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式典本番!


 いよいよその日はやってきた。新皇帝陛下の御即位を祝うように、その日は雲ひとつない快晴だった。私とエドワードは、白い書記官の正装に身を包み、何かあったときにサポートができるよう、陛下が演説を行うステージの裏手に控えていた。


 陛下は王冠を被り、陛下の瞳と同じ色のアメジストが散りばめられ、銀糸の豪勢な刺繍が施された漆黒の衣装を身につけている。精悍な顔立ちを活かし且つ、皇帝としての威厳も示す立派な衣装だ。


「いよいよですね。ちえ。俺はあなたと仕事ができて、本当に良かったと思っていますよ。まあ、正直、はじめはどうなるかと思いましたが。ちょっと目を離せば攫われるし、人の執務室で寝ちゃうし」


「……最後のを言わなければ『私もエドワードさんとお仕事できて良かったです!』って答えられるのに。残念な人ですね、エドワードさん」


 毎日の深夜業務と膨大な仕事量を乗り越えた今、エドワードとも冗談を言い合える仲になれた。ここで働き始めた頃の険悪さが嘘のようだ。私がエドワードと口喧嘩をしているのに気づいて、陛下がこちらへやってきた。


「余のいぬ間に夫婦喧嘩か。羨ましいことだな。こちらは緊張で心が張り裂けそうだというのに」


 ニヤニヤと笑いながらそう言う陛下の言葉を聞いて、なぜかエドワードが顔を赤らめた。


「へ、陛下、本日はご即位式大変お疲れさまでした。本日の民衆に向けた初のご演説も、心より楽しみにしております」


 いつも完璧な笑顔を貼り付けているエドワードだが、陛下の冗談に、なんだか動揺しているように見える。一体どうしたというのか。


「本当に、おめでとうございます。準備してきた成果が試されますね!」


 私の言葉に、陛下はうなずく。


「うむ、そなたら二人のおかげで、ここまで来ることができた。改めて礼を言おう。さて…そろそろ時間だな。行ってくる」


 見事な銀糸の刺繍がきらめく外套を翻し、私たちに背を向けた大きな背中を、エドワードと二人で陛下の背中を見送った。いつも通り鷹揚(おうよう)に構える陛下だったが、やはりこの舞台に緊張はしているらしく、近くに立っているときに手が小刻みに震えているのが見えた。


「この仕事が終わったら――ちえはどうするつもりですか。陛下のあなたの気に入りようを考えると、おそらく継続して務めるようお声がかかるはずですよ」


 壇上に向かう陛下の背中を見つめながら、エドワードは言った。


「うーん、悩ましいところです。エドワードさんに無理矢理連れてこられたわけですが、思いがけずこの仕事自体は気に入っていて。ただ――ちょっと、考えていることがあって」


「それって――」


「あ! はじまりますよ!」


 陛下の即位演説時は、公共放送での全国配信と合わせて、王城前の広場が解放され、事前に予約した民衆が直接陛下の言葉を聞くことができるような(しつら)えになっている。今日はシンも広場に演説を聞きに来るとタクトで連絡があった。


 陛下がバルコニーに設置されたステージに上がると、ざわめきが収まり、歓声が上がる。 民衆の一人一人の顔を見渡すように、陛下はアメジスト色の瞳で優雅に視線を送り、手を振った。――そしてマイクの前に立ち、姿勢を整え、新国王としての初めての民衆への言葉を紡ぎ始めた。


「百年前、このネトピリカの大地は火の手に包まれた。多くの民が血を流し、苦しみ、大切な者たちとの別れに心を引き裂かれた。過去の歴史から学び、先代はこの国の復旧に尽くしてきた」


 予定通りの出だしでスムーズに始まったことに、まずは胸をなでおろした。


「そうした先代の思いを引き継ぎ、この国の人々とともに新しい時代を形作る機会を得られたことに―――心から感謝したい。そして、今、この瞬間を余と共有してくれているすべての国民に心より御礼申し上げたい。そなたらは余の大切な友人であり、この国のこれからを作っていく同志でもある。余はこれからともに歩む同志の声を聞き、最善の策を模索しながら、『ネトピリカ国民の生活の質を、さらに一段上のステージに引き上げること』を目指して行きたいと考えている――― 」


 陛下のその言葉を聞き、集まっていた民衆から大きな歓声が上がった。レクチャーの際、私が陛下にお願いしたことの一つは、「感謝を伝えること」と「国民の言葉を大切にする姿勢を見せること」だ。


 歴代の即位記念演説の記録を読み漁ったのだが、どの皇帝も、端的に言えば「上から目線」で、自ら感謝や対話の姿勢を示すことはなかった。


 これまで陛下と接し、彼の施策を読み解く中で、書記官や、実際の市中の人々を聞くことを大切にしていた様子があった。ここが現陛下の個性であり、大きなアピールポイントであると感じたため、この要素を全面に押しだし、演説の初めと最後に強調することをお願いしたのだ。


 狙いはあたり、会場は熱気に包まれている。


「――この目的を達成するために、余は大きく三つの取り組みに注力していきたいと思っている ――― まずは『医療体制の整備』だ。正式に次期皇帝として指名される前、余は皇子として、エフゲニア地域の視察に赴いていた。そこでエミリアという三歳の女の子に出会ったのだ。彼女は病気で両親を失った。近隣に病院がなかったために。彼女の両親が亡くなった病気は、不治の病ではない。城下の病院にかかればすぐに治療できるものだった。


余は涙を流す彼女の姿を、救うことのできなかった彼女の両親のことを、忘れることができない。このような犠牲を、この平和な国ネトピリカで出してはならない。すべての国民が平等に医療にアクセスでき、尊い命が無駄にならない世界を作るべきだ。そのためには―――」


(……よし! ここまではうまく進んでいる)


 もう一つ、陛下の手で加えていただくようお願いしたのは「共感を誘う具体的なエピソード」だ。


 これは私の国で昔、海外の大統領が使ったテクニックだ。総じてトップに立つ人間というのは、現場のことをわかっていないイメージが強い。陛下が各地で見聞きした、具体的な国民とのエピソードを盛り込むことで、そのあとにやってくる具体的施策に共感を誘う要因になる。


 この点に関して、もともと武官として各地を見回っていた陛下は様々なエピソードを用意してくれた。


 演説はその後も、陛下の自信に満ちた包容力のある声に乗って、人々の心を奮わせ続けた。


 確かに当初、彼の話は長くて分かりづらかった。しかし国政に対する情熱は素晴らしいものがあった。


 それが効果的なメッセージとなって、彼自身の言葉となって現れ、いま、国民の感情を揺さぶっている状況に―――彼をサポートする書記官の一人として、そして、ひとりの聴衆として、感動していた自分がいた。


「――最後に、改めて皆とともに、ネトピリカの新しい時代を作っていけることに、そしてその機会を与えてくれたすべての人々に、心から感謝を述べる。私たちの先の時代を生きる子どもたちに誇れるように、共に大輪の花を咲かせよう」


 陛下が最後の言葉を発した瞬間、王宮前の広場に仕掛けられた大砲が、演説の終わりを告げた。そして、大砲によって打ち上げられたバルーンを、濃紺の伝統衣装をまとった衛兵が矢で射ると――桃色の花吹雪が広場に舞った。


 これは、演説の最後に、人々の心を動かすダメ押しの演出がほしいという本番二日前の私の思いつきを、エドワードが各所と調整して、その手腕でギリギリ間に合うように手配してくれたものだ。


(陛下の御代を、新しい時代の開花を象徴する花吹雪――悪くなかったんじゃないかな。演説を、人々の心にとどめておく演出のひとつになっていればいいけど)


 民衆が目を輝かせながら、ひらりひらりと舞うピンク色の花びらを追うさまを見て、私は満足げな笑みを浮かべる。鳴り止まぬ歓声と降り注ぐ新たな時代の光を目の当たりにして、自分が成し遂げたことの大きさに身震いし、これ以上ない喜びに、胸が満たされている。


(不本意だったけど。やってよかったな)


 風に舞う花吹雪に見とれていると、エドワードにポンポン、と背中を叩かれた。


「お疲れさまでした。まだ明後日のインタビューが残っていますが――今日の陛下の様子を見るに、うまくやってくれるでしょう。あなたの努力の賜物ですよ、これは」


 エドワードにそうねぎらわれ――気づくと涙を流していた自分がいた。ようやく重圧から開放され、ほっとしたからかもしれない。涙を手の甲でぬぐいながら、眉毛をハの字にして頼りなく笑う私を、じっとエドワードは見つめている。


「え、なんですか? 変な顔しています?」


「いえいえ、可愛らしいなあと思ってみていただけです」


「……なんですか、新しい策略ですか。気持ち悪いです」


 まるで口調が、出会った頃のナンパ野郎イメージを彷彿とさせるようで。思わず疑いの目を向けると、エドワードは困ったような笑顔を浮かべる。


「……トコトン信用ないんですね。俺は。ていうか、最近の俺の扱いひどくないですか」


「あ・た・り・ま・えです!」


 ――この束の間の安らぎのひと時に、様々な策略が動いていたことなど、このときの私達は気づいてもいなかった。


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