ならともかく、あれ程デカい個体なら普通は不可能だ。
「まさか…な」
俺は一つの可能性が頭を過ぎる。
その可能性は、あまりにも辻褄が合いすぎていて現実味を帯びている。表側にある闇も裏側にある闇も、その全てが一つの答えに通じている。
…だから現状…そんな言葉を吐いた俺も、この可能性が正しいと確信している。
「…ま、いずれにせよ…」
俺は俺の背中で気絶している、誰よりも強い支援魔導士に向けて。
「──良く頑張ったな、リーシャ」
「…成程、そんな事が…」
現在、空き教室。
俺は事の顚末をイア先生へと説明した。【胡乱の砂漠】で【ホワイトサンドワーム】が出現せず、本来【艱難の渓谷】に巣食う筈の【天滅猛穿竜】が出現した事。それを撃破した事…そして、それがリーシャの活躍だった事。
「【天滅猛穿竜】の撃破記録は取れたのか?」
「いえ、俺がリーシャの支援を経由した魔法で跡形も無く消し去ってしまったので…でも、【天滅猛穿竜】の魔石は取ってきました」
「…ほう?」
俺は懐からその魔石を取り出す。通常直径5cmあれば特大サイズと云われる魔石だが…俺が出したのは。
「…デカい…な…」
直径、約12cm。本当にデカい魔石だ。
「これだけデカい魔石…しかも純度も素晴らしい…【天滅猛穿竜】でなくとも、〝帝級〟以上の超大型魔物を倒したのだけは判る」
…以前、【壊滅の巨神】を倒した時の魔石は…確か何処かに隠したんだったな。その時の魔石のサイズは、多分10cmくらいだった。
それよりまだ大きい…【天滅猛穿竜】のデカさと強さがどのくらいだったのか、これで分かるだろう。
俺は魔石を懐に仕舞う。
「これだけの証拠…そして実力があるならば──」
「流石の教師陣も…昇級させざるを得ない、ですよね?」
正鵠を射た発言。
俺達は二人で【天滅猛穿竜】を撃破した…それだけで、天級以上の実力があると言う外無い。教師陣ですらぐうの音も出ないだろう。
「…そうだろうな。あの頑固者共を完全に黙らせるには、十分過ぎる実績だ」
イア先生は口端を吊り上げ、少し悪い顔をする。
…この際だから、訊ねてみる事にした。
「──イア先生って、他の教師の事嫌いなんですか?」
これは少し前から気になっていた事だ。俺達の為に教師と真正面から言い合っているのは分かるが…それ以外にも、何か理由があるような気がしたからな。
だからこそ、真っ先に思い付く理由を添えて訊ねてみた…〝嫌いなのか〟と。
そして、返ってきた答えは。
「嫌いなんて陳腐な言葉で表して良いものじゃない…アイツ等は、私諸共地獄に堕ちるべきだ」
…その声は黒く、荒んでいた。
「…随分と苛立ってますね」
「当たり前だろう…レイド、魔法学園の教師という仕事の本質はなんだと思う?」
そんな質問が飛んでくる。それに対し、俺は即答する。
「魔導士に知識と知恵を与える事…そして、法とルールを遵守し、恩恵を遍く与える事」
「中々にパーフェクトな回答が返ってきたな…そうだ。我々教師の仕事は、将来名を馳せる名を馳せないに関係無く、魔導士である生徒に〝平等に〟〝与える〟事だ」
イア先生は立ち上がり、手の上で魔法を操る。形、色、密度、大きさ、長さ、性質、彩度、明度…それら全てにおいて参差錯落な魔力を並べ、説明していく。
「非才でも天才でも、それらは些事に過ぎない。私達は個々に応じて方法を変えることはあれど、方針を変えはしない。必ず、ゴール地点は〝魔導の究極〟だ。そこに辿り着こうが着くまいが…私達は全力でそれをサポートする…それが、当たり前だと思っていた。だが、現実はそんな綺麗事の世界で構成なんてされていなかった。非才を淘汰し、天才を贔屓する。魔法至上主義でありながら、魔法実力至上主義を謳っている…私はそれが心底腹立たしい…私が夢見る〝教師〟を完全に否定された訳だからな。こんなつまらない事をする為に教師になった訳じゃ無い、こんな非道い事をする為に魔法を勉強した訳じゃ無い…私は…」
「……」
「おっと、すまない。長々と話してしまって」
イア先生はその魔力を握り、拳の中で砕くようにする。数秒後、その魔力がイア先生の体内に収まりきり、イア先生は再び座る。
「まあ、どうだって良い事さ。これで満足か?」
「……ええ。一先ずは」
「含みのある言い方だな…なんだ?もっと教師に対する愚痴を言って欲しかったか?」
「否定はしませんけど…肯定もしませんね。どちらにせよ、俺は〝リーシャの昇級〟を頼みたいだけなので」
そう、俺がイア先生の許へ来たのはこれが目的だった。
リーシャの昇級…それが、何を意味するのか。
「成程…確かにリーシャが昇級すれば、馬鹿げた支援魔法の存在が多くの魔導士に知れ渡る…お前の話が本当ならば、だが」
「…〝完全詠唱魔法の無宣言化〟…それを周りが知るだけで相当な価値が出る筈です」
「…成程…だが、良いのか?それはリーシャが引く手数多になり、お前のパートナー枠から外れる可能性があるという事だが」
俺はその言葉に数瞬黙った後に…こう告げた。
「…まあ、それで良いんじゃないですか」
「ほう…?案外あっさりなんだな」
「一応入学時から、俺達は残り物同士でパートナーを組んだだけですし。これからはアイツの自由、ってだけです。まあ、アイツが俺に懐いているなら何も変わりませんし」
「…そうだな」
俺は立ち上がり、懐中時計を確認する。そろそろ夕刻…黄昏時だ。
「…それじゃあ、俺はそろそろ戻ります。勉強するので」
…と、俺は踵を返して去ろうとする。
「待て」
だが、イア先生が俺を呼び止めた。
「まだ何か?」
振り返らずに、俺はそう訊ねる…すると。
「お前は…昇級したいのか?したくないのか?」
…当然、したいに決まっている。馬鹿にされ続ける日々ももう沢山だ。
…だが。
「今は…したくないですかね」
と、答えて。俺は今度こそ、この場を去るのだった。
「──本当、食えない生徒だな」
「──失礼します」
俺はその場所に赴いていた。俺が、普通は来ない筈の場所に。
「…?レイド君?」
そう反応したのは…リリア副会長。
そう、此処は生徒会室。セリアル魔法学園でも有数の強者が集う場所だ。
どうやら現在この場に居る生徒会メンバーは三人。作製のスペシャリストであるネム・パラドール先輩。異質な雰囲気を醸し出しているスフィー・アルテミス先輩。生徒会メンバーの中で、唯一俺がまともに話した事のあるリリア・カルリスタ…先輩。
…一応リリア副会長と呼んでいるのだが…未だ先輩呼びの方が良いのか悩んでいる。ネム会計とかスフィー書記とか…言うと語呂が悪い気がするしな。完全に個人の感想だが。
「…およ?後輩君じゃん!やほ〜」
ネム先輩が俺に手を振る。気不味いが、俺も手を振り返す。
「…君は何をしに来たんだ?」
「えっと、俺は──え?」
…と、俺が要件を伝えようとした時…突然、俺の位置座標が変わった。俺は気が付けば、その椅子に座っていたのだ。
「決まってる…雑務処理の代理…」
「ええっと…スフィー先輩…?」
俺が立っていた筈の場所に、スフィー先輩は立っていた。
「ッ、スフィー…!君はまた…!」
…どうやらこの現象はスフィー先輩がやった事らしい。まるで立ち位置を入れ替えたり、時を止めたりしたかのような現象だが…果たしてそう単純なものなのか。
もっと特別で…解読不可能な。そんな魔法な気がする。
「リリア…良かった。見つかった、新しいボランティア」
「何がボランティアだ!?自分が楽したいだけだろう!?」
「…リリアがそれ言う?いっつも自分の仕事を私に半分押し付ける癖して…」
「ッ…それとこれとは…!」
…な〜んか面倒な状況になってきた、色々面倒な状況になってきた。
「あはは〜…」
ネム先輩もこれには苦笑いするしかないようで…ただただ二人の口喧嘩?を傍観している。
斯く言う俺も、この二人と親しいという訳では無いので、上手く間に入れずにいる。困ったものだ。
「そもそも!君は自分の仕事すら満足にしないだろう!」
「それはリリアが仕事を回してくる所為…」
「仕事を回していない日もだ!サボってセリアとスイーツを食べに行ったのは今月で何回目だ!?」
「そう怒らない…まだたった14回…」
「コイツ…!」
…まるで子供の喧嘩だな。自分の主張を押し付けて、正当性を認めさせようとする…まさに子供だ。
「はぁ…すまない、レイド君。スフィーは面倒臭がりなんだ…」
「見てれば分かりますよ…でも、リリア副会長の仕事ってそんなに多いんですか?」
「ああ…私の仕事の配分だけおかしくてな。仕事の8割は私に回ってくる」
「うげ…それはヤバいですね…」
そういえばリリア副会長は頭が良くて、それで仕事が凄い回ってくるってセリア先輩が言っていたような…。
「だから半分程はスフィーに任せている…サボってばかりだが」
「酷い…私、リリアに無理矢理生徒会に入れさせられたのに…」
…確かにそんな事も言っていた気が…。
「黙れスフィー…!その事を言いふらすと斬るぞ…!」
「やってみれば…?どうせ意味無い」
「──まあまあ!二人共落ち着いて!」
流石にマズいと感じたのか、ネム先輩が止めに入る。
…確かにあのままだと、生徒会室が壊れる程度の…じゃれ合い程度の喧嘩が繰り広げられていた事だろう。それは何がなんでも阻止しなければならない。ネム先輩の英断力に感謝だ。
「後輩君の要件をまだ聞いてなかったと思うんだけど…」
「え?ああ…そうでしたっけ」
リリア副会長とスフィー先輩の喧嘩に気を奪われて、完全に失念していたが…そういえば俺は要件があったんだったな。
「も・し・か・し・て〜…魔導具の共同作者になるって話、考えてきてくれたの?」
「いいえ」
「即答!?お姉さん悲しいな〜…」
「お姉さんと呼べる程歳は離れていないでしょう…」
「むぅ〜…後輩君の意地悪!」
「さて、今日此処に来た理由は──」
「無視ぃ!?いくら私が面倒臭いからっていってそれは酷くない!?元からこんな性格なんだから受け入れてよ〜!」
自分で面倒臭い性格だって思ってるのかよ…まあ実際面倒だとは思っている。セリア先輩の次くらいには面倒だとは思っている。
…そんな事はともかく。俺はネム先輩の許へと歩く。
「…?どしたの後輩君」
「一応、用があるのはネム先輩なので」
「…?」
何やら疑問に思っているネム先輩に…俺は懐から取り出した魔石を見せる。
「…!これは…」
「見ての通り巨大な魔属性の魔石です。【天滅猛穿竜】撃破時に落としました」
「【天滅猛穿竜】…?随分と凶悪な魔物を撃破したんだな」
「…まあ、仮パートナーであるリーシャ・レイレンスの助力のお陰で、ですが」
リーシャの支援魔法… 〝昔日に過ぎ去りし縁力の詩〟があったからこそ倒せたと言っても過言では無い。魔導士の中でも重要な項目を無視して、一瞬で強力な魔法を発動出来る…そんな魔法があったのだから、大概はそのお陰だ。
…少し要件に関係無い事を喋り過ぎたな。
俺はそこで話を打ち切り、本題を伝える。
「それでネム先輩…この魔石、要りませんか?」
「え!?良いの!?」
「別に俺はこの魔石必要無いですし。だから作製の天才と自称しているネム先輩に──」
「マジ!?感謝感激だよ!これは後輩君を敬わなきゃね!」
…中々に食いついてきた。遠慮が無い…まあ魔工学に精通しているネム先輩ならば、この魔石の価値がどのくらいなのか一目瞭然だろうな。
先ず、この魔石は魔属性。下手な錬魔力よりも扱いが難しい、基礎属性魔力・魔法の頂点。魔物からドロップする確率も、相当低い。今回倒した【天滅猛穿竜】等、強力な魔物ならば確率は高いが、それでも魔属性の魔石は希少だ。
そして純度…魔属性ともなれば殆どが低純度。基本的に一割、良くても二割…だが、この魔石は。
「純度七割の魔属性魔石なんて幻級の素材だよ!しかもこんなに大きい!これ一つでそれこそ世界中の魔工学研究者が集るくらいには凄い代物だよ!」
「そうでしょうね。俺だってこんなの見た事無いので」
「これ、本当に貰っちゃって良いの!?」
「良いですよ。俺よりネム先輩の方が良い扱い方をするでしょうし」
「やったっ♪」
バッ、と奪うように魔石を手に取り、歓喜抃舞するネム先輩…まあそうか。天然で高純度の魔石なのだ…セリア先輩のように人工的に魔石を作る事も可能だが…効果、価値等は天然の魔石よりも落ちるのが一般的。まあ、魔物が濃密な魔力の塊みたいなものだから、そうなるのも仕方無いのかもしれないが。
「ねえねえ後輩君」
「?どうしたんですか」
…少し時間が経って落ち着いてきたのか。ネム先輩は俺を呼ぶ。
一体どんな話なのだろうか、と俺が思案していると。
「後輩君…私のお婿さんにならない?」
「……はい?」
「っな…」
「ん…?」
俺だけでなく…この場に居る全員が、その言葉に引き付けられた。
「だ・か・ら〜…私をお嫁さんに貰ってくれない?」
「……」
まあまあ…いや、完全に予想外な提案が目の前に立ち塞がった。
「私と後輩君って最高に相性良いと思うんだよね〜!魔導具も作れるし、話も合いそうだし──」
「ま、待てネム!話が飛躍し過ぎだ!レイド君だって困惑してるだろう!」
…ネム先輩の行き過ぎを防ぐ為に机の天板をバン、と叩いて立ち上がるリリア副会長だが…。
「え、何?そんなに焦って…あ、もしかしてリリア…後輩君の事…」
「ッ…!?そ、そんな訳無いだろう!馬鹿が!」
「私まだ何も言ってないんだけどな〜…そんなに顔赤くしちゃって、可愛いな〜」
…そんな良く分からない会話が繰り広げられている。何故だかは知らないが、リリア副会長が凄く恥ずかしそうだ。
「………捨て去られし夙昔の矮星、離反されし永久の糠星。流されし血涙は汝を決して逃さず、ただ咒法の如く贖いの聲を待つ。会者定離の理は冥府にて覆される、汝が見限りし我の密事を侮る事勿れ──」
「わーわーー!?悪かったって!私が悪かった!だからそんな超高速超長文詠唱で私を殺そうとしないで!?」
…なんなのだろう、この茶番は。
因みに今詠唱していたのは〝焉破滅流螺旋〟の呪文…明らかにこの生徒会室を破壊する威力だった筈。
…生徒会がいつもこんなのだとしたら、相当野蛮なのだが…大丈夫だろうか。
「…リリア…ネムと、えっと…名前なんだっけ」
「レイドです」
「レイドも困ってる…それに、仕事がまだ山のよう。そろそろ〝依頼競争〟期間にも入る…面倒だけど、これに関する仕事をやるべき」
スフィー先輩は山のように置かれている書類を指差す。見た感じ、まだ半分以上は終わっていない…このまま喧嘩なんてしている内には、どんどんと仕事を滞納していくだろう。
「…それもそうだな…命拾いしたな、ネム」
「ふぅ〜…」
ネム先輩の身体から力が抜けた…相当安堵したのだろう。
…流石は生徒会の副会長。放つ威圧も一級品だな。
…さて、生徒会役員は仕事に戻るそうなので、俺もこの場から退室させて貰う事にしよう。
俺は扉を開け…。
「…では、俺はこれで。仕事、頑張って下さい」
「うんっ、じゃね〜!」
…そして俺はこの生徒会室から出て、扉を閉める。
……。
──これで良い。
[視点変更:???]
「…まさか、送り込んだ〝竜〟が仕留められた…?」
有り得ない、有り得る筈が無い。個体値が低い代わりに固有能力の強化と特性の追加に努めた至高の一つだった〝竜〟が破られる等…あってはならない。
「通常の魔導士では、アレには刃が立たない筈だ…上位魔導士の仕業か…?だが仮に上位魔導士であったとしても、セリアル魔法学園の階級で言う〝帝級〟以上の実力が無くては確実に…更に〝帝級〟であれどアレを凌ぐ程ならば…」
…まるでおかしな幻想に取り憑かれているかのように、ブツブツと呟く。やがて黙った時には、口の中は少し渇いていた。
「…まだ様子見だ。計画の実行の為にも、最終手段は用意しておかねば」
[視点変更:レイド]
…翌日。【気概の間】にて。
「咲き誇る炎の徒花、踊り散る悲劇の花弁。香炉を模り、安らぎを与え、総て潰えて花と散れ、〝紅華焼〟──丐命の簒奪者、其の静寂の折を読過せず。眼窩に隠蔽されし低俗の免罪符、亦は無しと、唯汝を断罪する…〝旡刹断苦〟」
ただ魔法段階が高い魔法を連発するだけの、単純な作業。俺の魔法威力では、魔人形を壊すには到底及ばないらしいが…これでも、威力は上がってるんだぞ?今まではそれなりに魔力を消費してたが、今は消費量を半分程にしている。それでも威力は以前と遜色無い。これも偏に、この学園の授業のお陰か。
「──おいおいアイツ、あんな魔法を使っておきながら、魔人形の一つも破壊出来ねえとか…ククク…」
「クスクス…まさかあんな魔法の威力が低いとは、ね…?」
…まあ、俺の扱いはこのようなのだが。
どうやら、俺はまだまだ〝無能〟の冠が似合ってるらしい…。
…まあ、それなりに良い感じだ。
俺が態々【気概の間】で魔法特訓をするのには理由がある。魔法を扱って、魔力の質に磨きをかけたいからだ。逐一詠唱をするのは面倒だからな…出来れば魔力操作と魔導技術だけで乗り切りたい。
それに、魔力の質を上げれば魔法の威力も上がる。この学園は、魔力の質を上げる施設も機会も、他とは一線を画する…努力次第では直ぐに〝無能〟という汚名を返上出来るだろう。まあ返上する気はあまり無いのだが。
「…次だ」
…俺は右手を魔人形に突き出し、魔導技術〝廻〟を〝飛〟で飛ばす。それは魔人形に打ち当たり、魔人形を穿とうとしたが…少し抉ったところで、それは消滅した。
…威力は上々だ…となると、まだ魔法が追いついていない、か。
「仕方無いな…今日はここで切り上げるとしよう」
…と、【気概の間】から立ち去ろうとした時。
トントン、と。誰かに肩を叩かれた。
「……うげ…」
俺はその人の顔を見て…そして、〝関わりたくないな〟というような声を漏らした。
現れたのは水色髪で深い蒼眼の先輩。巷で〝聖女〟と謳われていて、実態はだらしないサボり魔の…カルミアの姉。
そう言えば、さっきから妙に辺りが騒がしくなったと思っていたが…この人の所為か。流石に有名人だな。
…頑是無くも妖艶な笑みを浮かべるセリア先輩は、俺の瞳をじーっと見つめていた。
どうやら、俺はまた絡まれる事になるらしい。面倒だと思いつつも、それを悟られないように平静を装って話し掛ける。
「…俺に何か用ですか、セリア先輩」
…俺がそう訊ねると…セリア先輩は──
「…こんにちは、レイド君。この後、少しお時間を頂けませんか?」
…………。
………………え、誰?




