19話 依頼
…依頼を受けるには、それ相応の用意が必要となる。それが高難度の依頼であればある程、だ。特に討伐依頼や護衛依頼…ほぼ確実に戦闘になるような依頼では注意をしておいた方が良い。
対象を討伐するだけなら、対象を護るだけなら、然程準備は必要無い。だったら何故そこまで用心しなければならないのか。
答えは単純で、依頼がそう簡単に達成出来るとは思っていないからだ。
例えば強力な魔物の討伐を依頼されたとしよう。当然依頼を達成する為に生徒はその魔物を討伐しに行く。だが、そこにその魔物だけが居るとでも思っているのか?下手したら何百、何千の子分、もしくは同個体…更には親分が居るかもしれない。そんな可能性があると分かっているのに、態々無策で依頼を受諾する訳無いだろう?
(しかし…リーシャはどんな依頼を受ける気だ)
俺はリーシャから依頼の詳細を聞かされていない。まあ依頼の受理が出来るのは明日からだからな。依頼内容も閲覧出来るのは明日…だったら分かる訳無いか。
まあ依頼は基本的に討伐系か捜索系だろう。護衛系なんて数が限られてるし、その他の系統も殆ど無い。
…暗殺依頼、なんてのも希少だ。世界に存在する異分子…世界を混乱させようとしている者を暗殺する依頼…昔、そういうのがあったと噂になった気がするな。
「…まあ、無いだろ」
この系の依頼自体はかなり前に廃止した。魔導士が人殺しの肩書を背負って良い訳無いからな。あるとするならば──それは。
…おっと、余計な事を考えていたようだな。
先ずは依頼達成の為の下準備をしておかなければ。
「ええっと…以前作った超硬度の無属性ナイフと、魔力分散のナイフと…杖、ポーション、ローブ、懐中時計、資金…」
…なんか一部依頼に必要無いものがある気がするが…まあ良い。それに、絶対に不必要という訳じゃ無いしな。保険は何個でも作っておいて、損は無い。
「…後は」
…つい昨日実験でそれなりに完成度が上がった…白薔薇の花弁を一枚くらいは持って行くか。もしかしたら…使うかもしれないからな。
「…このくらいで良いか」
一先ず準備を終えた。保険は4つ程掛けておくつもりだ。これ以上は嵩張るから無理だな。
「…さて」
──明日、リーシャはどんな依頼を受けるのか…少し、興味深いな。
…そして、次の日。学園内の1年の廊下に、依頼の掲示物が貼られた。
早速その前に集まっている魔導士が殆ど。恐らく碌でも無い理由でしか依頼を受けない奴が何人も居るだろうが…まあ、そこは別に責めはしない。
「…に、しても」
そんな中で一人だけ相変わらずのティアは何をしてるんだか…一応魔導士界で名を馳せる為の大事な自学みたいなものなんだが…。
…まあ、アイツにとってはそんなもの全てどうでも良いのだろう。そういう雰囲気も醸し出しているし、別に納得出来ない訳じゃ無い。
…俺も一応、そういうのに興味無い方でやらせてもらってるからな…だが。
「あの睡眠欲はどこから来てるんだか…」
俺の知っているティアは九割は寝ているイメージなのだが…いや、十割寝ているな。アイツが魔法祭以外で魔法使ってるの見た事無いから、ほぼ十割だろう。
だがその睡眠欲は一体どこから湧いて出てくるのか、そもそも一日にどれくらい睡眠が必要なのか…そこが気になって仕方が無い。
「──まああの子、本当に自由だから。気が向かなきゃ依頼なんてやらないでしょ」
カルミアが俺の許までやって来て、そう言った。
カルミアが言うにはティアは自由人らしい…本当にその通りだな、俺も同じ感想だ。あれだけやる気の無い魔導士は見た事無いぞ。
「怠惰よね〜…でもアレでもちゃんとセリアル魔法学園の生徒なのよ」
「それくらい分かってるが…やる気無さ過ぎて、そうは思えないんだが…」
「あはは、まあ確かにね」
…というか、なんであそこまでやる気が無い?ティアは魔法学園最高峰のセリアルにまで来たんだぞ。何か成したい夢とか願いとか、あるんじゃないか?
「…でも。ティアもアレはアレで、楽しそうよ?」
「…マジで言ってるのか?」
「ええ、だって凄く幸せそうな表情だから」
…まあ寝る時の表情といったら、世界で一番幸せそうなのは否定しない。
「そうだな…だが良いのか?このままだとティアも舐められるぞ?」
俺と同じように、舐められる。〝依頼を受けないポンコツ・臆病者〟と罵られても文句を言えないからな…それに、アイツがそれを受け入れられるかは別だ。
ティアは〝完全魅了〟を無詠唱で扱える…つまりそれ程の知識量と魔力量があるという事だ。少なくとも〝中級〟の枠組みには収まらない。
…基本的に魔法を人並み以上に扱える魔導士は悪意に弱い。確かに魔法を扱うには精神力が必要だが…魔法を扱うだけでは、悪意に対する免疫は一切身に付かない。
だからこそ、俺はティアがそんな悪意に耐えられないんじゃ無いかと危惧したのだが…。
「──ふふっ、やっぱりレイドは優しいのね」
カルミアが突如俺を褒める。
「…は?なんだよそれ…」
人生であまり褒められた事が無いから、少々むず痒い…おまけにコイツ、結構端正な顔立ちしてるからな。次第によっちゃ惚れてるかもしれん、うん。
「貴方に限って絶対そんな事無いでしょ」
「心を読むな」
顔に出ていたのだろうか。まあ俺は顔に出やすいらしいから、仕方無い。
「──あ、居た!レイド君…!」
…そう駄弁っている内に、リーシャが来た。
「…リーシャ、受ける依頼は決まったのか?」
「うん…!これ、なんだけど…」
リーシャは依頼書を俺に見せてきた。
一体どんな依頼を受ける気なのだろうか…と、俺が思考していると。
「げ…」
カルミアがそんな声を漏らした。
おいちょっと待て…カルミアがそんなに忌避感を露わにする程の依頼って…なんだ?
再び俺はその依頼書に目を向ける…すると、そこに書かれていたのは。
「うわ…」
同様に、俺も変な声を出してしまった。
「え?何?私、なんかまずいことしちゃった…?」
「…リーシャ、これは…ねぇ?レイド?」
「そうだな…リーシャ、お前死ぬ気か?」
「ええ!?そんな事無いけど…!?」
…いやだって、コレ…俺達に〝死ね〟って言われてるのと遜色無いくらいにヤバい依頼なんだが…。
…その依頼の内容は…こうだ。
「〝【泥黎の大森林】の【風燃蝶】討伐〟…って、リーシャ、貴方これ冗談よね?」
「え?」
【風燃蝶】…個体値は下級。固有能力【風燃の灯】…基本的には相手に集団で引っ付いて発火する、集団自爆の能力。囲まれると先ず確実に死ぬから、上手く立ち回る事が必須の魔物だ。
…でも下級なら問題無いだろう、と?馬鹿、俺達が行く場所は何処だ?
「リーシャ…【泥黎の大森林】に普通の【風燃蝶】は先ず居ないぞ」
「あ…」
どうやらそこで、リーシャも気付いたらしい。この良く分からない、学園側の罠に。
「そもそも【泥黎の大森林】には上級以上の魔物しか居ない…そう説明した筈だよな。だったら下級レベルの【風燃蝶】がそこに居る筈が無い…だったら」
…俺は一拍を置いて、言う。
「…【風燃蝶】の変異種…【蒼碧風燃蝶】、もしくは側近の【護衛風燃蝶】、それか属性系の【風燃蝶】を討伐しろ、って事だぞ…いずれにせよ【蒼碧風燃蝶】の目が届く範囲で討伐しなきゃならない」
…【蒼碧風燃蝶】。以前俺が言っていた、【泥黎の大森林】での要注意個体。戦力だけで言えば【泥黎の大森林】随一の魔物だ。姿も固有能力も何もかもが不明…知ろうとした者は100%殺される…そんな恐ろしい魔物。過去、このセリアルを神聖級で卒業したばかりの魔導士が【泥黎の大森林】に向かい、そこでばったり【蒼碧風燃蝶】に出会した時…連絡を取る暇も無く、一瞬にして殺されたという逸話まで持っている。誰がそれを確認したのか、何故その存在が世界に伝わって来ているのかは全く以て不明だが…それは事実として扱われている。
…だからこそ、止めた。【蒼碧風燃蝶】の逸話を知らない魔導士は居ないから。固有能力すら把握出来ていない【蒼碧風燃蝶】を相手するなんて、到底無理だ。
「あ、危なかった…!危うく引き受けそうになった…!」
「良かった…まだ受けてなかったのか…」
流石の俺も、【蒼碧風燃蝶】だけは止めて欲しい。あのまま受けていたら、少々面倒な事になっていたからな。
「まあ、他の依頼にしてくれ…流石に俺達みたいな学園の生徒じゃ無理だ…世界最強の魔導士にでも任せとけば良いんだよ」
「うん、そうだね…」
…そういってリーシャは依頼書を戻しに行った。
「…あの子、騙されやすそうね」
「同感だ…」
リーシャは意外にも純粋なのかもしれない。まあ杖を奪われた事にも気付かないくらいだから…警戒心が無いというか、なんというか…暢気な奴だ。
多少の自信は付いたものの、警戒心が低い。そこは地道に直していく方が良いか。
「まあ今の内は俺がカバー出来る…だろ?」
「…へえ。貴方がそんな事言うなんて…もしかして惚れた?」
「その答えは俺の口からは言えないな」
「何よそれ〜…」
…意外に恋愛話をするもんなんだな、カルミアって。こういう事に興味は無いと思っていたのだが。まあコイツも思春期真っ只中の女子という事だろう。
「…冗談だ。普通に違うからな」
「へえ…」
…そうこう話している内に、リーシャが新たな依頼書を持ってきた。
「レイド君、これなら…どう?」
…俺とカルミアは依頼書に目を通す。
……成程。
「〝【胡乱の砂漠】の【ホワイトサンドワーム】の討伐〟…か。まあ難易度は高いが…【蒼碧風燃蝶】と比べたら楽だな」
…【胡乱の砂漠】に行く事自体が難易度高いのだが…そこの魔物のレベルは他の危険区域よりは少し下。
その中での【ホワイトサンドワーム】は絶級クラスの魔物。固有能力は【吸光歠輝】…まあ確かにこれくらいなら、行けなくはない。
「…OK、じゃあそれにするか」
「うん!」
…にしても、リーシャもリーシャで中々鬼畜な難易度の依頼を受けるんだな…一応俺達の階級は〝最下級〟と〝下級〟なんだが…。
…無意識的に無茶な依頼を頼む事も、少々直さなければいけない癖だな。
…【胡乱の砂漠】…危険区域の中では危険度は比較的低め…だがそれでも、危険区域に指定されている事に変わりは無い。
【胡乱の砂漠】が危険区域たる所以は…魔物の最低レベルだ。最低でも特級はある。
…だがその割には、最高レベルは絶級上位と大した事は無い。他の危険区域の魔物の最高レベルは帝級以上はあるからな。それなりに実力のある魔導士ならば、他と比べると少々危険度の低い地帯だろう。
…でもだからこそ、油断に足許を掬われる。〝此処は自分の実力なら余裕だ〟〝他の危険地帯じゃないから大丈夫だ〟。そんな甘い考えが、驕りが…大敵となる。
…でも、一応俺とリーシャは魔法学園の底辺魔導士…そんな油断は、しない。
弱者を経験しているからこそ…生き残る術というものを理解している。傍から見て醜くても、みっともなくても…生き残る為の狡猾さだけは、他のどの魔導士よりもあるだろう。
「──此処が…【胡乱の砂漠】…?」
「…そうらしいな…」
俺達が辿り着いた場所は…黒い砂が広がる【胡乱の砂漠】。
「これが【胡乱の砂漠】…まるで炭だな…」
これ程黒い砂が、この世の何処にあるだろうか。
…実はこの砂は〝砂鋼〟という物質で…見た目こそただの黒い砂だが、硬度はそこらの鉄より高い。
「…リーシャ、くれぐれも地面に肌をつけるなよ」
「う、うん…分かった」
〝砂鋼〟は【胡乱の砂漠】の区域内全体に広がっている。一つ一つ、小さい粒が地面を構成している為…地表面は凸凹としている。そんな地面に接触し、少しでも力が加わったならば…大怪我だ。
基本的にこの地帯では、飛行系・移動系等の魔法と攻撃…出来れば防御や支援等の魔法の多重行使が必要となっている。
…が、俺は多重行使なんて出来ないし、リーシャはそのような魔法は総じて扱えない。それに支援の重ね掛けは出来ても、多重行使が出来る訳では無いからな…足を地面に着けて、歩くしか無いのだ。
「──さっそく、敵か」
〝砂鋼〟で構成された地面に潜って、真っ直ぐこちらへと向かってきている魔物。
…かなりの速度だ。
「天使の加護よ、其の心の臓へ呼応し、庇護の要となれ…〝天剛壁〟」
俺は球状のバリアを展開する。
それは勿論…魔物が荒らし、現在こっちへとハイスピードで飛来している〝砂鋼〟から身を守るためだ。
流石にアレ程の大量の〝砂鋼〟が飛んできたら、一溜りもない。肌ならともかく…目や体内に入れば致命傷だ。だから、防御魔法で凌ぐのだ。
…バリアが鉄を弾く音が響く…だが流石に〝砂鋼〟の硬度が高いのか…ヒビは入らなくとも、バリアに傷が作られる。
「──キェァアアア!!」
「…【砂岩熾天蜥蜴】か」
【熾天蜥蜴】の上位種で、【胡乱の砂漠】でしか現れない魔物。強さは特級下位〜絶級下位…個体差はあれど、そのくらいで収まる。
特徴は〝砂鋼〟をものともしない皮膚の硬さ…そして固有能力【砂岩吐砲】…その名の通り、口から〝砂鋼〟を吐き出す能力だ。体内の魔石の魔力を変換し〝砂鋼〟を作り、それを吐く…つまり、アイツの魔力が持つ限り、アイツは強大な砲撃をいつでも放てるのだ。
「リーシャ、支援の用意だ」
「う、うん…!」
俺はリーシャにそう指示を出し、無属性ナイフを取り出して突進する。
「ふっ…!」
魔導技術〝展〟と〝硬〟を、俺の身体にのみ纏う。多重行使が出来なくとも、魔法と魔導技術の並行作業は出来る。熟練度次第では、並のバリアと同等以上の防御力を誇る…自守の為なら、魔力消費を抑えられるこちらの方が良い。
「──〝耀真〟!」
…リーシャの支援魔法が俺に掛けられる。俺の身体能力が格段に強化され、一瞬感覚がおかしくなるが…直ぐに適応し…そして。
「ふっ!!」
カキィン!
俺のナイフと【砂岩熾天蜥蜴】の爪がぶつかる。流石の硬度だ…まさかこのナイフですら、斬れないとは。
カキィン!カキィン!
一発一発が致命傷となる攻撃のやり取り。斬り付ける度に、弾く度に無機質な音が響き…感覚が鮮明になる。遅れたら殺されるのだと、理解させられる。
…だが。
「そこだっ…!」
ザシュッ!!
「キェア!?」
喉元を…刺す。【砂岩熾天蜥蜴】の弱点は…喉元の逆鱗。まるで竜の鱗のようだが…実際、逆鱗が弱点だ。
逆鱗の部分だけは他の部分より著しく脆く…軽く突くだけでも破壊出来る。
それが【砂岩熾天蜥蜴】の急所。逆に急所が無ければ帝級にすら匹敵していた可能性があるのが恐ろしいところだな。
…【砂岩熾天蜥蜴】はそのまま倒れ…動かなくなった。
「…よし。リーシャ、助かった」
「うん…!レイド君も、凄かったよ…!」
そんなやり取りをしながら、俺はその死体を斬り刻む。
因みに、魔物の大半は死亡すると魔力が腐敗、及び霧散する。どちらにせよ、身体を覆う魔力は機能しなくなるため…魔力で身体を覆う魔物は、軟らかくなる。
【砂岩熾天蜥蜴】の皮膚の硬さも、高濃度の魔力によるものだ。死亡時なら軽く引き裂けるくらいにはなる。
「…魔石は…土属性だな。純度はまあまあか」
「土属性ってどんな魔導具に使えるの?」
「…基本的に錬成、建築等のクラフトがメインだな。硬度と耐久性の向上や自動修復等…他の魔石の能力を広く使える。効果は少し落ちるけどな。実際建造物には土の魔石が多く使われている」
「へえ〜…レイド君って博識なんだね」
「そうか?一般知識かと思ってた」
逆にリーシャが知らな過ぎではあると思うのだが…リーシャは一般教養を受けて来なかったのだろうか。
「──取り敢えず、【ホワイトサンドワーム】が出てくるまでは同じ事の繰り返しだ。こういう風に魔物を倒すだけだ、分かったか?」
「うん!」
…そして俺達は、【ホワイトサンドワーム】が出てくるまで、魔物狩りに勤しんだ。
「…〝斬〟」
魔導技術〝飛〟で作った斬撃を飛ばし…そして、魔物は倒れた。
…これでかれこれ、十四体目。
「ふぅ…リーシャ、疲れてないか?」
「ううん!まだ全然余裕はあるよ!」
リーシャの調子も先より出てきた。支援魔法の構築と効果が上がっている…かなり高水準だ。
杖が光属性の魔石なので、光属性魔法の多い支援系の消費を抑えられているのもあるだろうが…リーシャの熟練度の上達が速い。支援魔法を使う度に、それが感じられる。
恐らく今まで満足に支援魔法を扱ってこなかったから、この才能が開花しなかったのだろう。〝落ちこぼれ〟と罵られるリーシャと組む魔導士は、殆ど居なかっただろうから。
だが俺がリーシャを支援要員として使わせる事で、その上達ぶりが露わになった。
…支援魔法だけなら、そこらの〝特級〟よりも遥かに優秀だろう。
「──しかし…結構倒したが、まだ【ホワイトサンドワーム】は出てこないな…」
…【ホワイトサンドワーム】は決して希少個体ではない。通常の【サンドワーム】よりかは数が少ないが…それでも十体に一体は存在している個体だ。
…倒した十四体の中にも、【サンドワーム】が六体程。
…そろそろ出てきても、おかしくないのだが…。
「…取り敢えず、休憩しとけ。疲れてなくても、魔力は消費してる筈だからな」
俺はリーシャに携帯食を渡す。
「ありがとう…ってこれ、魔法祭で売ってたやつ…」
「先輩達が売ってたからな。多分この事を見越して、だろ」
先輩達はこの時期から依頼がある事を当然知っている。だからレーションを予め売っていたのだろう…有難い話だな。
因みに俺が渡したのはクッキーみたいなやつだ。普通のクッキーと違うのは、自然の魔力が入っている事だろう。
魔導士が魔力を回復する方法は基本的に二つ。一つ目は待機…つまり自己の自然回復を待つ事だ。だがそれには当然時間が掛かる。
よって、二つ目が主だ。外部からの魔力の補給…自然の魔力でも他人の魔力でも良いから、それを体内に取り込む事だ。この方法ならば、休憩による魔力回復を待たず、依頼の掃討を行える。
…ただ、他人の魔力には相性がある。魔力の性質が合わなければ回復しないし、余程酷ければ途轍も無いアレルギー症状に見舞われる。
…だから基本的に、自然の魔力を取り込むのだ。取り込む方法は〝魔吸〟、もしくはこのような食物から。
自然の魔力は人間に馴染んでいる。だから吸収すれば扱いやすいし、こうやって食物に含有させる事も出来る。
…あ、あとまだ取り込む方法があった。
…魔導技術〝幻〟と〝留〟を身体全体に使えば…効率は悪いが、自然の魔力を取り込めるぞ。これは〝自然の魔力を呼吸で取り込む方法〟だ。
…まあ何を言っても参考にならないから、説明は端折るが…出来るって事だけは念頭に置いておいてくれ。
「もぐもぐ…美味しい」
「そうか」
作ったのでは俺ではないが。まあ美味ければ良いだろう。
「……」
「…ん?レイド君、どうしたの?」
俺の様子が少し変わったのを気にしてか、リーシャは俺にそう訊ねてきた。
…それに対し、俺はこう返す。
「ああ、いや…なんだか、【胡乱の砂漠】に来てる、って感じが全然しないな、と思ってな」
…これは事実だ。全体的なレベルが他より若干劣るとはいえ、一応危険区域に設定されている場所が【胡乱の砂漠】。危険区域と称されているならば、警戒しない理由は存在しない。
…だが、俺とリーシャは…怖い程に、落ち着いている。
俺が冷静で居られるのはまあ普通かもしれないが…リーシャに至っては、【泥黎の大森林】の時点で相当ビビっていたが、現在では妙に達観しているような雰囲気だ。
…【泥黎の大森林】よりは危険度が低い、というのもあるが…それ以上に俺は、感じている。
(…リーシャの成長率は、凄まじい)
これは何度も思っている事だ…だが、何度も思える程に、半端無い成長率。
セリアル魔法学園に通ってから、リーシャの支援魔法の効果は…光属性の杖による魔法強化や錬魔法化を除いても、数倍に跳ね上がっている。
この調子で行けば…数ヶ月後に〝絶級〟の魔導士と対等に闘えるレベルに上がる可能性を秘めている。自身に支援を付与するだけで、カルミアと互角に闘える程の実力に。
…そして…俺が発した疑問に、リーシャはこう答えるのだった。
「──まあ、大して脅威じゃないから。レイド君が居れば大丈夫だよ」
…歩き、歩き、歩き…そして。
「…此処に【ホワイトサンドワーム】の反応があったらしいが…」
学園側が受け取った、【ホワイトサンドワーム】の最後に出した反応。【ホワイトサンドワーム】が居た痕跡が、此処にある筈だ。
…だが。
「う〜ん…何も、無い?」
〝砂鋼〟が荒れた痕跡も、異質な魔力が漂っている痕跡も、無い。まるで、初めから何も無かったかのようだ。
…いや…成程…実際に何も無かったのか。
「…レイド君?」
「──ああ、いや…なんでもない」
と、はぐらかして…。
「…取り敢えず、見つからなかったという報告を学園側に入れておくぞ。こんな所にずっと居続けるのも酷だしな」
流石にこんな地形では、休む事もままならない。だったらさっさと帰って、報告しておく方が良い。
「…それ、大丈夫なの…?依頼を達成せずに帰るなんて…」
「学園側が〝この場所の【ホワイトサンドワーム】を倒せ〟って言ってるんだ…此処に居ない以上、態々探す理由が無いだろ」
そもそも学園側が【ホワイトサンドワーム】の反応を現在進行形で追えていない時点で、【ホワイトサンドワーム】は何処かへ移動、もしくは死亡したと考えるのが妥当。というかそもそも、何も痕跡が残っていない時点で、【ホワイトサンドワーム】が元々此処に居なかったと考える他無いだろう。
…つまり…俺達は。
「なあリーシャ…もしかすると、なんだが…」
俺はリーシャにその考えを告げようと…。
「──ッ!」
──その気配がした瞬間、俺は魔導技術〝展〟と〝硬〟を使う。
ドガドガドガァッ!!
「えっ…!?」
「ッ…!」
魔導障壁と大量の魔力弾がぶつかる。一発一発が相当な威力と爆発音で…かなり自信のある俺の魔導障壁に軽くヒビが入る。
パリィイイイン!!
…まさか、破壊までされるとは。
「ッチ…リーシャ!」
「う、うん…!〝拝派〟!」
リーシャの支援魔法により、俺の知覚能力と胆力が向上。何が来るか分からないからな…知覚能力の向上は大事だ。リーシャも、それを分かっている。
知覚能力の向上は、つまり脳の処理速度の向上。情報と魔力を扱う魔法にはうってつけな魔法だ。
「ふっ…!」
魔導技術〝展〟と〝硬〟を修復し、範囲を拡大させ、硬度を上げる。
ドガドガドガァッ!!
…一応、防いでいる。馬鹿みたいな火力を、凌いでいる。
…ならば。
「世の輪廻を絶ち、万象を断て。汝を護する理は総て深淵へと墜つ。是非も非ず、須らく消え去るのみ──」
──ピキッ
…魔導障壁に、ヒビが入る。それを瞬時に修復し…そして、詠唱の続きを紡ぐ。
「名残すら残さず、余さず消え去るのみ。我に宿りし聖なる黒よ、万物を逃さぬ光の闇よ…極光舞う焼滅で──徒死へと誘え」
…詠唱、完了。
「──〝滅絶光雷凱聖〟」
ズドォオオオオオオッ!!
第十一段階〝滅光〟属性魔法〝滅絶光雷凱聖〟。恐らく目の前に居るであろう何者かを殲滅する為に、高位の錬魔法を使った。
その極光は〝砂鋼〟を抉り、空気を裂き、自然の魔力を吸収し、纏繞しながら進んで行く。
…そして。
ドカァアアアアアン!!
…轟音が、炸裂した。
魔力の波長は、今着弾した場所にあった。だから間違い無く、直撃した筈だ。
「手応えは…そこそこあったが…」
倒せた気は…しない。いくら超高難易度の錬魔力である〝滅光〟属性を用いた高位の錬魔法を扱えても…そもそも魔法の威力が低い俺だ。威力は本来の魔法段階から数段劣るだろう。
…それでも、リーシャの〝拝派〟が作用している為、相当な威力だった筈なのだが…何故か、倒したという感覚は一切無い。
…ターゲットに命中した感覚も、ダメージをそれなりに負わせた感覚もある。
…でも、〝倒した〟〝殺した〟と言える程…ソレに手応えは無かった。
…ダメージの大半を、分散されたような。
「ギャオオオオオオオ!!」
……荒れて舞う砂塵の中…その魔物は、影を現す。
…体長約17メートル。巨大な翼、牙、尾…何もかもが、デカい。
「おいおい…嘘だろ…」
「ちょ、ちょっと待って…!?なんでこんな化物が…!?」
…【胡乱の砂漠】。先にも言った通り、出現する魔物は特級下位〜絶級上位…俺とリーシャなら、十分に対応出来る水準だった。
理由は単純、〝絶級上位の魔物くらいなら何も問題無いから〟だ。基本的に知性が無い魔物である以上、厄介な部分はあっても、知能を持つ魔導士に比べるとかなり劣る。
魔人という例外は居るが…それでも数多の知識と知恵を持つ魔導士という人間には敵わない。
…だから、俺達は〝絶級上位であろうが戦い方次第で対処出来る〟と思っていた。
──だが。
(そんな考えを根本から覆す魔物が現れた…)
…現れたのは…ドラゴン。本来【艱難の渓谷】に出てくる、超危険希少クリーチャー…そして、推定階級は…生まれたてでも天級上位…成長次第では…神聖級中位にまでなる。
…〝【艱難の渓谷】で現れた場合、一目散に撤退しろ〟と云われている程の竜の魔物。
「それが…どうして此処に…」
…俺はこの【胡乱の砂漠】で災禍を齎すであろう魔物の名を…発する。
「──【天滅猛穿竜】…!」




