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 色々あった収穫祭が終わり、翌二日間は休業日だ。

 

祭りの激務の疲れからか、私はそのほとんどを寝て過ごした。最終日にあんな衝撃的なことがあったのに、疲れには勝てなかったようだ。


 シンはあの晩の翌朝、「あと片付けがあるから」と言って帰って行ったらしい。タクトには、「こないだは悪かった」というテキストが入っていた。総じて彼の行動を振り返ると、彼は「言葉より先に行動してしまう人」らしい。


 テトラが「しっかり絞っておいたわ!」と言っていたので、またバッファローのごとく自分の想いを体で表現してくるようなことはしばらくないだろうが、ああいう時、ハッキリ自分の気持ちは伝えたほうがいいかもしれない。


「その気がないなら、思わせぶりな態度しちゃダメよ! 大人になるほど、男ってハッキリ言わなくなるから。不穏な空気を感じて、もし嫌だったら、毅然とした態度で断るか、ぶん殴るのよ」


 と、テトラに言われた。本当にテトラはしっかりしている。年下とは思えない。


(うーん。嫌……ではなかったんだよなぁ)


 自分の部屋にかけられた、麻地に赤い糸でノルディック調の刺繍が施されたタペストリーをじっと見ながら、思考を巡らせる。


(でも、そのまま先へ進んでしまうのは……まだ気持ちが追いつかなかったというか)


 思考はタペストリーに描かれた刺繍のように、行ったり来たりを繰り返し、着地点が見出せないでいた。彼のことが嫌いなわけではない。一番気楽に話せる相手ではあるし、ぶっきらぼうなようで、実は優しい。「とりあえず付き合ってみる」という考え方を採用するのであれば、アリな相手ではある。


 でも……この間のことでなんとなく感じたが、こちらとあちらで大分熱量の差がある気がする。それに、彼のことを――私はまだまだ知らない。日本から来たという事実も、先日知ったばかりだ。こんな中途半端な気持ちでオーケーすると、相手にも失礼だし、向こうがしたいことに、応えきれなくなってしまう気もする。


(恋って難しいなぁ)


 タペストリーから目線を離し、花瓶に生けられた花束を見つけた。テトラが生けてくれたのだろうか。花瓶の近くには、メッセージカードが置かれていた。


 まだネトピリカの言語は勉強中で、自分で文章を書いたりすることは難しい。ただ、ネトピリカ語は韓国語など同じように、音を表す記号を組み合わせて文字が構成されていることもあって、記号が現すそれぞれの音は読むことができた。


「えーっと……ち、え、へ……エド……ワード!」


(エドワードさん! しまったぁ、忘れてた!)


 エドワードとした約束のことを、すっかり忘れていた。


(うーん、でも、シンと中途半端な関係ではあるし……キスのお礼っていうのを承諾するのもなぁ。冗談かもしれないし。でも忘れたフリするのもなぁ。あれだけ熱心に手伝ってくれたし)


 二十七になるまで、こんなに恋愛とは縁がなかったのに、なんで急にこんなことに。頭を抱えながら、部屋の中をぐるぐると歩き回る。こちらから連絡して、期待しているように思われるのもいやだし。


 百面相を繰り返し、悩みに悩んだ結果、エドワードには、


「先日はありがとうございました。素敵なお花もいただき、大変恐縮です。また、いつでもお越しください」


 と、当たり障りないビジネスメールのようなテキストを送っておくことにした。



 ――くたびれた、というのが正直な感想だ。書記官の仕事は、大変ではあるが、体力仕事はほとんどない。デスクワークや打ち合わせもあるが、一日中歩き回ったり、重いものを運んだりということは最近あまりしていなかった。


(パン屋の仕事を舐めていたな……)


 デスクで書類に判を押しながら、エドワードはため息をついた。自分が働いたのはたった一日だったが、どうにも疲労感が抜けない。情報を得るためとはいえ、割に合わない業務だったかもしれない。


 ポケットから、アルフレドに借りた書類を取り出した。印刷機器で打たれたその文書は、非常によくできたものだった。アピールしたいメインとなるメッセージをトップに、それを支えるポイントが簡潔に三点にまとめてあり、それぞれのポイントを証明する情報が簡潔にまとめられている。記者から質問されるであろう質問に対し、綿密に用意された回答群は、文書のプロである書記官から見ても、思わず唸るほどだ。


「競合パン店に対して、貴店が勝っているポイントは」など、まともに答えると高飛車な印象を与えるような質問に対しては、軽くいなし、アピールしたい自店舗の強みに戻るような表現が使われている。


 メディアは都合のよい内容だけ拾って記事にする傾向がある。先日もうちの書記官長が取材を受けて、揚げ足取りのような質問にうっかり引っかかり、失言を面白おかしく記事にされて大変なことになった。ちえは対メディアに対するコミュニケーションにおいて、特殊なスキルを持っているのかもしれない。また、メディアだけでなく、対民衆に自店舗の強みを引き出し、ブランディングをすることで遠のいていた客足を引き戻すという芸当をやってのけた。現時点では収穫祭のにぎやかしに貢献したレベルではあるが、まだなにか考えている様子がある。


「さらなる調査が必要だな……」


 ほとんど書記官が帰った執務室で、エドワードは一人つぶやいた。ランプの明かりを書面に近づけながら、報告書をまとめる。


(しかし、この俺がこれだけ熱心にアプローチして、なびかない女性は珍しい。――どうやってさらなる情報を引き出すべきか……)


 女性を口説くことにはそれなりの自信があった。年の割にはうぶそうな彼女なら、押しの一手で簡単に落ちるだろうと思っていたのだ。だが、ちえに関しては、押せば押すほど引くような感覚がある。不本意だが、ここはあえて引いてみて、アプローチの仕方を変えるのがいいのかもしれない。


 黒い、薄いカード型のタクトを取り出し、返答に悩んでいたちえからのテキストに返信した。


「また、遊びに行きます。あと、急で申し訳ないのですが、今週末のお昼、お時間いただけませんか。折り入ってご相談があります」


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