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Secret Sorcerer  作者: RENTO
第一幕《刻が満ちるヴィンディクタ》
20/22

20話 リーシャの二つ名

 ──【天滅猛穿竜】。【艱難の渓谷】の幻とも言える〝ある場所〟に巣食う〝厄災〟と呼ばれる個体…【天滅猛穿皇帝竜てんめつもうせんこうていりゅう】、その同胞乃至臣下だろう。


 …でも、何故【胡乱の砂漠】なんかに現れた…?【天滅猛穿竜】は、【胡乱の砂漠】の環境に耐える事は不可能な筈なのに…何故?


 【胡乱の砂漠】には、【天滅猛穿竜】の食糧となる魔物も水も少ない。【天滅猛穿竜】程の巨体な魔物の代謝では、一瞬で食糧が無くなってしまうからだ。


 …だったら…此処に来たのは、つい先程?


(…だったら…答えは…)

「ギャオオオオオオオ!!」


 俺が思考していると…【天滅猛穿竜】の咆哮により、辺りの砂塵は吹き飛び、俺が先程放った〝滅絶光雷凱聖〟と同様、空を斬り裂く。


「くっ…!?」

()っ…!?」


 だが…その咆哮は〝滅絶光雷凱聖〟よりも途轍も無いものだった。俺の魔導障壁を透過し、俺とリーシャの皮膚を斬り刻む。


(ただの咆哮でコレか…!)


 流石に咆哮による攻撃で死ぬ、なんて間抜けな事が起きる事は無いが…それでも、それなりの傷は負う。


 …咆哮の威力から察するに…コイツは、帝級下位…か。【壊滅の巨神】よりは強く無いが、それでもリリア副会長が苦戦するくらいの実力だろう。 


 …しかし、神聖級でないだけ相当マシだな。帝級と神聖級との間では、まるで実力が違う…いや、実力という枠組みで表す事の出来ない、絶対的な何かが必要となるからだ。セリア先輩にも、何かしらの〝絶対〟を有している筈。


 だが…コイツには、恐らくそれが無い。〝絶対〟という存在を、持っていない…だったら。


(倒せる可能性は──十分ある)


 …ただ…問題はコイツの固有能力か。


「…リーシャ」

「な、何…?」

「分かってると思うが…コイツからは逃れられない。奴の固有能力は【天滅(てんめつ)咆哮(ほうこう)】と【猛穿(もうせん)咆哮(ほうこう)】…基本的に音や光に関連する固有能力は振り切れないからな…〝転移(トランス)〟や〝瞬讃(しゅんさん)〟を使っても、ターゲットになっているならこの世界の裏側まで追尾してくるだろう」

「わ、分かってるよ…!けど…」


 …リーシャが言いたいのは…〝どうやったら勝てる〟のか。


 逃げ切れない以上、闘って勝利を掴むしかない。だが、最低でも帝級の実力を備えている【天滅猛穿竜】に、俺達の攻撃が通用するかどうか。


 …先の咆哮だって、固有能力の咆哮では無かった。ただの、純粋な咆哮。それが、俺達に傷を付ける程の威力なのだ…文字通り、次元が違う。


「ギャオオオオオオオ!!」

「…試してみるか」


 俺は無属性のナイフに俺自身の魔力を纏い、魔導技術〝廻〟と〝調〟を使う。


 …〝調〟という魔導技術だが…基本的には〝状態や性質の保存・変化〟を司る。〝乖〟と一緒に使われる事が多く、敢えて錬魔力として融合させない事で魔力性質毎に錬魔力より激しい連鎖反応を起こさせる使い方が最もポピュラーだ。


 …だが、俺は〝乖〟より〝廻〟派だ。口に出すとどちらも〝かい〟と読む為分かりづらいが。


 〝廻〟と〝調〟の組み合わせは、〝廻〟の出力を大きく増加・保存し、威力を数倍に引き上げる。〝乖〟と〝調〟による連鎖反応させる魔力の組み合わせにもよるが…〝廻〟と〝調〟の方が安定して大きな火力を出せる。


 …この技に、〝斬〟と同様、名前でも付けておくか。


「〝侵爪(しんそう)〟」


 最後に、〝飛〟もしくは〝操〟で相手に魔力を飛ばせば完成。高質量で威力が高く、この無属性ナイフの硬度に呼応した魔力硬度を持つ魔力の奔流が、【天滅猛穿竜】を襲う。


 ガガガガガガガガガッ!!


 回転している魔力は歪な形へと変貌し、【天滅猛穿竜】に多段ヒットする。【天滅猛穿竜】の鱗を、一点に穿つ。


 …だが、やはりそれだけでは駄目だった。


「ゴォオオオオオオオオオオ!」


 …いきなり…〝侵爪〟が消失した。


「…【天滅の咆哮】か」


 【天滅猛穿竜】の固有能力【天滅の咆哮】。その咆哮は魔力を滅し、無にする。魔力でも魔法でも…関係無く、消滅させる。


 …まさに、魔導士の天敵。


「リーシャ…!」

「え?あ、うん…!」


 俺はリーシャに指示を出そうとした…が、何やら呆けていたようだ。


(無理も無いか…)


 【天滅猛穿竜】の相手は流石に俺達でも手に余る。勝率だけで言えば、ほぼほぼ無いようなものだ。初の依頼でもあるから、余計に恐怖が強いのだろう。


「えっと…〝加昇(かしょう)〟!」


 …一応、支援の選択は間違ってはいない。判断力はそこそこある。


 …ならば。


「お前は此処に居ろ…俺がやる」

「えっ…?」


 俺はリーシャの周りに魔導技術〝展〟〝硬〟…そして〝(ふく)〟を使った魔導障壁を使う。


 …〝復〟は自動回復用の魔導技術…といっても、傷の治療ではなく、魔法や魔力の治療…結界等が対象の治療だ。今回は魔導障壁の自動修復を行う為に使う。


「良いか?この魔導障壁から出るな…巻き込まれるぞ」

「で…でも…」


 何やら後ろめたさというものが、リーシャから感じられる…自分だけ安全圏に居るのが、余程気に食わないのだろう。


 …だが。


「適材適所だ。リーシャは俺に状況に応じて支援を掛けてくれれば良い。リーシャが支援を重ね掛け(スタック)してくれれば、それだけ俺も安全圏へと近付くからな」


 寧ろ俺の魔導障壁より、リーシャが支援を掛ける方が安全だ。幾ら魔力を相当込めた魔導障壁でも【天滅の咆哮】で無に帰す可能性があるからな。そうなれば、ほぼ丸腰のリーシャは一瞬で殺されるだろう。


 …まあだからこそ、()()()()()()()()()を施させて貰ったのだが。


「わ、分かった…レイド君、気を付けて、ね…?」

「ああ…勿論」


 …そして、俺が【天滅猛穿竜】へと振り返った直後。


「ッ!?」


 【天滅猛穿竜】がこちらへと音速で突っ込んできていた。


(魔法の詠唱も宣言も間に合わない…!)


 だったら…と。俺は魔力操作で〝眩鏡〟属性を生成し…魔導技術〝幻〟で実体を無くす。


「グォルッ!?」


 〝眩鏡〟属性は水属性と光属性の錬魔力属性…光の反射と屈折等、様々な現象で相手を錯乱させる。【天滅猛穿竜】程の巨体となればかなりの量、性質、効果を〝調〟で調える必要はあるが…今回の場合は。


 ビュウウウウウン!!


 【天滅猛穿竜】はその光を恐れ、真上へと方向を切り替え、飛行する。


 …今回俺が使ったのは〝光の屈折〟ではなく〝光の反射〟の方だ。【天滅猛穿竜】は光に弱い…光る場所を極端に嫌う。だからこそ、本来は光の届かない【艱難の渓谷】の秘境に潜んでいるのだ。


 何故こんなにも光が届く【胡乱の砂漠】に居るのかはまだ分からないが…それでも、光を嫌う事は確かだ。


「リーシャ!」

「──闇を通さぬ神聖なる宿木の葉、悪を疎外する濃密なる光の淵叢。汝を讃え、夜を祓う清らかな光を授けん…〝闇祓芥斜光(フルダストライト)〟!」


 …〝闇祓芥斜光〟。第八段階光属性魔法…光を纏い、闇属性の威力が下がる代わりに光属性系統の威力を上げる。更に闇属性にある程度の特効を得る。


 …基本的に魔物はデフォルトで闇属性や魔属性を持っている。それにプラスして得意な属性を持っている事が多い。〝属性系の魔物〟というのは、闇属性もしくは魔属性、それとは別に、個体別で他の基礎属性のどれかを〝纏って〟いる魔物の事を言う。


 …つまり、〝闇祓芥斜光〟は実質的に魔物特効。〝叫籟(きょうらい)〟と似たような効果だな。あっちは本物の〝魔物特効〟だが。


「──空を翔ける波よ、雲を突き抜く梯子よ。魔を洗い出し、日の許へと晒せ、〝光焼刑(ギルティアリグト)〟」


 …その瞬間。


「ギャオオオオオオオ!?!?」


 目が眩む程の光が、【天滅猛穿竜】を照らし出し、焼却する。【天滅猛穿竜】は悲鳴を上げ、空中で藻掻く。


「ゴォオオオオオオオオオオ!!」


 …だが、その処刑の光は…【天滅の咆哮】で掻き消された。


(…やっぱり、【天滅の咆哮】が厄介か…アレをどうにかしなければ、魔法ではまともにダメージを与えられない)


 【天滅の咆哮】一回の掻き消せる魔力量には限界があるが…それでも、俺達の魔法を掻き消す威力は持っている。


 …生半可な魔法では、簡単に突破されるだろう。


「ギャオオオオオオオ!!」


 …【天滅猛穿竜】がこちらへと突進してくる。俺は後方のリーシャを気にしながら、懐から杖を出す。


「自分の杖を使うのはいつ以来か…」


 アルスとの決闘で使った杖はかなり出来が悪かったが…自分の杖なら、それなりに闘える。


 俺の杖は、白が基調で小型…真ん中には紫色の魔石が埋め込まれている。


 …使うのは本当に久し振りで、感覚が鈍ってないか不安だが…まあ、大丈夫だろ。


「嘶け、紅き炎馬。吼えろ、蒼き氷獅子。相対するは終焉を齎す獣、振り乱すは双の神槍──」

「ギャオオオオオオオ!!」


 …俺は魔導技術〝乖〟で【天滅猛穿竜】の移動を制限する。だがこれだけでは少々心配なので、〝調〟を使って完璧な魔力波長を作り出す。


「右翼に据えるは炎馬の炎槍。肉を灼き貫き、安楽を招く。左翼に据えるは氷獅子の氷槍。肉を凍て固め、甘美を招く──」

「ゴォオオオオオオオオオオ!!」


 ──バキィ…パリィイイイン!!


 …だが【天滅の咆哮】で消滅させられる。魔力を扱う魔導士は愚か、魔物でさえも天敵と言わざるを得ない【天滅猛穿竜】。その【天滅猛穿竜】の前では、全ての魔力が無意味と化す。


 …だからこそ、莫大な威力を持つ魔法をぶつけようとしたのだが…。


「くっ…!?」


 流石に、詠唱を中断するしか無かった。奴の巨体は、大きな動きをしないと避けられない。詠唱中での身体への負担を考えれば、そうするしか無いからだ。


 隙が作れれば…だが、どうやって作る?現在使っているのは【天滅の咆哮】のみ…【猛穿の咆哮】は使ってすらいない。


 だったら…どうするんだ?


「ゴォオオオオオオオオオオ!!」

「っな…!?」


 その瞬間…【天滅猛穿竜】は俺の眼前まで迫って来て…そして、叫んだ。【天滅の咆哮】だ。


 俺の身体を纏う魔力は霧散し…ノーガード状態。リーシャの支援も消えた…これでは、普通の人間と変わらない。


 俺の得意は魔力操作とその応用である魔導技術。魔法を人より巧く使えない代わりに、魔力は人より巧く使える。


 …だが魔力を霧散されれば、それはどちらにせよ同じだ。


「ギャオオオオオオオ!!」

「っち…!」


 魔力が霧散すると…心臓が全身に魔力を送るまで数秒のロスがある。その間は一瞬だけ魔力がゼロになる為、感覚の狂いが起こる。コンマ数秒、目眩や吐き気、強い倦怠感…酷い場合は脳停止が起こる。


 脳停止の場合、一瞬だけでも死に至る可能性がある。今回の場合は起こらなかったが…危ないところだった。


 …だが、脅威はまだ去っていない。奴の口が、迫っている。このままでは…喰われる。


 だったら。


「ふっ…!」


 俺は無属性ナイフを持ち…奴の喉元に…投げる。


 グサッ!!


「ギャオオオオオオオ!?!?」


 竜の鱗は身体の外側にしかない。故に体内は脆い…ナイフは喉元に刺さり、【天滅猛穿竜】は出血する。


 …そして、その隙に。


「はっ!」


 魔力が身体全体に馴染んできたので、魔力で自前の足場を生成。〝硬〟でしっかり踏み抜いて、【天滅猛穿竜】の捕食から逃れる。


「…危なかった…」


 まさか喰おうとするとは思わなかった為、咄嗟にナイフを投げるしかなかった。これで、俺はナイフを使えない。


 …ならば。


()()()()()()()()()()…」


 俺は杖を【天滅猛穿竜】に向け…詠唱を、()()()


「──今差し固めしは其の(つがい)。進撃する我が敵を虚無の彼方へと葬らん…〝冰勠焔繞(ひょうろくえんじょう)〟…!」


 …決闘でアルスが使っていた魔法だ。第十四段階〝氷炎〟属性魔法〝冰勠焔繞〟。こんなもの無詠唱で使うアルスが化物と言う他無いが…威力で言うならば、即死級だ。


 …それはさておき。何故俺が途切れた詠唱の続きを唱える事が出来ていたのか。


 …俺が使ったのは〝保存詠唱(キープ)〟…詠唱の状態を保ち、途切れても続きを唱う事が出来る技術だ。


 どの魔導技術よりも難しいコントロールだが…本質は魔力操作だ。だからこそ、魔力の扱いに長けている俺なら出来る。魔力の消費量は、他の技術とは比べ物にならない程多いが。


 保存詠唱(キープ)状態なら、詠唱中の魔力の流れは留まる…つまり、激しい動きをする事も可能。そこを狙い…しっかりと仕留める。


 …ん?〝どうして【天滅の咆哮】で魔力が掻き消されたのに魔力操作が出来ているんだ?〟〝どうして性質の違う魔力同士を複合させる錬魔力による錬魔法を【天滅の咆哮】で掻き消された直後に魔力を融合して発動出来ているんだ?〟って?


 …………さあな、俺も分からん。


 ドドドドドドッ!!


 ……その弾幕は、全て【天滅猛穿竜】に直撃した。膨大な熱量の変動により、熱かったり冷たかったりする。感覚がおかしくなりそうだ。


 …俺が媒介とした杖の所為か。


 俺の杖に埋めてある魔石は…純度が高い。魔石と魔法の属性が合わなくとも、魔石の純度が高ければそれに比例して威力が洗練されるからな。それで馬鹿みたいな火力が出る。


「…これでやられる…訳無いよな…」


 …煙が晴れると、そこには…無傷の【天滅猛穿竜】が居た。


「やっぱり…支援無しで竜相手じゃ分が悪いか…」


 竜の鱗自体にも、魔力分散の性質がある。【天滅の咆哮】のような爆発力は無いが…それでも驚異的な魔法防御を持つ。


 …リーシャが支援を掛けてくれれば…かなりのダメージを与えられただろうが…【天滅の咆哮】で支援を掻き消されてしまったから仕方無い。


 …現在俺は【天滅猛穿竜】のヘイトを買っていて、リーシャに指示を出す隙が無い。リーシャが自分の意思で動かなければならない状況だ。


 …さて…どう出る?リーシャ。


 …動かないなら…()()()()()()()()()











[視点変更:リーシャ・レイレンス]


「嘘…あの威力の魔法を受けて、傷一つ付かないの…?」


 レイド君の超高火力錬魔法を受けて、平然としている【天滅猛穿竜】を見て…私は戦慄した。


 明らかに、私の理解の範疇を凌駕している。私達の存在が、ただの蟻と同義とさえ感じられる。


 【天滅猛穿竜】の前だと、こんなにも足が竦んで動けない…今こそレイド君がフォーカスされていて、この魔導障壁が保っているけど…私にターゲットが向いたら。


「ッ…」


 そんなの…軽く想像出来る。【天滅の咆哮】でこよ障壁を掻き消され…一瞬で引き裂かれる。そんな未来が、簡単に頭に過ぎる。


 脚が震える、腕が震える。


 最近こそ少しずつ自信が付いてきたものの…やはり絶対的な相手には戦意喪失してしまう。


 …これが、危険区域の上位の魔物。私達なんかじゃ…相手にもならない…?


 …なのに、レイド君は…まだ、ずっと闘っている。ナイフを失っても、使い慣れていないであろう杖で闘っている。


 …武器を持っていても震えている私とは、大違い。


「…レイド君…」


 君はどうして…そこまで身も心も強いの…?











 …〝落ちこぼれ〟。私のその二つ名が()()()()()のは、いつ頃だっただろうか。


 それ以前は…。


『おい〝空気〟!邪魔なんだよ!〝空気〟の癖に道塞ぐんじゃねえ!』


 ドンッ!


『うっ…!?』


 …〝空気〟…レイド君より酷かった状態。


 魔法の一切を扱えず、この世界ではゴミ同然の扱い。一般人でさえ数十の魔法を扱えるのに…私が扱える魔法数は…ゼロ。


 それこそが…〝空気〟。私に付けられた、最低最悪の蔑称だ。


『チッ…やけに重い〝空気〟だな』


 蔑まれ、侮られ、虐げられ…この頃は本当に酷かった。私が〝空気〟であるから、魔法実験に使われた。私が〝空気〟であるから、周りから石を投げつけられた。私が〝空気〟であるから、世界から見放された。


 私はこの世になんの為に存在しているの?ただの消費者として限りある食物を食べて生きている邪魔者じゃないの?


 そんな考えが、私を支配していた。


 ──だけど、それでも。私を見限らなかった人が居た。


 …それは…()()()()。私が知るどんな人よりも温かく、私が知るどんな人よりも優れていて、私が知るどんな人よりも私を愛している、人。


『リーシャ、気にするな!確かにリーシャは魔法が使えない…だけどな、それがどうしたって言うんだ?リーシャは心が強い!どんな時も相手を傷付けようとする事は無かった!その心は俺以上だ!だからこそ…いつか、お前の行いが報われる日が来る!きっと俺よりも優れた魔導士になるさ!』

『…!うん!ありがとう、お父さん…!』


 私を見限り家を出ていった母親とは違って…お父さんは、私にいつも目を掛けてくれた。


 豪放磊落な人で、私が失敗しても目を瞑ってくれた。深謀遠慮で、私の〝今〟を見ずに、未来を見てくれた。


 …そんなお父さんが…私は大好きだ。


 ──大好き…()()()


 …だけど突きつけられた現実は、私を更なる絶望の奥へと叩き付けるのには十分過ぎた。


 私は努力した。勉強して、練習して、実践して…お父さんの期待に応えたい、お父さんの期待を裏切りたくない…その一心で、その時まで頑張ってきた。


 …そうして、最初にその努力が身を結び、発現したのが…()()()()


 ──やっと魔法が扱えた。


 その喜びと安堵感に身を包まれ…私は意気揚々と、お父さんにその報告をしようと思った…。


 …だけど。


『お父さん!私やっと──え?』


 家に帰ると…そこは蛻の殻だった。誰も居ない、何も音がない…そんな、薄気味悪いとまで言わしめる程の、閑散とした室内。


『お父…さん…?』


 何処かに隠れているに違いない、きっと私を揶揄っているに違いない。安心したくてそんな保身に走って…でも。それでも、その自分勝手な甘い考えは、一瞬で打ち破られた。


『…手紙…?』


 誰が見ても手の届く場所に、ソレは置いてあった。恐る恐るその手紙を手に取り…文字を見る。


『知らない…字…』


 何人の人間が書いたのか。数十種にもよる筆跡が、そこには連なっていた。


『……』


 何故か一気に不安が全身を駆け巡ってきた、何故か一気に焦燥感に苛まれた。


 …手紙の文字を…読む。


『何…これ…』


 詳しくは憶えていないが…そこには酷い事が書かれていた。〝お前の父親は裏切者だ〟〝お前の父親は人殺しだ〟〝お前の父親はお前を守ろうとした異常者だ〟。


 …そんな謂れの無い中傷が、書き連なっていた。


『…ッ』


 思わず…手に力が入っていた。気付けば、その紙は芯だけ残った林檎のようにクシャクシャになっていた。


 …だって、こんなの見たくなかったから。こんな酷い事…お父さんが言われるなんて有り得ないから。


 どうせ、〝空気〟である私が気に入らないだけ。どうせ、魔法を使えない私が気に入らないだけ。どうせ、私と違って優秀なお父さんを、私から奪いたいだけ。


 …それだけの為に…こんな事を?


『…お父さん…?』


 私は…もう一枚、手紙がある事に気付き…それを読んだ。ソレは…お父さんの字だった。


 私は必死にソレに縋ろうと、必死に目を流す。上から下まで読んだところで…私は呟く。


『………馬鹿……巫山戯ないで…』


 私の口からは、そんな言葉しか出てこなかったのだ。瞳から雫が滴り落ちる。


 書いていた内容は…〝リーシャへの虐めが絶えない以上、俺が離れた方が良い〟〝リーシャが平穏に暮らせるよう、陰ながら努力する〟〝リーシャは出来る子だ。いつかきっと一流の魔導士になる〟〝頑張れ、応援している〟。


 …文字だけだから、言葉が無かったから凄く寂しかったけど…それでも、温かかった。私を認めてくれる、唯一の家族。私を私たらしめてくれる、唯一の味方。


 …そんな貴方が…私は…。


『…大っ嫌いだけど…大好き…』


 私は膝から崩れ落ちた。


 どうして私の前から消えたの?どうして私の側に居てくれないの?虐めなんてどうでも良い、私と一緒に暮らして、愛をくれればそれで良かった。なのになんで、私の望みを、意図を汲んでくれなかったの?


 …そんな本音が、胸中で渦巻く。


『…寂しい…寂しいよ…』


 今まで独りになった事なんて無かった。お父さんが居てくれたから。


 独りになるのが…ここまで寂しいものだったなんて、知らなかった。


『…何処かであったら絶対…殴るんだから』


 私の事を良く考えずに出て行った事。私に書面でしか別れを告げなかった事。私の成長を見る時間を設けなかった事。


『それら含めて…絶対殴る…』


 別に良いよね?私だってもう、子供じゃないんだよ?多少我儘でも、文句は言われないよね?だって。


『──私、反抗期だし』











 …努力の果てに、私はかなりの支援魔法を会得した。それでも、攻撃魔法や防御魔法、回復魔法、強化魔法、特殊魔法の一切は習得出来なかったから、〝落ちこぼれ〟なんて渾名を付けられた訳だけど…〝空気〟と呼ばれていたあの時と比べたら、幾分もマシだ。


 …お陰で、セリアル魔法学園という学舎に通う事が出来た。試験結果は、ギリギリだったけど。


 そこで、ちょこっとだけど友達が出来た…レイド君とカルミアちゃん…そして一応、ティアちゃん。


 こんな才能の無い私でも、関わってくれる。非才で、不佞で、無為無能の私を…〝魔導士〟として、〝人間〟として、見てくれる。


 …もしかしたら、お父さんはこの情景を思い描き、予測していたのかもしれない…だとしたら、凄く回りくどいけどね。


 …だからこそ。











(──〝友達〟は、大切にしたいッ!!)


 …私は震えていた身体を鎮め…宣言する。


「──〝昔日に過ぎ去(フレイドリライズ)りし縁力の詩(・サルフォンス)〟…!」











[視点変更:レイド]


「…厄介だな…」


 今俺が出せる実力では、流石にこれは少々厳しいものがある。【天滅猛穿竜】の【天滅の咆哮】を何かしらの形で突破するまでが精一杯で、それ以上の反撃には入れない。


 【天滅の咆哮】を防ぐ手はある…が、俺が扱えるものでは条件が厳しく、複雑だ。奴の咆哮を凌ぐ威力の攻撃を繰り出す事が、一番手っ取り早いのだが…そんな魔法をいかに隙や無駄が無いように発動出来るか…少なくとも、〝冰勠焔繞〟よりも上…相性を利用しても〝冰勠焔繞〟並の威力をぶつけないと、先ずダメージは入らないだろう。


 …だったら、ほんの少し()()するか。


「絶唱の光で射よ〝轟煌神讃歌(リヴィナーデ)〟」


 ()()()()ならば、【天滅猛穿竜】の詠唱阻止も間に合わない。保存詠唱(キープ)よりも威力は落ちるが…それより高い威力を出せば良いだけの話。


 一条の、目も眩む程の光の矢が【天滅猛穿竜】を襲う。


 …〝轟煌神讃歌〟は第十八段階〝聖光〟属性魔法。乱れ撃ちの魔法とは違い、一点集中の渾身の一撃を放つ魔法だ。速度は大きく、貫通力は高く、範囲も広い。敵一体を屠るにはうってつけの魔法なのだが…。


「ガァアアアアアアアアアアアアアア!!」

「駄目かッ…!」


 …【猛穿の咆哮】。音の波を一点に集め、高圧の波動を作り、敵を穿つ、〝轟煌神讃歌〟と同じく一点火力の能力。


 俺の放った矢は、その咆哮によって相殺されてしまった。分かりやすい爆発的な一撃だったからな…防がれるか。相殺されるとは思わなかったが。


 …乱れ撃ちでは【天滅の咆哮】で消失する…かと言って、一点火力で攻めようものなら【猛穿の咆哮】の餌食。突破するなら…【猛穿の咆哮】を発動される前に隙を見て高火力を当てるか、乱れ撃ちで一点火力に劣らない威力を連発するか。いずれにせよ高火力でないと、一回の【天滅の咆哮】で片付けられてしまう。


「我は風帝、巽の門を護りし番。我等八柱の断り無くして、無の頂へと征く事を禁ずる、〝風帝壁(ペルウィール)〟」


 パリィイイイイイイン!


 〝風帝壁〟を展開したが、あっさりと突破される。一応、太古の昔から伝えられてきた由緒正しき魔法なんだけどな…それを嘲笑うように、軽く薙ぎ倒すとは。


 いくら帝級下位程度の実力と雖も、ちゃんと厄介なのには変わりないか。


 帝級の実力は…天級の上澄みから更に厳選した者に認められる地位らしい。それでも帝級の最底辺。下位ならば…天級を複数相手にしても問題無く勝てる程度。


 …つまり、俺達が相手にしているのは、天級を軽く凌ぐ程度の実力を持った魔物。階級が低い俺達では、勝てる道理などどこにも存在しない。


 …負けるつもりも、無いが。


「呻れ、呷れ。全を飲み込み、全を食らえ──」


 詠唱中にも、【天滅猛穿竜】の攻撃は飛んでくる。爪牙の斬撃、能力の咆哮、翼の強風…そのどれもが、一歩間違えれば致命的となる一撃。


 …それでも、詠唱を絶えさせる訳にはいかない。


「素朴な君主の前に、制約は縛れず。我が身に咲かせるは蘭の下賜──」


 …ズシャァッ!


 …その爪によって、俺の服が一部引き剥がされる。直撃こそしないから助かったが…少しでも()()()()()()()()()()。その先は、考えたくない。


「我の健啖を害する者よ。今こそ汝を…暴殺せん──」


 ドガドガドガァッ!!


 迫り来る魔弾を、懐から出した魔力分散のナイフで霧散させる。【天滅の咆哮】のような効果を持っているこのナイフだが…実際、かなりの魔力を分散させる事が出来る。【天滅の咆哮】とまではいかないだろうが…それでも、それに近しい程には。範囲は狭いが。


 …そして、その魔力分散が時間を稼げば…。


「…〝暴法駁迎(ルークロウター)〟」


 …言葉を、紡げる。


 ドドドドドドッ!


 …魔導技術〝昇〟の最大出力で、威力を底上げした、第九段階〝闇雷〟属性魔法を放つ。俺の〝昇〟の最大出力だと、この魔法の威力は二割程向上する。


 …〝暴法駁迎〟は乱れ撃ちの魔法だ。【天滅の咆哮】で掻き消されるだろうが…。


「ゴォオオオオオオオオオオ!!」

「──此処だ」


 俺はその瞬間、魔導技術〝操〟と〝調〟、そして〝乖〟で…奴の喉元に刺さっていた無属性ナイフを操作する。


 …【天滅の咆哮】も、所詮は相殺する魔力を飛ばしているだけ。ならば魔力を分つ〝乖〟を使えば相殺されない。


 ただその咆哮は〝乖〟の魔力を無理にでも突破しようとしてくるので、〝調〟で二重コーティング。〝乖〟の魔力そのものを突破されないように、性質変化を加えて相手の魔力消失の力に不具合を生じさせれば…。


 ザシュッ!ズバァアッ!


「ギャァオォオオオオオオ!?」


 このように、【天滅の咆哮】発動中に喉元のナイフも操作できる。


 コイツ程の巨体とナイフのリーチを鑑みると、大してダメージは与えられないが…それなりに弱体化はするだろう。


「…さて、そろそろか」


 …俺はそう呟き…そして、無属性ナイフを手許に持ってくる。


 …次の瞬間、それが聞こえてきた。


「── 〝昔日に過ぎ去(フレイドリライズ)りし縁力の詩(・サルフォンス)〟…!」

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