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085 童貞を絶許の神

 貴族クラスのお金持ちしか入れない一等客室に、アタシたちは案内される。


 部屋が広い。広すぎる。


 アタシたちの部屋の倍近くはあんだろこれ。


 ダブルベッドの横に折りたたみじゃないドッシリとしたテーブルがあった。椅子だって剥き出しの材木じゃなく、革張りで艷やかに光っているし。


「久しぶりのお客様だから少し緊張しちゃうわ。ましてや、カワイイ女の子が3人だなんてね」


「女の子が3人?」


 アタシはウィルテと顔を見合わせる。


 ん? なんかユーデスがうるさい?


「……あら、ゴメンナサイ。わたくしったら。背中に憑いているものがね」


「エッ!? まさか幽霊?!」


「にゃ! ど、どこにゃ!?」


「うふふ、冗談よ」


「な、なんだー。脅かさないでよ。アイジャールさん」


「レディーとウィルテはからかい甲斐があっていいわね。……さあ、そこに腰掛けて頂戴」


 テーブルには黒地に金の模様が入った、いかにも占い師といった雰囲気のクロスがかかっている。きっと、アイジャールさんの私物なんだろう。


 アイジャールさんは赤いロウソクに火をつけると、船窓のカーテンを閉めて、アタシたちの対面に座る。

 

 しかし、気になるのはアイジャールさんの両隣にある置物だ。


 猿みたいな顔をした小さな像がちょこんと座布団の上に座っている。それが狛犬みたいに左右対称に並んでいた(狛犬の表情は左右で微妙に異なるらしいけど)。


 神秘的……というよりは、ちょっと不気味だ。


「それじゃ始めましょうか。どちらから? それとも2人一緒に見てみる?」


「同時に見れるの?」


「ええ。親しい人の未来の糸は重なり合っていることが多いの。だから、2人の旅路の行く末を見ることは可能よ」


 ああ。アタシとウィルテは同じチームメンバーだしな。


 恋愛運とか……興味がないわけじゃないけど、『将来は陰気なデヴに戻って孤独に終わりよ!』なんて言われたら、ショックが大きすぎて立ち直れなくなりそう。


「なら、“ダブルパイパイ”の行く末を見てもらうにゃ」


「え? ウィルテは恋愛運みてもらったら? ほら、フィーリーとまた出会えるかどうかとか……」


「ウィルテは幸せ路線確定にゃ! だから占ってもらうまでもないにゃ!」


 視線が左右に激しく揺れている。つまりは、自分の将来を占って貰うのが怖いってことか。


「なら、2人のこれからを……」


「ま、待つにゃ。もしその、ウィルテらに何か色恋みたいなものが見えたのなら、そこらへんはオブラートに包みつつ、かつ、しっかり明確に教えてほしいにゃ!」


 ど、どういう注文の仕方よ。


 まるでアタシが昔に、カロリーゼロのポテトチップス探してた時みたいじゃん!


「うふふ、分かったわ。手始めに2人のこれからを見て、わたくしを信用できると思ったのなら、恋愛運を改めて見るでどうかしら?」


 す、すごい。アイジャールさん。ウィルテの見てもらいたいけど、やっぱり怖いみたいな複雑な乙女心を見抜いた提案をしてきた!


「ど、どうしてもというのにゃら……」


「ええ。わたくし、ウィルテの恋愛運がとっても気になるわ。ぜひ占わせて頂戴」


 なんてことでしょう。占いのハードルを下げるだなんて! これで占いを断れる方法があるのなら逆に教えてもらいたい!


「……ほお、こりゃまた珍しい魂のお嬢さんを連れ込んだみたいだねぇ」


 え? アイジャールさん?


 いや、声色が違う。口も動いてなかったし。


 誰が言ったの? 


「そうさね。新たな時代の幕開けなのかもねぇ」


 随分としわがれた声……だけど、さっきのとは雰囲気が違う。


「にゃッ!」


 ウィルテの尻尾がピンと立って仰け反る。


「ど、どうしたんだ?」


「いま動いたにゃ……」


「動いたって何が?」


 ウィルテが震える指で指すのは……


「そりゃ動くさ」


「ギャア! 石像が動いた!!」


「誰が石像だね。失礼しちゃうね」


 アタシが驚いたのは、アイジャールさんの左右の猿像が口をパクパクとさせていたからだ!


「え? に、人間?」


「ええ。驚かせてごめんなさいね。ここにいるのは、わたくしの先生たち。リリー師とララー師よ」


「リリーじゃ!」


 アタシから向かって左側の猿顔がニカッと笑う。


「ララーじゃ!」


 右側の猿顔がニカッと笑う。


「う、占いの先生かにゃ?」


「ええ。でも、占いはその一環と言うか……この方たちはDT教の最高指導者なの」


「DT教。えっと、さっき聞いて気にはなってたんだけど……それって?」


「なんだってぃ? DT教を知らんとは!」


「なんて田舎娘じゃい! 仕方ない! 教えてやんな、アイジャーよ」


 リリーララーばあさん2人に鼻で笑われるけど、異世界で15年間生きていて初めて聞く。


 アイジャールさんは、机の下から何かを取り出す。


 それは真っ赤な像で……


「“ブツ”にゃ!!」


 ウィルテがフギャーと鳴きながら背もたれの後ろに隠れる。


「……“ブツ”って」


 いや、多分違う。


 これ、ハニワ……だと思う。


 頭部、天を指差す腕、地を指差す腕…いずれも“男性についているアレ”に見えなくもないけれど、顔もなんか卑猥な風に見えなくもないけれど。


 アイジャールさんがそんな……


「これが童貞大邪神アンベレベ様よ」


「……ちょっと用事を思い出しましたので失礼します」


 どうしよう。


 思考がフリーズする。


 その神様って、確かイカれた船長が口にしてたヤツだよね。


 いや、まさかこんなタイミングで再度聞かされることになるとは思わないじゃん。


 アタシは、フレーメン反応を起こした猫のような顔をして固まっているウィルテの手を握り、その場を後にしようとする。


「逃さないよ!」


「ハイヤァ!」


 シュルルルルッ!!


「う! な、なに!?」「にぎゃッ!」


 ツタみたいなものが、突然に椅子から現れて、アタシとウィルテの手足を拘束して席に引き戻す。


「ゲヒヒ! 占われに来たんだろい? 童貞大邪神様は、迷える童貞……いや、処女にはお優しい方なんだよ!」


「そうそう! 大邪神様に占われて、ご利益をたんまり受け取ってから帰りな!」


「ジョーダンじゃない! 離せ! そもそも童貞大邪神ってなによ! 邪神なら悪い神じゃん!」


「悪い神じゃないわよ。“童貞を絶許”な神なだけあって、悪神じゃないわ」


 アイジャールさんは何て事はないとばかりに言うけど、本当に信用ならない。


「安心して。わたくしはただ占いたいだけ。そのために、少しだけゴッドパワーをお借りするのよ」


「そうじゃ! アンベレベ様は豊穣神じゃ! 不思議と子宝に恵まれて、少子高齢化に解決の術を与える奇跡のゴッドじゃーい!」


 そりゃ、童貞絶許の神ならそうなるわな。なんも不思議じゃない。


「むしろ、占いをさせなかった処女は、男から遠ざけられ、永遠に処女のままにさせるという恐るべき祟りが……」


 ウィルテがこの世の終わりみたいな顔をする。


「あー! もう! なら早くやって! さっさか占って解放して!!」


「よかった! では、さっそく! ……でも、驚かないでね」


 いまさらもう驚くことはない。


「ゴッドパワーを高めるための儀式がちょっと激しいものだから、ドン引きしてビビってしまう人が多くて……」


「え? 何が……」


「大丈夫! あんまり激しくしないから♡」


「アイジャールさん! だから何が!?」


 アタシの話も聞かず、アイジャールさんとリリーララーばあさんは立ち上がる。


「「「はー、アンベレベレベレアンベレベ! ハッ!」」」


 えー!?


 なにこれ!?


 アイジャールさんは美しい顔を般若のようにして、両手を合わせて激しく擦りだす!!


 リリーララーばあさんは、狂ったかのように神主さんが持つような紙のついた棒を振り回す!!


「こうやってゴッドパワーを高めるのよ!」


「どーいうこと!?」「意味が分からんにゃ!?」


 一体、アタシたちは何を見せられているのか……


「「「アンベレベレベレアンベレベ! ハッ! アンベレベレベレアンベレベ! ハッ!」」」


 擦る手に合わせて顔も左右に揺らし、右へ左へと全身を上下運動させる!


 ヤバイ!


 ばあさんは元から変だったからともかく、美女のアイジャールさんが本気でこんなことやってるのが絵面的にかなりヤバイ!


「ハアアアアァ〜ン……」


 いったい何が……


「……キター! お告げが来ましたわ! この船で人が殺されるッ!!」


「……は?」


 え? お告げ? しかも、その結果って、アタシとウィルテ……まったく関係なくね?


 しかも、この船で人が殺されるだなんてそんな馬鹿なことが……



「た、た、大変でヤンスゥ!!! 船長が、船長が死んでるでヤンスゥッ!!」 

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