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どうして

(一体なぜこんなことに…)


 エドワードのインタビュー指導はしていたが。話し下手だと言う割に、かなりの優等生だったため、ちょっとしたテクニックのレクチャーにおさまっていた。あれでどうして広報官になる資質があると判断されたのか。


(大体、皇帝陛下でしょ? 話し方のレクチャーって必要なの? それに、こんな若輩者が指導なんかしたら、首飛ばされるんじゃないの……?)


 即座に処刑台で斬首される自分の姿が頭に浮かび、その恐ろしい想像をかき消すために頭をブンブン振った。


「『なんで私が。失敗したら首を斬られるんじゃないか』という顔をしてますね」


 エドワードが、真っ青になった私の顔を見て、クスクスと笑っている。


「当たり前じゃないですか。もっと優秀な人が絶対います。考え直してください」


「本当に謙虚ですよね、ちえは。あなたが選ばれたのは、その『広報』というこの国にとっては新しい概念およびスキルを保有していること。そして――あなたが異世界の人間であるということが大きいんです」


「わ……私は! 異世界なんて知りません!」


 強く否定しようとしたのだが、声が裏返ってしまった。隠し事ができないタイプ、というのが、こんなに悔やまれたことはない。


「残念ながら、裏取りはできています。書記官の資料室にはね、異世界出身者の情報をまとめたファイルがあるんです。これまで彼らの多くは、この世界に新しい技術や知識、文化をもたらし、ネトピリカの繁栄に貢献してくださいました。そのため、各地の状況の把握を業務の一部とする書記官には、『異世界出身者を見つけ出し、その能力を把握し、国のために活かす』ことも業務に含まれているんですよ。――俺と初めて会った日、ちえは、ノートをとっていました。俺が見たことのない文字で。あなたが書いていた文字の形状を記憶し、俺たちが保管している情報と照合したところ――あなたが『日本』という国の出身者であるということが特定されました」


 あのときやっぱり、見られていたのか。もはや悔やんでも仕方がないが、うかつにノートなんて取り出した過去の自分を、おもい切り殴ってやりたい気持ちになった。


「いいじゃないですか。普通、なりたくてもなれませんよ、皇帝陛下の側付きの役職なんて。幸運なことです」


「……ちゃんと家に返してもらえるんでしょうか」


「すぐには無理ですね。皇帝陛下の側付きになるということは、機密情報を扱う、ということです。国家の機密が漏れたら、どうなるかわかりますよね。ですから、きちんと契約書を取り交わし、少なくとも三ヶ月は、この人物が悪意を持った人物でないかということを見定めなければなりません。その期間後は、外出申請をすれば外に出られますよ」


 一生幽閉されるわけではない、ということがわかって多少ホッとした。


「ただ……」


「ただ?」


「……いえ、なんでもありません」


 喉の奥になにかつかえたような物言いが気になったが、問いただそうとしたところで、馬車が王城の入り口についてしまった。


 王城の入り口――正確には、空に浮いた王城に続く階段の下に到着した。天まで無限に続くように見える階段は、途中で雲の中を通るようで、真下からだと王城の姿は見えない。


「この階段はね。侵入者を退けるために作られているんです。特定の紋章が彫られたアイテムを持たないものは、永遠に階段を登らされ続けます。では、いきますよ。俺のそばを離れないでくださいね」


 エドワードが階段の横にある柱に、ポケットから取り出した懐中時計を当てた。するとエワードの周囲一体が霧に包まれ何も見えなくなった。


「わあっ」


「大丈夫です。ほら、つかまって」


 エドワードがグッ、と私の手を掴む。その瞬間、辺りを包んでいた霧が、サァーっと引いていくのが見えた。だんだんと、周囲の輪郭がくっきりとしてくる。目の前には、テオの屋敷の門を遥かに超える、巨大な扉がそびえ立っていた。真っ白な石造りの扉に、細かい彫刻がびっしりと施されている。


「ふぁぁ……すごい」


「綺麗でしょう。でもね、作られたのは一千年ほど前です。補修に補修を繰り返して、この美しさを保っているんですよ」


 ギイイ、と、重い扉が内側から押し開かれた。目の前には建物の奥まで続く青地の絨毯がひかれており、荘厳な絵画が天井いっぱいに描かれている。グレーの壁にはところどころ宝石が散りばめられ、その一粒一粒がシャンデリアの光を受けてキラキラと輝いていた。


 目を奪われるようなあまりにきらびやかな装飾にあっけにとられ、何の言葉も発することができなかった。王城に来てしまったという現実を突きつけられ、足が震える。これから起こることのすべてが恐ろしく思え、その場で身動きができなくなってしまった。


 そんな私の様子を見かねてか、エドワードが腰に手を回し、前に進むように促した。気もそぞろな私の体を支えながら、ゆっくりとエスコートしてくれる。かなりの時間を費やし、私が本日泊まるというゲストルームに到着した。


「このあと、あなた付きの侍女が部屋に参ります。彼女に衣食住についてはすべて頼んでありますので、なんでも聞いてください。……今日は疲れているでしょうし夜も遅いですから、明日諸々説明することにいたしましょう。では、おやすみなさい」


 業務連絡のように用件を告げ、立ち去ろうとするエドワードの袖を急いで掴み、部屋にとどめた。


「なぜ、急に連れてきたんですか。エドワードさんにちゃんと事情を聞いていたら、ちゃんと支度をして、少なくとも話だけは聞きに来たと思います」


 エドワードは鼻で笑った。


「俺が連れてきた、という事実がね、大事だったんですよ。あなたがコンタクトをとっていた『テオ』という人物。彼もね、俺と同じことを考えていたんです。あなたの仕事ぶりを見て、利用できる人物か判断した上で、あなたを餌に、皇帝陛下から見返りをもらうことをね。


 俺が色々調査をしているうちに、あいつが先に、皇帝陛下へあなたを推薦しようとしていたんです。それで――少々焦って手荒な真似をしてしまいました」



「私を――出世の道具に使おうとしてたってことですか――?」


 美しい顔をゆがめ、彼は私から顔を背けた。


「綺麗事だけでこの仕事はやってられないんですよ。上に行きたければ、ある程度人をコマとして活用する能力が必要になるんです。あなたは踏み台として非常に役に立ってくれた。心よりお礼を申し上げます」


 その言葉を聞いて――気づけばエドワードの顔を思い切り殴っていた。自分の頬を、何かが伝っていくのがわかった。怒りが言葉にならない。はじめから、私を利用するつもりで近づいたのか。収穫祭で手伝ってくれたことも、困りごとがあると言って相談に来たときも。


 はじめは戸惑いもあったが、新しい世界で、様々な人に出会って、たくさん経験を積んで、すべての出来事が眩しく、楽しいものだった。この国の人たちが本当に大好きで。


 エドワードのことも、大事な友人の一人だと思っていたのに。


「では、おやすみなさい」


 エドワードは微笑みを顔面に残したまま、私とは目を合わさずにそのまま部屋を出ていった。





 ちえの姿が見えなくなってから、俺を拘束していた衛兵たちはその場を去っていた。取り残された俺はその場に転がり、空を仰いでいだ。こちらの心境とは真反対の、バケツをひっくり返したようなきらめく星空が憎らしい。


「クソっ……やっぱりあいつ、ちえについて調べてやがったか」


 一見ちえに好意を寄せているように見えるエドワードの行動には、不審な点がいくつかあった。


 はじめはちえの気を引こうとしている様子だったが、うまく行かないと踏んでからは、テトラやアルフレド、アドラと交流を持ってちえの情報を引き出そうとしているようだった。はじめはなぜそんなことをしているのかわからなかったが。


 ちえが広報戦略を使ってテルメトスのブランドを確固たる地位に押し上げたあたりから、なんとなく目的が見えてきた。エドワードのインタビュー指導をしていた、という話は今日船の上ではじめて聞いたが、それが決定打になったのだろう。


(新しい皇帝陛下が即位したのは最近で、お披露目もまだだった。ブランディングや取材対応者のトレーニングが評価されてちえが『広報官』という新しい役職に抜擢されたと考えると――おそらく、皇帝の対外的なコミュニケーション能力のトレーニングをさせたいんだろうな……)


 元の世界でもそうだったが、国のリーダーの「伝える力」というのは国政にも、外交上の影響力にも強く関係してくる。しかし、皇帝に話し方を指導するというのは、この国の書記官にはかなりリスクが高いはずだ。


 人権に関する法の整備はネトピリカのほうが遅れているし、ちょっと前まで普通に戦争をしていた国だ。「コミュニケーション」に関する体系的な学問はこの国にはないし、下手にしゃしゃり出て指導しようものなら首が飛びかねない。


(そこで、「異世界の広報のプロ」の登場ってわけだ。これまでの異世界出身者の功績と、ちえの直近の実績を持ってすれば、彼女が指導することに対して、皇帝はネガティブな印象を持ちづらい。うまく行かなくてだめだったとしても、首を切られるのは彼女一人で済む。紹介者のエドワードも、多少お咎めを受けるくらいで済むだろう)


「あー俺のバカ。なんでもっとちゃんと守ってやれなかったんだ……」


 この世界に連れてきたのは自分だ。もっとちゃんと、はじめの頃に、細かく気をつけるべきことを伝えておけばよかった。


 ちえのあの性格を考えると、きっと与えられた仕事を全うしようとするだろうし、皇帝に失礼なことを言って即投獄、ということも考えづらい。正規の手続きにのっとって採用されるのだとすれば、王城付きの仕事であれば、三ヶ月経てば外出許可も出るはずだ。


(とりあえず、様子を見るか……。ただ、ちえの安全のために、状況は把握しておきたい。なんとか連絡を取る方法を確保しないとな……)


 大きな体をむくりと起こし、母屋に入り、部屋に明かりをともした。ポケットに入れていたタクトを取り出し、かけなれた番号に電話をかける。


「……おう、俺だ。ちょっと、困ったことが起こってな。ちいとばかし危険な仕事ではあるんだが、頼みがあるんだわ……」

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