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135話 聖力と魔力

 なんでこの人たちはこんなことをしているんだろう……リュションはまるで映画でも観ている気分でそう思った。


「魔力が切れそうだ! シェイミ!」


「わかってるよ!」


 シェイミはポシェットから緑色の瓶を取り出すと、蓋を開けてマイザーの口に注ぎ込む。


「こ、こっちもよ!」


「うん!」


 今度はトレーナの口にも同じ物を注ぐ。


 マイザーとトレーナは連続回復魔法をレディーに掛け続けるが、出血がわずかに減少しているぐらいの効果しか出ていない。


「クソッ! やっぱり【レイズデッド】…いや、【リカバリー】……せめて【ハイ・ヒール】でも使えればよ!」


 レディーの唇は真っ青のままだ。


「魔法回復薬! 次でラストだよ!」


 シェイミは泣きそうな声で叫ぶ。


「あんた! この役立たず!!」


 トレーナが涙を流して、リュションに怒鳴った。


「不得意な下手な回復魔法でも使わないよりマシだって、私だって必死でやってるのに! みんな必死なのに! なんでなんもやろうとしないのよ!!」


「やめろ。トレーナ。もういい。今は回復に集中するんだ…」


 マイザーはチラッとリュションを一瞥した後、レディーにと向き直る。


 ああ、またか…と、リュションはそう思う。


 役立たずと罵られ、次は期待していないからって無視される。


 出来損ないの最悪僧侶。


 自分は回復魔法は使える。【ハイ・ヒール】だって使える。

 でも、瀕死の相手に使って傷は治ったとしても、精神崩壊させてしまう危険がある……それをちゃんと説明すれば理解して貰えるだろうか。


 いや、無理だ。今までそれを話して上手くいった試しはない。


「うへ、うへへへぇえへ…お役に立てず申し訳ありませぇん! 私みたいな底辺レンジャーが生まれてきて、どーもすみませぇん〜! 心から謝りますぅ〜!」


 シェイミが眼を見開いてドンッと地面を踏み付けた。


「なんだよ! それ! こんな時に、冗談にしてもつまんねぇよ…」



──ああ、どうしてだろう。


──謝ったじゃん。謝れば許されるんでしょ。

 

──私より、ダブルパイパイ様の発言のほうが酷かったじゃん。


──なんでそんな眼で睨まれなきゃいけないの?



「オマエ、レンジャーなんだろ。なんだよ。仲間のこと考えたりできねぇのかよ」


「やめろ。シェイミ」


「だって、マイザー!」


「……そいつは“仲間”じゃない」




──




 漆黒を纏う戦士の登場で、戦況は少し人間側に有利に傾いていた。

 

 軽やかな猫のように飛び跳ね、トンペチーノの注意を引き、隙をみて長い爪で引っ掻く。

 ダメージはたいしたことなくとも、エスドエムやダルハイド、ローストやウィルテへ向かう攻撃は弱まり、トンペチーノの進む速度も格段に落ちていた。


(しかし、所詮はただの時間稼ぎ…)


 漆黒の戦士…“ギグ”は、幼い肉体が悲鳴を上げているのに気付く。


(エキストラクトを使ったのとは違う。契約による魔力の貸与……しかし、なんとも負荷が大きい。原価割れもいいところですね)


 トンペチーノの拳を避けるのに身をそらしたせいで、肋骨がヒビが入ったのを感じた。


 クルンと回って離れた場所に着地し、渾身の火炎魔法をトンペチーノに叩きつけているエスドエムの後ろに回る。


「「エスドエム」」


 まるで二重音声のような声で、ギグは話しかける。


「なんですかぁ!? お喋りなんてする暇は……? なんで我輩の名を知っている!? さては正体は我輩のファンかぁ!?」


「「そんなことはどうでもよろしい。しばらくお任せしても?」」


「なんだとぉ!? 我輩より目立った罰だ! この豚を倒し切ってから行け! それまでは許さーん!!」


「「よろしくお願いします」」


「はあ!? クォラー!! 人の話を聞かんかーい!!」


 そのまま連続バク転で、ギグは戦線を離脱した。




──



 

 “仲間”じゃない。


 そうだ。そんなのいつも言われてきたことだ。


 傷つくことじゃない。慣れっこだ。


 マイザーたちはリュションは居ないものとしてレディーの治療を続ける。 


(みんなに愛されてるんですねぇ…いいなぁ…ラマハイム氏ぃ)


 自分も重軽傷を負えば、ああやって心配されてみんなから回復魔法を掛けて貰えるだろうか?

 不謹慎にも、リュションはそんなことを考えていた。


(あ。そういえば…なんであの時…)


 リュションは、ウルガ山でレディーに助けられたことを思い出す。

 


──ひぃへえぇッ! イヤァ! し、死にたくなぁいぃぃッ!!──



──“それ”がアンタの本音だろ!!!──



 裏切り者で、ひたすら皆の足を引っ張ってた女を、このレディー・ラマハイムだけは助けた。


 あれはなんでだったんだろう?


 リュションは記憶を遡り……



──他人に好きになってほしかったら、まずは他人に好きになることだぁ!──



 唐突にエスドエムの言葉が思い起こされ、リュションは半笑いのまま俯いた。


 ああ、そういえば、レディー・ラマハイムはそうだったんじゃないだろうか。


 彼女からは、自分に対する同情心のようなものを感じてはいた。


 今みたいに嫌なもの、居ないものとして扱うのではなく、“理解しよう”とする姿勢があったんじゃないだろうか。


 もしかしたら、何気なく聞き流していた、そんなエスドエムの指摘は正しかったのかも知れない。


(…ちゃんと話してみればよかったのかな)


 だが、もうそれを“本人”に聞くことは……


「……本当に私はクズですぅ。今更になって気付いても…」


 いきなり何かがザーッと横を滑って来たので、リュションだけでなく、マイザーたちもギョッとする。


 それは黒い漆黒のオーラに包まれた小柄な人影だった。


「お、お前…!」


「「敵ではありません」」


 戦線で何か得体が知れないのが戦っているのには気づいてはいたが、彼らはそれどころではなく、ましてやまさかそれが自分たちのところまでやって来るなどとは思わなかったのだ。


「敵ではないって…あなた…」


「「“魔眼”で視れば、私が魔物か人間か迷うところですね」」


 トレーナの魔眼を見て、ギグは薄く笑った。


「なんなんだ、お前…」


「「そこの彼女を助けたければ、今は私の話を聞くべきです。時間がないのはお互い様です」」


 ギグは倒れてるレディーを長い爪で示して言う。


 マイザーはしばらく悩んだ後に頷く。


「「回復魔法の効きは悪いでしょう。それは彼女が瀕死だからというわけだけではありません」」


 ギグの説明に、マイザーとトレーナも顔を見合わせる。

 彼らは中級〜低級の回復魔法を使っているが、瀕死状態から復帰させるには至らないのは仕方ないとしても、応急的な延命にすらなってない感じがしていたのである。


「「そもそも人間の使う癒やしの力というものは、神々側…聖属性なのです。

 最近では“魔力”で一括りにされていますが、魔力とは魔族が使う力。古くは聖力シン魔力マガとは区別されていたのですよ」」


「な、何の話してるんだよ…」


「「聖と魔の双方の素養を持つ“人間”は、極めて特異だと言っているのです」」


 ギグはトンペチーノを指差す。


「「魔族は魔力のみを持つがゆえに、魔族や魔物と呼ばれる。その理屈はともあれ、あのようにその自身の生命力を魔力へと転換することも可能です。しかしながら、人間にはそれはできない」」


 指を交互に動かして見せつつ、ギグは説明する。


「「……“人間”だけです。魔力を用いて、聖術を使い、癒やしを施すなんて真似をするのはね。なんともチグハグな話とは思いませんか?」」


「それが一体なんだと…」


「「体質が聖属性に傾倒していながら、わざわざ魔力を使い(・・・・・・・・・)聖属性の回復を施せば、痛みなどの不具合が生じるのは当然なんですよ」」

 

 リュションの眼が大きく開く。


「もしかしてぇ、私の回復魔法はぁ……」


「「逆に魔剣ユーデスとの深い繋がりが生じているレディー・ラマハイムは、人間にしては魔の力に傾倒し過ぎていると言ってもいい」」


 リュションはレディーを見やる。


「「そこに強い聖力を流し込めば、魔剣ユーデスは彼女を守ろうとするでしょう。魔族の持つ自己再生が発現するやもしれませんね」」


「? トンペチーノの逆のことやれって? 魔力を生命力に転換させろって意味? レディーにそんなことが……」


「「魔眼ならば私よりもよく視えるでしょう。彼女の魔路は魔族により近い」」


 トレーナはゴクッと息を呑む。


 普段のレディーは魔力の流れが煩雑でよく視えなかったが、今は彼女の魔力値が増大しているのが視えていたのだ。

 また魔剣が自身が何かの意思を持つかのように、魔力をコントロールしている様にも感じられていた。


「……もしそれで失敗したら」


 トレーナが怪訝そうに顎に手をあてる。

 マイザーとシェイミはイマイチ理解が及んでない様子だった。


「「…どのみち死にます。レディー・ラマハイムと魔剣が“恋人”のような親密な関係でなければね」」


 まるで魔剣を人間のように言うギグに、トレーナは少し違和感を覚えたが疑問は口には出さなかった。


「……どうすればいいの?」


「「どうすれば? …魔眼の貴女には無理ですよ」」


 ギグは先程からリュションをずっと見つめていた。


「まさかこの女に…」


「「心当たりがあるのでは?」」


 リュションは頷く。


「つまりぃ、ここらかでも入れる保険があるってことですねぇ!」


「「違います」」


 上司よろしく、彼女もまったく空気が読めなかった。 

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