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覚醒


「さて、ウェンリー子爵。卿にとっても重要な手紙がきた。確認しても?」


「……かまいませぬ」


 ベイルの返事を聞いたオスカーは、マリアンヌから絆鳥の籠を受け取り、窓際に止まる絆鳥の前に移動した。


 窓を開けると、二羽は鳥籠の上に飛び乗った。


 オスカーは二羽の足から手紙を外す。


 窓を閉め鳥籠の扉を開けると、二羽はそこに入り込んだ。


 オスカーは鳥籠の扉を閉め、近くのテーブルに三羽の入ったそれを置いた。


 そしてマリアンヌの隣へと戻ってくると、手紙を開き読み上げた。


 ベイルとの距離は十歩程度。やや大きな声が響く。


「まず一つめ。……ほう。集落の全員を保護とある」


 オスカーは手紙から視線を上げた。ベイルに焦った様子はない。


 マリアンヌは「良かった」と呟き、手をあわせ目を閉じた。


「では、もう一通。……ザック殿は無事だ」


「オスカーさま、ありがとうございます……」


 マリアンヌはオスカーの手を取り、消え入るような声をだした。


「ああ、いまは少し眠っているようだ。問題はない」


「良かった……」


 マリアンヌはほっと息をついた。


 しかし、それを引き裂くようにベイルの声が響く。


「辺境伯閣下? なんのことかさっぱりですな? それより、はやくマリアンヌをこちらに渡して頂かないと」


 ベイルは当初の策がなんら瓦解していないことを把握し、威勢を強めた。


 自領を守る騎士たちにはそもそも期待などしていない。


 どちらかといえば自領を荒らされた方が、相手を非難する材料になるので歓迎したいほどだ。


 ともかく、契約書さえ手元にあれば問題はない。


(マリアンヌと辺境伯の様子からも、奴らがザックやマルクの民を殺すのはまずない。やはり読み通りだ。たかだか二人を犠牲にする判断ができぬ馬鹿どもが。そうすればオレに勝てるというのに、甘いやつらだ)


 ベイルは次の動きへ意識を向ける


(あとはマリアンヌを連れ帰り、今度は古くからの使用人たちを人質に、新たに()の契約書を結ばさせてやる)


 しかし、ベイルはわかっていなかった。


 十年に及ぶオスカーの孤独、それに光を当てたものが彼にとってどれほどなのかを。


「そのことだが。……ベイル・ウェンリー子爵。卿に決闘を申しこむ」


「……は?」


 ベイルは一瞬、何をいわれたのか理解できなかった。


 最もあり得ないと除外したことだったからだ。


 決闘は騎士の名誉をかけて行われるものだ。()()()のある契約書が気にいらないからと決闘しベイルを殺せば名誉は地に落ちる。


 呪いのときとは違う。貴族として最低限のルールも守れない外道と見られるのだ。


(無理矢理に決闘まで持ち込みオレを殺したところで、マリアンヌは手に入らないぞ?! 王族も黙っては——まさか、すでに話を!?)


 宰相が引けといった意味を、五百で二万を相手取るものの思考、胆力を、ベイルはいまさらながら理解した。


 そして、獲物を狩るつもりで用意していたこの場が、実は自身を閉じ込めるための檻だったということも。


「さあ。ベイル・ウェンリー子爵」


 オスカーの身体から魔力が轟々と立ち昇る。さっきよりも濃くなった翠色の目と対峙するベイルの顔からは、だらだらと汗が流れた。


「マリアンヌ、下がってくれ」


 オスカーはマリアンヌが掴む手を離そうとする。


「……」


 だがマリアンヌは、オスカーの手を強く掴み離そうとしなかった。


「マリアンヌ?」


 マリアンヌは悩んでいた。オスカーの決めたことを反対したいわけではない。だが納得ができずにいる。


 なぜ、オスカーの名誉が失わなければならないのか。


 自分のことなら耐えられる。それこそ十年をゴミのように扱われても、耐えたのだから。


 愛する人が陥れられることに、どうしても我慢ができない。


 ——けれど、これ以上は困らせることになる。


 二秒に満たない沈黙のあと、マリアンヌは顔を上げた。


 オスカーの心配する顔がすぐそこにある。


 愛している人。大切な人——マリアンヌがオスカーへの想いを確かめながら、手を離そうとしたそのとき。


「オスカーさま。……目の色が」


 マリアンヌはオスカーの変化に気づいた。


 レスリーに教えてもらったことが頭に浮かぶ。本来の目の色は紅、呪いによる影響をうけ、翠へと。


 その翠が、先ほどまで濃く現れていた翠が、いま薄くなっている。


 さらには、瞳の中心は紅へと変化をみせ、噴き上がるように立ち昇っていた魔力も、勢いを減じていた。


「目が? それより魔力が突然……なにかしたのか?」


『話しかけることだけ、いや、おそらく対象に意識を向けることで魔力を作用させる、とても珍しい特性をお持ちです』


 レスリーとの会話が、マリアンヌの記憶から引き出される。


 開かずの扉に鍵が差しこまれ、カチャリと回った音がマリアンヌの中で鳴った。


 オスカーの手を離し、意識をオスカーではなく、後方、煌めくシャンデリアへと向ける。


(また翠色が濃くなって——っ!)


 オスカーの魔力が再び立ち昇ると同時、光がマリアンヌの視界を覆った。光を放つのは、自分の手からシャンデリアへ伸びる白い魔力。


「マリアンヌ、それは……」


 オスカーはマリアンヌの手から出る魔力に覚えがあった。自分が口にしているジャムから放たれるそれだ。


 可視化できないほどの薄いものだったはずが、今は光を放っている。


「オスカーさまの目の色が変わったと思って、そうしたら突然……」


 花の世話もジャム作りも、良くわからないまま結果が出たせいで、マリアンヌは自分の魔力というものを認識できずにいた。


 だが魔力が作用し現象が起きたことを、いまはっきりと確認したことで、魔力の形というべきものをマリアンヌは認識することができた。


 まわりを見渡すと貴族たちが纏う魔力がみえる。ごく近しい色はあれど、どれひとつとして同じ色がない。


 これまでぼんやりとしか見えていなかった魔力が、ことさら鮮明にマリアンヌの視界を彩る。


(これが魔力……)


 そして。自分がまとう白い光、腕から指先へと視線を移し——


(指輪から青色の光が出て、消えた……)


 マリアンヌは指輪を引きぬいた。


 青色の光は指輪のまわりにごく薄く残っている。

意識を指輪から逸らすと青色の光は強さを増した。


(わたしの魔力が干渉することで増減している)


 さらには指輪から伸びる一本のか細い糸がみえる。


(魔力の糸? 続いている……)


 



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