081 初っ端から地雷船
アタシたちは夢と希望を胸に、何処までも続く、真っ青な大海原へと──
──繰り出してはいなかった。
まだアタシたちは、ニスモ島の港町イークルの港の陸地に呆然と立ち尽くしてた。
海岸には大きな船が停まっている。
元の世界の豪華客船とかと比べればだいぶ劣るだろうけれど(写真でしか見たことないけど)、それでもこの世界では客室まで付いた、有数の高級旅客船のひとつだそうだ。
それで船がもう停まっているというのに、なぜかまだ乗船が許されないで、アタシたちはさっきから待ちぼうけをくらわせられているのだ。
「なあ、いつまで待たさせられるんだ?」
隣に立っていたマイザーが、アタシに向かって小声で尋ねて来る。
「さてね。アタシに聞かれても困るよ」
「あー、早く乗って、部屋でゆっくりしたいぜ」
そう。“マイザー・チーム”も大陸へと向かうことが決まった様で、全員がこの船に乗ることになったみたい。
けど、マイザーのまぶたは青タンになっていて、両方のほっぺたの形が変わり、唇は大きく裂けていた。
マイザーから離れた位置で、シェイミーがそっぽを向いて、トレーナーさんがこっちに手を振り、ダルハイドさんは腕を組んで難しい顔をしている。
ああ、なんか険悪さは解消されてない感じ。
仲間の説得にかなり時間がかかったからこそ、乗船もアタシたちと同じタイミングになったんだろう。
「コラ!! そこぉぅ! 私語は慎めぃ!!」
船員に怒鳴られ、アタシとマイザーは慌てて口を閉じる。
おしゃべりをしたり、勝手に動いたりするとなぜか怒られるのだ。
待つのに飽きてしまったウィルテは立ったまま寝ていて、ギグくんが倒れないように支えている。
いくら見習いとはいえ、扱いがひどいにも程がある。
「おい! いつまで待たすんだ! こっちは客だぞ!!」
ついにシビレを切らしたのか、頬をたっぷんたっぷん揺らして恰幅のよいオジサンが怒りだした。
「キッサマー! 口答えするか!」「お黙りゃあッ!!」
「な、なにを!」
案の定、船員たちは怒り狂う。
船員はセーラー服のイメージだが、アタシの目の前にいるのは、なぜか長ランに似た制服を着たリーゼントだ。
「うあー!」
オジサンは、ムキムキの船員たちにとっ捕まる。
「逆らう者はこうじゃけぇ!!」
オジサンは両足首を掴まれ、逆さにされたまま海の方に連れて行かれる。
「や、やめぇ……」
ジャッポーン!
そのまま頭を漬けて、数秒待ってから、引き上げられる。
「うげぇ! ……ガボボボォッ!」
「もういっちょぉッ!!」
ザッパァーン!
「ゲボッ! ゲボホッ! ゲボオオオッ! ゆ、ゆるじでぇぐでぇー!」
「まだまだぁ!!」
「ヒギイィィッ!!」
ジャッポーン!
何度も何度も海へ頭を出し入れされる。
ああ、なぜこんな目に遭わなきなゃいけないのか……
ああ、なぜこんなモノを見せられなきゃいけないのか……
「む! 船長じゃ!」
突如として、船員たちに緊張が走る。
そしてビショビショになったオジサンを放り捨て、一列に並んで点呼しだす。
点呼が終わるタイミングで、船のタラップから、長ランの裾を海風にはためかせ、降りてくる人の姿があった。
大きい。トロルのダルハイドさんと同じくらいはありそうだけど、どう見てもヒューマンっぽい。
船員たちもガチムチだけど、それをもうひと回り大きくした感じ。いかにもボスって感じ。
しかも特徴的なのは頭だ。七三分けなのはいいとしてボリュームがおかしい。なんか浮かんでるし、これだけ風が吹いてるのにビクともしない。
顔は……ひたすら暑苦しい。ゴリラに似た風貌にタラコ唇。口に草でも咥えていたら、完璧な番長だ。
あれ? なんか首元に赤い痣みたいなのがあるけど……なんだろう? 古傷かな?
「揃っておるな」
「「「押忍ッ!!」」」
船員たちが、胸の前で腕を交差させて頭を下げる。
なんでやねん。
「吾輩がァッ! 船長のォ、エムドエズであーーるッ!!」
声も野太いし、唾液をまき散らしてて汚い。
「うぬたちは金を払った客である! だが、客扱いはせんッ!!」
どないやねん。
「世界にはァ、神が沢山いるッ!! 創生神ニューワルト、武神ゴッデム、鍛冶神トカッチー、酒造神ノンダレール、童貞大邪神アンベレベなど! もう数え切れんほどだ!!」
一番最後のは……なんかおかしくね?
「しかーし、この吾輩の自慢の船“ゴージャス・メイド号”に乗ったからには違ーうッ!!」
エムドエズ船長はしばらく“溜め”る。
「吾輩こそが神だ!!!」
なにがやねん。
アタシとマイザーはあんぐりと口を開く。
ウィルテは「うるさいにゃ」と眉間にシワを寄せて寝言を漏らす。
ってか、よくこんな状態で寝てられるよ。
「いいか、聞けぃ! テメェーらよぉ! この船にも乗る以上、船長……もとい、神の言うことは絶対でヤンス!」
虎の威を借るなんちゃらのように、出っ歯の船員が偉そうに言う。
「船長が白と言ったものは白! 黒と言ったものは黒でヤンス!」
んん?
白は白? 黒は黒?
それって、当たり前のことじゃ……
「理解したか、塵芥共!? 理解した塵芥から乗れぃ! 吾輩の愛船に乗船することを許可するぅッ!!!」
船長と船員たちに煽られ、みんながタラップを昇って行く。
途中、なんか口答えした人なんかは、船から海に突き落とされてるけど……正直、アタシもこんなデンジャラスな船には乗りたかない。
「いやー、すまねぇな」
「あ!」
さっきまで姿が消えていたグランダルさんが、物陰からヒョイと顔を出して言う。
「あの船長、航海の腕は抜群にいいんだが、頭がちょっとな……」
「ちょっとどころじゃないでしょ! アタシはこの船じゃなく、別の船でもいいんだけど……」
「それがよ、最近、海の魔物が凶暴化してな。あんま船が出せねぇんだ。次の便で欠航ってこともありうるぜ」
「そんなぁ……」
「れ、レディーさん。そ、そろそろ、僕……限界ですッ…」
あ。忘れてた。そういや、ギグくんはずっとウィルテの重い荷物背負って、かつ寄りかかる彼女も支えてたんだ。
「なにをしているんじゃい! オメェらは乗らんのか!?」
「あ。ハァー」
「なに、ため息ついてるんじゃ! 置いてくぞ!」
「ハイハイ。分かりまーした。今行きまーす。
ねぇ、ウィルテ。ねえってば。起きてよ!」
「ん……んにゃ!」
「わっと!」
いきなり起きたウィルテに突き飛ばされ、ギグくんが倒れそうになる寸前でアタシが抱きとめる。
「ご、ごめんなさい!」
「大丈夫?」
「は、はい……」
よかった。旅立つ前に怪我されたらシャレにならないもんね。
「サイアクな航海になりそう」
「どうするの?」
「背に腹は代えられねぇだろ」
「……面倒にならんといいが」
“マイザー・チーム”も船員たちに聞かれないよう小声でブツクサ言いながらも、タラップを昇って行く。
「お先に」
「あ、どうぞ」
アタシの隣を、紫色の髪をした不思議な女性が音もなく通り過ぎて行く。
そのまま船に向かうと思いきや、こっちに振り返った。
絵画からそのまま抜け出して来た様な、とても綺麗な人。アタシは思わず目を奪われしまう。
「……ずいぶんと若い旅人さんたちね。この船旅、とても楽しくなりそう。うふふ」
え? お姉さん、船長とか船員とかちゃんと見てました?
とても、楽しそうになる感じは……
「それでは、船でまた会いましょう」
「あ、はい」
思わず返事をしてしまう。
女性はニッコリ微笑むと行ってしまった。
キモ濃い船長と、あの綺麗な女性の並び立つ時のギャップが半端ない。
「にゃー。まだ眠いにゃー」
ウィルテはまだ覚醒してないらしく、前後に揺れている。
「ダメです! 寝ないで、ウィルテさん!」
「……はぁ。ホント、先が思いやられるなぁ」
まさかこの不安が見事に的中するとは、その時のアタシは思いもしなかったのだった。




