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呼び出し

 一晩明け、私は昼前に目を覚ました。


「よく寝た……」


 何日もあまり眠れない日が続いていたので、今日は陛下が特別休暇をくれている。ベッド脇に用意されている飲み水をコップに注ぎ、一口ふくむ。まだ即位式典までは一週間ちょっとある。あとは最終調整をするだけだが、しっかり休みをとれるのは、式典前は今日が最後かもしれない。


 そのままベッドの上でぼんやりしていると、ノックの音が聞こえた。


「ちえ様、少々よろしいでしょうか」


「はい、どうぞ」


 部屋に入ってきたアンは、いつもの通り美しく一礼したあと、用件を告げる。


「後宮長からちえ様に、お話しされたいことがあるということで。本日午後お時間をいただくことは可能でしょうか」


「……後宮長って?」


「ネトピリカの皇帝は一夫多妻制でして。後宮があるのです。今現在陛下に皇妃はおりませんが、後宮の管理業務を取りまとめる役職が『後宮長』です」


「ああ、なるほど。でもなんでまた、そんな人が私に?」


「……用件はご本人に直接お話されたいということで、私もお伺いしておらず」


 皇妃のいない後宮の長が、私に何の用があるのか、皆目見当もつかないが。高位の書記官の用件を、こちらから断ることはできない。私はしぶしぶ了承し、念のためエドワードにも連絡した上で、約束の場所に向かった。





「エドワードさん、すみません。お休みなのに来て頂いちゃって」


 タクトで連絡をしてすぐ、制服を着たエドワードは部屋まで迎えに来てくれた。申し訳ない気持ちはありながらも正直心強い。知らない上官に得体の知れない用件で呼び出されるほど怖いことはない。


「いえいえ。たぬきの呼び出しに、ちえをひとりで行かせるのは危ないですからね」


 たぬき、ということは、あまりエドワードの心象のよくない人物なのだろうか。警戒を強めるエドワードの表情に不安を募らせつつ。約束の会議室で待っていると、豪華な官服を身にまとった後宮長があらわれた。


(後宮はまた制服が違うのかな……?)


 胸の位置には金糸の刺繍が施されていて、指には宝石の光るアクセサリーがはめられている。年齢は四十代くらいだろうか。


「黒瀬ちえ、休暇中にも関わらず良く来てくれた……エドワード、君を呼んだ覚えはないがね」


「ちえの身の回りにはたぬきが多いもので。用心することにしているのです」


 あまりにも慇懃無礼な態度に、私は目をむいた。


(あ……そういえば指示系統が全然違うから、あまりこびへつらっても意味ないって言っていたっけ。本当にこの人はこういうところはっきりしているんだよね……)


「……皇帝陛下のお気に入りだからといい気になりおって。出て行け!」


 額に青筋の光る後宮長の怒り具合は、尋常ではなかった。驚いてあとずさりしてしまったが、まだ何か反論しようとするエドワードさんを見て、彼を制した。


「あの、エドワードさん、扉の外で待っていてください。私は大丈夫ですから」


(いくら直属じゃないって言っても、ここで万が一、エドワードさんの立場が悪くなるようなことがあったら大変。この人意外と血の気が多いからな……)


「……わかりました。ちえがそう言うなら。なにかされそうになったら、タクトで連絡をください」


 エドワードはそう言って、後宮長をにらみつけながら外へ出て行った。後宮長はと言うと、彼が出て行ったことで機嫌が直ったのか、今度は猫なで声で私に声をかけてきた。


「彼は昔から少々無礼なところがあってね。本当に、困ったものだ。ささ、こちらへかけて。飲み物は何がいいかな」


「お心遣いありがとうございます。ただ、今日も少し仕事が残っていまして……。お飲み物は遠慮させていただきます」


(とにかく、早く用件を終えて開放されたい……)


 そう応答しながらソファに座ると、後宮長はうそくさい笑顔をこちらに向け、うやうやしく話を始めた。


「そうか。では手短に話そう。君の働きは陛下からも聞いていてね。女性ながら非常に優秀ということじゃないか。でも大分お疲れのようだね」


「はあ……まあ」


 私の返答に喜びを隠しきれない様子の後宮長は、本題らしき話を持ち出してきた。


「そうだろう、そうだろう。休日も仕事をしているなんて、相当人手が足りないのだろう。それでなんだが、うちの娘を君の補佐につけるというのはどうかな? 君より大分若くて、体力もある。さらに美人だ」


(ん……あれ、遠まわしに悪口言われている?)


「え、あ、うーん。エドワードさんが今は私のできない部分をサポートしてくださっていますので……」


「それでも人は必要だろう? それに、忙しい陛下を癒す役目は、重要なのではないかな。君だけではちょっと……」


 だんだんイライラしてきた。この人は、広報の仕事を何だと思っているのだろう。


「広報の仕事は、陛下を癒すことではありませんので。ちなみに、娘さんは書記官なのですか?」


 そこまで薦めるならどれだけ優秀なのか聞こうじゃないの、と、ひそかに女としてのプライドを傷つけられた私は、冷たい笑顔で応戦する。


「いやいや。娘は花嫁修業中でね。でもカレッジは出ているので学はあるよ」


 私はため息をついた。いくらなんでも、広報の仕事をなめすぎている。一朝一夕できるような仕事ではないのだが。


「あの……今の時期に、現役の書記官の方ならまだしも、就労経験のない若者が広報担当として入ってきたところで、役に立ちません。それに……広報の仕事は皇帝のご機嫌取りではありませんので。きちんとした専門知識と、戦略的思考が必要です。ありがたいお申し出ですが、お断りいたします」


「な、なんだと?」


 いくらしっかり寝たとはいえ、疲れがピークに達しているのには変わりない。だんだんとめんどうくさくなってきて、私は後宮長の怒鳴り声も無視して、扉のほうへ急いだ。


「お前、私にそんな無礼を働いて……どうなっても知らないからな!」


 もう顔を向けるのも面倒だったので、扉を開けながら半身だけ振り返り、最後の一撃を放った。


「広報の仕事を、なめないでいただきたいです。私は決して優秀な広報官ではありませんが、プライドを持って命かけて仕事してるんで!」


 扉の目の前で待っていたエドワードは、私の物言いに一瞬驚き、破顔した。私自身、はっきり言えないがトレードマークだった自分が口にした、辛らつすぎる一撃に、笑いをこらえきれなくなり、二人で顔を合わせ、笑いながらその場をあとにした。


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