077 武神ゴッデム
アタシは、今日もウィルテの家へと向かう。
「お。レディーじゃないか」
「グランダルさん。おはよー!」
船大工のドワーフ、グランダルさんと途中で出くわす。
「あれから……どうだ?」
「変わりないね。引きこもりのまま。えと、グランダルさんも?」
「ああ。ギルドがダメだったんで、直接声かけに行こうかと思ってな」
「あー、なら一緒に行く?」
アタシが尋ねると、グランダルさんは困ったように頷く。
「でも、家にまで行くだなんて。よほど急ぎなの?」
「いや、そういうわけでもねーんだがよ。格安で腕のいいレンジャーなんてなかなか……レディーが引き受けてくれてもいいんだが」
「アタシはウィルテとパーティー組んでるから。単独じゃ引き受けられないよ」
「だよな〜。まして、あのデカイ魔物倒して町を救った英雄だ。依頼はひっきりなしか?」
「そんなことないよ。ローラさんが上手く調整してくれてるし。でも、今はウィルテが“あんな”だからね」
「はー。本当に困ったもんだな」
屋敷につくと、執事のゴイソンさんが出迎えてくれる。
「これはこれはレディー様。いつもご足労頂いて申し訳なく……」
「別にゴイソンさんが悪いわけじゃないから謝らないでよ」
「そちらは?」
ゴイソンさんがグランダルさんを見て首を傾げたので、ふたりを知っているアタシが間に入って紹介する。
「……そうでしたか。お嬢様のお得意様とは」
「ああ。もちろん直接依頼に来たわけじゃねぇから安心してくんな。早くレンジャーの仕事に戻って貰いたいってなだけでよ」
「ありがとうございます。お嬢様もお喜びになられるでしょう」
そうだといいんだけどね。
「よし! なら会う前に願掛けでもいくか!」
グランダルさんが何やら鼻息荒く拳を打ち付け合う。
「願掛け?」
「おう。ドワーフはな、炭鉱に入る前とか、何か大仕事に着手する前に神の加護を祈るんだ」
「ほほう」
ゴイソンさんは興味深そうに頷く。
「へー」
「オメェらもやってみるか? 教えてやるからよ」
困った時の神頼みってやつかな?
今のウィルテは、神様でもないと救えないかもしれない。
なら、気休めでもやってもいいか。
そういや、ユーデスは元神なんだから何かしらのご利益……そういうのはないのかな。
「よーし、まずは袖を捲くれ!」
捲くれったって、アタシはマントの下はビキニアーマーだし、ゴイソンさんは燕尾服……あ、上着脱いでる。
「足は肩幅に開いて、肩の力を抜く」
なんかラジオ体操みたいだなぁと思いつつ、グランダルさんと向かい合って同じようにプラプラと手を振る。
「息を大きく吸って吐いて、左手首を右手で押さえつつ、空に向かって拳を突き出す……そして伸びをする瞬間にこう叫ぶんだ」
グランダルさんの顔がキッと引き締まる。
「ゴッデム!!」
なんかユーデスが震えた気がした。
「……と、こんな感じにだな」
「へー。ちなみになんだけど、“ゴッデム”ってなに?」
「なんだと? ゴッデムを知らねぇのか?」
グランダルさんは驚いた顔をしてるけど、普通に知らないよ。初めて聞いたし。
「創生神に次ぐ神格たる武神の名です。熱狂たる信者が多いことで有名ですね」
なんでか、ゴイソンさんが代わりに答えた。
「今のは“ゴッデムポーズ”と呼ばれる、神を讃えると共に、願いや祈りを届ける簡略儀式です」
「お。知ってるねぇ〜、アンタ」
「……しかし、少々間違えてますね」
「なに?」
ゴイソンさんはさっきのグランダルさんと同じような動作をして、拳を突き上げる。
「ゴッデムッ!!」
は?
「……と、これが正しいゴッデムポーズです」
アタシにはグランダルさんのやったポーズとの違いがわからないんだけども……
「なにぃ? た、確かに俺のは角度がオメェさんより直角じゃなかったかもだが、種族による腕の長さの違いはあっても許容範囲だったはずだぜ」
確かに、ドワーフのグランダルさんはゴイソンさんより腕は短いけど……角度の違いって、そんなの分かんなくね?
「ええ。ポージングは確かにその通りです。しかし決定的な違いがある」
「決定的な違い……だと?」
「ええ。文字に書き表す際は“ゴッデム”でも良いのですが、叫ぶ時には“ゴッデム”ではなく、“ゴッデムッ”なのです。小さい“ッ”がなければいけません」
……は?
「そんな話は聞いたことがねぇ! ウチの故郷では“ゴッデム”だったんだ!!」
「田舎ならそうでしょうが、神学的には誤りです」
「田舎だとぉ!!」
あれ。なんかヤバい雰囲気に……
「武術と脇の下を司る神ゴッデムは、ドワーフが何百年と信奉してきた神だぞ!」
「脇の下? 何を世迷言を……。武神ゴッデムは武術とフンドシを司る神です」
「フンドシ!? ふざけてんのか!! なんだ! フンドシを司るって!!」
「脇の下こそ意味不明ですよ!!」
グランダルさんとゴイソンさんが互いに睨み合う。
「やんのか! ゴラァ!! フンドシ野郎!!」
「神の代理戦争ですね! いいでしょう、受けて立ちましょう! この脇フェチが!!」
「ちょ! やめやめやめー!!」
殴り合いが始まりそうなところを、アタシは慌てて割って入る。
「今はウィルテが優先! こんなことしてる時じゃないから!」
そう言うと、2人は気まずそうに頷く。
「……まあ、そうだな」
「……レディー様の言われる通りですね。私としたことが熱くなってしまい申し訳ありません」
「いや、俺も悪かったよ」
よかった。なんとか収まったみたい……。
「さ、ウィルテんとこに行こうよ」




