093 船では良い夢を
「あーもう! ムシャクシャするな!」
「落ち着いて。レディー」
「落ちつけって? マイザーは勝手に付いて来たの! アタシが連れてきたわけじゃないのに!」
「そんなことシェイミもわかっているよ。でも、あのチャラ男…マイザーと直に話したくなかったんでしょ」
「で、アタシに文句を言うのは筋が違うでしょ! そもそもこっちはDT教のこと黙っていたことについて怒りたかったのに!」
「そこら辺、うやむやになっちゃったね」
ユーデスは小声だけど、アタシはかなり大声を出してしまっていたから、他の人が見たら、独りで怒って歩いているヤバイ女にしか見えないことだろう。
アタシは立ち止まって大きく深呼吸する。
「……ふー。こんなとばっちりはもうゴメンだよ。マイザー・チームの不仲、コレなんとかならないかな」
「チームというよりは、マイザーとシェイミの仲だね」
「そう。別に恋人に戻るかどうかはアタシ的にはどうでもいいんだけれど、せめて仲間として話くらいはするようにね」
「まあ、難しいんじゃないかな。あの男、鈍感を通り越してアホだよ」
「ユーデス。ストレートすぎるよ…」
でも確かにそうだな。マイザーがもう少し気遣いをできる男だったら、ここまで拗らせたことにはならなかっただろう。
「そうだな。なにか、マイザーのことをシェイミが見直すような点があれば…」
そこまで言ってアタシは頭を抑える。
「どうしたの、レディー?」
「……いや、なんでアタシがんなことを考えなきゃいけないのかと思って」
「レディーが優しいからだよ」
「それ褒めてるの? 単なるお節介じゃん」
「この世界じゃ珍しいよ。ランザのために怒る君を見ていて私は確信したとも」
「大げさな…。でも、マイザー・チームとは違ってウチはトラブルってトラブルは…」
自分の部屋に入ろうとした瞬間、扉の外にまで響く笑い声にビックリする。
「ニャヒャヒャヒャッ!!」
「ひどいです! あんまりです!!」
部屋に入ると、お腹を抑えて笑い転げているウィルテがまず眼に飛び込んできた。
「なにバカ笑いしてるのさ…って、ギグくん! その格好!」
半泣きになっているギグくんを見てビックリする。
というのも、彼はフリルの付いたピンク色のドレスを着ていたからだ。
変というよりも、違和感が少しもなく、かなり似合ってしまっているのにアタシは驚く。
「そんな服をどこで…」
「客の中に呉服屋がいたんで、ソイツから買ったにゃ。正確には酒との物々交換…いや、なんでもないにゃ」
「は? 物々交換? いや、そこじゃなくて、なんで女物の子供服買って、ギグくんに着せてるのかって聞いているんだよ!」
「これは罰にゃ〜」
「罰? なにに対する…」
「それは…」
「言わないで下さいッ!」
ウィルテの言葉を遮るように、ギグくんが悲痛の声を上げた。
「ニャフフ! レディー、耳を貸すにゃ」
「ちょ! ウィルテさん!」
止めようとするギグくんの頭を片手で押さえ、ウィルテはアタシの耳元で囁く。
「この小僧、いっちょ前に“男”だったにゃ」
「へ? いや、ギグくんが男の子だなんて知って…」
「そうじゃにゃないのにゃ。コイツ、単なる頭の固い小僧かと思ってたら、ウィルテを見て反応…」
「わあああああッ!!」
ギグくんが両手を振り回して特攻してきた。グルグルパンチってやつだ。
その必死な様子がなんだか可哀想に思えてくる。
「まあ、よくわからないけど、ギグくんがイヤがってんだからさぁ〜」
「いや、案外悦んでるにゃよ。コイツ、ムッツリにゃし」
「単なる生理現象です!」
「わかったわかった。だから、元の服を…」
「コイツの他の服は全部洗っちまったにゃ」
あー、だからギグくんは仕方なくドレスを着ているのか。
「魔法で乾かせんでしょ?」
「そ、そうです! ウィルテさん!」
アタシが言うと、ギグくんがハッと思い出したかのような顔をして、ウィルテは「余計なことを」と舌打ちする。
「…にゃけど、こんなスケベ小僧と同室は、いつ襲われるか不安で仕方がないにゃ。せめてもう少し女の子の格好をさせて、変な気を起こさせないようにするにゃ」
「「同室にさせたのはウィルテ(さん)でしょ!!」」
アタシとギグくんの声が重なる。
「うっううう…」
ギグくんが肩を震わせて泣いている。
そりゃそうだ。初めての旅なのに、こんなウィルテに振り回されて、ましてや女装までさせられたんじゃたまったもんじゃないだろう。
「…ウィルテには、アタシが後でキツく言っとくからさ」
「ぼ、僕、今日は、ろ、廊下で寝ます…」
「いやいや、待って。冗談でからかっていただけなんだから」
「冗談じゃにゃいにゃ〜。“キャー、襲われるぅ♡”」
「ウィルテ!!」
まったく、こんな小さな子をイジメて何が楽しいんだか。
「あー、ギグくん。今日はアタシと一緒に寝よ」
「え?!」
ギグくんは凄いビックリした後、気まずそうにアタシから眼をそらす。
「どうしたの?」
「あ、いえ。そのレディーさんとは…」
「え? アタシとじゃイヤだ? イビキすごい? 寝相ひどかった?」
「その、そういうわけじゃなく…振動が…」
「振動?」
「はい。その…レディーさん、全身が小刻みに揺れてて、僕、そのせいで寝れなくて…」
「……」
アタシは絶句する。
「……にゃー。レディーも年頃だからにゃぁ」
ウィルテが呆れたようにそう言う。
「違う! 違うから!! ちょっと、ユーデス! アンタ、あれだけ魔路拡で振動すんなって言ったのに!」
そう思い当たる原因はひとつしかない!
ユーデスは「私、剣です」とか言ってるけど、しらばっくれんな!
「そういうの、剣のせいにするのはどうかと思うにゃ」
「違う! 剣だけど、いや、もちろん剣だけど、違うけど違わないから!! アタシが悪いんじゃない!」
「なに言っているのかサッパリにゃ〜」
──
小さな窓に、月明かりに照らされて揺れる黒い波が見える。
アタシはしばらくの間、代わり映えのしないそんな光景をジッと見やっていた。
アタシの横では、ギグくんか静かに寝息を立てている。
少し離れた横のベッドでは、お腹を出してウィルテがムニャムニャ言っている。たまに猫耳と尻尾がピクッと動くのが面白い。
ここまで来るのに様々なことがあった。
陰気なデヴの人生からの転生。
空中城塞エアプレイスでの生活。
生まれ変わってもままならないダメ人生。
かと思いきや、剣魔帝デモスソードなんていう魔物に両親を殺され…
魔剣ユーデスや、ウィルテ、ギグくんとの出会い…
これから先の大陸リヴァンティズでも、きっと思いもよらぬ出来事がたくさんアタシに降りかかってくるんだろう。
「……寝れないのかい?」
ギグくんを起こさないような小声で、ユーデスが声を掛けてくる。
「ん? まあ、少しね。色々考えちゃってさ」
「そうかい」
「……ねぇ、ユーデス」
「うん?」
「ユーデスはさ、神様だったんだろ?」
「ああ。そうだよ。冥界のだけどね」
「神様はさ。デモスソードとか、オクスルみたいな化け物みたいに強い魔物についてどう考えてんの?」
「どう…とは?」
「悪い奴らだろ。そのまま地上に野放しにしといてはダメとかはないわけ?」
「うーん。基本的に神ってヤツは自分勝手だからね。自分の神域…神々の聖域のことだけど、そこが侵されない限りは他人事じゃないかな」
「それで神様って言えるの?」
「必ずしも人間の味方というわけじゃないよ」
「ユーデスは違うじゃん」
「私? 私は常にレディーの味方だよ」
そういうことを言っているんじゃないのだけれど、たまにユーデスと噛み合わない時がある。
「ただ、神々の中でも創生神ニューワルトは別だね。魔王ブロゼブブとは激しく敵対していたから、天使たちを使ってなにか裏でやっているとは思う」
裏でって…神様なら、自分が出てきて魔物を直接に懲らしめてくれればいいのに。
「その魔王ブロゼブブっていうのが、もしかしてデモスソードの親玉とかなのか?」
「そこまではわからないね。さっきも言ったように私の支配領域は冥界だ。魔界については詳しくない。でも、その魔界にも神がいたはずだけれど…」
「魔界に神様? なんか変なの…」
大陸に着けば、もっと詳しく知っている人がいるに違いない。
デモスソード。父さんと母さん、おじいちゃんたちを殺して、アタシの居場所を奪ったヤツを絶対に許すことはできない。
アタシは隣で穏やかに眠るギグくんを見やる。
この子はレンジャーになりたくて、アタシたちに付いてきたんだ。
だからアタシの復讐に巻き込むわけには……
……あれ? そういや、この子の顔ってどんなんだろう?
なんか前髪ながすぎて、鼻の頭までかぶってるから素顔を見たことがない。
前髪が鬱陶しいからウィルテが切ろうとしたけど、あの時はギグくんは徹底抗戦していたな。
アタシは恐る恐る、ギグくんの前髪に手を伸ばす。
そして、手を差し入れて…
「ンッ」
思わず声を上げそうになってしまった。
スゴい。女の子より可愛い顔しているッ!
女装しているのもあって本当に女の子にしか見えない(結局、女装のまま今日1日を過ごしたんだった)。
マツゲ長いし多いし! バサバサやん!
化粧しているわけでもないのに、コレってとんでもない逸材じゃ……
「ん?」
顔ばかりに気が向いていたけれど、なんかスカートが変に膨らんでいて…
「レディー! そこは見てはマズ…!!」
「ギャアアアアアッ!!!」
ギグくんは、やっぱり“男”だった……
──
「…本当に賑やかで楽しい子たちだこと」
レディーたちの部屋の横に立ち、アイジャールは薄く微笑む。
そして懐から小振りの水晶を取り出す。
『…首尾の方はどうですか?』
「はい。門題ありません」
水晶から発せられる声に、アイジャールは畏まった態度をとる。
『“例”のものは?』
「はい。もうすでに鞄の中へと忍ばせております」
『なるほど。順調ですね。ご苦労様です』
「しかし、オクルス様。なぜこのような手間をお掛けになるのですか? レディー・ラマハイムと、魔剣ユーデス。力づくで手に入れることなど容易いのでは?」
アイジャールの疑問に、オクルスはしばし沈黙する。
それを気分を害したものと感じ取ったアイジャールは深々と頭を下げた。
「……過ぎた質問でした」
『いいえ。…そうですね。すべての機会は平等に与えられるべきだと思いましてね』
「機会?」
『……魔族が優勢すぎて面白味がないといいましょうか』
妙なことを口走るオクスルに、アイジャールは不思議そうに首を傾げる。
『必死な抵抗こそ、人間の価値を高める…そうは思いませんか? シヒヒ。…失礼』
「……申し訳ございません。私には理解の及ばぬ話かと存じます」
『……そうですか。それは残念ですね。しかし、アイジャール。彼女たちが大陸に辿り着くまではよろしくお願いしますよ』
「もちろんです。かしこまりました」
アイジャールがそう言うと、水晶玉から魔力が消える。
アイジャールは髪をかき上げ、再び扉の方を見やった。
「……それでは、おやすみなさい。カワイイ子たち。せめて船では良い夢を」




