次のステップ
休暇の間、ほとんど出かけずたっぷり眠ったおかげで、体調は完全回復した。うっすら白み始めた空を、窓から見上げつつ、私は思いっきり伸びをした。
「さぁ、第二段階に向けて動き出しますかね!」
今日は午前中の業務を終えた後、二件ほどアポを予定している。収穫祭で印象付けたテルメトスのブランドを、さらに強化するための仕込みをするのだ。
前回ビトレスク・タイムズとの取材調整をした際、記者と色々話す中で発見があった。ネトピリカでは、そもそも広報という概念が存在しないようなのだ。
(まあ、日本でも、業界に関わってなければ業務内容とかは知らない人が多いけど、まさか概念がないとは……)
ネタの持ち込みをされたのも初めてらしく、それもあって面白がってくれた。それで、アプローチ先を広げれば、もっと広くテルメトスを知ってもらう機会が作れるかもしれない、と思ったのだ。
お昼の客足が落ち着いた頃。制服からきちっと感のあるブラウスとフレアスカートに着替え、書類を持って外へ出た。今日のアポ一軒目は、ビトレスク・タイムズでインタビューをしてもらった記者への情報提供だ。前回インタビューをしてもらったときは、店舗のリニューアルに焦点をあてて取材してもらったので、今回は、「究極のクロワッサン」についての情報提供するために時間をとってもらった。
「――ということなんです。試食用に商品も持ってきているので、ぜひご賞味ください」
私は商品の紹介資料とともに、開店何時間でクロワッサンが売り切れたなどのキャッチーな実績情報、美味しさの秘密、使われているバターの高い品質などを資料にまとめ、新商品に絞って説明をした。記者は、私が持参した「究極のクロワッサン」をまじまじと見つめた後、そのサクサク感を確認しながら、口に含んだ。
「……うん、これは確かに、並ぶはずだなあ。よし、次回の『話題の新商品』で、取り上げましょう」
(やった!)
実際にはやらなかったが、思わず心の中でガッツポーズをした。人当たりのよい中年の男性記者は、ハンカチでクロワッサンの食べかすを拭いながら続けて質問した。
「いやあ、また面白い話を聞かせてくれてありがとう。今後もいろいろ情報くれると助かるよ。情報屋のように金を取るわけじゃないなら、いつでもウエルカムさ――ところで。君はこういう、ネタの売り込み? みたいなことをどうして始めたのかな。元情報屋、という感じでもないし」
記者はデスクに肩肘をつき、顎を手で支えながら、私の顔を見据えた。丸メガネの奥から、探るような瞳がコチラを興味深く覗き込んでいる。なお、情報屋というのは、価値のある情報を有料で販売する仕事のことをこの世界では言うらしい。ただ、どちらかというとゴシップや裏社会の情報提供が主で、私が持ち込んだような類の情報は扱っていないようだ。
異世界出身者だとわかってしまえば、追い回される危険がある。常日頃、発行部数を増やすために面白ネタを追いかけている記者としたら、希少な「異世界出身者」は特上のネタのハズだ。冷や汗をかきつつ、私は「少しでも今働いているお店の力になりたくて! うふふ!」と無邪気そうに笑って見せた。うっかりバレて、追い回されるのはゴメンだ。
説明のために持ってきていた紙の資料一式を膝の上でまとめ、記者に手渡し、気づかれる前にと足早に新聞社のオフィスを出た。
二件目は、トレンドに敏感な若い女性向けのファッション誌。「おすすめの街角グルメ」のコーナーがあり、タクトで編集部に連絡してみると、すでに収穫祭での評判を聞いていたのか、訪問は二つ返事でオーケー。こちらもパンの試食を提供し、翌々月号で取り上げてもらえることになった。
二件の訪問を終え、近場の広場でひと休憩していると、暖かな風がビュウと吹いた。取材が獲得できたあとに浴びる、外の風はまた格別だ。
深呼吸をし、売り込みの成功で緩んだ顔を整えつつ、次の作戦に向けて歩き出す。
(気が重いけど、頑張らないとなあ……)
テルメトスに戻り、早速取り出したのは分厚い電話帳。ホームページもソーシャルメディアもないこの国では、タクトによる電話とテキスメッセージが主たる通信手段。そしてその脇に積んだのは、付箋をびっしり貼り付けた、グルメ雑誌やグルメコーナーがあるライフスタイル雑誌の山。
(ブランドに泊をつける意味と、長期的なPR観点で、フードライターや食の分野のプロフェッショナルからのお墨付きをもらいたい……この世界で有名な人だと、このあたりか……)
雑誌をパラパラめくりながら、ポジティブな露出に繋がりそうな人物をピックアップしていく。報道機関への連絡と同時並行で、私はこの「テルメトスパン店にお墨付きをくれそうなインフルエンサー」探しに時間を割いていた。だがしかし、電話帳を活用してローラー作戦をかけても、完全に「迷惑な営業電話」扱いを受けていて、一つもアポにはつながっていない。
(電話ってどうも緊張するし、うまくいかないんだよね……。一応噛んだりしどろもどろになったりしないように、台本を用意しているのだけど)
営業ベタな私は、相手の反応パターンを考えて、いつも何種類かの電話売り込み用の台本を用意している。だが今回に至っては、台本のだの字も言う前に通話を切られていた。めぼしいインフルエンサーのオフィスへタクトで電話をかけまくってみたが、一つもいい返事をくれるとことはなかった。
いまだ慣れないネトピリカ語の雑誌を読むのに疲れ、気分転換にコーヒーでも飲もうかと、夕方の街へ再度繰り出そうと、テルメトスの裏口から出た瞬間――何者かに口元を布で抑えられた。
「むぐ!」
(え……? 何?! 一体誰……?)
抵抗するまもなく、猿ぐつわをされ、両手を後ろ手に縛られた私は、トルシェの荷台に放り込まれた。上から大きな麻布をかぶされ、状況が理解できぬまま、私を乗せたトルシェは走り始めた。




