060 生贄の対価
「うぐッ!」
右腕を失ったオクルスは下がろうとするが、アタシはそれを逃がさずにもう一撃加える!
胸元を斬り裂いたけれど、スライムなだけあって血は出ることはない。けど、白っぽい肌色の皮膚がモノクロに波打ち、一瞬だけ全体のシルエットが膨張したように見えた。
「こ、これは高くつきますね。バンビーナ」
「変な名前で呼ぶな! アタシはレディー・ラマハイムだ!」
オクルスは大きく後ろに飛び跳ねて、アタシの攻撃から逃れてしまう。
「ゴメン。麻痺毒から抜けるのに少し手間取った」
ユーデスがそう申し訳なさそうに言う。
「いいよ。今のアタシは病み上がり状態みたいなもんでしょ」
「うん。それと、つい触手プレイに見とれてしまっていて……」
「……は?」
「レディーの肌を這うヌメヌメを見てたらね。つい、魔力のコントロールが…」
「……怒るよ?」
「……ゴメン」
「アタシが力を発揮できるの、後少しだけかも知れないんだから、ちゃんと一緒に戦って!」
「もちろん。分かってる!」
フィーリーの治療(思い出すのもおぞましいけど)は、アタシの魔路を一時的に活性化させただけで時間が経つと元に戻ってしまうらしい。
その残り時間はハッキリとは分からないけど、まだ手に力が入るから大丈夫っぽい。
アタシが完全な状態で戦えるうちに何とかコイツを……
「アイツをとっ捕まえて、デモスソードの情報を聞き出す!」
「うーん、それは難しいかも」
ユーデスが何だか困ったようにそう言う。
「どうしてだよ?!」
「かなりレベルが高い魔物だ。倒せなくはないだろうけど、生け捕りってのは難しい……それに」
「それに?」
「あれだけ寄生体を放出したはずなのに、まだまだ体内に隠れている」
ユーデスが「警戒して」と言う間に、オクルスの顔や頭に幾つも目が現れる。
「そんな! まだあの目玉蛇いるの!?」
「ええ。私のサクリフィシオは、まだ100体ほどはおりますよ。先程、“独りか”や“手下はいないのか”……と聞かれましたが、これが種明かしです。私が1体いれば、貴方たちの包囲…そして島民を皆殺しにすることなど簡単ですもと!」
オクルスの頭部の目玉が一斉に伸びて蠢く。それは無数の蛇が、トグロを巻いてひしめき合っているみたいだ。
そして、それは頭部だけじゃなく体の方にも及び、被服の下でも激しく動き回っているのがわかる。袖からも、触手が何本も出てウネッている!
正直、生理的に受けつけない! キモイ!!
「にゃー! オマエ、さっきからキモイにゃ! 【チェイン・ブレイズド】!」
ウィルテも“蛇”は嫌いのようで、青白い顔をしながら魔法を唱える!
焔の連鎖爆発! ウィルテを襲っていた目玉蛇を燃やし、そのままオクルスに襲い掛かる!
「上手い! 粘液生物系は高レベルの魔法が有効です! レディー、物理より魔力を込めた攻撃です! 【陽炎舞】!」
流剣派は魔力を流す剣技を得意とする。だから実体のない敵や、スライムみたいに柔らかい敵にも確実にダメージを与えられる。
リビングアーマーにはダメージを与えられなかったけれど、目玉蛇は別だ。的確に急所を突いてから細切りにしてしまう。
「アタシらも続くよ!」
「ああ!」
アタシもユーデスを振るい、オクルスの放つ触手を次から次へと斬り捨てる。
断末魔こそ上げないけれど、斬り落とす度に、驚愕したように血走った目を見開くのは止めてほしい。本当に気持ちが悪い。
「……これは強い、強い。見事ですね」
まるで他人事のように、オクルスは手を叩いて褒めるようなことを言った。
「仲間がやられてるってのに平気なの!?」
「当然、悲しいですとも。しかし、損害を恐れては何事も成し遂げられるものではありませんからね」
触手を鞭のように振るい、アタシたち3人を同時に相手にしながら言う。
「戦いながら考えたことはありませんか? この戦いを制するのに、自分はどれぐらいの対価を支払えばいいかと?」
「なんだって? 戦闘中に……」
「いえね。お喋り好きなのは商人の性ですから…そして、計算好きなのもね。ちょうど今ので50体ほど倒してくださいましたか」
フィーリーが踏み潰した目玉蛇を見て、オクルスは目を細める。
「レディー! おかしい! 何か企んでいるよ!」
「分かってるよ!!」
ずっと不気味だった。何かを企んでなきゃ、あんなにやられて余裕でいられるはずがない。
ランザも心配だ! 早く決着つけなきゃ!
アタシは襲いかかってくる触手を斬り払い続け、オクルス本体へと向かう!
「……私の懐は深いと申し上げたばかりなのに。では、そろそろご精算といきましょう」
いつの間にか手にした帽子を目深く被り、オクルスは不敵に笑う。
次の瞬間、斬り倒したはずの目玉蛇の死骸たちが一斉に爆発しだして──
──生贄の対価──




