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最終話 魔剣と聖剣

「ラマハイム氏ぃ〜。ええことしましょ〜よぉ♡」


 スダレハゲのカツラをかぶったリュションが、口元に扇子を当てて笑いかけてくる。


「アタシ、そういう趣味ないんだけど」


「そんなん言いましてもぉ、身体の方は素直でげしょ〜♡ 一度受け入れたらぁ、後はなるようになりますからぁ〜♡」


 リュションの目がグルングルン回ってて怖い。


「いやいや、ないから。そんなわけ…触んな!」


「うぇへへへぇ〜! 逃げないで下さぁいよぉ〜」


「ついてくんな!」


 リュションは、超高速ハイハイでアタシについてくる!


 アタシは懸命に走って逃げるけれども、なんで体力のなさそうなリュションがハイハイで追いついて来れんだよ!?


「デカ乳が揺れてるって! ソレしまって!」


「わざと揺らしてるんですよぉ! セクシーでしょぉ!?」


「いや、もうモンスターにしか見えないから!」

 

 その姿はさながらコモドオオトカゲだ。コモドオオトカゲが、風船2つぶら下げて走ってるようにしか見えない。


 もしくはテレビ画面から這い出てくる某悪霊だ。あれが巨乳だったとしても嬉しくないだろう。


 つまり、とてもセクシーなんて呼べる感じじゃない!



「うあ! な、なんだぁ!?」


 いきなり目の前が明るくなる!


 なんか空に虹がかかって、ラッパみたいな音楽が流れてきて〜


「愛〜♬」「愛〜♬」「愛〜♬」


「は?」


 虹の上から、メルヘンチックな七色の光に包まれて天使が降りてきた。


 蛍光灯みたいな天使の輪っか、どう見ても空を飛ぶのに適しでないサイズの翼…子供の学芸会のお手製で作った感じ。

 

 でも問題はそこじゃない。


 それは赤褌のオッサンが3人、腕を組んでクルクルと中空を回っているんだ!


「「「愛〜♬」」」


「げえー!」


 それはゴッデムを真ん中にし、その隣がエスドエムとエムドエズという、この世でもっとも最悪な天使どもだった!


「レディー・ラマハイムよ。神からのお告げです」


 ゴッデムがニカッと光る歯を見せた良い笑顔で言う。


「は? 神?」


「リュション・アウタルの愛を受け入れなさい!」


 「受け入れなさい」の部分で3人でハモっている。


「んだよ! いきなり出てきておかしいだろ!」


 ああ、こんなことやっている間にもリュションが近づいてきて……


「どうせ弟以外に男には縁がなかった人生だ。転生先で違う選択肢があってもいーじゃない!」


 「いーじゃない」でまたハモる。


「余計なお世話だ! アタシはノーマルなの!」


「そんな言っても立ち止まってるのはなーぜ?」


「そりゃアンタらが話しかけてきたから…」


「ラマハイム氏ぃ!」


「ひゃあ!」


 アタシの頭に、リュションの手が触れる!


「や、やめ…」


 凄い力で抜けられない!


 無理やりリュションの方を向けさせられ…


「ビッグチャ~ンスゥ!」


 リュションの顔が迫り──




──




「ビャアアイイッ!!」


 声にならない声を上げて、アタシはベッドから起き上がる。


「ゼェゼェ! リュションは!?」


「……また変な夢を見たのかい?」


「夢!? 夢……夢か。そうか。そうだよな…そうに決まってるよな…」


 あー、まだ心臓がバクバクいってる。


「悪夢だ…。いまのは悪夢だけど、アレは実際にあったことで…」


 トンペチーノを倒した後、リュションにき、き、き、キス…された。


「あー!! なんであの女! あんなことをアタシに!!」


 顔から火がでそう! 恥ずかしい!


 アタシが悪いわけじゃないのに!!


「そんなに大騒ぎすることかい?」


「することだよ! ユーデス!」


「3日も宿に閉じこもって。私としてはレディーとふたりきりってのは嬉しいけれどさ、皆がそろそろ心配する頃なんじゃないかい?」


「でも、だって!」


「だって?」


「リュションと顔合わせらんない! ウィルテだってなんかどっか行っちゃったし!」


 ああ、この町をトンペチーノから守ったっていうのに、なんでアタシはこんなヤキモキした感情を味わなきゃなんないんだよ!


 ガチャ。鍵が開けられた音がして、アタシはついビクッと反応してしまう。


「ただいま帰ったにゃー」


 扉が開いて、ウィルテが勝手に入ってきた。


「ウィルテ! アンタ、今までどこに!」


「レディーはまだ塞ぎ込んでるにゃ?」


「アンタだってイークルで同じことをやってたじゃん!」

 

 フィーリーが居なくなったことで、ウィルテは引きこもってたし!


「そんな昔のことはとうに忘れたにゃ。

 それはそうと、ウィルテは約束の報酬をガニンガーから受け取ってきたところにゃ」


 ウィルテの手にはバレーボールくらいのサイズの真珠が握られていた。


「…なんかデカくね? それ貰っても大丈夫なやつなの?」


「死ぬほどのリスキーな仕事だったし、そもそも誤解とはいえガニンガーどもにも酷い目に遭わされたにゃ。その対価としてこれぐらいは当然にゃ」


「うーん。まあ、向こうがくれるってんならいいんだけどさ」


 ウィルテのことだから奪ってきたとかじゃないといいけど。


「それでレディーはいつまでそうしてるにゃ? こんなイカれたギルドマスターのいる町からはさっさとおさらばするに限るにゃ」


「それはわかってるんだけどさぁ〜。どうもギルドに行きづらくて…」


「まあ、エスドエムに会いたくない気持ちはよくわかるにゃ」


「いや、そうじゃなくて…リュションに…」


 ウィルテが眼を細める。


「あの情緒不安定女がなんにゃ? 気に入らないなら殴ってやればいい。それが狂犬にゃ」


「誰が狂犬だよ! 

 …ほら、アタシ、あの娘に……」


「あの娘に?」


「あーもう!! 全部言わなくてもわかってんだろ! イジワルするなよ!」


「…はー。チューされたからなんだっちゅーにゃ」


「な、な、な、なんでそんなシレッとそんなこと言えるんだよ!」


 なんかユーデスも「大したことない話だよ」とか言ってるし!


 大騒ぎしてるアタシがバカみたいじゃんか!


「だって相手は女にゃ。ノーカンにゃ」


「はあ!? だ、だ、だって!」


 非モテの陰気なデヴだったアタシには大問題だ。


 アタシの了承もなく、未経験のデリケートゾーンにズカズカ立ち入られたんだから。


 レディー・ラマハイムとしては、そういうのは大事にして本当に好きな人と…と、そう思うのはアタシのワガママなんかじゃない。


「レディーって意外とウブにゃ」


「ウブってなんだよ! 初めてだったんだぞ!!」


 「え?」とユーデスが言う。


 え? 「え?」ってなに???


「ユーデス?」


 ウィルテに聞かれない様に小声で話し掛けると、ユーデスはなんだか躊躇ったかのように答えた。


「……ファーストキス?」


「? そ、そうだよ…」


 改めて聞かれると恥ずかしい。


「…………いや、セカンドだな」


「? は?」

 

 アタシが首を傾げると、ユーデスは黙りこくった。


「……! アンタ!! ユーデス!! まさか!!」


「……」


「黙ってないで言え! アンタ、魔路拡以外に夜中にアタシになにしてんだ!!」


「……」


 ユーデスを揺するけれど、なんの反応もない。


「れ、レディー?」

 

 や、やべ。ウィルテがアタシを残念な子を見る目で…


「違う! この剣がアタシの大事なもの奪ったの!!」


「……大きい神殿で診てもらうかにゃ?」


「診てもらう必要ない!」


 あー! ユーデスのこと喋っちゃいたい!


 このままじゃ、アタシがおかしなヤツだと思われたままだ!


 「自分はただの剣です」なんて言ってる、この剣がどんなにムッツリでスケベなのか知らしめてやりたい!


「いい!? アタシはおかしくないから! なにも問題はないから!」


「…ラマハイム氏ぃ」


「おかしい人は皆がそう言うにゃ」


「…ラマハイム氏ぃ」


「やめて! アタシをそういう眼で見ないで!」


「…ラマハイム氏ぃ」


「さっきからなに!?

 ゲェッ!!! 出たぁ!!!」


 リュションがアタシのベッドの端に居た!!


「いつの間に入ってきたにゃ」


「うぇへへへぇ…」


「ウィルテ! 内鍵は!?」


「あ。してなかったにゃ」


「おいいッ!」


「そんな邪険にしないで下さいよぉ〜」


 ベッドの横でニヘラニヘラ笑っている。なんでコイツは平気な顔してられんだ!


「アンタ! どの面下げて、アタシに会いに来た?!」


「まずは友達からお願いしゃすぅ〜」


「だから順番が違う!!」


「はへぇ?」


「普通は友達になってからだろ!」


「? 友達になってから?」


「そ、その“大人のアレ”だ!」


 ウィルテとユーデスが「あー」とか言っている。


「大人のアレ? ……ああ、私にぃ、脱げとぉ? 」


「は?」


「裸で抱き合ったりするんですよねぇ?」


「はあ?! なに言ってんだ、オマエ!」


 なんでコイツとはこんなにも話が噛み合わないんだ!?


「レディーもそんな興奮してちゃ話になんないにゃ」


「だ、誰も興奮してなんかない!」


「これから嫌でも一緒に行動することになるにゃ。イチイチそんな風になられちゃかなわないにゃ」


「は? 一緒に行動って…」


「ん〜? 小僧から聞いてないのにゃ?」


「小僧? ギグくんのこと?」


「マイザー・チームがセルヴァン行きを断ったにゃ。そのせいで特別任務とやらの頭数が足りなくなるから、エスドエムが自分のギルドから人員を募ったのにゃ」


「は?」


「そんでもって、この女が立候補したにゃ」


 リュションが「へへ」と笑いながら手を挙げる。


「……はい? な、なんでそれでアタシたちと一緒に行動するってことになんの?」


「目的地は同じにゃし、立候補したのがこの僧侶…いや、退魔師だけだったにゃ。単独で行かせるのはダメっていう本部の指示らしいから必然的にって感じ」


「いや、アタシの意見は?」


「尊重はするにゃ。けれども、この退魔師ってレアな職種は絶対に守れと言われたにゃ」


「へへ、レアものですぅ〜。まるで“姫”! “姫”ですよぉ〜!」


 リュションがなんかご機嫌なのはそんな風に大事に言われたからか。


「頼まれた以上は仕事にゃ。速やかに遂行するにゃ!」


 ウィルテの説明の仕方に、アタシは違和感を覚える。


「いくらもらったの?」


 ウィルテはフイと眼を逸らす。


「…依頼は依頼。仕事は仕事にゃ」


 きっとウィルテがエスドエムと話して決めたんだろう。報酬の話もあったに違いない。

 

「クソ。アタシがいない時に勝手に…」


「ラマハイム氏ぃ。不束者ですがなにとぞよろしくお願いしますぅ〜♡」


「……ひとつ条件!」


「はへぇ?」


「二度とアタシにあんなことしないこと!」


「あんなことぉ〜?」


 リュションは首を傾げる。


「すっとぼけんな! 仲良くもないのにいきなり、き、き、き、キスなんてすんな!」


「? なら仲良くなったらいいんでぇ〜?」


「は? 仲良くなっても普通はそんな…」


「仲良くなってもダメなんでぇ? それならどうしたらしてもいいんですかぁ?」


 ん? どうしたらキスしていい?


 ……どうなんだ?


 昔読んだ少女漫画だと、街角でぶつかって偶然にキス……いや、いつの時代だよ。


「……リュション。アンタ、なんでアタシにそんなに擦り寄ってきてんのよ」


「はへぇ?」


「今までそんな素振りなかったじゃんかよ」


 そうだ。アタシはコイツに好きになられる要因がなにひとつ思い当たらないんだ。


 強いて言うなれば、アタシがトンペチーノにやられて、身体を治して貰ったって接点くらい?


 でも、それならアタシがリュションを好きになるならともかく、まったく逆じゃん。


 看護してて愛着湧いたとか…まさかね。


「ダブルパイパイ様…元ダブルパイパイ様に、人に好きになってもらいたきゃ、自分から好きになることだと言われましてぇ〜。そこで全力で人を好きになることにした次第なのですぅ!」


「そ、そうなのか。よくわからんけどよくわかったわ…」


 エスドエムって名前聞くだけで全部説明がつくような気がする。


 ダメだ! ホント、この町に長居しすぎると頭がおかしくなる。なんか呪われてんじゃね?


「好きになるならさ、別にアタシじゃなくてもよくね? エスドエムやマイザーとか、種族は違うけどダルハイドさんとか男もいたじゃん!」


「えー。男の人はちょっと怖くてぇ〜」


 ウィルテが「オマエの方が怖いにゃ」と言ってるけど、アタシも同意見だ。


「ラマハイム氏ぃは私に優しくしてくれましたしぃ〜。男のコっぽいけど、女のコっぽくてぇ安心というかぁ〜」


 そんな短絡的な理由で好きになられても困る。


 手の甲を撫で撫でするなよ。


「それにぃ、本屋で恋愛参考書も買ったんですよぉ〜」


「参考書? お友達作りマニュアルとか?」


 あれ、前の世界で読んでひたすら試したけど役立たなかったなぁ。結局、『勇気を出して自分から話しかけてみよう』ってオチで、そんなことできんならとっくのとうに陰キャは卒業してるよ。


 リュションは胸の谷間から本を引っ張り出す。物入れにしてんのかよ。自慢か。確かに便利そうだけど。


「これですぅ〜!」


「アンタそれ! 単なるスケベ本じゃないかよ!!」


 胸の大きな女性同士が、ほぼ裸で抱き合ってイチャイチャしている最近のラノベの表紙っぽい!


「お友達作りにお勧めの本だと、本屋のおじいさんに教えて貰ったんですけどぉ〜」


「どこの本屋だよ! 絶対に騙されてるって!」


「…レディーも変なの惹きつけるの上手いにゃ」


「なによそれ! 好きで惹きつけるんじゃないから!」  


「しかしこの本……随分と精巧に製本されてるにゃ。稀覯本?」


「あ! ヴィルル氏ぃ! か、返してぇ〜!」


「中はイラストばっかにゃ! しかも…な、なんて破廉恥な!!」


「あ〜!!」


 ウィルテに本を奪われて、騒いでいるリュション。


 ユーデスが小さく笑っている。笑い事じゃないんですけど。


「……女の子が増えて賑やかになりそうだね」


「フィーリーの時はあんなに反対してたのに…リュションはいいの?」


「男はダメだけど、女の子ならいいんだよ」


 こーの、スケベ剣めが……本当に、まったくもう。




──



 コルダールを旅立つ準備が整い、アタシらは町の入口に向かう。


 たった数日で町が復興するわけもなく、トンペチーノが破壊した大通りは壊れたままだ。

 それでも瓦礫の上を多くの人が行き来して、まだまだ町自体が死んだわけではないのだと思わされる。


「準備はオーケ?」


「はい! 大丈夫です!」


 ギグくんは元気よく返事をする。


「アタシ、ウィルテ、ギグくん、リュション…4人全員いるね?

 勝手にガニンガーのお宝かっぱらいに行ってるようなヤツはいないね!?」


「大丈夫にゃ〜」


「本当か?」


「ちゃんと返したにゃ」


 アタシはウィルテを睨む。あれからガニ堂落のジイサンと揉めて大変だったんだからな。


「ピィ!!」


「ん?」


「“自分”もカウントして欲しいみたいです」


 ギグくんの腰のポーチから、なんか目玉が出ていて……


「目玉蛇…やっぱりコイツも連れてかなきゃダメなの?」


「オクルスのヤツが、この小僧とどんな契約結んだか不明にゃ。離れた瞬間に“ボン!”ってこともありうるにゃ」


 ウィルテは指を弾いて爆発する様を示す。


「なにが目的なんだよ? アタシらの監視か?」


「ピィ?」


 目玉蛇は首(?)を傾げる。


「カワイコぶってるつもりかよ」


「…いまは“本体”と繋がってないにゃ」


 危険な気もするんだけど、ユーデスも「いざとなれば私が魔力的な繋がりを断てばいい」って言ってるしな……うーん。


 それにギグくんは目玉蛇に名前まで付けてペットみたいに可愛がっているし。


 コレにギグくん自身が助けられたからだって聞くし、それにアタシたちも助けられた部分もあるのは確かだ。


 オクルスがなにをしようとしているかはわからないのは癪だけど。


「あー、考えるのはアタシの性に合わないわ!」


「うへへへぇ。私も考えるの苦手ですぅ。お揃いですねぇ〜♡」


「リュションはなんも考えてないだけだろ」


「し、失礼なぁ! 私だってちゃんと考えてますよぉ!!」


「初っ端からケンカは止めるにゃ。…出迎えも来たみたいだし」


 マイザー・チームや、エスドエムがやってくる。


「我輩こそが、コルダール冒険者ギルドの長! エスドエムであーーるッッ!」


「悪いな。お前たちに全部押し付けちゃって」


「我輩こそが、コルダール冒険者ギルドの長! エスドエムであーーるッッ!」


「ホントだよ」


「我輩こそが、コルダール冒険者ギルドの長! エスドエムであーーるッッ!」


 アタシはマイザーと拳を突き合わせる。モヒカンになったのは…もう見慣れたな。あんま違和感ない。


「まあ、なんにせよマイザー・チームがバラバラにならなかったのはよかったよ」


「我輩こそが、コルダール冒険者ギルドの長! エスドエムであーーるッッ!」


「ウチらがバラバラになることなんてないさ」


「我輩こそが、コルダール冒険者ギルドの長! エスドエムであーーるッッ!」


「どの口で言うのよ。シェイミ」


「我輩こそが、コルダール冒険者ギルドの長! エスドエムであーーるッッ!」


「まったくだのう」


「我輩こそが、コルダール冒険者ギルドの長! エスドエムであーーるッッ!」


 マイザーとシェイミは腕を組み合っている。時と場所を考えてほしい。リア充爆発しろ案件だね。


 うん。リュション。意識してアタシと腕組もうとしなくていいから。


「でも、セルヴァンに行かないってことは、レッドランクの昇格は取り下げになるんじゃないの?」


 イークルのギルドマスターであるペイジさんから聞いていたのは、レッドランクへ昇格は大陸に行くことが条件…つまりは、冒険者ギルド本部の特別任務とやらを引き受けなきゃいけないって話だった。


「我輩こそが、コルダール冒険者ギルドの長! エスドエムであーーるッッ!」


「それは…」


「シカトするな!!! 我輩が便宜を図ったのだ!!!」


 マイザーの台詞を、エスドエムが当然のように奪う。


 うるさいよ。さっきから…何度同じことを連呼してんだよ。皆、スルーしてたけど。


「レディー・ラマハイムたちが、コイツらの分も働くことを条件にな!!!」


「勝手なことを…まあ、もう今更だけどさ」


 ウィルテは知らん顔してるけど、きっともう話は済んでるんだろう。


「ちゃんと実力も伴うレッドランクになれたらまた一緒に…」


「我輩がコイツらを鍛えて世に出してと恥ずかしくないレンジャーにしてやる!!!

 リュション!! 貴様もコルダールのレンジャーとして恥ずかしくない振る舞いをしろ! 我輩の顔に泥塗るようなことがあらば、その口に汚泥を突っ込むぞ!!」


「は、はひぃ!」 


「ちょっと、別れの挨拶ぐらいさせろよ!」


「なにぃ!? レンジャーに別れの挨拶など不要!! しかーし、我輩と離れ離れになることを惜しむ気持ちもわからなくはなーい!!」


「いや、そんなん全然…」


「そこで!! 貴様に良いものをやろう!!!

 この法螺貝だ!!! こなアイテムがアレば、どんなに離れていても我輩の有り難い薫陶が受け…」


「いや!!! 間に合ってる!!!」


「そんなことな…」


「大丈夫!!! ありがとう!!!」


「そんな……」


「気持ちだけ!!! 受け取っておく!!! ありがとう!!!」


「いや…」


「ありがとう!!!」


 エスドエムがタラコ唇をすぼませる。


 よし! 初めてこっちが押し切った!


 そんな呪いのアイテム、渡されてたまるか!


「……なあ、レディー。そういや伝えなきゃいけねぇことがあるんだ」


「ん?」


 マイザーがなんか真面目な顔をしている。


「前に船の上で話した勇者の話を覚えてるか?」


「えっと確か…マイザーが憧れてるって言う聖剣“ナンチャラー”を持つ勇者ってやつ?」


「聖剣ウィライヴだ」


 そうだ。なんか詳しく話を聞きそびれちゃったやつだな。


「それがなに?」


「お前が持つ魔剣の力。トンペチーノ戦で改めて思ったんだけどよ。その聖剣の力に似ている気がすんだよ」


「ユーデスに?」


 アタシはユーデスを見やるけど、彼はなんの反応も示していない。聖剣については知らないってことかな?


「…俺は一度だけ会ったことがある。レンジャーの頂点。紫や黒を越える、英雄クラス…”白金(プラチナ)”バッジを持つただ唯一の男だ」


 なんかエスドエムがハンケチの端を噛んでいるけど無視する。


「レディー。お前がこれからどんなレンジャーになるかはわからねぇ。けど、この名前は知っておいて損はねぇと思う」


 聖剣の勇者…か。


 もしかしたら、アタシが魔剣を持っている以上は会うことになるかも知れないしね。


「その名は、“レイカス・リヒャルト・インペリオン”だ」


 なに?


 名前を聞いた瞬間、胸がギュッと締め付けられる気がした。


 そしてなぜか弟のシュウちゃんが笑っている姿が見えた気がした。


「レディー? 大丈夫かにゃ?」「レディさん…?」「ラマハイム氏ぃ?」

 

 ウィルテやギグくん、リュションが心配そうにアタシの顔を見やってくる。


「なんでもない! 大丈夫!」


「もしレイカスに会うことがあったら、マイザーが感謝していたって伝えてくれ。お陰で俺はレッドランクになれたってな」


「わかったよ。じゃあ、マイザー、シェイミ、トレーナさん、ダルハイドさん…また!」


「おう!」「またな!」「気をつけてね!」「気をつけてな!」


 マイザー・チームは手を振ってくれる。


「さあ、みんな! 行こう!」


 アタシは頷いて町の外へ向か…


「待てい!! レディー・ラマハイム!!!」


 旅立とうとしたアタシたちの背中に、エスドエムが吼えた。


「な、なんだよぉ! いま黙って見送るところだろ!」


「これだけは言っておーく!!!」


 エスドエムはマイザーをチラッと見たけど、なんか無意味に対抗意識でも燃やしてんのか?


「なんか、あの豚の王は魔族の幹部だとか言っていた!!!」


「そんなの知ってるよ!」

 

 本人が名乗ってたじゃん!!


「ということはだ!!! それを倒した貴様はこれから先、執拗に魔族に狙われるだろう!!! それもストーカーの如くに!!」


「はあ?」


「メチャンコ怖い思いをして、最悪は死ぬことになるかも知れーん!!!」


「いや、そうかもしんねぇのはわかるけど、このタイミングで言うことか!?」


「なんかムカついたからだ!!! せいぜい死なないように気をつけろ!!! 我輩たちは安全なコルダールから応援しているッッッ!!!」


「ふざけんな!!! 旅立つ気をなくさせるそんなアドバイスあるか!!!」


 アタシはエスドエムに中指を立てる。


 一刻もこんか不快なヤツが居る町から出て行きたい!


「さあ、行くよ!」


「わかったにゃ!」「はい!」「うぇへへへ♡」


 

 これから先、どれだけの困難が待ち受けているかはわからない。


 もちろん、敵は剣魔帝デモスソードだけじゃないんだろう。


 けど、アタシには魔剣ユーデスとみんながいる!


 だから──


 きっと大丈夫!!!


 なんとかなるさ!!!




──おしまい──

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