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133話 月夜の守護衣

「か、回復にゃ!!」


 ウィルテが慌てて倒れたレディーへと駆け寄る。


「なにしてるにゃ!」


「心臓をやられてる…出血が多い。俺たちの回復魔法じゃ追いつかないぜ!」


「ダルハイド! アンタ、胸に穴を空けられてたよね! なにか治療方法ないのか!?」


 シェイミの問いに、ダルハイドは首を横に振る。


「ワシは…ハイ・トロルの心臓はヒューマンより少し下側にあるんじゃ。運良く急所を外れてたというだけだわい」


「御託はいい! いいからやらんか! やらねば死ぬぞ!」


 エスドエムに言われ、マイザーたちが回復魔法をかけるが傷口が塞がる形跡がない。出血の方が酷く、地面は血の海になろうとしていた。


「レディー! レディー! しっかりするにゃ!!」


「クソッ! 我輩としたことが!

 ええい! そのままレディー・ラマハイムの回復を続行しろ! 

 リュション!! リュションはどこか!?」


「こ、ここですぅ!」


 瓦礫の後ろから、リュションがヨタヨタとやってくる。


「レディー・ラマハイムを蘇生したまへ!」


「そうよ! 蘇生魔法なら僧侶の専門分野じゃない!」 


 トレーナがそう言うのに、リュションは激しく首を横に振る。


「わ、私なんてぇ出来損ないでぇ…」


「いいやからやるのだ! やらねばならーん! 我輩らが食い止めている間に、なんとかしてたもれ!!」


 エスドエムは先程からトンペチーノの様子がおかしいことに気付いていた。


「トレーナ・クティオ! トンカツーノの魔力値はどうなった!?」


「え! あ…ほ、ほとんど0に近くなったと思うけれど…」


「なら、なんであんな禍々しいオーラを放っとるんだぁ!!」


 トンペチーノは、黒や紫をごちゃ混ぜにしたような威圧を周囲にと放っていた。


 そして伸ばした手で、賢者の石を砕く! そして力を無くし、その場に割れ砕けた破片がバラバラと落ちた。

 賢者の石は魔力では破壊できない。純粋に物理的な力で破壊したのだ。

 トンペチーノに見えていたオッサンたちは、ズボンを脱ごうとしたタイミングで消失する。


 そしてトンペチーノに恐るべき変化が起こり始めた。全身に褐色の硬い体毛が生え、下顎犬歯が太く鋭く伸びる。その姿は豚というよりも猪に近くなった。


 魔族にとって魔力の枯渇は死を意味する。トンペチーノはこの窮地にあって、生命力を魔力へと変換させているのだった。


狂獣化(バーサーカー)か!」


 ローストが叫ぶ。


「“バーさん化”? なんだそれはぁ!?」


「我々の戦闘態勢化と近いが、それよりも一段上…理性を失う代償を払うことで、自身を強化させる獣人系種族の奥の手だ!」


「強化だと!? この期に及んで!! なんんてこったい!!」


「エスドエム! 動くぞい!」


 ダルハイドが忠告するより少し早く、エスドエムは走り出していた!


「ブォオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

 地の底を揺り動かすような雄叫びと共に、血走った白眼をしてトンペチーノが突撃する!


 いまや彼にとって、動くものが全て敵。もしくは餌に過ぎない。それ以外を考える知性は持ち合わせていないのだ。


「おのれぃ! 【ストレングス】!!」


 エスドエムは自身を強化し、トンペチーノを自身の身体で食い止める。


 このまま進ませては、倒れているレディーたちを蹴散らされてしまうからだ。


「ヌゥウオオオッ! ワシも行くぞ!」


 ダルハイドがいきなり立ち上がる。


「おい! ダルハイド! なにをすんだよ!」


「皆の盾とならんで、なにが重装僧兵ヘヴィ・モンクじゃ!」


 ダルハイドは走り、エスドエムと同じようにトンペチーノを抑えに向かう。


「あっちは某らがなんとかする! だから頼む! せめて逃げられる程度に回復を!」


 ローストは槍を構え、エスドエムとダルハイドの救援に向かった。


「ちきしょう! どいつもこいつも! 俺とトレーナの魔法だけじゃなんともなんねぇよ!」


「血が…血が止まらない! ちょっと! なにやってんのよ! あんたも治療魔法使いなさいよ!」


「へ、へへへ…。もう無理ですぅ。レディーさん、死ぬんですぅ…」


「バカなことを言う…!」


「ふざけるな! レディーは死なない!」


 シェイミが怒る前に、ウィルテが怒鳴った。


「マイザー、トレーナ、シェイミ…レディーを頼む…にゃ」


「ウィルテ? お前…」


「ウィルテの友達に酷い目を遭わせたヤツを許さない……」


 ウィルテの両手に炎が宿る。


「死ぬまで焼き殺してやるッ!!」




───




 レディーたちから少し離れたところで、鞄から眼だけを出してジッと見つめている細長いスライムの姿があった。


「……潮時ですね。アイジャール。退きましょう」


 顔や髪を埃まみれにしたアイジャールは怪訝そうにする。


「お見捨てになられるので?」


「ええ。バンビーナ(レディー)が死んだ時点でおしまいです。蘇生する術を彼らは持たない」


 スライムの眼が、放心しているリュションを捉えて細められる。


「……トンペチーノ様は愚鈍でも“魔王”。エスドエムが万全ならばまだベットする意味もあったかもしれませんが」


 そこまで言って、人間が首を横に振るようにスライムは左右に揺れる。


「いえ、ああなったら同じでしたね。トンペチーノ様が本気になられる前に倒すべきでした。貴重な賢者の石まで使ったというのに…」


 “もったいない”という言葉を出しそうになり笑う。なんとも“人間みたい”だと。


「結果がすべてです。アイジャール。この少年(ラガツッオ)を連れて早々に離脱を…?」


 鞄の持ち主、虚ろな瞳をして俯いているギグを見てスライムは小首を傾げる。


「……イヤだ。助ける…んだ。レディー…さん…たち…を…」


 ギグはポツリポツリとそう口にする。


「まさか、契約下にあるのに意識を保って…」


「なんら不思議なことはありませんよ。人間とはそういうものです。シヒヒ。…失礼」


 スライムはしばらくギグの顔を見てなにやら考えを巡らせている様子だった。


「アイジャール」


「は、はい?」


「貴女の占いではどうでしょうか?」


 アイジャールはハッとして、懐からタロットカードを1枚だけ取り出す。


「……『恋人』です」


 スライムの眼が愉快そうに三日月に歪んだ。


「……なんとも人間らしい」


「オクルス様?」


 アイジャールはそう呼んだ後、その“個体”をそう呼ぶのが正しいのかどうか少し悩んだ。


「いまは“ペルフェット”と」


「は、はい。ペルフェット様…」


「それが“主”の意向ならば従わねばなりませんね。契約コントラットとはそういうものです」


 スライム…ペルフェットは、ギグの横顔を見やりながらそう言った。




──




「攻撃は単調だ! 絶対に大振りは喰らうな! 見れば避けれる!!」


 エスドエムは【マインド・ボイス】を使う余力もなく、そう口頭で指示を出す。


「ブォオオオオオオッ!」


「な、なんという膂力よ! ワシらが全力で押さえとると言うのにまだ動くか!」


 ダルハイドが腰を落として踏ん張っているが、それでもトンペチーノの勢いは止まることがない。


「魔力で防御しているわけじゃないのに、素の身体能力が高すぎてダメージが通らない!」


 エスドエムとダルハイドが押さえている間に、ローストが大技を連発で繰り出すが、蚊が刺すほどのダメージにすらなってない様子だった。


「少しは効け! こっち向いて止まれ!! この豚野郎!!」


 背中側から連続で爆破魔法を当ててウィルテが気を引こうとしているが、それもまったく意に介さない。


 ここに来て圧倒的なレベル差が浮き彫りになっていた。


「このままでは持たん!」


「弱音を吐くな! 吐くのは飲んだ時だけにしろ! 飲むなら吐くな!」


 ダルハイドを叱責するエスドエムも、とっくの昔に限界を迎え、左腕が明後日の方向を向いていた。


「ブォオオオオッ…ッヅ! ヅオオッ?!」


 ずっと雄叫びを上げていたトンペチーノがぐらつく。


 何事が起きたのかとエスドエムたちが顔を上げると、トンペチーノの首筋に爪を突き入れている小柄な人影があった。


 全身を黒い装具で纏い、長い爪を持つまるで豹の獣人のように見えるが体型は明らかに子供だ。



──月夜の守護衣ノッテ・センツァ・ルナ──



「「さて。それでは、しばし闇夜の舞踏にお付き合い願いましょうか!」」


「コラー! なんだ貴様は! 我輩より目立つな!」


 エスドエムはどこまでいっても空気が読めなかった。

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