052 お姫様抱っこ
「ぷふぅ…! 決まったな!」
ローガンはブゥンと大戦斧を振り回して砂煙を払い、肩に担ぎ直す。
リビングアーマーは地割れに半ば埋もれてピクリともしない。
「上兄者! やりましたな!」
「手柄は我ら“クアトロアックス”の独り占めだぜ!」
「あのリュウベイの悔しそうな顔ったらないな! 良い気味だ!」
弟たちが、そう口々に言いつつ近づいてくる。
「……まあ、今回はチームである俺たちに分があっただけのこと。なにせ、あの“レイヴンツヴァイ”さんは、最近“ソロ”になったんだからな」
ローガンは口の端をニヤリとさせ、屋根の上で見下ろしているリュウベイを見やる。
「さて、弟者たちよ。このリビングアーマーをバラバラに解体……」
「まだだ。生きているぞ」
「なぬッ!?」
リュウベイの声に、ローガンが振り向いた瞬間、リビングアーマーの手が伸びていたことに気づいて跳ねて避ける!
「なんと!」
「我らの奥義を喰らってまだ動けるのか!」
弟たちは驚いているが、ローガンは不敵に喉の奥底で笑う。
「フフフ! そうでなくては面白くねぇよな!」
大戦斧を構え直し、ローガン兄弟たちは起き上がるリビングアーマーの前で構える。
「そんなに痛めつけられるのが好きなのかよ! なら、粉々に砕けるまでコイツを喰らわせてやるよ!」
そして、ローガンたちが攻撃を仕掛けようとした時だった。
リビングアーマーの胸にいた、ランザが口を大きく開く!
──クライ・バンシー──
それは絶叫! リビングアーマーを中心に周囲に魔法圧が展開し、周囲にあるものをすべて押し潰す!!
「「「「あがあがががががッ?!」」」」
ローガン兄弟たちは、目から、鼻から、耳から、口から、体中の穴という穴から血を噴き出して卒倒する。
「チッ! あんな魔法を使いやがるのか……」
魔法の効果範囲から逃れてたいたリュウベイは、“クアトロアックス”が一瞬で倒されたのを見て目を細める。
「……普通の魔物じゃねぇのは見て分かっていたが。まあ、単なる力馬鹿でも少しは役に立つこともあるものだな」
倒れたローガンを見やり、リュウベイはフンと鼻を鳴らす。
「近づくのは得策じゃない。だが、拙者の神速の剣があれば……」
リュウベイは抜刀の構えを取り、ユラリと歩を進める。
「天武不動流【捌相壱縷斬】!!」
あまりの踏み込みの脚力に屋根が叩き割れ、目にも止まらぬスピードでリビングアーマーに向かい、何本もの剣筋が一瞬のうちに奔る!!
そして一拍の間を置いて、リビングアーマーの後ろに、リュウベイが刀を振り抜いた状態で姿を現す。
リュウベイは目を閉じており、確かな手応えを手に感じて口元を歪ませた。
「……また粗末なものを斬ってしまった」
ボキン!
変な音がしたのに、リュウベイはピクッと眉を動かす。
「……ボキン?」
そして刀の先を見やる。
リュウベイの細い三白眼が、これでもかというぐらいにカッと見開かれた!
「せ、拙者の!!! 愛刀“マサバ”がぁぁぁッッッ!!!!」
リュウベイの刀の先は、なんと半分に折れてしまっていたのである!
そして大きな影が、ショックを受けて呆然としていたリュウベイの上に掛かる。
「……あ」
──クラスター・レイ──
それは流星のような光。
リビングアーマーの背から放たれた光が、周囲を徹底的に爆撃していく!!!
「し、死ぬぅ!! 拙者、死ぬぅ!!」
「……死にませんから。ちょっと静かにしてもらえますか」
「え?」
涙と鼻水を撒き散らしていたリュウベイは、ハッと我に返る。
さっきまでリビングアーマーの後ろにいたとばかり思っていたのに、いつの間にか屋根の上へと戻っていた。
そしてリュウベイの目の前には、長髪の美男子の顔があった。
美男子の顔はやや険のある雰囲気で、魔法を展開しているリビングアーマーを睨みつけている。
「…いったい、なにが」
リュウベイはそう口にして、自分が横抱きにされていることに気づいた。
そう。目の前にいる美男子によって、自分はお姫様抱っこされていたのだ。
(せ、拙者も気づかぬほどのスピードで……拙者を抱き上げ、そのまま屋根に飛び乗った……だと? そんなバカなことが……)
「本当はこのまま放っておきたいところですが……。レンジャーに死人が出た場合、ギルドの責任問題に発展しかねませんからね。我々の活動に支障が出るのは少し困ります」
そこまで言って美男子は「私はなんでこんなことを…」と首をわずかに傾げて見せたが、すぐに気を取り直したかのように頭を振る。
「貴様は……」
「フィーリー・ハイオン。不本意ですが、貴方と同業者ですよ」
(フィーリー? 確か、最近に入ったホワイトランクのビギナーじゃねぇか……それが拙者を……助けた?)
「……このまま安全な場所まで離れます。戦いの邪魔になりますから」
「な! せ、拙者は…」
リュウベイは“ブルーランクだぞ!”と言いたかったが、どうしても言葉に出てこなかった。
なぜかと言えば、フィーリーの氷のような冷たい視線が無言の圧力を掛けてきたからである。
(な、なんて目だ…。殺し屋でも、こんな目はしてねぇぞ)
「……貴方も剣士の端くれならば、敵との実力差ぐらい見極めなさい」
自分より遥か年下に説教されるという屈辱に、リュウベイは頬を紅くする。
「……さあ、行きますよ」
「ちょ、待て。このままでは。せめて、おんぶに…」
リュウベイがそう言い終わる前に、フィーリーは神速の脚で戦線を離脱したのであった……。




