入団
中学生で本格的の野球をする手段は主に二つある。
一つは中学軟式野球、中学校の部活として活動し、地区大会、そして全国大会を戦う。中学で本格的に生徒を集めているところは少ないので全体的なレベルとしてはそこまで高くなく、中学から高校に上がるときの軟式球から硬式球への移行もスムーズにいかないことが多いので、将来を見据えるならば微妙らしい。
二つ目はシニアもしくはボーイズのチームに入ることだ。この二つはほぼ一緒で、地域によって名前が違うくらいのものらしい。硬式球を使っていて、そこそこ広い範囲から選手が集まるのでレベルも高い。予算も部活でやるよりは潤沢らしいし、指導者もちゃんとした人が多い。
というわけで無事、第一志望の革命中学に入学した僕、輪堂英栖は約束通りシニアのチームに入ることになった。まあ、一年でやめることになると思うけど、、、
i知県 爆弾シニア
創立15年 全国大会でベスト4に進んだこともある古豪、平均打率4割近い、隙のない打線とその結果犠牲となった脆い守備が特徴。なんだかんだで打撃戦を制して毎年、中部大会を勝ち抜き、全国大会へ進出しているが、強豪チームには敗北している。守備に難こそあるものの打撃に秀でた選手が多く、強豪私立高校へ進むものも多い。多くの光史園出場選手と3人のプロ選手を輩出している。また監督は名物監督と呼ばれる~~~
wikiで調べたところ、こんな感じだった。色々不安なことが書いてあるが、県ではかなり強いらしいし、一年でやめる僕には関係ないので約束通り爆弾シニアに入団(?)した。
一日目
球拾い 、、、ではない!
このチームは一日目から練習に参加できた。
まずは柔軟体操から始まり、軽いダッシュをしてゆるーいミーティングがある。腹の突き出た髭モジャモジャの監督がなんかモゴモゴ言って、キャプテンっぽい人がそれを翻訳。
「うちのチームは守備練習はしない。強制的な練習もしない。上下関係も基本的になし。髪型は自由、髭も自由。楽しくやっていこう。」
うちの小学校の部活と大分違う。この雰囲気なら少しは楽しめるかもしれない とちょっとワクワクしていると隣にいた天月がニヤニヤ笑っている。一年間付き合って気づいたけどこの女性格が悪い。勉強を教えるときもいちいち上から目線でバカにしてくるし、実際頭のよさでは敵わないから更に腹が立つ。
そんな天月はこの爆弾シニアの下部組織、火薬リトルに所属していたらしく、顔見知りっぽい人たちもいて練習前に挨拶していた。天月のポジションは捕手らしい。
彼女は僕をピッチャーにしたいらしいから、もしかしたらバッテリーを組むことになるのかもしれない。
さて、肝心の練習内容だがこれがヤバかった。
最初に言ってた守備練習はなしという言葉、冗談かキャプテンの誤訳(?)だと思ってた。小学校の頃の練習ですら監督がノックを打ってそれを捕るくらいはやっていたのに、このチームは最初の三十分でキャッチボールをするだけ。
ピッチャーとキャッチャー以外は練習が終わるまで二時間近くずっとバットを振っていた。
即席ピッチャー(ピッチャーかどうかは関係なくコントロールのいい人に投げさせる)、なぜか五台もあるピッチングマシン。素振り、そしてティーバッティング(クリケットみたいにボールを置いて打つ) この四つでローテーションを組み、休憩、給水(小学校では水を飲むなと言われてできなかった)しながら回していく。
守備練習っぽいのは即席ピッチャーから打ったボールを取りに行く時だけ(実質球拾い)
野球の練習としてはかなり先鋭的だが、これは監督の方針らしい。
一、守備より打つ方が楽しい
二、攻撃は最大の防御
三、中学生の段階では細かい守備を鍛えるより
フィジカルとメンタルを育てることの方が
大事。
そして、この方針で勝利を導けるのは一重に監督の手腕による。
「モゾモゾ」
「監督は腕をもう少し畳めと言っている」
「モゾモゾ」
「考えずに打て、おまえはその方が打てるらしい」
「モゾモゾ」
「ボールをよく見ろ、体の動かし方は意識しないでもできている」
通訳付きで選手を見て回る監督の指導が的確過ぎる。実質今日野球を始めたみたいな僕でも素振り、ティーバッティング、ピッチングマシンでの打撃で三度モゾモゾアドバイスを受けると格段に打てるようになった。
更に、打てない選手には特別メニューの動体視力訓練や柔軟運動、そして監督自身が触ってフォームを調整するなど科学的な思考も持ってるらしい。サングラス、モジャモジャ髭、つきだした腹、モゴモゴとしか聞こえない滑舌、先鋭的な指導方針 一見ヤバイ人だが、選手に無理はさせないし、将来のことを考えている。案外名指導者なのかもしれない。(保護者、特に母親からの信頼は最悪だが、、)
ピッチャーとキャッチャーは打撃練習を一時間で切り上げ、ピッチングを開始する。
一般的なチームではピッチャーはかなり、人気らしいがうちのチームはそうでもない。その理由は3つ。
1つ、監督の指導が的確すぎてバッティング
練習が楽しくてしょうがないのであん
まりピッチングをしたくない。
2つ、即席ピッチャー練習で死ぬほど打たれて
嫌になる。
3つ、試合で守備がザルすぎてなかなかアウト
を取れず嫌になる(どうせ打撃戦だしピッ
チャーの重要性も低い)
冗談抜きで30-10で勝つとかが当たり前なのでそりゃピッチャーもしたくなくなるわって感じだ。僕は最初思った。嵌められたと、天月はなぜ野球の楽しさを教えるとかいいながらこんな糞みたいな環境でピッチャーをさせるのかと。
「おい、天月(一年の時を経て呼び捨てできるようになった)どういうことだよ。このチームでピッチャーやるとか貧乏くじだろ。一年間僕にピッチングマシンになれって言うのか?」
休憩時間、僕は天月を糾弾する。しかし、奴は余裕の表情で言い返してくる。
「え!?え?怖がってんの?天下の龍人様で傲岸不遜を貫く輪堂英栖が打たれるのが怖くてピッチャーができないとかまさかそんなことはないよねー」
語尾にニヤニヤという擬声語がつきそうなイラつく声。しかし、ここで乗ったら奴の思うつぼだ。僕はこの女と付き合った一年間で学んだ。下手に頭の良い悪人は本当に危険だと。ここで何か啖呵を切ったら録音されて後々脅される可能性すらある。(そういえば初めて出会ったときもス魔ホで録画していた)
「ビビってるとかじゃなくて、ピッチャーやるんならもっと良い環境があると思うんだよ。守備は脆そうだし、ピッチングに時間は取れないし、別のシニア行った方が良いんじゃねえの?」
「お、挑発に乗らないとは成長したじゃん(ニヤニヤ) 真面目な話するとね、確かにここよりピッチングに力を入れているシニアはある。」
天月は真面目な顔になった。
「じゃあそこにいけば良いじゃん」
「ただ、それにも問題があってね、まず遠い。」
確かに、爆弾シニアのグラウンドは電車で一駅もない近さだ。送り迎えの時間と手間を考えたら近さはかなり大事かもしれない。
「それに他のシニアは逆にピッチャーに力を入れてるからレギュラーが取れない。上手くなるには強い相手に投げるしかないんだからうちの貧弱な投手事情は逆に輪堂に都合が良いんだよ」
そう言われると確かにレギュラーを取るのに時間がかかったら僕はやめてしまう。僕を引き留めるのにも都合が良いのかもしれない。まあ、やめる予定だけどねっ、絶対やめるけどねっ、続けたりしないからねっ、、、、本当だよ。
「それと、これは完全に私の我が儘だけど、君みたいな一流の素材を育てたいんだよ。キャッチャーの宿命みたいなもの、いいピッチャーを自分のリードでコントロールして勝ちたい。其のためには下手なしがらみがなくてやりやすい爆弾シニアがいい。」
「まあ、一流になれるかどうかはわかんないけど、約束通り一年は付き合うよ。」
そして、ピッチングを始める直前に、彼女が他の皆に聞こえないように僕の耳元で囁く。
「あとね、君の成長を考えたらいつでも強打者が相手してくれるこのチームは非常に都合がいい。良いピッチャーになるためには相手してくれる強打者が必要なんだよ。」
その時、天月の口元には悪魔のような笑みが浮かんでいた。