056 陰気なデヴ
白い部屋。
無数に並んだ机と椅子。
ここはどこだろう?
待合所? それとも、食事処なのかしら?
それにしては、皆で座れる席がひとつもない……
私は、“私ではない人”の視点になっていた。
その“人物”は、ある机を目指して歩く。
机の上には、一輪の花を差した細長い瓶。
何か紙切れみたいなのが置いてあって、何か不思議な文字が書かれているけれど……私にはそれは読めない。
その“人物”は、震える手で紙切れを掴む。
「おーい。それは“墓標”なんだから取ったらダメだろうがー」
からかうような男の声。
初めて見る服。服も黒一色で統一されていて、それはまるで囚人の着る服のようだ。
それに聞いたことがない言葉だけれど、それでも何となく意味だけじゃなく、悪意までもが伝わってくる。
その時、部屋に多くの人がいることに気づいた。皆が一様に同じ様な格好をしている。
ここは独房か何かだったんだろうか?
その“人物”が意識しないようにしていたせいで、今の今まで閉じ込められていると気づかなかったのかしら?
「それ読んだか?」
“人物”は手に持つ紙をもう一度見やる。
「“百貫デヴここに眠る。死因は自らの重さに耐えきれず圧死”ってな」
別の男の声。ゲラゲラと不快な調子で、その“人物”を取り巻いて、腹を抱えてみんなで笑っている。
「なに登校してきてんのデヴ? お前がいると空気悪くなんだよ」
「教室が狭くなるしな。……おい、何か言えよ。いつもいつも陰気くせぇんだよ。それとも口がクセェから喋れないのかよ?」
「汗っかきデヴが。あー、クセェクセェ!」
いまの私である“人物”の視点が下がった。俯いているみたいだ。
耳を塞ぎたくなるような罵詈雑言は続く。
「ねえねえ。生きているだけで人に迷惑かけている自覚あるぅ〜?」
「修学旅行の集合写真撮る時とか、ちょー恥ずかしかったんですけど〜」
「わかるー。兄貴に“お前のクラス、ボスモンスターがいるじゃん”って言われたしぃ〜」
男だけじゃない。女の声もする。
実際、口汚く罵ってあざ笑っているのは数人だけだ。
だけれども、かといって黙っている他の人たちは味方である感じはしない。そこに感じられるのは諦めとか仕方ないといった雰囲気だ。
ふと自分と似ていると私は思った。
ギルド仕事でヘマをやった時、姉に怒られているのを、レンジャーたちは困った顔で呆れた風に見てくる。
でも、その“人物”は何かヘマをしたという感じはしない。
デヴで陰気……そんな本人の見た目や雰囲気だけで、こんな嫌がらせを受けている様な気がする。
『これが昔のアタシだよ』
え?
『こんな風にイジメられても、何も言い返さずに、家に帰って泣くしかできなかった……』
いつの間にか周りが灰色になって、誰も動かなくなっていた。
声だけが……私の耳元に届く。
『アタシはダメなヤツだった。でも、一番に頭に来るのはさ、コイツらに好き放題言われたことじゃないよ。こんな仕打ち受けるのは自分が悪いんだと、デヴで陰気だからイジられるのは当然だと、そう思ってさ、自分を責め続けていた自分が一番キライでムカついてしょうがないんだ。今でもね』
誰?
『だから、人生から逃げ出した。でも、逃げたところで変わらなかった……ダメなヤツはダメなまんま。見てくれがよくなれば人生が変わる……そんな甘い考えを抱いたこと自体、そもそも間違いだったんだ』
……ああ、それは分かる気がする。
私がダメなのは、私自身がダメだと自分で思っているから。
分かっている。分かっているよ。
でも、自分を今さら変えることなんて……
『できるよ。まだ完璧じゃないかもしれない。でも、少しでも変わろうとするだけでもいい。ほんの少しだけ勇気をだせれば……』
俯いていた“自分”が顔を上げる。
灰色だった景色が色を取り戻して動き始めた。
「あ? おい、なんだよ。デヴ? 何か言いたいことがあるのなら……」
「うるせーーーッ!!!!!」
私の意図とは別に、“自分”が腹の底から雄叫びを上げた!
目の前の男が、部屋にいるすべての者たちが、驚きに目を見開いている。
「黙って聞いていれば、好き放題言いやがって!! デヴで何が悪いってんだ!! ああーん!?」
「え……ぶげぇッ?!」
“人物”が男の首筋目掛けて、丸太のような腕を振り降ろしてブッ飛ばした!
「うあッ!」
「な、なにしてやがるッ! テメェ!!」
「アタシがデヴで陰気だからって、いつオメェらに迷惑かけたってんだよ!? 迷惑かけるってのはこーいうのを言うんだよぉッ!!」
“人物”は大暴れする!
椅子を掴んで放り投げる!
皆が抑えつけてくるのを、体当たりで蹴散らす!
「テメェらのパンツは何色だぁッ!!!」
「ひ、ヒィィ!!」
ヘタリ座った男のズボンを脱がせ、あらわになった尻を蹴り飛ばす!
「暴力振るうなんてサイテー! せ、先生に言いつけてやるんだから!」
「それがどうしたぁッ!! テメェらの言葉の暴力を棚に上げて何言うとんじゃ!! このクソビッチがぁッ!!」
女の脚を掴み、スカートを脱がせ、往復ビンタをこれでもかと喰らわせる!!
何も言わなかった人たちの机を放り投げ、中から出てきた書類の束を叩きつける!!
「ヒィッ! 俺は何もやってないだろ!」
「アタシも何もやってないのに、オメェも遠巻きにシカトしてただろうが! 無言は肯定してるのと同じじゃあ! 何もやんなかったんだからして同罪じゃぁボケェ!!」
これは正しいこと?
いや、正しくはないかもしれない……けれど、胸の内がスカッとした気がする。
ああ、どうしてだろう。
こんなに無茶苦茶やっているのに…なんだか笑いが込み上げてきちゃう。
私にもできるだろうか?
『できるよ』
ホント?
ノロイとか、チンタラしてるとか文句言ってくるヤツらに怒鳴り返せるかな?
『簡単だよ』
フフ。あなたは強いのね。
『うん。そうだよ。こんなヤツらに好きに言わせておく必要なかったんだよ。だって、本当はアタシの方が強いだもん。それにもっと早く気づいていれば……でも、気づかせてくれたのは、このレディー・ラマハイムになったからなんだ』
目の前に、褐色肌の小柄な女の子が突如として現れる。
『もうアタシは、アタシの人生を他人の好きにはさせない。絶対にね。アナタもそうするべきだよ』
……他人の好きにはさせない、か。
『さあ、もう帰ろう。ランザ』
帰れるの?
迎えにきてくれたの…?
レディー?
『うん。そうだよ。ローラが待っているよ』
姉さんが……?
『さあ、一緒に行こう』
こうして、私は彼女の手を取って──




