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132話 レディー死す

「“賢者の石”…ですか?」


 剣を振り、迫り来る“闇の追撃者”を斬り裂きながらフィーリーが尋ねる。


「そう。人間共が魔族を越えるために造りし兵器のひとつさ」

 

 玉座に座ったブローケンは大仰に腕を振って見せた。


「それがアナハイムのコルダールに?」


「ローション家が代々に渡って秘匿してきている。だからこそ、パパチチイヤンは武力で潰せるはずのあの港町の攻略に慎重になっているんだね」


 ブローケンの視線が右に動いたのを見て、フィーリーは左に避け、そのまま剣を差し込む。ちょうど右死角から“影”の胸にそれが突き刺さり消滅する。


「ほう。今のを一撃で…強くなったね。フィーリー」


「貴方が手加減したからです」


 フィーリーは額の汗を払う。


「いやいや、本当にだよ。今ならばこのフェイフェンも倒せるレベルに達したんじゃないかね」


 ブローケンは鋭い犬歯を剥き出しにして笑い、自分の素足を舐めている狐耳の少女を見やった。


「下手くそめ。やめろ」


 虚ろな表情で一心不乱に舐めていたフェイフェンの顔を蹴り飛ばす。


 彼女は床に倒れてガチガチと震える。彼女の身体は冷え切っており、その舌は凍傷になりかけていた。


 フィーリーは一瞬だけ不快そうな顔をしたが、スッと目をそらす。


「…それで賢者の石は魔族にとってどれくらい危険なのですか?」


「うん? ああ。魔力が溜まっていなければさほど脅威ではないさ。ただ…」


「ただ?」


「賢者の石ってのは、無尽蔵に魔力を蓄えることができてね。もし長きに渡って魔力を溜め込んでいたものがあったとしたら…大変に厄介な代物だ。

 これってさ、何かに似てると思わないかい?」


「……魔剣ユーデス」


 ブローケンはパチンと指を弾いて「正解」と言う。


「我ら魔族の魔力ってのは、生まれた時から最大値の上限が決まってしまっている。それ以上にはなれない」


 フェイフェンの腰あたりをドンと踏みつけながら、ブローケンはゆっくり立ち上がる。


「人間の魔力の成長、魔力のコントロール。確かにそれは我々からすれば微々たるレベルのものだが、それができるのが人間の種族特性だと私は見ているんだ。巨大な魔力を持つ魔族…デモスソードやパパチチイヤンはそこを見落としているのさ」


「しかし、デモスソードは魔剣ユーデスを追っていますよ」


 ブローケンは小馬鹿にしたように手をヒラヒラと振る。


「あの男は“魔力の宿った剣”のコレクターなんだよ。魔剣ユーデスの真価なんてわかってないさ」


「……ならば、魔剣ユーデスと巨大な魔力を有した賢者の石。そのふたつが揃ったレディーであれば、ブロゼブブ軍の幹部に勝てるのですか?」


 その問いに、ブローケンはしばし考え込む。


「…可能性は0ではなくなっただけかな」


「それはどういう意味ですか?」


「“魔王クラス”をそう簡単に倒せるとは思わないってことだよ」




──




 時計灯台から放たれた賢者の石は、トンペチーノへと向かってくる!


 この場合、“避ける”か“叩き落とす”が最適解だった。


 しかし、彼の耳についた魔法器具から[魔力で受け止めなさい]との指示が出る。彼は何の疑問にも思わずそれに従う。


「ブヒヒヒィ!!」


 トンペチーノの放つ魔力に、賢者の石が感応する!


「こ、これは…ブキイイイイ?!」

 

 賢者の石から巨大な魔力が発せられ、容赦なくトンペチーノの魔力を削る!!


 身に危険が及ぶと考え、さらに魔力を高めるトンペチーノであったが、出力を上げれば上げるほど、石の方もそれに見合った魔力を放つ!


 これは賢者の石の特性で、波の干渉現象のようにトンペチーノの魔力に同調しようとしているのであった。

 賢者の石に溜められた魔力の方が勝れば、それは今度はトンペチーノの魔力を吸収し始めるのだ。


 この場合、トンペチーノは逆に魔力を抑えてやり過ごすべきだった。しかし指示が[もっと魔力を高めろ]と言う。彼はやはりそれに従う。


「な、なんだブヒィィィ?!」


 2つの魔力のぶつかり合いから生じる揺らぎの中に、トンペチーノは幻のようなものを見た。



──アイ・ラヴ・オッパーイ♪──



 それは上半身半裸の複数のオッサンだった。全員が同じ顔、同じ姿をしている。



──ユー・ライク・オッパーイ♪──



 オッサンたちはトンペチーノを囲んで歌いながら踊る。


──パーイパイ♬ パーイパイ♬──



 オッサンは自分の乳首を指差して、腰をフリフリさせて踊り狂う。


「や、やめろー!! 頭がおかしくなるブヒヒヒィ!!」


 トンペチーノは怒り狂うが、彼にしかそのオッサンの姿が見えていないのか、周囲にいる敵たちは戸惑った顔をしていた。



──アイ・ラヴ・オッパーイ♪──



──ユー・ライク・オッパーイ♪──



──パーイパイ♬ パーイパイ♬──



 踊りに合わせて、なにやら酸っぱいイカのような臭いまで漂ってくる。


 これは何が起きているのかと言えば、賢者の石に溜められた40年以上に及ぶサドマゾンの魔力のみならず、その強い記憶までもが封じられていたのだ。それが魔力の放出と共に発現していたのである。


「ひゅ、ヒューマン!! これがヒューマンの乳房の力だと言うのか!!」


 トンペチーノは誤解していたが、その誤解を解く方法は今現在まったくなかった。




──




「魔力が! トンペチーノの魔力が激減してるわ!」


 トレーナさんが声を上げる。


「ど、どういうこと…」


「魔力を互いに喰い合っているんだ。あの石にそんな力があるなんて」


 ユーデスもなんだかビックリしている。


「まさか我が家の漬け物石に助けられるとはな!」


 まだ漬け物石とか言ってるよ…


「けれど、これは願ってもないチャンスだ。レディーの魔力に近づけば、私がオークキングの魔力を吸収しやすくなる…そしてダメージが通る」


「そう…そうだね!」


 そうだ。勝てる!


 アタシたちは勝つんだ!




──




「オオオオオオォッ!!!!」


 トンペチーノは意識を持っていかれそうな中で考える。


 この町の攻略など容易かったはずだ。


 なにをどこで間違えたというのか。


 魔獣ライーが血相を変えて報告に来た時、“言われるまま”にヤツの汚点を指摘して喰ってしまったのは間違いじゃないはずだ。


 盗み見てる奴がいる…それがどうした。そんなのみんな喰ってしまえばいいじゃないか。


 “声”の通りにしていれば、“頭が良い風”に振る舞える。これは“王”として必要なこと。


 だが、現実はどうだ。


 こんなチッポケなヒューマン如きにいいようにやられている。


 なにも喰えてない。


 ああ、腹が減る。腹が減って仕方がない。


[トンペチーノ様。もう少しです。この場を凌げば、あとは敵に為す術はありません]


 さっきから何度も聞いた言葉がまた繰り返される。


「オレサマは…オレサマは…ッ!!」


 ふと、鳥人王(ガルーダキング)の言葉が思い起こされる。

 

 あれはパパチチイヤンに言われ、掛け算の勉強を必死になってやっていた時の頃だ。

 “王”になった暁には、それくらいの事できなくては困ると言われたからだ。


『トンペチーノ。貴兄は強い。下手に頭を使うのはどうかと思うであります。ただ本能のままに暴れ、腹が減ったら喰う。それが貴兄の本分なのではありませぬか』


 ブロゼブブ軍へ入隊面接の時、履歴書に自分の住所どころか、名前すら書けなかったトンペチーノを皆が嘲る中、ガルーダキングだけは笑わなかった。


 そんな唯一の“友”の忠告を今更に思い出したのだ。


[トンペチーノ様。次は…]


「ウルサァイ!!」


 トンペチーノはバチンと自分の耳をぶっ叩き、その中に仕込まれていた装置を破壊する。


「“オクルス”! オレサマはキサマの指示などもはや聞かん!! 頭を使ったフリは止めだ!!」


 激しく抵抗した分、消費された魔力が物凄い勢いで奪われ始める。


 オッサンたちがランダバ風に踊り狂ってる。


 さて、それがどうしたと言うのか。


 “防御”など自分の戦い方ではない。

 

 自分が“王”となったのは、“純粋な力”によるものだ。


 まだ残りの魔力はある。


 やることはひとつ。


 それで敵を叩くだけだ。


 トンペチーノのその“本能”は正しかった。


 それは“自分を倒しうる力を持つ者”を正確に探し当てる。


 そして──



──濃縮還元砲・5%──



 残った魔力の全部は、細い光線となって空間を裂くように走った。



 

──




「魔力がなくなればこっちのもんだ! 今までの恨みも込めて4万回ブッ叩くぞ!!」


 エスドエムが勝利を確信した顔でニッコリ笑ってる。


「そんなに上手くいく?」


「わからない。けれど遠距離と範囲系の魔技や魔法が使えなくなれば、確かにこちらの大きなアドバンテージになる」


「それってユーデスの負担が減るってことだよね?」


「え?」


「アタシ、ユーデスに任せっきりだったから…」


「レディー。そんなこと……なんだ?」


 あれ?


 いま、トンペチーノがなんか光った?


「え……」


 前にいたエスドエムとローストが、驚いた顔でアタシに振り返る。


 あれ? アタシ倒れ……て…?


「レディー!!」


 ユーデス? 


 あ、胸に…穴……血が噴き出して……


「レディー!!」


 暗闇の中に落ちていく中、ユーデスの声だけが響いていた──

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