疑い
(テルメトスに連れてった時は、本当に大丈夫かよって思ってたんだけどなあ……)
こちらに連れてくるときには、驚きの連続だったこともあったのか、一番近くにいた俺とはすんなり馴染めたように思えたが。働き口を紹介した際は、あちらの世界で出会った時の、相手を伺うような、挙動不審な雰囲気がまたぶり返していた。
だが、今日会ってみて驚いた。そして同時に、自分の今の仕事について、表情をくるくる変えながら楽しそうに――しかも情熱をもって話す様子に、なんだか胸が苦しくなった。
ちえと過ごした時間は短い。ただ、こうまで心が惑わされるのは――異世界にやってきたばかりの、知り合いの一人もいない、どう考えても心細いと思われる状況で、小さな身体で一生懸命頑張っている姿が、たまらなくいじらしくなるからだ。
(やっちまった……。あんなことするつもりじゃなかったのに……)
広場からもどる道すがら、ポケットに両手を突っ込み、ぼんやりしたり、赤くなったりを繰り返しながら歩いていた。思考に気を取られすぎて、何度か人にぶつかりそうになったので、とりあえず近場のカフェで休憩をすることにした。
頭を冴えさせるために、熱めのドリップを注文する。カウンターバーでコーヒーを受け取り、テラス席に大きな体を収め、コーヒーカップをテーブルにおいた。
(しかしなんだか、ちょっと見ねえ間に、一皮も、二皮も向けた感じだったな。しかも、しっかり化粧なんかしやがって)
ちえの手を握る、制服の男――あまりよく顔は見ていなかったが――をふと思い出し、またイライラが込み上げてきた。
(しかしあの男はなんなんだ! 気安く触りやがって。ちえの顔が引きつってんのが見えねえのかよ。まったく、危なっかしいなぁあいつは)
コーヒーを啜ると、あまりの熱さに吹き出した。熱めの、と言って注文したのをうっかり忘れていたのだ。
「うあっちぃぃぃぃ! ……あ、さーせん……」
周囲の客の目線が痛い。拭くものを持っていなかったので、ウェイターに布巾をたのんだ。
(こりゃ口の中火傷したなぁ……何をやってんだ俺は。とりあえず、ちえに関してはちょっと心配だし、収穫祭までの間もちょいちょい顔見にくるか)
収穫祭付近は、様々な催し物が開催されるため、観光船も繁忙期に入る。その前の今は閑散期なので、時間を作ることは可能だ。
それに、あの書記官の――不自然な様子も気になった。ちえに好意を寄せているような感じだったが、どうにも演技くささを感じる。
(あっちの世界の人間ってことが、バレてないといいが……)
ウェイターが布巾を渡してくれたので、汚してしまったテーブルを拭く。異世界からの転移者の数は少ない。つまりばれてしまえば、注目が集まることは避けられないのだ。きっとそれはちえが望むことではないだろう。
(あの書記官には要注意だな)
私情を挟みつつも、俺はいけ好かない金髪野郎への警戒を強めた。




