表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/42

収穫祭当日

「ぴったりね! さすが、私の裁縫技術! いやーしかしいいわぁ、イケメンにレトロ衣装! シンは、観光船のときの衣装よりこっちのほうが映えるわあ」


 二人のイケメンの制服姿を前に感無量の様子のテトラを見て、私もつられて笑みがこぼれた。幸せそうでなによりだ。


「ほんと、テトラはすごいよ。新しい制服、ぜーんぶ一人で縫い上げちゃうんだもの」


 本当にすごいのだ。もともと裁縫が趣味、とは言っていたが、ジャノムというミシンのような機械にオーラを込めて、バリバリ縫い進み、従業員に加えてお手伝い二名分の制服を二週間で作り上げてしまったのだ。


 長い歴史を象徴するようなもの、ということで、これまではエプロンだけを揃えていたところ、円柱型のロイヤルブルーのハットと、ハットと同じ色の上着、白地のズボンという組み合わせの、「昔のネトピリカふう」のパン屋の制服になっている。


 胸には銀の刺繍で「テルメトス」とネトピリカ語で刺繍してあった。


「でもシン、収穫祭初日って、観光船もかなり忙しいんじゃないの? 来てくれたのは嬉しいけど、大丈夫だった?」


 テトラが訪ねた。確かに、繁忙期と言っていたような気がする。


「初日だけジジイに代わってもらったんだよ。まあ、大丈夫だ、心配すんな。明日からはちょっと厳しいからよ、うちの若いやつが代わりに来られるように、手配しといたから」


 ニカッと、シンが白い歯を見せて笑った。


「俺も、うちの部下を日替わりで手配しておきました。これでなんとか回りそうですね。業務内容は俺から伝えておくのでご心配なく」


 エドワードも続けた。また二人がバチバチと火花をちらしている様子が見えたが、なるべく気にしないようにすることにしよう……。


「じゃ、そろそろ行ってくるわ」


 そう言って、シンはビラを持って先に広場のほうに出ていった。

 ビラには、次のように書かれている。


百年の歴史を持つ老舗パン店、テルメトス・リニューアルオープン!


 リニューアルに合わせて、二つの新製品を発売。ぜひご賞味ください。

 ・一日限定百個 伝統の技を昇華させた、バターの風味薫る 『究極のクロワッサン』

 ・持ち歩きながら食べられる! 究極のサクサク感を目指した『伝統のラスク』


 ビトレスク北通り 二三-九

 テルメトスパン店


  文言は私が考え、文字はテトラにタイプライターのような機械で書いて印刷してもらった。


「俺もそろそろ行きますね。あ、ちえ、ちょっと」


 そう言って、エドワードは私の肩を抱き、耳元でささやいた。


「約束、忘れないでくださいね。収穫祭の最終日、会いに行きます」


 至近距離で聞くエドワードの声に、私は全身から湯気がたつのを感じた。その反応を楽しむように、彼はさわや

かな笑みを浮かべて、颯爽(さっそう)と去っていった。本当にこの人は心臓に悪い。


(っていうか、キスでお礼するって、「検討する」って言いましたよね? 私承諾していませんよね?)


「もーちえずるい。あんた結局どっちが好きなのよ、エド様とシン。私から見ると、ずーっとどっちつかずな態度をしてるように見えて、イライラする! っていうか本当うらやましい!」


 憤慨するテトラは、両手をグーにしてブンブン腕を振っている。そんな事言われましても。ていうかエド様て。


「……うーん。なんというか。今、人生で初めて仕事が楽しくてさ。今まではズリズリ引きづられるように仕事をさせられていたって感じだったの。それが、自分で能動的に動いて、色んな人に働きかけて、形をつくっていくっていく作業を、今心から楽しんでやっているの」


 ふたりともいい人だとは思うのだが。そして、私を好いてくれているのもなんとなーくわかるのだが。


「――だから、今は、とにかくテルメトスにお客さんを呼び戻すことを頑張りたいの」


 告白されたわけでもないしね、と付け加えた。いろいろ納得できないような顔をしていたテトラだったが、「仕事に集中したい」という言葉を聞いて、「そっか!」と一応理解してくれたような反応を見せてくれた。そう、今はとにかく収穫祭を成功させなければ。



 開店まであと一時間。テトラと店に戻ると、掃除を終え、飾り付けを終え、あとはパンを並べるだけのところまで準備が整っていた。究極のクロワッサンは店内、伝統のラスクは、往来の客も購入しやすいよう、店舗の外にテントを張って販売コーナーを作ってある。


 伝統のラスクは広告塔でもある。ロイヤルブルーの上品なデザインの紙の袋から、ラスクが半分ほど出るような形になっていて、片手で持ち歩きながら食べることができる。袋にテルメトスと大きくロゴが入っているので、購入して持ち歩いてもらえば、店舗名の宣伝にもなる。


(名付けて、原宿クレープ大作戦よ! 見かけない美味しそうなものをみんなが持ち歩いてたら、気になって買いに来る人が出てくるはず)


「おかえり! もうすぐパンが焼けるから、焼けたら陳列を手伝って頂戴な」


 私たちの足音を聞いたアドラが、工場の入り口から顔を出した。


「あ! ちえ、これ見たわよ〜。お父さん、三割増しくらいでいい男に撮れているじゃないの! 一体どうやったの、これ。新聞に広告なんて、出してなかったわよね?」


 アドラが手に持った新聞を私に見せた。


「おー。いい感じで記事になりましたね! これはね、二週間前くらいに、事前にこのタウン紙の編集部に売り込みに行っていたんです」


『ビトレスク・タイムズ』は、ビトレスク限定で販売されているタウン紙だ。図書館で過去の号を調べたところ、この新聞は毎年収穫祭特集を組んでいて、注目のお店や露天、広場の簡易劇場のスケジュールなどを紹介しているようだった。アルフレドによると、期間中はよく売れる新聞なのだそう。


 広報代理店では、製品やイベントのPRの際、ターゲットとなる消費者層にリーチできそうなメディアをリサーチし、編集部に連絡をとる。そして掲載してほしい情報を「ネタ」として持ち込むのだ。そして、持ち込んだ「ネタ」が面白ければ、編集部が取材して記事にしてくれる。掲載可否は編集部判断にはなるが、うまく掲載がまとまれば、費用ゼロで効果的に告知ができる。


 店舗でできることに加え、メディアを活用して街中の人にテルメトスの良さを伝えたいと思った私は、テルメトスの沿革や商品へのこだわり、その歴史や新製品などの情報を盛り込んだ紹介資料を作り、「収穫祭注目の店舗」の紙面コーナーでアルフレドのインタビューを取り上げてもらえるよう、ビトレスク・タイムズに交渉していたのだった。プレゼンは苦手だったが、実は記者への一対一の取材売り込みにはもともと自信があった。たぶん、目的がはっきりしているし、対大勢の仕事ではないので、緊張しづらい種類の仕事なのかもしれない。


「ほんとーに、すごいよ! まさかビトレスク・タイムズとそんな話をしていたなんて。インタビューを組みましたって言われたときは、どうしようかと思ったよ。でもね、話す内容もちゃんと用意してくれて」


 アルフレドは、ポケットから折りたたまれた紙を取り出した。


「ほら、ここにキーメッセージってあるでしょ。ここに特に強調してほしいポイントが書いてあるんだよ。それで、この下に、それを補足する情報、想定される質問と回答例なんかを書いてくれてて。この資料を使ってちゃんとリハーサルもやってくれたんだ」


 アルフレドははじめ緊張していたものの、事前の特訓もあって、当日は素晴らしいインタビュー応答をしてくれた。その結果記者もとても関心を持ってくれて、今回の記事掲載と相成った。収穫祭中の売上の成果によっては、改めて商品の紹介記事を書きたいと言ってくれている。


「収穫祭の間はこれをパンフ代わりに街中をまわるお客さんが多いから、集客は期待できそうね!」


 フフフ、とアドラが笑った。


「さすが、店舗プロモーションのプロフェッショナルね! さーて!パンが焼けたわよ!みんな手伝って!」


 開店まで三十分。私たちは、大急ぎでパンの陳列を始めた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ