第8話 内省
結局私は、数分間立ち惚けたのちに帰宅した。
帰宅と言っても、私の家というには、少し違う。
私が住まわせて貰っているのは、飲食店の二階の空き部屋である。
物心ついた時からそこにいたので、あまり詳しいことは覚えていないけど。
飲食店の女将は、確かに私を実の子のように優しく接してくれている。
家族っていうのは、やはりこういうものを言うのだろうか。となんとなしに考えてみる。
ちなみに10歳頃からは飲食店で働かせて貰いながら、生活費を少し頂いていた。
コツコツ稼いだお金も、いつの間にか余るほどになっている。
王都へ行っても、頑張れば一年は過ごせそうなくらいの資金だ。
けれど今は、王都のことを考えても気分は少しも上がらない。
それどころか、下がっていく一方である。
──明日、ドロシーさんは来るだろうか。
そんなことを思いながら、私は眠りに就いた。
※
ちゅんちゅんと鳴く小鳥の声で、私は朝を知覚した。
カーテンを開けば、眩しい朝の光に思わず目を細めてしまう。
絶好の天気なのに、やはりまだ気分は落ち込んでいた。
クローゼットから、白のブラウスと長めスカートを取り出し、着衣する。
今日は卒業式以外には何もないので、特に何も持たず家を出発した。
学園へ辿り着くと、既にクラスメイトの大半は来ているようだった。
教室内は浮かれた雰囲気に満ちており、もちろん私はその空気に溶け込めるわけもなく、そそくさと自身の席に向かう。その際、ドロシーさんの姿が視界に飛び込んだ。
「あ、ドロシーさ、ん……」
しかし彼女は複数の友人と話をしていた。
笑顔で話す彼女の頬には、昨日の傷は残っていない。
そのことに安堵しつつも、彼女と話せないことに少しモヤモヤしてしまう。
けど、それもそうだ、彼女は学園の人気者である。
卒業式なんて日には、私の出る幕はないのかもしれない。
私は自身の席に着席し、時間があることを確認すると机に顔を伏せた。
と、ほぼ同時に、いくつかの声が耳に飛び込んでくる。
「え? それ、ほんと?」
「クロエが、ドラゴスネークを討伐した?」
「いや、クロエって魔法適性Fだっただろ?」
「いやそれが、Aにも匹敵する魔法を使っていたっていう」
どうやら昨日の私たちの戦果が学園中に回っているらしい。
聞こえる声の中には、昨日私をからかった人の声も含まれていた。
ただ、ようやく飲み込めてきた昨日の華々しい現実も、今となってはただ虚しく感じる。
見直してくれた人もいたようだったけど、私は変わらず弱い人間のままだ。
表面上は強くなっても、中の部分は少しも強くなっていなかったのだから。