祝いの宴
「あああああああーつかれたぁああ」
おおよそうら若い乙女が発するべきではない雄叫びを上げて、テトラが伸びをした。
「ほんと。とっても疲れた。でも初日としてはよかったね。目標金額達成したんでしょ」
普段着に着替えながら私は答えた。エドワードとシンが昨晩一泊することになったので、客間である私の部屋を一部屋空けるため、テトラの部屋の一角を借りている。
「達成も大達成よ。目標金額を大きく超えたわ! ほんとーにありがとね、ちえ。あのままいつもの調子で収穫祭に突入していたら、祭りの期間中はなんとか乗り切れたとしても、きっとその後はお客がさらに減っていたと思う」
テトラの言葉に、にやけが止まらない。仕事で褒められたことなんて、初めてなのだ。
「へへへ」と照れ隠しの笑いをしながら、袖に腕を通した。
まだまだ店舗オペレーション上は課題があるが、記事の広告効果と協力してくれた二人のビラ配り、そして持ち歩きタイプの『究極のラスク』の施策がうまくいって、新規、既存ともたくさんのお客が店を訪れてくれた。
究極のクロワッサンも、この売れ行きならとりあえず安心だ。収穫祭中のテルメトスの宣伝活動は大丈夫だろう。あとは今回の盛り上がりを無駄にせず、通常営業に戻った際にどうやってこの勢いを活かし、お客を集め続けるかが問題だ。私は次の戦略について、案を練り始めていた。
「さて、そろそろお夕飯をいただきに参りますか!」
難しい顔をして考え事をしていた私を部屋から押し出すように、テトラはドアへ向かった。扉を開けると、二階からあたたかいシチューの良い香りがする。疲労感で忘れ去られていた空腹が、ぐぐっと戻ってきた。
すでにシン、エドワードが食卓についていた。が、二人は長テーブルの両端に、顔を合わせないように座っている。お互い一生わかりあえないタイプの人間なのだろう。私はふたりの張り詰めた空気感を見なかったことにしつつ。アルフレドとアドラが食事の準備をしていたので、お皿を運ぶのを手伝った。
「さあて、皆さん、お疲れさまでした! 素晴らしい初日の成績に、祝杯を上げましょう! 乾杯!」
すでにお酒を飲んでいるのか、ほろ酔い加減のアルフレドが乾杯の音頭をとった。久々に満員御礼の店舗を目に映せたのが、本当に嬉しかったらしい。私はアルフレドの嬉しそうな様子に、自分の胸がじんわりと暖かくなった。喜んでもらえて、本当に良かった。
「今回の影の功労者であるちえに、コメントをいただきましょうかね! はい、どうぞ」
アドラに促されて、起立させられてしまった。
「え! あ、えーと……」
すると、アドラの言葉にエドワードが反応した。
「もしかして、今回の店舗プロデュース案、全部ちえが考えたんですか?」
「そーなのよ! もうね、競合店の情報収集から、店舗リニューアル案、メニューのコンセプト、さらにインタビューのセッティングまで、ぜーんぶちえが考えてくれたのよ! さすが、プロね」
アドラの怒涛の褒め言葉に、顔が赤くなるのを感じた。やはり、注目されるのは苦手だ。
「とんでもないです……」
「インタビューのセッティングなんかもできるんですね。すごい。 取材を受けられた、アルフレドさんの台本なんかも書いていたりします?」
エドワードのさらなる質問に、アルフレドが答えた。
「そうなんだよ、こういう書類を用意してくれてね……」
アルフレドが解説を始めようとした瞬間、
「おーい! おいしそうなシチューが冷めちまうぜ。ちえも疲れているみてえだし、質問攻めはこれくらいにして、飯食おうぜ!」
お腹がすいて、長く続きそうな話の流れに耐えかねたのか、シンが話題をぶった切った。私としてはありがたかったが、エドワードはなんとなく、不満げだった。結局、こそこそとアルフレドと話し、私が用意したキーメッセージと想定質問・回答集の紙をそそくさとポケットに入れていた。――あんなものを借りて、なんに使うのだろう。
食後すぐ、明日からまた勤務に戻る男二人は、荷物をまとめて一階に降りてきた。一日中街中を歩き回り、店舗の接客も笑顔を絶やさず対応してくれた二人に、テトラがお礼を込めてパンの詰め合わせを渡していた。給与も用意していたのだが、それに関してはふたりとも受け取らなかったようだ。
「では、俺は先に失礼します。皆さん、残り六日間、頑張って! 明日からの間は、俺の部下のロナルドとエリックが交代で来る事になっています。彼らにもお給料はいりませんからね。埋め合わせは俺のほうでしていますから」
そう言うと、「ではまた!」と美しい顔に涼やかな笑みを浮かべ、さり気なく私にウインクをしてその場を去っていった。
テトラが小さな声で、「……部下二人に期待ね!」とつぶやいていたのを、私は聞き逃さなかった。本当に彼女のアグレッシブさには頭が下がる。きっと早々に良い相手を見つけて、私のような冴えない独身女にはなることはないだろう。
「俺も帰るわ。ちえ、お前さ」
来い来い、と手招きされたので、シンの近くにトボトボと歩いていった。近くによると、本当にこの男の大きさを見せつけられる。見上げないと顔が見えないのだ。
「なあに? どうしたの」
「お前、あのエドワードって男の前で、あまり自分のこと話すなよ」
唐突なシンの言葉に、なんと反応したらよいか考えているうち、たたみかけるようにシンが続けた。
「書記官だって言ったな。しかも王城から派遣されている。はじめはちえに好意があるのかとも思ったが――。気をつけろ。アイツを信用しちゃならねえ」
大きな手で私の頭をワシャワシャ撫でられる。シンはまじめな顔つきをふっと緩め、通常運転の表情に戻った。
「じゃ、またな。テルメトスのみんなも、お疲れさんでした。お互い、ガッツリ稼ごうな!」
シンはガッツポーズを決めながら大声でそう言い、広場に駐車してあるトルシェのほうへ向かっていった。
(何に気をつければいいんだろう……。っていうか怪しいって、一体パン屋になんの偵察に来ているっていうの?)




