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部屋に用意されていたものは

 無事式典が終わると、今度は海外からの来賓をもてなすパーティーの準備へと書記官たちは走り回ることとなる。私たちは担当を外れていたので、いったん自室へ戻って休憩することにした。


 一応、手の空いているものは自由に参加できるルールになっているらしいが、とても参加する気にはなれない。


 華やかな場が苦手なのは今も変わらない。ダンスパーティーなんかに出ようものなら壁の花になること間違いなし。業務上エドワードと陛下としかかかわりがないので、顔見知りの書記官もほとんどおらず、会話を楽しむというのも難しいだろう。


 まあ、世の女性にとっては浮足立つような素敵イベントなのだろうが。


 とにかくいったん横になりたい。そう思いながら疲れた体を引きずり、自室の扉を開けると――予想外の光景が広がっていた。なんと、私用のイブニングドレスの支度をする侍女たちが控えていたのだ。


「え……ちょ、あの……これって」


「陛下からちえ様へのプレゼントにございます。舞踏会向けのお召し替えを承っております。さあ、こちらへ」


「いや……ちょっと……私、舞踏会アレルギーがありまして……」


「そんなアレルギー聞いたことがございません。誰もが羨む機会ですよ。みんな! 手伝って! 張り切るわよ!」


 パンパンと両手を叩くアンの号令により、三人の侍女たちに取り囲まれてしまった。


「どう調理してやろうか」とでも言わんばかりの侍女たちの表情が怖い。


「いや、ほんとに、私は、舞踏会は……」


「ちえ様、勅命です」


「うっ。それを言われたら、断れないじゃない……」


もうこうなってしまってはなされるがままだ。私は諦めて、うたた寝をしながら、身支度が整うまでの時間をじっと耐えることにした。





「ちえ、支度はできましたか」


 エドワードが扉をノックする音が聞こえた。「支度はできたか」と聞いてきたということは、彼は陛下が私用にドレスを用意していたことを知っていたのだろう。


「……どうぞ」


 エドワードの足音が部屋の中まで入ってきた。こんな豪華なドレスを着て、人前に出るのなんて初めてだ。シルバーグレーをベースとした私のドレスは、大胆に肩周りが開いており、デコルテが美しく見えるような構造になっている。


 ボディ部分には刺繍でたくさんの小花と若草が描かれており、控えめではありながらも、気品ある印象を与えてくれる。腰はコルセットでしっかり絞られ、おおよそ自分のものとは思えない細さになっていた。腰から下はレースが幾重にも重ねられており、ダイヤモンドのような宝石が散りばめられている。


 これを誰もが振り向くような美女が着ていたら、きっともっと映えただろうに。素敵なドレスに申し訳ない思いでいっぱいになりつつ、この姿をエドワードに見せるのがとてもためらわれた。


「あの……笑わないでくださいね」


「はいはい、わかりましたから。急いでください」


 私は顔をあげ、エドワードのほうを振り向いた。どんな顔をしたら良いかわからず、なんだかむずがゆい。できるならこのままダッシュでここを脱げ出したい気分だ。振り返ったはいいものの、目を合わせられなくて、彼の足元ばかり見てしまう。


 気まずい沈黙が流れ、やっぱり似合っていないのかと、うなだれていると。


「……とても……とても綺麗です。本当に。もういっそ――そのまま、俺のところにお嫁に来ませんか」


 穏やかな口調で、いつものふざけた様子とは違う真っ直ぐな眼差しで――エドワードにそんなことを言われたので、ドキッとしてしまった。周りの侍女たちも思わず口をおさえているのが見える。必死に騒ぎたいのを我慢している様子で、まるで彼女らの様子は、校舎裏の告白に居合わせた女子高生のようだ。


「……ははは。エドワードさん、またご冗談を。い……行きましょう!」


 いつもの毒舌が返ってくることを期待していたのだが、エドワードは困ったように笑い、私の手を取り、「ええ」とだけ言った。今日のエドワードは、どこかおかしい。丁寧にエスコートをしてくれる彼に違和感を覚えながら、私達は会場へ向かった。





 会場は、西棟と東棟をつなぐ大広間の正面の大扉をあけた先にある。すでに来賓の紹介は済まされており、舞踏会が始まっているようだ。私達は脇の出入り口からこっそりと中へ入った。


 貴族や諸外国の首脳などが踊っているのは上座のホール、私達がいるのは下座の、主に書記官たちをねぎらうために用意された小型のホールだ。


 これまでは来賓の方々のみをもてなすために舞踏会を開いていたが、陛下のはからいで、会場を分けて書記官たちにも料理や酒類の振る舞いをしているのだということだ。


(さすが陛下……頑張った従業員へのねぎらいも忘れないなんて……)


 ホールの両端には、上座のホールほどとはいかないが、カナッペのようなおつまみから、薄切りにされたステーキ肉、色とりどりの野菜が使われたテリーヌ、そしてドレスのように美しい装飾をまとったケーキなどが並べられていた。普段は真面目な顔で廊下を闊歩している書記官たちも、存分にこのパーティーを楽しんでいる様子だ。


 羽目を外しすぎた者がでて、来賓に迷惑をかけないようにするためか、各所に衛兵も詰めている。


「……せっかくですから、一曲踊りましょうか」


「へ」


 思わず顔がひきつる。


「だ……ダンスアレルギーなんで……」


「そんなアレルギーは聞いたことありません。せっかく陛下がそんな素敵なドレスを用意してくれたのですから、ちょっとは踊らないと失礼ですよ」


「……はい」


 根負けして、エドワードの手を取った。彼は不慣れな私をうまくリードしながら、簡単なステップを教えてくれる。最初のうちは、エドワードの足を潰しにかかる勢いで、彼の足を踏みまくったが、何曲か踊ると、徐々にコツを掴み、楽しんでステップを踏めるようになってきた。


「――なかなかうまいじゃないですか。アレルギーだとおっしゃっていたので、足が使いものにならないレベルには踏まれるかと思いました」


「ご指導ご鞭撻の賜でございます……」


「……もうちょっとロマンチックに答えられないものですか……」


 ロマンチック、というワードがエドワードから出て来たことに、不覚にも笑ってしまう。


「くっ……ロマンチックって」


 少しお酒も入っていたこともあって、笑いが止まらなくなってしまった私は、うっかりエドワードの足に躓いてしまい、転びそうになった。それをすかさず、エドワードが抱きとめる。


「まったく、本当に危なっかしいですねあなたは。少し休憩しましょうか」


 やれやれ、と頭を振るエドワードに促され、舞踏会会場に面した中庭へと出た。


 熱気のこもっていたダンスホールとは違い、外は程よく冷えていて、心地よい風が素肌に触れた。頭上には満月が煌煌と照っていて、花壇一面に植えられた白いバラのような花の群集に光を落としている。


(わあ、綺麗だなあ……)


 中庭に降りる階段に腰を下ろし、幻想的な風景をのほほんと眺めていた。アルコールでほてった頬を両手で冷やしていると、知らぬ間に姿を消していたエドワードが戻ってきた。


「ほら、ちょっと酔っているでしょ。お水飲んでください」


 どうやら彼は、私のために飲み水を持ってきてくれたらしい。のどが渇いていた私としては助かるのだが。今日はいたれりつくせり過ぎて恐ろしい。明日からどんなシゴキが待っているのだろうか。


「ちなみに、さっきの話ですけど……」


 さっきの、というのが、いつの何の話を指しているのか、とっさに浮かばなかった。理解ができずにうろたえていたのが見破られたのか、苦笑いされてしまった。


「あなたをお嫁に、というお話。考えてみませんか」


「……え」


「冗談ではないし、新しい策略でもないですよ。俺はあなたを――一人の女性として、愛おしいと思っているんです」


 まっすぐに私の瞳をつらぬくエドワードの真剣な眼差しに、それが嘘ではないことが、さすがの私でもわかった。


「初めにナンパしたときはね。引っ掛けやすそうな田舎娘くらいにしか思っていませんでしたけど……一緒に仕事をするようになって、どんな困難な仕事でも、必死になって突破口を見つけようと努力する姿に――俺は心から惹かれてしまったんです。不本意ですが」


 その場に跪き、私の手を取るエドワードの行動と、その言葉に――動揺している自分がいた。私はシンが好きだ。温かくて、包み込んでくれるような彼が。


 ただ――エドワードのことも、今は心から仲間として信じ、好ましく思っている。これを恋と呼ぶかどうかはわからないが――彼の言葉に、混乱しているのは確かだった。


「書記官さん、こんな人気のないところに美しい女性を連れ込むなんて、感心しませんねえ。――しかも人の女を」


 背後から聞こえた聞き覚えのあるその声に、私もエドワードも振り返った。衛兵の姿をした大男は、まごうことなくシンだった。


「……あなた、一体どこから?」


 エドワードが、苦虫をかみつぶしたような顔で尋ねた。


「言うと思うか? ヤマネコ便の時のように出入り禁止にされたら困るからな。あ、ちなみに正規の手続き踏んで入ってきてるんで、俺をほかの衛兵に突き出しても無駄だぜ。わかったらおとなしくそのきたねえ手をはなせ」


 今にも殴りかからんばかりの怒気を放つシンの言葉に、エドワードが何か言い返そうとしたその時。上座の舞踏会場側の扉から、アンが飛び込んできた。


「あ! いたいた! ちえ様大変です。皇帝陛下がお呼びです!」


「……皇帝陛下が、私を?」

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