062 やっぱ勇者になりたい
負傷したリュウベイとローガン兄弟がすごすごと立ち去って行くのに、町中に逃げ残った人がいないか捜し回っていたマイザーは、何があったのかと問い質し、両者からあの新進気鋭のチーム“ダブルパイパイ”の名前が出た時には、彼にもすぐには信じることができなかった。
ウィルテ・ヴィルルこそ、確かにブルーランクのベテランレンジャーで有名でこそあったが、討伐依頼などは殆ど受けず、報酬額が見合うと思えばビギナー向けの仕事でも喜んで行う守銭奴である。ソロでやってるのも報酬金を独り占めしたいからだということも囁かれていた。
事実、ギルドでウィルテが初心者をカモにして、半ば恫喝するような形で依頼をかっさらって行くのを何度かマイザーも目撃したことがある。
そんなわけであるからして、同じブルーランクでも、より強敵を求めて討伐任務をこなしていくリュウベイやローガンに比べて、彼女は戦闘能力では今一歩劣ると誰しもが思っていたのだ。
しかし、リビングアーマーが崩れ去るのを見て、マイザーはようやく自分の眼がいかに曇っていたかに気付かされる。
「確か、ウィルテが最近組んだパートナーって…」
「ヒューマンだぞい。小柄な褐色の女剣士…名は“狂犬”レディーとか言ったかのう。誰彼構わず噛み付くらしい」
トロルのダルハイドが答える。
マイザーは町中を歩き回るほぼ半裸の2人を思い出して、思わず少しニヤけてしまった。
「マイザー!」
コボルトのシェイミが、マイザーの足をギュッと踏みつける。
「恋人の前でしょ。軽薄すぎなんですけど」
ヒューマンのトレーナが鼻を鳴らす。
「シェイミも見る目ないね、ホントに」
「ウチも後悔してる。この件が終わったら先のこと考えるわ」
「ま、待て待て。ホントに違うから! いま笑ったのは別の事で…」
女性2人から責められ、マイザーはしどろもどろに言い訳する。そこにリーダーとしての威厳はなかった。
「…まったく、痴話喧嘩は他所でやってくれんかいな。仕事中は勘弁だわい」
ダルハイドは自分の顔を手で覆って深く嘆息すると、3人はすぐに気まずそうに言い争うのを止めた。プロとしての自覚がないと指摘されたことを恥じたのである。
「でも、リビングアーマーを倒したならもう…」
「むう? なにやら様子がおかしいわい」
ダルハイドそう言った瞬間、大きな爆発音と強い振動が辺りを襲った。
「な、なんだ? なにが起きたんだ?」
「発生源は…リビングアーマーが居たところからみたいだのう」
「これは魔力よ! ヤバい。それも、そのリビングアーマーとは違う。並大抵の大きさの力じゃないわ!」
トレーナが自身の両腕に生じた鳥肌を擦る。
「敵の増援だとしたら…」
「ちょっと、リーダー! なに考えてるんだよ!」
音のした方向にフラフラと行こうとしたマイザーを、シェイミが掴んで止めさせた。
「…あれはただ事じゃない。怪我人がいるかも」
「あの死霊族以上だとしたら、ワシらではとても歯が立たんぞい」
「ええ。ダルハイドの言う通り。“アソコ”にいるヤツ…まだリビングアーマーが可愛いと思えるくらいの相手よ」
「それでも……。お、おい! あれはローラさんじゃないか!?」
髪を振り乱して、反対側の路地を走るローラの姿があった。
「まさかランザちゃんを…」
「でもリビングアーマーを倒したってことは…」
“ランザも死んだだろう”…そこまで言えず、シェイミは苦しそうに押し黙る。
「クソッ! 俺は何やってんだ!」
マイザーはいきなり自分の顔面を殴り付ける。
リュウベイやローガンの言う事を真に受けて、一番に助け出さなきゃいけない人のことすら忘れてしまっていたのだ。
無力な自分には何もできないと早々に諦めてしまった自分が腹立たしくて仕方がなかった。
「関係あるか! “あの人”なら間違いなく行く!!」
そして赤くなった頬のまま、顔を上げた時には別人のように生真面目なマイザーの顔がそこにあった。
「俺たちはマイザー・チーム! やがて大陸にも名を馳せるレンジャーだぞ!」
リーダーのその宣言に、3人は一瞬だけ呆気にとられたが、すぐにマイザーと同じ様な顔で頷いたのであった。
「行くぞ! ここで退いたら“勇者”なんて夢のまた夢だ!!」




