17話 模倣存在
…まさか、止められるとは。
俺が無詠唱で放ったのは、第七段階闇属性魔法の〝幻の矢〟…普通掴めない、掴める訳が無い。魔法で実体を現しているように見えても、そこに実体は無い。そんな魔法である。
そしてアルスの〝聖奇爆廻死蔽〟…これも掴める筈が無い。先も言った通り、触れればその部分が壊死するからだ。更に、衝撃が強ければ強い程、その壊死は伝播する。アルスは完全に俺に向かって本気で殴りかかっていた…つまりそれだけ拳で衝撃を与えようとしていた、という事。威力は、生半可どころでは済まない。
──だというのに、止められた。完全に、この上ない程完璧に。
…この人…何か、魔法以外に特別な力を持ってるな…?
「いけないな。学園の決闘という場で相手を殺す気かい?」
「ッ…」
…アルスはハッとしたのか、〝聖奇爆廻死蔽〟を纏った拳を直ぐに自身の方へと引き、〝聖奇爆廻死蔽〟を解除する。
…あれだけやって、アルス自身が壊れていないのもまた凄い事だ。凄まじい精神力と耐久力…俺が居なかった間の成長過程を、是非とも見てみたいな。
俺もアルスと同様手を引っこめ、セイン会長へと再び視線を向ける。
「…あのね。いくら此処の結界が頑丈でも、その結界を越えて闘いの余波が飛んできてるんだよ…」
見れば、結界の外の床に軽く亀裂が入っていた…戦闘に集中し過ぎて、気が付かなかった。
…恐らくこれは全て、アルスの魔法によってつけられたものだろう。というか、そうとしか考えられない。
俺が今回使った魔法…それは、攻撃する事から、放たれた〝烈炎環隙翔漸鳳〟を打ち消す事へと使用方法を咄嗟に切り替えて使った〝覇絕轟缺〟。アルスの不意を突く為に、アルスの懐まで移動した〝瞬讃〟…そして、アルスと攻撃が交差する時に使った、〝幻の矢〟の3つ。
…当然〝覇絕轟缺〟は魔法の打ち消しに使ったので、結界の外に被害が出るなんて有り得ない。〝瞬讃〟は移動系で、何か不具合が起きて地面にめり込む以外に地面に亀裂が入る事なんてない…そもそも俺はめり込んでなかった。〝幻の矢〟は、セイン会長に止められた。被害を出すのは不可能だ。
…つまり、これは全てアルスが作ったもの。アルスが高位魔法を連発して、作ったものだ。
「確かにこれ程強い魔導士が居るのは嬉しいんだけど…あのまま続けてたら、結界を発動している魔導具の方が壊れちゃって、結界を維持出来なくなってた…そうなれば、解ってるよね?」
…セイン会長が言いたいのは、〝あのまま続けてたら観衆達にも被害が及んでいた。下手すれば観衆の大半が死ぬところだった〟という事だろう。
…人殺し、それも魔導士殺しとなれば、状況次第では大罪中の大罪だ。この世界は魔法と共に発展し、魔法のお陰で生活する事が出来ていた。今後この世界で俺達魔導士が繁栄していくには、もっと多くの魔導士が必要だ。その魔導士の頭数を減らすなど、あってはならない。
様々な殺人の中でも、魔導士の殺害はとりわけ厳正な処罰が下される。九分九厘死刑、何か理由があれば咎めは無いだろうが…証拠とかが無いと厳しいだろう。
…セイン会長は、俺達に魔導士殺しという罪を背負わせないよう、俺達を止めてくれたのだ。恐らく俺達に、普通の魔導士として生きていて欲しいから。
「…そう、ですね」
流石に俺もやり過ぎた。目的の為にある程度抑え込んでいた無詠唱を、使ってしまった。無駄な事をしてしまったかもしれない。一日のノルマを切ってしまった…意外とギリギリに設定していたから、今後に支障が出るかもしれないな…。
…今日は使える分をここまで残していなかったからな…色々事件続きだったから。
「…くっ…!」
アルスも俯いている。悔しさからか、それとも自責からか。あるいは、両方か。〝無能〟如きに本気になってしまったのが、赦せない…そんな感情があるのかもしれない。
…にしても。強くなったな…アルスは。俺はずっと、ある意味停滞しているのに…コイツは、前進している。
…それが、俺とコイツの差、なのかもな。
「…取り敢えず、今日は解散してくれ。もう魔法決闘のイベントも終了した…魔法祭一日目は、大体終了だ」
「…そう、ですね」
「……はい」
「それじゃあね…あ、そうだ」
…セイン会長は踵を返そうとした直前…俺達に向けて言葉を放つ。
「…君達の今後の魔導士生活、楽しみだよ…〝瞬讃〟」
…それだけ言って、セイン会長は消えた。
「……」
「……」
──取り残された俺達…と、その観衆に、やや重たい沈黙が流れる。
…観衆は決闘場のフィールド内で行われた状況に唖然としているのだろう。普通はそうか…明らかに、階級の枠組みを逸脱した闘いだったからな…俺の〝無能〟生活も終わるのだろうか。だとしたらそれはそれで嬉しいのか…?
…まあ、そもそも魔導士として神聖視される条件は、まだ満たされている訳じゃ無いから…〝無能〟としての生活は、もう少し続きそうだ。
──まあ、それはそれで、安心した。
「…ま、何はともあれ…アルス。決闘はこれで終わりだ。まさかお前がここまで強いとは思わなかったな…」
俺はアルスの健闘を讃えたつもり…だったのだが。
「黙れ…何故だ」
「…?」
「…ッ、クソがっ!!」
…アルスはそう言葉を吐き捨て、その後は何も言わずに決闘場から去っていった。
…何か、納得の行っていないような感じだった。薄暗い曇天のような声…まだ、アイツの心が澄み切っていない証拠。寧ろ、先より酷くなっている。
アルスの目を醒まさせようと決闘に本気になった俺だったが…結果的に、アルスの心が更に荒む要因になってしまったのだろうか…?
だとしたら、皮肉が過ぎる。嘗ての友人だった男として、ただ純粋に仲良くしたいだけなのに…返って関係を悪化させてしまうとは。
「…悲しいもんだな…」
前までは、こんな事に悩む事なんて無かった。だがこの学園に入って、アイツを見て…悩んでしまった。アイツの事になると、心が揺らいでしまう。もしも、アイツが…と。
「…俺も帰るか…」
…そして、俺も闘技場から〝風翔〟で去るのだった。
[視点変更:アルス・マルベーニ]
…此処は、夢の中。自然豊かな空間が広がっている、夢の中。日は良く照り、何十種の花が咲き誇り、小鳥の囀りや木々のざわめき、風の戦ぐ音が鮮明に聞こえる程に閑散としている。
…そんな夢の中で、俺は目覚めた。
「……」
『…お、来たか』
眼前には、俺と同じ見た目をした何かが、居る。姿も、声も、所作も…全て、俺と同じ。俺を模写したような、何か。
…そんな何かに、俺は溜息を吐く。
「…またお前か」
そう面倒臭がる俺に、ソイツはやれやれと肩を竦めながら言う。
『いや、俺はお前だからな?お前が存在するという事は、当然俺も存在する。本質的に見れば俺とお前は別人だが…脳を共有している運命共同体だ。だからお前が思考すれば、俺も思考している、お前が死ねば、俺も死ぬ…俺はそんな存在だ』
「…そうかよ」
ぶっきらぼうに、そう返す。
…コイツの言っている事が、全く以て分からない。運命共同体やら、俺が死ねばコイツも死ぬやら。そんな、意味不明な言葉を吐いている。
『…確かに、意味が分からないかもしれないな。だけど俺はそういう存在だ…お前と同じ、アルス・マルベーニの名を持ち、お前と同じ魔法を扱い、お前と同じ人生を歩んで来た。謂わば模写、模倣…そんなのに、近い』
…思考まで読まれた。本当に思考回路が同じという事なのだろう。しかも、模写、模倣か…だとしたら、コイツは俺のコピー的存在だという事なのだろうか?
『…まあ、今はそんな事どうでも良いか…さて、じゃあ、最近の事について話そうか』
…また、始まった。
夢で偶にコイツに会う度に、コイツは決まってある事を訊いてくる…それは〝直近の出来事〟についてだ。
最近起きた事、その詳細について詳しく、根掘り葉掘り訊かれる…俺はそれに答えるまで、夢から醒める事が出来ない…なんとも最低な悪夢なのだろう。一種の拷問に近い…〝楽になりたいならさっさと情報を吐け〟というのと同義なんだからな。
…しかも、この空間では魔法の行使が出来ない。夢の中の空間だからこそ、夢の中でのルールというものがあるのかもしれない。
…俺は今日の出来事を思い出しながら憂い…。
「…最近は最悪だ…特に今日は最悪だった、本当に…」
『へえ。そうだったのか…アイツの事で、か?』
「ッチ、察しが良い奴だ」
俺、だからか。何が好きで、何が嫌いか…そんな感性までも共有していると言うのだろうか。
本当に、得体が知れない。俺よりも俺を理解しているんじゃないかという錯覚に陥ってすらしまいそうだ。
『…その話、詳しく聴かせて貰おうか』
「分かったよ…お前が満足するまで聴かせてやる」
…そして、俺はあの最悪な出来事を一から話した。
…アイツに決闘を仕掛けた事、その決闘でアイツ相手に本気になった事、セインという生徒会長に無様にもそれを止められた事。
…それら全て、話した。
…そして、全て話終わった時…目の前のソイツは。
『くっ…あははははっ!!』
…そんな、俺に似つかわしくない高笑いを始めた。
「ッ…なんだ?何がおかしい…?」
…コイツは何故笑った?俺があまりにも無様だからか?いや、コイツは俺のコピー…嘲る事はあっても、ここまで笑うなんて有り得ない。
『いやー、なんだかしょうもなくてな』
「は…?」
コイツは突然、そんな事を言い出した。
…〝しょうもない〟だと?コイツは俺がその事でどれだけ悩んで、悔やんで、挙句──
『いや、そういうのじゃなくて』
再び俺の思考を読んで、ソイツは言葉を吐く。
『これくらいで悩んでるお前が馬鹿らしいんだよ』
「…なん、だと…?」
俺が、馬鹿らしい…だと?
「どういう事だ…!」
語気も強くなる。今までの俺の振る舞いを否定されたような気がしたから。
俺がやってきた振る舞い、それによって経た無数の経験…それら全てを嘲られ、無駄だったと言われた気分だったから。
『お前って本当考え過ぎなんだよ、俺なのに。俺はそんなの全部捨てる…過去は過去だ、変えられねえんだよ』
「ッ…」
正論だ…正論過ぎる。
確かに俺は考え過ぎだ、それも異常なくらいに。自身がアイツより上の立場である事を常に意識し、思考し続けてきた…それは過去も含め、全て。
だが、過去を考えたからといって何になる?何故無理に過去を清算しようとする?
『俺なら〝つまんね、自分の過去なんてクソ喰らえ〟で一蹴するぜ?だってお前の過去はしょうもないからな』
「ッ、何を根拠に…」
『知ってんだよ、お前よりずっと酷い過去を背負っている奴が』
「…そんな奴が…?」
俺のコピーだというのに、俺の知らない情報を持っているコイツに困惑してしまう。
コイツは一体何を知っている?何を見ている?次々と現れるそんな疑問達が頭を埋め尽くす。
そもそもコイツは俺の出来事について訊いてくる…コピーなら、その情報は常時更新され、俺と同じ知識、経験、記憶を引き継ぐ筈。
…なのに、俺だけが知っている事とコイツだけが知っている事があるのがおかしい。そのちぐはぐさに、脳が追いつかない。
『…んま、ソイツとは久しく会ってねえからな…お前も知ってる奴だとは思うんだが…』
「…そうか」
別に然程興味は無い。久しく会ってないなら、多分俺も知らない、もしくは忘れている…そんな奴に興味を持てる程、俺は関心のある奴じゃ無い。ただ〝そういう奴が居るのか〟程度の興味で終わってしまう…それが、俺の本質。
『…んま、お前がこれからどういう生活を送るかは知らねえが…それでも、これだけは言っておこうか』
…つい先程まで地面に腰を下ろしていたソイツは、俺が瞬きするほんの少しの間に…俺の眼前にまで移動していた。
…本当に、この夢は不思議だ。理想を模した世界だからだろう。同じ俺という存在は、この世界なら何処にでも存在が出来る、何処にだって移動出来る…そういう事か。
…そして、ソイツは俺に向かって、こんな助言をしてきた。
『──今の内は、後悔してろ…今のお前は強くなれる』
…そうして、俺は…夢から、醒めた。
「…なんだったんだ…あの言葉は」
…俺は深夜に、目を醒まし、直ぐにそんな言葉を吐いた。
…夢なのに、鮮明に憶えている。あそこは本当に、夢の世界なのか?それすらも疑問に思えてしまう。
あのコピーは、何故こうやって時々俺の前に現れてくる?意味も無ければ、俺の前に姿を見せる理由は無い筈。だったら何か、理由がある筈なんだ。
「…駄目だ、全然分かんねえな」
俺自身の思考なのに、俺自身がそれを読めない、なんて馬鹿げた事だ。だが実際、アイツの言っている事の大半は分からなかった。
…実際のところ、別人なんじゃないか?
「…ッ、クソ…まともに寝れやしねえ」
また同じ夢を見るだろうか…いや、今までそんな事は無かったから、多分それは無いだろう。あれはあくまで、俺のコピーが俺と話し、満足したら解放するというもの。態々一回夢から醒めさせる理由は、満足したからというものしかない。だったら、今日またあの夢を見る可能性はゼロだ。
「…はぁ…」
──あの模倣存在は、ある時から突然、俺の夢の中に現れた。約、8年前だっただろうか。その時からアイツは屡々、俺のコピーとして存在し始めたのだ。
それから俺は偶に出てくるアイツと話し合った…話した日数は、200くらい。俺の人生の中でも多く関わっているかもしれない…俺は人と関わらず、自分を磨いてきたからな。多く関わっている奴でも、これだけの日数を共にしてきた奴なんて、俺の知る限り居ない。
(──今の内は後悔してろ、か…)
さっきは過去なんて気にするな、みたいな事を言っていたのに、過去を引き摺れ、と言った。その意図はどのようなものなのか、それともアイツが自己矛盾に気が付かない馬鹿なだけなのか。
「…考えても仕方無い…寝るか」
…これ以上考えても、意味の無い疑問が迷宮内で巡り廻るだけ。無意味な事で脳のリソースを割くのは無駄な事。
…そう考えた俺は、目を閉じ…そして、数秒後。再び眠りに就くのだった。
[視点変更:レイド]
…翌日。魔法祭、二日目。俺は一日目と同じく、何も考えずに辺りを放浪していた。
…実は魔法祭は一日目にイベントを詰め込み過ぎているから、基本的に二日目、三日目は一日目と比べて大きなイベントは無い。魔導士達は、どうやら楽しい事は最初にやりたい傾向があるらしいからな。
…だから必然的に二日目、三日目は屋台巡りがメインとなる。どうせこの後のイベントなんて展示会だとか演奏会だとか、芸術関連のものだ。別に端から芸術を否定する訳では無いが、此処の生徒は魔導を究め、極めるが為にこの学園に来た。真に世界の役に立つのなら、魔工学とかはともかく芸術に現を抜かしている場合では無い。それならば他の事に時間を費やした方がよっぽど有意義だ、と。大半の生徒は思っているだろう。
だから実際、魔法祭で芸術関連のイベントを取りやめようかと、学園内で議論されているとかなんとか。だが、芸術が好きな魔導士も少なからず居るので、その議論は膠着状態にあるらしい。
…まあ、個々人で決められる事では無いからな。そこら辺は、しっかりと議論して全員が納得する答えを出せる事を祈るとしよう。
…と、そんな事を胸中で考えていた時。
「──おい、貴様」
背後から、女の声がした。
…俺に対しての言葉なのだろうか。いや、そんな筈は無い。俺に対する呼び名なら、相応しいものがある筈だ。
…だが〝無能〟と呼ばないあたり、これは俺に対して言っている訳じゃ無い。うん、そういう事にしておこう。
俺はその言葉を完全に無視し、路をブラブラと見て回る。
「っておい、貴様…」
…その〝貴様〟って奴、誰を指してるかは知らないが…聞こえてるんなら無視しないであげろよ。呼んでる奴が可哀想だろ。
…意外と周囲に人が多く居るこの場で人を呼ぶ、って、勇気が要る事だぞ?さっさと──
「貴様だ、貴様!」
ガシッ!!
……………。
「………………え、俺?」
…まさかの俺だったんだが。無視してるの俺だったのか…?二人称で呼ばれると分かんないから止めて欲しいな…。
「…はぁ…そうだ、貴様だレイド」
…ご丁寧に俺の名前まで知ってる。ただ、〝無能〟と呼ばないあたり…。
「ったく…貴様、人が呼んでおいて振り向きすらしないなんて相当だぞ…」
「いや、そもそも俺に向けた言葉じゃ無いっておもったからな」
「それでも一度くらいは目を向けるだろ」
「それで違ったらただの恥ずかしい奴じゃねえか」
「なんだそれ…はぁ…」
まあ確かに、自分に向けての言葉じゃ無いと決めつけるのは良くなかったな。そこは反省しておこう。
「まあ良い…自己紹介だ。私は──」
「ローズ・シャルネータ、だな?」
俺は彼女が自己紹介をする前に、名前を言い当ててみせた。
「あ、ああ…良く知っているな」
知っているさ…だって。
「昨日〝魔法決闘〟でカルミアと闘ってただろ。アレを見ていない魔導士なんてほぼ居なかったぞ?」
カルミアとローズの〝魔法決闘〟…あの時の観客数は、相当なものだった。それこそ、俺とアルスの通常決闘の倍以上は居たな。
それだけ注目されている二人だという事なのだろう。だからあそこまで観客が居た。
「…そうだな。改めて、1-A所属、特級魔導士のローズ・シャルネータだ。先輩方からは〝魔法庫〟とも呼ばれているから、分からない事があれば私に訊くと良い」
「成程…それじゃあ早速、一つ質問良いか?」
「…良いだろう、なんだ?」
…実はさっきからずっと気になってたんだよな。どんな答えが返ってくるか…。
俺はローズに向けて、その質問を繰り出す。
「その眼帯はお前の趣味か?」
「──っな…!そんな訳無いだろう!馬鹿が!」
とんでもない罵倒をされた。まあ普通にデリカシーが無かったのは認めるが。
…〝だったらお前が悪い〟って?安心しろ、全く以てその通りだ。すまんな。
「いや、お前もそういうお年頃か〜、と思ってな」
「打ち殺すぞ!?」
…口が悪い事で。
「…で、何か用か?此方人等、お前みたいな奴に絡まれる覚えなんて全くない訳だが」
態々〝無能〟である俺に関わってくる奴なんて、俺を貶めたい奴以外は殆ど居ない。リーシャやカルミア、ゼレン先輩やセリア先輩が特殊なのだ。
魔導士として認められていない、魔導士という肩書を持っている魔導士でない者…それは当然のように、魔導士への冒涜と捉えられる。魔導士への敬愛の心が強い奴なら、うっかり殺してしまいそうになるくらいにはな。
この世界は魔導士が中心として成り立っている。その魔導士を騙った何かが居れば、排除したくなるのはこの世界に生きる人間の性と言えるだろう。
…だがローズの場合。態度や口調は一見悪いものの、これが素ではないような気がする。あくまで感覚的なものだが、そう解釈している。
だからこそ、俺はローズに対して雑に会話を繰り広げられる。多分、根は良い奴だからな。
…ただ一回話しただけで何を言っているんだ、というのも分かるが…分かるものは分かるから、仕方無い。
「…貴様とアルスとやらの決闘、見せてもらったぞ」
「……そうか」
あの決闘は、普通に見せ物では無かったと思う。危険であるし、何よりも俺の存在に勘付く奴が現れるかもしれなかった状況だから。まあ九分九厘無いだろうが、少しでも可能性があるなら潰さないといけない。
「まさか悪い意味で名が知れている貴様が、あんな激闘を繰り広げるとは…学園側も、貴様は少々目が離せない存在となったのではないか?」
「それはそれで嫌だな」
目をつけられるのは、少々避けたい。〝無能〟という存在で目をつけられるのは良い…が、活躍から目をつけられるのは…マズイ。
弱いならば、俺自身の人生や目的に興味はないだろう。ただ、俺を貶めて…それで終わり。それだけだったら、なんとでも無い。
──だが、殊一目置かれる事については、少々俺としても忌避すべき状況だ。
俺は目立つ事はどうでも良いが、目立ち過ぎる事に関しては無視出来ない。そんな事が起きてしまえば、俺の目的の前提が色々おかしくなってしまうからだ。
俺の目的について、悟られる訳にはいかない。悟られる事は即ち、目的の達成が不可能だという事と同義であるからだ。
「…目立つ事がそんなにも嫌なのか?」
「──まあ、一応は」
正確には、目立ちすぎて目的が潰える事が嫌な訳だが。
「…そうか…それで、貴様は私の事をカルミアとの決闘で知っていると言ったな?」
…突然、ローズはそんな質問をしてきた。質問というより、さっき俺が言ったから事実確認だが。
「ああ」
俺がそう端的な言葉を返すと…。
「──あの時、あの決闘を見て…貴様はどう思った?」
…どうやらこっちが本命の質問のようだ。
「…どうって、言われてもな…」
正直、まともに見ているかどうかと訊ねられると微妙なところなんだよな…確かに面白かったが…それよりあの時の〝嫌な予感〟の方が勝っていたからな。
実際、その後に【顕現鏡】が出現した。理由は知らんが…その予感の所為で、カルミアとローズの闘いを見る事に集中出来なかったのは確かだ。
…まあ、見ていたには見ていたので、思った感想を言う事は出来るが。
「…そうだな…流石、1年部のトップクラス同士の闘いって感じだった。多くの魔法を扱って、多くの技術を有していた…余程弛まぬ努力をしたんだと思うぞ」
「…成程」
…ローズはしきりに何度も頷く…何を考えているのだろうか。
…と、数秒後。ローズは顔を上げて。
「…なんとも普通の回答だ」
…と、言った。
「何か面白い回答でも期待していたか?」
「いや、貴様がそんなユーモアのセンスがある奴には見えないな」
「酷い事言うんだなお前」
ちゃっかり貶されてるんですが。俺は面白くないってか?いやまあ実際のところ面白くないんだろうが。
「ただまあ、貴様なら完璧な回答を期待していたのだがな」
「期待外れって言うのやめてくれ」
期待を裏切った訳じゃ無いからな、俺は。コイツが、勝手に期待されて勝手に裏切られたと思っているだけだからな。
「…それで、お前は何が言いたいんだよ」
…これ以上無駄な会話をする必要は無い。だったら、と。俺は話の筋を戻す…のだが。
「いや、これで言いたい事は終わった」
「はあ?」
まさかのこれだけで会話終了。おかしいだろ?普通何かもっと重要な会話とか、今後についての話とか。多分その場合、会話の相手は俺じゃなくて良いが。
「それじゃあな」
「おい待てよ…」
俺の言葉を聞きもせず、ローズは俺の許から去っていった。
──不思議な奴だ、何もかもが。それはつまり…本質を見極めるのが難しいと言う事。
魔導士の得意な魔法は、大体は性格で決まる。というより、自身が好きな魔法が得意魔法というのが殆どだ。好きな魔法はそれだけ使いたいという欲に駆られ、それと同時にその魔法は必然的に成長していく。至極当然ではあるが。
だがローズの場合、普段から偽っているようにも見える…感じられる雰囲気が時々変わっていたのだ。
そんな魔導士の胸中は、普通よりも遥かに察しづらい。だから心理戦でもある魔法戦で優位に立てる。
「…まあ、アイツなりの知恵、なんだろうな」
そんなローズだが…一つ、決定的な弱点があった。
…俺と似たような弱点だ。
「…まあ、本人に言う訳はないが」
言ったら言ったで、目立ち過ぎてしまうだろう。恐らくカルミアでも、一目見ただけでは気が付けなかった筈だ。それを俺が気付いた、なんて言えばおかしな話。
…だから、俺は言わない。
「──さてと。探索再開だな」
そして俺は、探索という名の放浪を続けるのだった。




