068 原因追求
通された応接間の奥に、2人の人物が偉そうに座っていた。
向かい合うように並べられた椅子に、チームごとにまとまって座るようにと指示される。
ローラさんとランザは、なぜか真ん中に座り、ちょうどアタシたちと“マイザー・チーム”に挟まれるような感じになった。
全員が着席すると、秘書らしき人が、その偉そうな人のことを紹介してくれる。
左が、ニスモ島の港町イークルの町長キングラート・レパトリさん。なんだかブルドッグみたいな貫禄のある見た目だ。
そして、その右隣に座るのがイークルの冒険者ギルド、ギルドマスターのペイジ・マトックさん。ニコニコしているおじいちゃんだけど、顔には沢山の傷がある。
「……さて、今日はよく集まってくれた。この度の大事件だが、両チームのただならぬ活躍により解決したと聞き及んでいる。ギルドマスターとしてこれ以上の誉れはない。“ダブルパイパイ”並び、“マイザー・チーム”には、冒険者ギルドを代表して敬意と感謝を述べさせて頂く」
ペイジさんが嗄れた声でそう言う。
「諸君らがいてくれなければ被害はもっと大きくなっただろう。町の代表としても、心から感謝申し上げたい」
キングラートさんが重々しく言っているのに、ウィルテは指で円を作って「金は?」という顔をしている。
「……報奨はもちろんのことだ。後ほど秘書から伝えさせて頂く」
ウィルテが満足そうに頷くのに、向かいに座ったマイザーたちは「ここで金の話かよ」って呆れた顔をしていた。
「……それで、謝意を伝えたかったというのもあるが、ここに集まってもらった理由は別にある」
ペイジさんが咳払いをし、ランザに目を向ける。さっきまでの笑顔が嘘みたいに消えていた。
「ある程度の情報は得ている。だが、現場にいた君たちの方が、正確な物を見聞きしているだろう。そこを包み隠さず教えてほしい」
なんだか尋問するような雰囲気だ。イヤな感じ。
ローラさんとランザに明らかに不審の目が向けられている。
「隠すも何もないにゃ。話は簡単にゃ。町長のバカ息子マルカトニーが、罪与の商人オクルスってヤベー魔物に唆されて、ウィルテたちやランザを罠に嵌めてこうなったにゃ」
ズケズケと言うウィルテに、キングラートさんは頭を押さえ、ペイジさんは口をへの字にする。
「息子が発端なのは知っている……。それを知った上で、もっと詳しいことが知りたいのだ」
「ウィルテが話した通りだよ。アタシらはグール討伐の依頼を受けたけど、その依頼は真っ赤な嘘で、レンジャーを捕まえてエクストラクトって薬で魔物に変えるのが目的だったってこと」
アタシがそう言うと、マイザーたちは「げぇ」って顔をしている。
エキストラクト……ビギナーのアタシは知らなかったけど、そこそこの冒険者なら噂ぐらいには聞いたことがあるものらしい。麻薬みたいな感じという認識っぽい。
「……その現場にランザがいたと聞いている。2人がマルカトニー氏と揃ってギルドを出たのを何度も目撃したという証言もある。何か協力関係にあったのかね?」
「にゃから!」
「私はランザ本人に聞いているんだ」
ペイジさんに言われ、ウィルテは「んべぇー」と舌を出す。
「わ、私は……」
「ランザがマルカトニー様から何か指示をされて、それに従ったのは事実だよ。でも、魔物に変える薬のことは知らないよ」
ローラさんが代わりに答えると、ペイジさんは「だから、本人に……」と呆れた顔をして口走ったけど、それをキングラートさんが止める。
「愚息が首謀者であり、君たちに多大な迷惑をかけたことは重々承知している。しかし、私は町長として真実を明らかにしなければならない。だからこそ……」
「ん・だ・か・ら、真実はオタクのバカ息子が原因ってだけにゃ!」
「ウィルテ。……町長はご子息を失ったんだぞ。考えて発言してくれ」
ペイジさんが、キングラートさんを気にしつつ言う。
なぜかランザは目を見開いて、その後に項垂れて「やっぱり……」と小さく呟いた。
「失った? 始末されたんにゃか?」
「おい。もう少し言い方を……」
「いや、いい。大丈夫だ」
キングラートさんは額を擦って頷く。だいぶ参っている様子で、顔色が悪く、青白いを通り越して真っ白だ。
「……遺体は見つからんかった。だが、血痕のついた頭髪の一部と、服の切れ端があった」
ランザが震えて口元を押さえる。
これ以上は聞くまでもない。きっと用済みになって、オクルスが始末したって事なんだろう。
「ははん。なるほどにゃ。首謀者がお死んじまったから、次に罪をおっ被せるヤツを捜しとるにゃ」
「違う! いい加減にしろ! 多くの人々が、巨大な魔物……リビングアーマーに、ランザがその一部となって取り付いていたと言っているんだ! その関係を疑うのは当然だろう!」
ペイジさんはマイザーたちを見やる。
「君たちは何か知らんのか?」
「え? あ、ええ。その、ランザちゃんがどうしてああなったかの経緯までは……」
「マルカトニーが、ランザを騙してエキストラクトを飲ませたんだよ!」
ランザが少し驚いたようにアタシらを見やる。
そう、これは嘘だ。
ランザは自分の意思で飲んだ。
だけれども、アタシたちは前もって口裏を合わせている。
そもそも、ランザがエキストラクトを飲んだ事はアタシとユーデスしか見ていない。
本当の事を話した時、フィーリーは特に何も言わなかったけれど、ウィルテは同情的だった。
庇うのは間違っているかも知れない。
でも、かといって苦しい思いをしたランザが、何かの処罰を受けるのも間違っているとアタシは思う。
「……私は報告をまとめたら、責任をとって町長を退くつもりだ。だからこそ知りたい。私の息子は……何を考えていたのかを。それが私の最後の責務だ」
「……前にドラ息子の問題を解決した時、ウィルテは言ったにゃ。“また同じような事が起きる”って」
「分かっている…。分かっているとも……」
キングラートさんは苦しそうに頷く。
「本当にどうしようもない馬鹿な息子だ。しかし、それでもこの町を破滅させようと本心で思っていたなどと……」
「ち、違います! マルカトニー様はそんなことを考えてはいませんでした!」
ランザが口を開くのに、皆がびっくりする。
「お父様を見返したかった。もっと自分はできる男なんだ……そう、常々仰っていました」
「ランザ……」
「私も同じです。仕事のできる姉さんにいつも嫉妬していた。……だから、私はマルカトニー様の気持ちがよく分かりました。
騙されてるなんて思ったことは一度もありません。私はマルカトニー様が悪いことをしてると知っていて、自分の意思で加担したのです」
ペイジさんの顔が険しくなる。
「……なら、共謀していたことを認めると?」
「……はい」
ウィルテが「黙っときゃよかったのにゃ」とため息をつく。
「でも信じて下さい。誰かを傷つける気はなかったんです……」
「これだけの事件を引き起こしておきながら……」
「ええ。もう言い訳でしかありません。結果的に、このようなことになったのは申し訳なく思っています。けれど、私は……ただ、マルカトニー様と……この町を出て、親子揃って静かに暮らしたかっただけなんです」
え? いまランザはなんて……
「待て。“親子”だって? ということは……」
キングラートさんが椅子を蹴って立ち上がる。
「……はい」
「ま、まさか…お腹に……」
ランザが自分のお腹を撫でるのを見て、ローラさんは口をパクパクとさせている。
「ああ。な、なんてことだ……。なんて、取り返しのつかぬことを……」
さっきまであった堂々とした振る舞いとはうって変わって、キングラートさんは顔をグシャグシャに歪め、ランザの足元にまできて土下座する。
「ちょ、町長!」
「申し訳ない! 謝って許されることではない! なんとお詫びをすれば……」
「や、やめてください……」
ランザは首を横に振る。キングラートさんは床に額を擦り付けて謝っている。
「……ペイジ長」
フィーリーが声をかけると、オタオタしていたペイジさんはハッと顔を上げる。
「後は町長とランザさんが直接話すことです。私たちは私たちで話をしてはいかがでしょう?」
ペイジさんは顎に手をやって、難しそうな顔を浮かべる。
「ペイジ、腹を括るにゃ。こうなったら、町にとってもギルドにとっても醜聞にしかならないにゃ」
「……だから、見て見ぬフリをしろとでも言うのか?」
「違うよ。本当に悪いヤツはオクルスだ。そしてそれが人間のフリして町に入り込んでいた……それが一番の問題じゃない?」
「そうだな。俺もレディーの意見と同じだ」
マイザーが手を挙げて頷く。
「“どうしてこうなったか”より、“これからどうするか”でしょ。大事なのはさ」
ペイジさんは、アタシとマイザーの顔を交互に見やり、「ふー」と大きく息を吐く。
「……分かった。ここは解散としよう」
アタシたちは頷いて部屋を出ようとして、ペイジさんに呼び止められる。
「1時間……いや、2時間後に、ギルドにある私の部屋に来てくれ」
「え?」
「……実はな、両チームに折り入って話があるのだ」




