138話 愛のパゥアーによる勝利
トンペチーノはヒビ割れて、石蝋の様な色になっていた。
先程まで呻き苦しんでいたが嘘のように、這いつくばったままの姿勢で固まっている。
「死んだのか…?」
ローストが槍先で試しに突っつく。
「! まだ動くにゃ!」
ウィルテの声よりも先に、トンペチーノの裏拳がローストを撥ね飛ばす!
「なんだとぉ!」
「「これで倒れないとは。しかし、もう…」」
黒衣の男が震えつつ地面に膝をつく。
「おい! どうしたんだよ!」
レディーは心配そうにしたが、動き出すトンペチーノに警戒してるせいで近寄ることができなかった。
「「もう、維持できな…」」
彼に纏わりついていた黒衣が、風船から空気が抜け出るかのように萎んでいく。
そして、あどけない少年がその場にコテンと横たわった。
「え? は? ギグくん!? え? え? なにがどうなって…?」
黒衣の正体がギグだと知り、レディーは混乱したが、トンペチーノが立ち上がったのでそれどころではなかった。
「ブッオオオオオオオッ!!!」
表皮が割れ砕け散り、全身のヒビが拡がろうとおかまいなしにトンペチーノは咆哮を上げる。
「あのまま倒せるか、はたまた痛みで意識が戻るかと思ったら…逆効果だったみたいだ。暴走は止まらない。自壊を顧みず攻撃してくるよ」
ユーデスがそう説明する。
「距離を取ろう。相手は死に体だ。遠距離で攻撃を続ける方が…」
「待って!」
レディーがトンペチーノの下を指差す。
「はひぃええッ!」
リュションがその場で座り込んで頭を抱えていた。
「なんでアンタまだそんなところにいんだよ!」
「こ、腰が抜けてしまってぇ〜」
「ハイハイでもいいから逃げろ!」
「む、ムリィですぅ〜!!」
リュションは首を横に振る。このままではトンペチーノが歩き出した先で踏み潰されてしまうだろう。
「ここは我輩に任せろ!
【フレイム・ボール】!」
「にゃ! 【フレイム・ボール】!」
エスドエムとウィルテがほぼ同時に同じ魔法を放つ!
が、焔の球は出現しなかった。
「魔力が…」「切れたにゃ」
ここに来て魔法が使えなくなったのだ。
「クソッ!」
「レディー! ダメだよ!」
ユーデスの制止するのも虚しく、レディーはトンペチーノに向かって走っていた。
「ブッオオオオオオオッ!!!」
「いやああああああッ!!!」
前傾姿勢に全てを破壊せんと迫りくるトンペチーノの額に目掛けて、レディーは魔剣を突き刺す!!
「ブッオオオオオオオッ!!!」
「あー! しつこいんだよッ!!」
魔力を込めての渾身の力を放つが、トンペチーノも最期の命の火を燃やすが如くに前へ前へと押し進む!
「レディー!」
「ラマハイム氏ぃ!」
近くに居るはずのウィルテとリュションの声がやけに遠くに聞こえる。
「このまま行かせてたまるかッ!!」
トンペチーノの向かう先には、リュションがヘタリ座り、その後ろにはギグが倒れている。レディーにはもう後が無いのだ。
だが、トンペチーノはその自身の質量を利用し、無理やりに押さえているレディーを抱き潰そうとする。
「ブッオオオオオオオッ!!!」
「いい加減に倒れろよッ!!!」
魔力の刃を伴った魔剣ユーデスは、容赦なくトンペチーノの額の奥へと突き刺さる。
「攻撃と防御双方を維持するには魔力が足りないよ!」
それと同時にレディーを守る魔力の防壁がトンペチーノの両手を阻んでいた。それが多大に魔力を喰っていたのだ。
そして、ユーデスは気付く。自身が突き刺さっているトンペチーノの頭蓋の下に“隙間”があることに。いくら押し込んでもそんな空間があるせいで手応えがないのだ。
そういえば、ガニンガーの槍を頭部に受けてもトンペチーノは平気な顔をしていたことをユーデスは思い起こす。
「そうか! わかったぞ! レディー! 額よりも“もっと下”だ! そこにオークキングの脳髄と“核”がある!!」
ユーデスがそう叫ぶのに、レディーはトンペチーノの肩を踏み台して、剣を横から突いていたのを縦へ持ち変える。
「うまく突き刺さされッ!!」
最後の魔力を振り絞り、渾身の力を込めて上から剣を差し入れる!!
皮膚を、頭蓋を突き抜け、そして少し開いたゼラチン質の空間…さらにその先、鼻の延長線に上にある小さな脳を突く!
そして延髄の側に隠れるようにしてあったビビ割れた“核”に、剣先がほんの少しだけ触れた。
「プギィィ…」
まるで痛みを感じていなかったトンペチーノは、ほんの一瞬だけ苦悶の表情を浮かべる。
「オンギギギャァーーーー!!!!!」
まるで醜悪な赤ん坊の如き絶叫を上げ、トンペチーノの全身が、削られた氷のような塵となって散っていく──
「おおっ、うわっと!」
支えを失ったレディーは、ユーデスと共に地面に落下して尻もちをついた。
「イダァッ! ぐうえっ、この白いの口に入った!」
トンペチーノの粉にまみれ、レディーは髪を振る。
「……本当に無理をする」
ユーデスが呆れたように言った。
「もしトンペチーノが少しでも魔力を残していたら、やられていたのはこっちだよ」
「へへへ。でも勝てたし…。アタシ以外にやれるヤツいなかったでしょ」
「…だからといってね」
「……もう後悔したくないんだ。アタシ、転生前は散々だったからさ」
レディーがそう言って笑うのに、ユーデスは押し黙った。
「あおおッ! ラマハイム氏ぃ!」
「うあッ!」
リュションが物凄い勢いハイハイでやってくるのに、レディーは驚いて仰け反る。
「ぶ、無事だったか。よかったね」
「また命を助けられましたぁ! 感謝感激雨霰ですよぉ!!」
「大袈裟な…。アンタこそ、アタシを治してくれたんでしょ。お互い様だろ」
「エッ!」
「え?」
リュションが眼を真ん丸くして驚くのに、レディーは首を傾げる。
「そうだ! これこそが“愛”のパゥアーなのであーーる!!」
唐突に姿を現したエスドエムが拳を握り締めて泣く。
「我輩の町に対する“愛”ッ! 父上の乳に対する“愛”! これはまさに皆の“愛”のパゥアーによって、あのウォーキングしたパツパツのトンカツーノを倒したのだぁーーッ!!!」
「いや、なんかもう名前から間違ってるし…」
レディーのことを無視して、さらにエスドエムは手を叩いて続ける。
「よくやった! 感動した!! 貴様がナンバーワンだ! 不服で大変腹立たしく不愉快極まりないが、貴様こそが“ダブルパイパイ”に相応しいレンジャーだと認めよう!! お前こそが真の“ダブルパイパイ”だぁ!!!」
「ダブルパイパイ様ぁ! こ、これが“愛”ぃ…」
「いま我輩はダブルパイパイでなくなったところだが、まあその通りだ! よくやった! 感動した! リュション! さすがはコルダールのレンジャーであーる!!」
「いやちょっと…うげ!」
レディーの頭を、リュションが鷲掴みにする。
「な、なに…怖いんですけど」
顔面を近づけてくるリュションの眼がグルングルン回っているのを見て、レディーはドン引きする。
「うへへへっ…ビッグチャーンス」
「は?」
そう言ったリュションは、レディーの唇に口付けする。
「……は?」
なにをされたか理解が及ばず、レディーは自分の唇に触れる。ユーデスがガタガタと震えた。
「ま、まずは友達からお願いしゃすぅ〜!!」
両手をついて土下座するリュション。
「よかった! 感動した! リュションに友達ができたぞぉ!!」
エスドエムが叫んだ。