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第9話 お別れ

 卒業式は恙無く進行し、そして終了した。

 式直後の教室内は、これからの夢を語るものに溢れていた。

 こんな小さな学園にも、たくさんの夢が充満している。

 けれど私は、未来に対する希望なんてものは、皆無に等しくて。

 これ以上残る必要もなく、私は教室を飛び出した。

 虚無感と共に廊下を歩いて。

 そして、門まで歩いたとき、不意に声がした。

 すぐに、それはドロシーさんの声だと気が付く。


「クロエ。今、大丈夫?」


 彼女は門の影から、ひょいと姿を表した。

 私のことを待っていてくれたのだろうか。


「うん、大丈夫」

「よかった。やっと二人の時間ができたね」


 ドロシーさんは静穏に微笑む。

 私は、彼女が何を言い出すか分からなくて。

 ドロシーさんが口を開くより先に声を飛ばした。


「ドロシーさん、昨日は大丈夫だった?」

「うん。ほっぺもこの通り元気だよ。……えっと、それで昨日は母さんと話したんだよね。……それじゃあ、昨日のことも、私のこれからも知ってるってこと、だよね?」

「……うん。そうだけど」

「そっかそっか」


 ドロシーさんは弱々しく頷き、そして続けた。


「でも、嬉しかった。私のこと、心配してくれたんだって」

「うん」

「けど、ごめんね。今日の夜のこと。約束守れそうにないや」

「そのことなんだけど。……ドロシーさんの母さん、少しおかしくない? 昨日、色々酷いことされたみたいだし……」


 私が切り出すと、ドロシーさんは「あはは」と誤魔化すように笑った。


「昨日のは、私が悪いの。私がわがままを言ったから」

「でも。あんなの、おかしいって!」

「ありがとう、そう言ってくれて。でもさ、もう何も変わらない。変えられない」

「でも、でも──!」

「気持ちだけで十分だよ。それじゃあ、私はもう帰るね」

「でも、さ…………」


 これ以上、言葉が出なかった。

 ドロシーさんは踵を向けると、私の前を離れてゆく。

 私はここでも、何も言えずに、ただその背中が離れるのを見送るのみで。

 しかし、その背中は動きを止めた。

 やがて痺れを切らしたように、再び踵を返し、ドロシーさんは私を見た。

 彼女の悲しげな表情は『なんで何も言ってくれないんだよ』と言いたげで。

 でも──。


「クロエって、私の憧れの存在だったんだ」


 彼女の口から飛び出したのは、何も脈絡の無い言葉だった。


「自分の意志を強く持っていて、何を言われていても曲げないで」


 私の目を見つめて、そんな吐露をする。


「対する私はさ、いつも友達に流されたりで、自分の芯が一つも無いわけだよ。本当はクロエに話しかけたかったんだけど、どこか私からしたら高嶺の花って感じがしてさ」


 でも彼女の言葉は、なぜか打ち付けられるように私の胸に響く。


「でもさ。昨日は嬉しかったな。たくさん、クロエと話せて」


 その言葉は、私にとって嬉しいもののはずなのに。


「だからさ、クロエが王都に行くって言った時、すっごく嬉しかった。王都にたどり着いたら、これからしばらく一緒に生活したいってお願いするつもりだったんだ」


 それでも私にとってその言葉は、ただ、なんでか、苦しくて。


「結局それは、叶わなくなっちゃったけど!」


 明るい声には、隠しきれない(かげ)りがあって。


「少しの間だったけど、クロエの友達になれて嬉しかったよ!」


 彼女の可愛い笑顔は、やっぱり少し無理をしていて。


「王都で強くてカワイイ最強の魔法使いになってきてよ! あとさ、クロエは少し笑顔が固いからさ、もっとぱーって顔をしてみたら、今よりももっと可愛くなるんじゃないかな!」


 そしてその引き攣った笑顔が崩壊しかける寸前に、くるりと彼女は顔を隠す。

 笑顔が固いって、ドロシーさんだって、人のこと言えないじゃん。


「それじゃ。……ばいばい」


 私の言葉を待たずに、ドロシーさんは逃げるように駆け出していった。

 「あ……」と声が漏れた時にはもう、ドロシーさんの姿は無かった。

 私の目から、思わず何かが溢れてきそうになってしまう。


「ばいばい、なんて……」


 やめてよ、そんなもう会えないみたいな。


 ──いや。


 本当に、もう会えないのかもしれない。

 ドロシーさんの母親も、もう家から出させないって言ってたと思う。

 ならもう。本当に今のが、私たちの最後だったのだろうか。

 そんなの嫌だ。いやだ、いやだいやだ。

 せっかく私にも、友達ができたのに。

 一日でお別れだなんて、嫌だよ。


「どうして……。こう、なっちゃうかな」


 私は、どこで何を間違えた?

 やっぱり、私が森の中なんかに行ったから?

 ──いや。それも違う。私のことを否定したら、ドロシーさんまで否定することになる。

 だから、何が悪いって。私たちは、何も悪いことなんかしてなくってさ。

 全てが、辻褄合わせみたいな行動の積み重なりだったわけで。

 悪い人がいるとするなら、それはもう、ドロシーさんの母親だ。

 実の子供の頬を叩く? 炙る? そんなの、有り得ていい訳が無い。

 家族ってよく分からないけど、絶対にそういうものではなくて。

 家族っていうのは、きっとそこに愛があってさ。

 だから、ドロシーさんと母親の関係は、少なくとも私から見たら間違ったもので。

 今までもずっと、そんな苦しい生活を強いられてきて、そして今日も、これからもそんな苦しい生活をドロシーさんが送らなきゃならないってなら、それはあってはならなくて。

 だから。だから、だから──私にはまだ、できることがあるんじゃないか?


「…………」


 私は少し考えてから、おかしなことを思いついてしまった。

 こんなこと、やってしまったらこれからどうなるのか分からない。

 この方法は、失敗する可能性の方が大きいくらいだと思う。

 でも。もしかしたら、これもいいんじゃないかなって。

 そして考えてみると、やっぱり私にはこれしか残されてなくて。

 それでも今の私にとったら、これが一番の選択で、後悔しない選択で。

 だから私は、迷わずにその選択をしようと思う。

 この選択がどれだけ自己中でもいい、なんだっていい。

 ただ、ドロシーさんを救うことができるのなら。


 私は今夜、ドロシーさんを連れ出そうと思う。

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