140話 その後のコルダール
僕の名前は、ギグ・ライアス。レンジャーに憧れる見習いです。
出身は東方ガットランドの名も無い田舎町。魔物との戦争に巻き込まれ、ニスモ島の港町イークルで親切なドワーフ船大工の皆さんのお世話になっていました。
そして今、僕はレンジャーとなる夢を叶えるべく、凄腕の魔剣士レディー・ラマハイムさんと天才魔術師ウィルテ・ヴィルルさん…レッドランク・レンジャーのコンビ、チーム名『ダブルパイパイ』と共に、大陸リヴァンティズにある、時計灯台の町コルダールという場所にやって来ています。
コルダールは、オークキングの襲撃を受けて大打撃を受けてしまいました。今はその復興作業に追われている最中です。
「おや、ギグか。そんなに急いでどこへ行くんだね」
ガニンガー大将軍ロースト・ボイルさんが声を掛けて来ました。
肩に木材を担いでいることから、ガニンガーの皆さんも建物の修繕を手伝っているみたい。
「アイジャールさんに会いに…ギルドの方に居ると聞きまして」
「そうか。あれから3日か。まだ良くならないか?」
「…はい」
「その、君の方は大丈夫なのか?」
ローストさんは、ふと僕のポーチを見やる。
「“ペルフェット”ですか?」
僕が名前を呼ぶと、ポーチの端から眼だけを出して「ピィ」とペルフェットは鳴いた。
「ああ。そのスライム…魔物だからといって必ずしも危険とは限らないが…」
「大丈夫だと思います。僕に危害はくわえませんし、トレーナさんに視てもらっても、普通の低レベルのスライムだと…」
「君の変化は?」
記憶にはないんだけど、僕は何やら“変身”して魔物と戦っていたらしい。
身体は傷だらけで酷く疲れていたけれど、それ以外は特になにか問題があるようには感じられなかった。
「原因はわかりませんが、魔物と契約すると、内容によっては力を借りたりすることができるみたいで…」
僕は左腕の裾をめくって痣を出す。それは腕をグルリと覆う入墨みたいで、魔法陣のような模様をしていた。
「これを僕に掛けた“術者”が解除するか、もしくは…」
「術者が死なないと、解けないか」
「はい」
ウィルテさんが契約解除をしてくれようとしたけれど失敗に終わった。
また契約解除せずにペルフェットを殺したりすると、僕にも何かしらの悪影響がでるらしい。
「…それが使い魔だとしたら、それを使役する魔物はかなり危険なんじゃないか?」
「そうですね。でも、戦える力なら喜んで…」
「なに?」
「…いえ、なんでもありません」
危ない。つい本音を言いそうになってしまった。
危険でも力が欲しいだなんて……
「いま…」
「大将軍ー!」「だいしょーぐーん!」
「ん?」
幸い、ローストさんは子供たちが呼ぶ声に注意が逸れたみたい。
「ガチチ! プリリ!」
ガニンガーの子供たちが駆け寄り、ローストさんに抱きついた。
「…先代」
そして大きなガニンガー、ガニ堂落さんがゆっくりとやって来る。
けど、なんか顔つきが怒って…
「あんのキャッティの娘はどこだぁ!?」
「キャッティの娘? ウィルテさんのことですか?」
「そうじゃ! 知っての通り、幻の秘宝をかっぱらって行きおったんじゃ!」
ウィルテさん…ここ2日ばかり姿が見えないと思ったら…
「先代。ウルガ山の宝などくれてやってもよいではないか」
「なにを言っとるか! 大将軍!」
「こうして平和が返って来たんだ。失ったものは大きい。しかし、かけがえのない守られた命に比べれば、ウルガ山の古びた宝など某は惜しくもない」
ガチチやプリリに微笑みかけるローストさんの顔は、戦っていた時とは想像できないくらいに穏やかだった。
「はあん!? なーにを知った風なことを! アレはガニンガーの宝じゃぞ! とてつもないお宝中のお宝! 秘宝じゃ!」
「宝より命さ。英雄アシダカーもきっとそう言うはずだ」
「言うかー! いい風に話まとめて知ったかぶりすんな! こんのクソガキャー!!」
怒り狂うガニ堂落さんを無視して、ローストさんか「先に行きな」と僕に目配せする。
「戦争じゃー!! 速やかに返還しない場合は戦争じゃぁー!!」
怒っているガニ堂落さんをローストさんが抑えている間に、僕はそそくさとその場を後にした。
──
冒険者ギルドに辿り着くと、入口でエムドエズさんとブーコさんが話し込んでいた。
「おお。小僧。慌ててどうしたのだ?」
「あ! ちょうどよかったです。実はアイジャールさんに用があって…」
僕がそう言うと、ふたりは顔を見合わせる。
「残念。一足違いだったね。アイジャール女史は少し前にこの町から旅立たれたんだよ」
「え? そんな。僕、なんの挨拶もしてないですけど…」
「うむ。皆に声を掛けて行ったらどうだと伝えたんだがな。また会えるから不要と言っていたぞ」
「でも、なんで、そんな急に…」
「さてな。元々、この町に長く滞在する気はなかったようであるが…」
困ったな。アイジャールさんの占い…アドバイスならもしかしたらって思ったんだけれども。
「なら、リリーとララーおばあさんたちもアイジャールさんと一緒に…?」
「ワシらなら!」「ここじゃ!」
リリーララーおばあさんが、ブーコさんの背中からひょっこり顔を出す。
「なんか気に入られちゃってね。この町でほそぼそ探偵業やるって話したら、空いた物件があるからって…このバアサンたちが…」
「アイジャーが占いで昔使ってたんじゃ!」「DT教の支部じゃ!」
「宗教の施設ですか? でも、それは大事な場所なんじゃ…」
「この町は変態町長のおかけで!」「童貞が少ないから無用!」
エムドエズさんがムッとして、「パパを変態町長って言うな」って怒っている。
「それよりもこのヘタレ男!」「一人前にしてやらねばな!」
「い、いや! 私は自立した大人であってだね…」
「黙れ童貞!」「収まれ童貞!」
おばあさんたちに貶されて、ブーコさんは顔を押さえてシクシクと泣いている。
「えっと、エムドエズさんは…」
さっきから、手に沢山の書類持っているのが気になって僕はそっちに眼を向ける。
「ああ。吾輩の愛船ゴージャス・メイド号に船首像をつけるのにな、色々と面倒な委譲の手続きが必要でな。お兄ちゃんにサインを貰ってきたのだ」
「船に?」
そういえば時計灯台の像はエムドエズさんのお父さんの形見だとかで…町の人たちが「一刻も早くこんな不吉な像は撤去しろ!」と騒いでいるのを、エスドエムさんが「うるさい!」って怒鳴り返してたっけ。
「でも船は…」
「船員共は殴って黙…いや、話し合いの上に和解してな。吾輩は晴れて船長に戻ることになったのだ」
なんか不穏な一言があったけれど、エスドエムさんが船長に戻れたのはよかったことなんだと思う。
「お兄さん…エスドエムさんは、エムドエズさんに戻ってきてほしいんじゃないですか?」
「む? …まあ、お兄ちゃんはああいう性格だからハッキリとは言ってくれんしな。ただ海の上からでもローション家のためになることはあるハズだ。それを吾輩なりに見つけたいと思う」
「そうですか。なるほど」
ブーコさんやエムドエズさんは、自分がすべきことを解ってるんだな。なんだかちょっと羨ましい気がする。
「ギグ少年。君はアイジャール女史になにか話があったんだろう?」
「はい。少し相談事が…」
「吾輩らでよければ聞くが」
「そんな。おふたりの貴重な時間を取らせるわけにもいけないですから!」
「いやぁ、どうせ今は暇だ…イタァ!」
ブーコさんの耳を、リリーララーおばあさんが左右から引っ張った。
「事務所はしばらく使っとらんから埃だらけじゃ!」「さっさか掃除に行くぞい!」
「そ、そんなちょっとお喋りするくらい…」
「そんなん悠長なこと言っとるから童貞なんじゃ!」「据え膳は急げという言葉を知らんから童貞なんじゃ!」
「そんな言葉を聞いたことが…イタイ! わかった! わかりましたよ! 行きますから引っ張らないで!!」
ブーコさんは泣きながら、商店街の方を目指して走り出した。
「ブーコも行ってしまったか。仕方ない。吾輩が…」
「見つけたでヤンス!」
「むう!?」
あれは確かヤンスさん? 船員の人だけど頭に大きなタンコブが…
「あんな破廉恥な像を取り付けるなんて全員反対でヤンスよ! 船長の好きにはさせるわけにはいかねぇでヤンス!!」
「チッ! 大人しく寝て居ればいいものを…ということで小僧! 吾輩は少し忙しくなった!」
「は、はあ…」
「込み入った話ならば、町長のお兄ちゃんに相談するのがベストだろう!」
「はあ…」
エムドエズさんは「じゃ!」と手を上げてそのまま走って行ってしまった。
「待つでヤンス! 野郎ども! 命に代えてもあの書類を奪い取るでゲスよ!!」
ヤンスさんが指示を出すと、その後ろからついてきていた船員さんたちが「おお!」と言ってエムドエズさんを追いかける。
「あーあ。ふたりとも行っちゃった…」
──
ギルドの中に入ると、ロビーで腕立て伏せをしているモヒカンのレンジャーさんたちがいた。
「何回同じことを言わせるのだぁ! 腕の力ではない! 乳の力で行うのが乳立て伏せだぁ!!」
「そんなんできねぇよ!」
「できねば困る! 副ギルドマスターのフージア亡き今、貴様みたいな塵芥でもこのコルダールの一端のレンジャーとして使わねばならんからして!」
「そのフージアってヤツはコレできたのかよ!?」
「出来ておらん! アイツは頭脳労働者だったからな!」
「なら俺たちにやらせようとすんなよ!」
エスドエムさんがレンジャーの人と言い合いをしている。
「いったい何を…」
「それがなんか特訓して貰ってるらしいんだけどさぁ」
「コレ。意味があるのかないのか…」
「あ。シェイミさん、トレーナさん」
おふたりが部屋の端のベンチに座って呆れたようにその光景を見やっていた。
「……マイザーよ。ワシらは自ら志願したのだ。文句は言うまい」
言い合ってる横で、腹ばいになってプルプルと震えているダルハイドさんがいた。
「ダルハイド! んなこと言ったってよ!」
「まずは乳を膨らませてみろ!」
「だから、それができねぇーっつてんだろ!」
もしかして、ダルハイドさんは大胸筋に力を入れてるのって…無理だと思うけれど。
「我輩の元で修行するってことはそこからが始まりだ!!
…ん? そこに御座すは、黒光りの子供ではないか!」
「いや、確かに戦ってる時はスライム纏ってたからって、その呼び方は…」
トレーナさんの言葉を無視して、エスドエムさんが僕の前までやって来てバシンと肩を叩く。力強過ぎでかなり痛い。
「貴様もこのコルダールのレンジャーになりたいか? そうか! よし、我輩が特別に副ギルドマスターとして登用してやろう!」
「いや、僕はなにも…」
「適当すぎるだろ! “師匠”!」
「“ししょう”? …え!?」
腕立てをしてたのは声でマイザーさんだとは分かっていたけれど、僕はその顔を見て驚く。
「そもそも、マイザーさんたちがなんでここに…」
「いやな、トンペチーノ戦で役に立たなかったことを俺たちは反省してだな」
「情けなし。手も足も出ずに見てるしかできなかったわい」
いや、回復魔法で活躍されてたと思うんですが…うーん。でもそういうことじゃないのかな。
「そこで俺たちはレンジャーとしてイチからやり直そうと思ってよ。このコルダールでレッドランクとしての実力をちゃんと身に付けてから…」
「! いやいやいや! それも…ですが! 違います!」
「違う? なにが?」
「その頭です!! マイザーさんとダルハイドさんの頭!!」
「頭? ああ…」
おふたりの頭はモヒカンになっていた。
マイザーさんは元々短かったけれど、今やセンターに一筋しか毛が残っていない。
ダルハイドさんに至っては、あの長い毛が頭の側頭部分だけ刈られて、青白い頭皮が剥き出しになっている…なんか見てて痛いし寒い気がする。
「コルダールのレンジャーの正装ってのがこれだっていうからよ。“あ゛ーん”ってのも練習してるんだぜ。あ゛ーん?」
「へー、そうなんだ。初めて聞いた」
「え?」「エッ!?」
エスドエムさんが言うのに、僕もマイザーさんもビックリする。
「オメェがそう言ったんだろ!」
「我輩はモヒカンにしろと言ったことはぬぁ
ーい!」
「ふざけるなよ!!」
「知るか! 勝手に変な髪にして来おってからに! 我輩を見ろ! 社会人らしく七三分けだろーが!!」
「な、ならば…こ、このトゲトゲの肩パッドは…」
おふたりはモヒカンになっただけでなく、両肩に鋲の付いた肩当てを着けていた。
「知らん! 我輩はそんな指示だしとらーん! 部下共は勝手にそんな格好をしとるのだ! そんなのただの柄の悪いチンピラではないか!! どうかと我輩思う!!」
マイザーさんもダルハイドさんも茫然自失になって肩を落とす。
シェイミさんが「バカみたい」とボソリと呟いた。
「それで黒光りの子供よ! 我輩のサインが欲しくて来たのか!?」
「あ、いえ…」
「ならばくれてやろう!!」
頼んでもいないのに、色紙になんかサインを書いて僕に無理やり手渡してくる。
「違うんです!」
「なにも違うことはない!!」
エスドエムさんには、どうしてこうも話が通じないんだろう。
「一事が万事この調子だから帰った方がいいよ。ウチらはマイザーと残るって決めたからしゃーないけど」
シェイミさんが後ろからそう言ってくる。
そうか。マイザー・チームはみんなでこの町に残ることを決めたんだ。
「あ。そういやレディーとウィルテにもしばらく会ってないな。
悪いんだけど、もしギルドに顔出すつもりがないならウチらのことも伝えておいてくんない?」
「セルヴァンは一緒には行けなくなっちゃったから…ゴメンねって」
「そうですか…。それはとても残念です」
短い間だったけれど、船でもずっと一緒だった人たちだ。これからも一緒に旅ができると僕は勝手に思っていた。
でもそんなわけないよね。皆、それぞれ目的があるんだから。
「あ。そうだ! そのレディーさ…」
「そうだ! 我輩も“新生”ダブルパイパイに用があるのだ!! このヘタレどもがセルヴァン行きを拒否ったから、その分の指令も与えねばならーん!! コルダールのギルドマスターとして!!」
「う、うるさい! 室内なんだから、そんなに大声ださなくても聞こえるつーの! コボルトは耳がいいんだし!」
シェイミさんは犬耳を抑えている。
「それは悪かったぁ! そんでもってレディー・ラマハイムはどこでなにをどうしているのだぁ!?」
さっきとまるで変わらない声量でエスドエムさんが尋ねてきた。
「今それを言おうと…」
「なら早くしてたもれ!!」
いちいちエスドエムさんの声に掻き消される。
「ですから!」
「早くしてたもれ!!!」
「レディーさんはいま大変なんです!」
「早くしてたもれ!!!」
だ、ダメだ。これは伝わらない。
「早くしてたもれ!!!」
僕とマイザー・チームは頷きあう。
「「「「レディー・ラマハイムが大変!!!」」」」
「うるさーい!!! 全員で大声を上げるな!!!」
なぜかマイザーさんがエスドエムさんに殴られた。