070 変化する者
ウィルテはペイジさんとまだ話があると言って残った。
町長からたんまり謝礼金は受け取ったはずだけど、ギルドからも別にせしめるつもりみたい。
“マイザー・チーム”は何やら揉めつつ、酒場への方へと向かって行った。
どうやら大陸に行くか行かないかで意見が割れているようだ。
というわけで、アタシはフィーリーと2人だけになって宿の方へと向かって帰る。
「……ねぇ、フィーリー?」
アタシは先を行くフィーリーに話しかけるけれど、聞こえなかったのか返事がない。
「フィーリー!」
ややあって、驚いたようにフィーリーは振り返る。
腰に帯びたユーデスが震える。
「すみません。少し、考え事をしていました」
「大陸に行くこと?」
「……ええ」
フィーリーはゆっくりと剣の柄に手を当てた。
「……そうですね。はたして魔剣ユーデスを持って、大陸リヴァンティズに行くのは正しいのかどうなのか」
あれ、これって殺気?
不穏な空気が漂い、アタシは心臓を鷲掴みにされた気分になる。
「……後ろ」
? なに? 急にフィーリーから殺気が消えて、柄から手を離して人差し指を突き出す。
これはアタシを罠にハメようとして……
「ランザです」
「え?」
後ろを見やると、フードを深く被った彼女がそこに立っていた。
「あ。えっと」
「どうしても話がしたくて……」
「それで、わざわざ?」
フィーリーの方を警戒するけれど、アタシの勘違いだったのかな。まるで興味なさそうな顔をしている。
「そ、そういや、ほとんど話もしたことがなかったよね」
「……ええ」
ううっ。
さて、どうしよう。
コミュ障同士だよ。
こういう場合って、どういう風に会話したらいいのかな?
ランザからは何も言ってこない。アタシを待ってたんだから、向こうから何か言えよ。
うーん。
「えーと、これから大変だとは思うけれど、ローラさんも、ペイジさんも、町長さんも皆が助けてくれるだろうし……」
「……ううん。あなたが一番に私を助けてくれたの!」
視線を彷徨わせていた彼女が、意を決したかのように顔を紅潮させて言う。
「え?」
「……記憶が曖昧で覚えてないことも多いけれど。魔物になっていた時、あなたの声がずっと聞こえていた気がするの」
「そうなの? アタシもリビングアーマーと戦っているときは精一杯だったから……よくは覚えてなくて」
ランザが、アタシの手を握る。
「ありがとう。レディー」
「あ。いや、どういたしまして……?」
面と向かって御礼を言われるのは照れくさい。こういう時、どういう顔をすればいいのかしら。
「でも、どうして、私を……危険も顧みずに助けてくれたの?
キングラートさんの所に呼び出された時もそう。マルカトニー様のアイディアに乗って、私はあなたたちにとても酷いことをしたのに……」
「あー。それはさ。その、アタシも、ランザと同じ立場なら、きっと同じ間違いをしてたと思ったから……かな。
いや、もう別の意味じゃ、だいぶ前に間違えてしまってるんだけどさ……」
「間違い?」
「うん。アンタのことは……その、昔のアタシを見ているみたいで放っておけなくてね。
アタシは、昔のアタシがキライでキライで仕方なくて、それで新しい自分になろうとしたけれど……それでも失敗しちゃって」
アタシはユーデスを見やる。
「……でも、人間って些細なことをキッカケに変われるんだって知ったから。ランザにもそれを知ってほしくて。なんかうまく説明できないんだけどさ。まあ、そういうこと」
今のアタシが、昔のデヴで陰気だった頃の自分を見たらなんてアドバイスするんだろう?
きっとどんな言葉も慰めにはならない。
けれども、腐っていても何も変わらない。
そこから逃げ出そうとしても逃げ切れない。
もちろん、昔のデヴで陰気だった頃に戻りたいとは少しも思わない。
けれども、気持ちひとつで変えられることはある。
それは転移なんて安直な方法を使わずともできたことのはずだ。
ランザだって、自暴自棄になってエキストラクトなんて飲まなくたって……
あんなマルカトニーとかいうクズ男に認められようとしなくたって……
「……赤ちゃん。これから産んで育てるの大変だと思う。父親がクソ野郎だとしても、いるのといないのじゃ……あ、ゴメン」
「ううん。マルカトニー様がクソ野郎だったってのは本当だと思う。けれど、それでも私が愛した人だから。この子だって……」
ランザは優しく微笑んで自分のお腹をさする。
「……私、町長様の支援は受けないことにしたの」
「え?」
「……姉さんにはどうしても迷惑かけるかもしれないけれど、私、自分の力で、生まれてくる子とこの町で生きていきたいから」
「……そう」
話していて何となく察する。ランザの心にはきっと何か大きな変化が起きたんだ。
「……もっと伝えたいこと一杯あるんだけれど、どう話していいのかわからなくて。でも、感謝している気持ちだけは伝えたかったの」
「うん。大丈夫。それは伝わっているよ。アタシも……どうやって感謝に応えていいのか分からないだけだし」
アタシがそう笑って言うと、彼女も納得したように頷く。
「……それじゃあ、姉さんを待たせているから」
「うん。気をつけて……」
ランザはもう一度頭を下げて、来た道を引き返して行った。
「……やはり、レディーは変わりましたね」
アタシとランザをジッと見ていたフィーリーが小声で言う。
「フィーリー?」
「……エアプレイスで、私が剣術の稽古をつけていた時とはまるで別人です。魔剣ユーデスは人格にも影響を与えるんでしょうか」
「……たぶんだけど、これが本来のアタシなんだと思う」
「なんですって?」
「うん。ランザもそうだけれど……色んな悪いことばかり考えちゃってさ。びびって、言いたいこと言えずに本音で喋ってないから、みんなからただ単に勘違いされているだけなんだと思う」
「……」
フィーリーはしばらく黙って考えるようにしている。
「……フィーリー。あのさ、聞きたいことが」
「……すみません。少し、独りで考えたいことがありますので、今日は失礼します」
フィーリーはそう言うと、アタシに背を向けてスタスタと歩いて行ってしまう。
「……レディー。彼には尋ねなければならないことがあるよ」
ユーデスが周囲を警戒しながら言う。
「……分かってるよ。けど」
「フィーリーは、君の魔路を……一時的とはいえ、簡単に修復してみせたんだ。エアプレイスで共にいた彼が、君の異状に気づいていないはずがない」
「……うん」
「なんなら、君の薬物による異状を彼自身が……」
「分かっているよ! けれど、彼は父さんの信頼する側近で、アタシの剣の師匠だった人だ。だから……」
フィーリーは何か隠している……そんなの、鈍いアタシだってもう気づいている。
けれど、信じたくはない。
もし、フィーリーがアタシの身体に何かしたんだとしたら……
悪い想像はどうやったって、頭の中で考えている以上は不安と一緒になって拡がっていってしまう。
「……ちゃんと聞くよ。全部を話してって。今度、ちゃんと言うから」
「……うん。分かった」
その後、アタシはフィーリーに質問することはできなかった。
なぜならば、その日の夜のうちに、フィーリーは何も告げずに町から忽然と姿を消してしまったからだ──




