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とっておきの場所

ちょっと前まで、私はのんびりパン屋の下働きライフを満喫していた筈だった。


 それがどうだろう。収穫祭後一ヶ月で、劇的に変わってしまった。端的にいえば、日本にいた時――つまり、あれだけ「もうやりたくない!」と思い悩み、うっかり海に落ちるほど匙を投げていた、広報代理店の仕事に逆戻りしていたのだった。


「どうしてこうなった!」と叫びたい気持ちをおさえつつ、目の前の仕事をバリバリとこなしていく。


ただ、不思議と――以前のように、辛くて仕方がないという気持ちにはならなかった。――「あなたにお願いしたい」と乞われてやっているということに、心地よさと、やりがいを感じていたからだ。同じ仕事をやっているのに、もう、あの頃のような悲壮感は、影も形もない。


(「自分がどう見られているか」になんて囚われずに、がむしゃらに、目の前の誰かのために働くってことがあのときできてたら、日本でもうまくやれてたのかなあ……)


 ぼんやりと考えながら、私は二階のダイニングテーブルで、資料作成に励んでいた。テルメトスパン店のブランドはもはや、「地元の昔からあるパン屋」ではなく、歴史と伝統ある有名店として、地元では知れ渡る存在となった。アルフレドも、毎日押し寄せるお客に応えるべく、妥協のない新商品の開発に日々取り組んでいる。


 さらに、テオがテルメトスのパンの美味しさをさまざまなグルメ雑誌で語ったことで、今やそのブランド名は全国区で知れ渡った。そして、テオのカフェの看板メニューとしても取り扱われることが正式決定し、発表された今、様々なメディアから取材が殺到しているのだ。


 多忙になったことで、二人ほど従業員が採用されることにより、私の仕事はもっぱら報道対応となった。今はパン屋で会計をするよりも、こうして二階のダイニングテーブルの一角を間借りして、資料を作ったり、戦略を練ったり、メディアからの問い合わせを受けている時間が多い。それ以外は、打ち合わせで外に出ていた。


 今日もまもなく日が落ちる。


(はー。今日ももう一日終わりか。たまには一階でパン屋さんのお仕事をしたいな……)


「ちえ、お客さんよー」


 一階からテトラの声がした。誰だろうと疑問に思いながら立ち上がると、階段を登ってくる大柄の男――シンが突如視界に入ってきた。


「……よぉ、久しぶり。忙しそうだな」


 急に現れたシンに、ドギマギしてしまう。収穫祭の最終日から約一ヶ月。お互いに忙しくて会う機会がなかった。あの時の記憶が蘇り、ちょっと気まずい。


「ひ、久しぶり……どうしたの」


「今下で、お前の有休もらってきた」


「え、どゆこと?」


 一体何を言い出すんだこの男は。


「お前顔疲れすぎ。テトラから連絡があってさ。どんなに止めても凄まじい勢いで休みもとらずに仕事しているから、二日くらいどっか連れてってやれってさ」


「でも、問い合わせが……」


「急ぎの案件はテトラが受けるってよ。お前さあ、少し人に仕事を任せるってことをしろよ。また潰れちまうぞ! 二日くらいお前が休んでも、この店は潰れねえよ。さ! 支度しろ!」


 大きな手に背中を押されて、三階に上がった。いつもそうだが本当に強引なやつだ。


(そんなにひどい顔しているかなぁ、どれどれ)


 シンを扉の外に待たせ、鏡を覗き込んだ。


(わー、しばらく鏡見てなかったけど、これは、相当疲れていますねぇ。確かに休養は必要なのかもなぁ)


 鏡には、おでこに吹き出物、目の下にクマ、そしていかにも不健康そうな顔色の女が映っている。ここまでなるまで気づけなかった自分に苦笑しつつ、観念して荷物をまとめ、多少の化粧を施し、身支度を整えた。


「そろそろできたか? 暗くなる前には出たいから、急げよ」


 扉越しにそう言ったシンの声は、どことなくソワソワしている。


(……なんか、遠足に行く前の子どもふう?)


 そんなことを思いながら、荷物を持って部屋のドアを開けた。


シンのトルシェに乗って向かった先は、彼の住む海沿いの町だった。少しだけ温泉地的なものを期待していたので、若干がっかりしたが、シンと二人だけで温泉地旅行というのも、色々危険な気がしたので、エルメがいる家に泊まるほうが正解だな、と思い直した。


「ついたぞ。すっかり暗くなっちまったな」


 町につく頃には、小雨が降っていた。シンはトルシェの荷台から、大人二人がすっぽり隠れられるくらいの大きさのビニールシートのようなものを取り出し、自分と私に頭からかけた。


「濡れるから、家につくまでこれでも被っとけ」


 トルシェの停車場所から母屋までは、ちょっとだけ距離が離れている。数分の距離ではあるが、気を使ってくれたようだ。


「……ふっ……ありがとう。でもネトピリカにも、傘あるでしょ?」


 配慮は嬉しかったが、まさかいきなり頭からビニールシートをかけられると思っていなかったので、なんだかおかしくなってしまった。


「うるせえな、忘れたんだよ、今日は」


 すねたような顔でそう答えるシンを見て、更に笑いがこみ上げてきた。


「あはは。ごめんね。ありがとうってば」


 母屋につくと、シンはビニールシートを玄関にある物干しにかけ、タオルを貸してくれた。 相変わらずこの家のタオルはゴワゴワだ。桟橋で海に落ちたところを救助されたとき、投げつけられたタオルの硬さを思い出した。


「今日はドラム缶風呂ができねえから、母屋のシャワールームを使っとけ。着替えは持ってきたよな?」


 奥から木戸が開く音がして、エルメが出てきた。初めて会ったときと変わらず、立派なひげを蓄え、穏やかな顔をしている。よく考えると最後に会ったのはたった約四ヶ月前のことだったのだが、懐かしさがこみ

上げてきた。


「おぅ、嬢ちゃん。元気そう……でもないか。仕事の頑張りすぎは良くねえよ。――ただ、あれだな。良い顔にはなったな……。この国での生活は楽しめてるか?」


 記憶にあるとおりの無表情でエルメが尋ねた。


「はい、お陰様で。……シンに連れてきてもらったお陰です」


 ちらりとシンを見ると、口角を上げるのを必死に我慢するような、複雑な顔をしていた。


「……そうか。良かったナァ、シン。謙虚で、いい嫁さんが見つかったな」


「ジジイ! だからそういうのはいいって! ……ほれ、ちえ、とりあえず二階に荷物置きに行くぞ」


 二階の客間に行くと、ここに来た初日が思い出された。あのときは不安で仕方なかったが、今はこんなにも充実した毎日を過ごしている。


「……シンの言う通りだった。ひとつの世界でだめでも、思い切って別の場所に飛び込んでみれば、自分を変えられることもある。今いる世界だけが絶対的なもので、ここでだめならもう自分はだめだなんて……視野が狭かったなあって思うよ」


 シンはニカッと笑った。


「そうやって思えるのはよ、お前がちゃんと自分を見つめ直して、新しい挑戦に向かっていけたからだ。別の世界に来たからって、元の世界と同じようにやってるだけじゃ、なんもかわんねーよ」


「そうかなあ。でも、ほんと、連れてきてくれて……ありがとう。私、ここに来られてよかった」


 シンの大きな手が、私の髪の毛を撫でる。彼に撫でられるのは、やっぱり嫌ではなかった。


「――ちえ……キスしてもいい?」


「もー! そういうのばっかり! だめです! シャワー浴びてきます!」


「なっ……! いまいい感じの雰囲気だったろ! 無理やりするのは犯罪だとか言うから、事前に聞いたんだろうが! お前はもっと俺に心を開けよ、な?」


 荷物から着替えをガシガシ取り出しながら、私は扉に手をかけて答えた。


「ま……まだ、だめっ!」


 ピシャッと扉を締められたシンは、その場に座り込んだ。


「『まだだめ!』って可愛すぎるだろ……耳真っ赤だったし…。しかも、まだってことは、『心の準備が整ったらいいよ』ってことだろ……? 俺はいつまで待てばいいんだ……」


 シンは海のさざなみの音を聞きながら、平常心を取り戻すまでその場にうずくまっていた。


 シャワーを浴びながら、ドキドキする心臓をなんとか収めようとした。


(あいつはもう……まあ獣のように向かってくることはなくなったからいいとして……)


石鹸を手に取りながら考える。でも――


忙しくなって、会えなくなって、夜になるたび彼のことを考えることが多くなった。元気にしているのか、今ごろをしているのだろうかと。辛いとき、困ったときは助けてくれる。 ずっと気にかけてくれる。そして、疲れた自分を癒やしてくれる――大事な存在。自分の中では、結論が出ているように思えた。ただ。


(彼氏いない歴=年齢のこじらせ二十七歳は、なかなか素直になれないんだってばー!)


 彼が近づいてくるたび、体がこわばる。恥ずかしくなる。自分から甘えるのを想像すると吐き気がする。そんなキャラじゃないし。自分で自分の甘えた声を聞くのもなんだか嫌だ。


「こじらせ喪女、ここに極まれり……」


 シャワーを思い切り顔に浴びせながら、私は自虐的な独り言を吐いていた。


 その日は、部屋での出来事でわたわたしていたのが嘘のように爆睡した。必死になりすぎて自分では気づくことさえできていなかったが、本当に疲れていたようだ。天井を見ながらまどろんでいると、木戸をノックする音が聞こえた。


「ちえ、そろそろ起きろ。流石に昼まで寝てると、目が溶けるぞ」


「……目は溶けないけど、今起きます……」


 ムクッと起き上がると、まだ気だるい感じがある。肩も凝っているし、腰も痛い。これは確かに、休息が必要だと思った。手早く着替え、洗面台で顔を洗う。丁寧に髪を()き、顔を整える。一つ一つの動作を、ゆっくりと丁寧にこなした。こころなしか、昨日より肌が綺麗になっている気がした。やはり睡眠は大事だ。


 一階の居間に降りると、すでにエルメは仕事にでかけたあとだった。なんだか申し訳無さがこみ上げてくる。お世話になっているのに、ほぼ毎回昼まで寝てるとは……。


「明日はちゃんと朝、お手伝いします……」


「いいんだよ、お前は。休みに来てんだから。実家だと思ってゆったりしてろ。ほら、座ってろって」


 シンに促され、懐かしい座布団の上に座った。食事を用意しながら、シンが口をひらく。


「今日は、連れていきたいところがあるんだ。飯食い終わって、支度ができたら、出かけるぞ」


「うん、わかった」


 休日に、誰かがご飯を用意してくれて、ゆっくりできるなんて素晴らしい。テルメトスも定休日はあるが、やはり住み込みの職場ということもあって、ゆっくり寝てだらだらするということはできなかった。甘やかされる幸せを噛み締めながら、シンが出してくれた食事を食べ始めた。



 昨日の天気とは打って変わって、今日は空に吸い込まれてしまいそうなほどの快晴だった。サファイアブルーの海が、キラキラと輝いている。シンに連れられて、船に乗り込む。今日乗る船は、以前乗った観光船とは違い、一人でも操縦可能な小型船だ。


「観光船は光の航路以外、動かすのに人手が必要だからな。――今日は、二人で過ごしたかったし」


 穏やかな、はにかんだような笑顔を向けられてドキリとする。この男は相変わらずどストレートな感情表現をしてくるので困る。


「そ……そっか」


「じゃあ、船を動かすから。ちえはそこに腰掛けとけ。揺れるからしっかりつかまっておけよ」


 船は桟橋を出て、湾に沿ってゆっくりと動いていく。船から海岸線を見渡すと、ぽつりぽつりと、一定の距離を保って家が立っているのが見える。住宅が密集しているビトレスクや東京とはえらいちがいだ。


「綺麗……。あ、やっぱり王城、大きいね。しかもなんでタージマハルふう」


「そうなんだよ、俺も初めてみたとき思った。あそこだけインドかよって」


「そういえば! シンて、本名、なんていうの?  日本の人なんでしょ?」


 ギクッとして、シンが振り返った。


「それ、聞いちゃう?」


「うんうん、知りたい! 教えてよ」


 シンはちょっと嫌そうな顔をして、操縦桿を握り直した。


「……槇原慎之介」


「……偽名、マッキーで良かったんじゃない?」


「いやだよ……あ、そうだ、お前に名前の件アドバイスするの忘れてたわ。なるべく名字言うなよ。日本人、珍しいから」


 それを早く言ってほしかった……と、心の中でつぶやいた。


(まあ、問題にならなかったし、他人の秘密を話すわけにもいかないから、テオの件は伏せておこう。バレたと知ったら心配するだろうし)


「ほれ、ついたぞ」


 シンが船を泊めたのは、湾の先端にある洞窟だった。口をぱっくり空けた洞窟の内部は、崩れてこないように木で枠が組んであるのが見えた。よく見ると、洞窟の入り口に沿って岩が連なっており、海とは隔たれている。


 そして――なんと洞窟側の海水からは湯気が立っていた。


「これ……もしかして……」


「そう、温泉。ここ、天然の温泉が湧いてんだよ」


 温泉にはいりたい、という願いが通じたのだろうか。嬉しい。嬉しいけども。


(……でも二人きりだし、流石に……)


「ほい、タオルと着替え。お前が寝てる間に準備しといた。疲れがとれるぞ」


 敵は用意周到だった。おまけに組み立て式の脱衣所まで用意し始めた。なんてやつだ。渋々着替え、タオルを巻き、かばんに脱いだ服をしまった。見るとシンは船内で着替えていて、タオルを腰に巻いた状態でやってきた。


 シンの体は――普段体を動かす仕事をしているせいか、無駄な肉がなく、筋肉質で綺麗だった。思わず見とれてしまう。顔だけじゃなく、体もきれいなんてずるい。私は途端に恥ずかしくなり、きつくタオルを巻きつけながらそそくさとお湯に入り、シンから自分の体が見えないようにうずくまった。


「うぁぁぁ……きもちいい……」


 久々の温泉に、恥らうことなくおっさんみたいな声が出てしまった。


「……お前、色気ねえなあ……ちょっとは意識してくれよ……。はあ、まあいいや。いいもの見せてやるから、こっちにこい。危ないから捕まれよ」


 ランプを持ってやってきたシンは、私の手をとり、洞窟の奥へ進んだ。はじめは少し怖かったが、目がなれてくると、少し落ち着いてきた。洞窟自体はそこまで深くなく、すぐに行き止まりが見えた。その手前で立ち止まったシンが、悪戯をする前の子どものような表情で、こちらを見る。


「見てろよ」


洞窟の行き止まりは、そこだけ天井が高くなっており、ドームのような形になっていた。シンがランプをかざしながら奥へ入ると、洞窟の壁一面が、青、紫、ピンク、緑など、色とりどりの宝石の如く光り始めた。


「うわあ……綺麗」


 思わぬ風景に、感動してしまった。ランプの光を動かすと、光の当たる角度が変わり、キラキラと岩が表情を変える。


「綺麗だろ。なんて名前の石か、いま地元の専門家に調べてもらってるんだけどさ。光を吸収して七色に輝く石らしい。かなり珍しい鉱物みたいなんだよな。――俺さ。こっちに来てからだいぶたったけど、なんていうか、のんびりライフを満喫してた感じで。まあ、ある意味魂の洗濯期間ていうの?」


 七色に輝く岩石を見つめながら、シンは続けた。


「……ただな、なんとなく、間延びしていた感じがあったんだよな。ほんとにこのままでいいのかなって」


 シンはランプを洞窟の最奥のフックにかけた。


「気まぐれにちえを助けたわけだけど。ちえがあちこち動き回って、自分の生きる意義を見つける姿を見てさ。俺もこのままじゃいけねえなって。自分から、新しいことを始めてみようって。それで、新しい観光船のルートを探してるうちに、ここを見つけたってわけ」


 びっくりした。あれだけイキイキ動き回るシンも、自分の知らないところで葛藤を抱えていたことに。てっきりのびのびライフを満喫していて、今の生活に不満なんてないと思っていた。


「ここは誰の土地でもねえから、ネトピリカの場合、先に権利を申請したものに管理権が発生する。この石はここの洞窟だけじゃなく、いくつか存在する箇所を見つけていて、そっちも全部申請してあるんだ。いまここをどうやって活用してビジネスしようかと考えてるところだ。なんか、ワクワクすんだろ」


 私のほうを見て、いつものように二カッと笑う。新たな挑戦を前に生き生きとしているシンは、いつもよりさらに眩しく見えた。


「お前の頑張りは、ほかの人間の生き方も変えたんだ。本当にすごいよ。俺はさ――少しずつでも、つたなくても、一生懸命頑張って、目の前の仕事を頑張るお前に、心から惚れてるんだ」


 ――本当に、この人は。いつも真っ直ぐに好意を伝えてくれる。シンは私の顔を、切なさの極まったような表情で見つめた。


「やっぱ、俺じゃだめか……?」


 だめなはずない。だめで、情けない私を、ずっと見ていてくれた。自力で立ち上がれるように、あえて手は貸さず、でも転ばないように、時には励ましながら。そして、ずっと想っていてくれた、勇気をくれた彼が――


「私も……好きです」


 そう答えた途端、体を優しく包み込むようにシンが私を抱いた。シンの厚い胸板や、鍛えられた腹筋が、タオル越しに自分の体に触れた。


「わわっ、ちょっと!」


「ダメ……?」


 今にもクウン、と鳴いてもおかしくないような声色だ。


「うう…お手柔らかに…」


 その言葉を聞いて、私の背中で結ばれていた腕が解けた。唇に濡れた感触が広がる。はじめは右から、次は左から。はじめは軽い口づけが、だんだん激しさを帯びてきた。


「ふぁ……っ」


「ちえ……かわいい」


 鼓動が耳に伝わるほどうるさくなっている。未知の経験に、頭がクラクラした。口をこじ開けられ、彼の舌が入ってくる。恥ずかしさに身を(よじ)ると、シンがグッと私をまた抱き寄せてきた。


「ちえ……あのさ……」


「え……何……?」


「……今晩さ、エルメ、外泊なんだわ」


「エルメさんが……外泊……?」


 エルメが今晩いないという情報に、一抹の不安を感じ、彼の情熱的な口づけで飛びかけていた理性が、途端に呼び戻された。


「だから……その……今晩は……。……いいよね?」


 初めて恋人としてのキスを経験したばかりの私に、その言葉はかなりの重圧だった。ふるふると震える両手ででシンの体を離し、少し緩んでしまったタオルを、しっかり体に巻き直した。


「宿に戻ってから……考えさせて」


 真っ赤になりながらも、否定をしなかったことで満足したのか、「わかった」とだけいい、シンは離れてくれた。そして理由はなぜだかわからないが、前傾姿勢の老人のような格好のままふらふらと私から離れた場所に陣取り、「精神を統一する」と言って、キラキラと輝く宝石石をひたすら眺めていた。


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