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130話 乳の遺志②

 サドマゾンとチッチーナは恋に落ちた。


 しかし、それはロマンティックをあげるよ的な展開ではなく、“金”に物を言わせてだ!


 猛烈なアピールが通用しないと見るや、商店会長などコネを使い、イチャモンをつけて店を営業できなくし、レンジャーを雇って24時間体勢でチッチーナを監視した。


 犯罪スレスレのこんなことが許されるのは、彼が上級貴族であったからに他ならない。地元の名士はなにをやっても許されるのだ。


 そんなストーキングの果てに、ついにチッチーナは心折れた。


 これだけなら、彼女は金で買われた可哀想なヒロインであったろう。


 しかし、そんな彼女もまたちょっと変わり者だった。


 金の重さが恋の重み…自分のために大枚をはたいたサドマゾンに、チッチーナはほどなくしてホの字になる。


 金で愛は買えないなどと誰が言ったのか。金(血税)が結びつける恋…それもまた人生である。


 そして、愛は結晶のふたつを生む!


 エスドエムとエムドエズである!


 子はかすがいとはよく言ったもので、その頃にはサドマゾンとチッチーナは最良の夫婦となっていた。


 しかし、幸せは長くは続かない。


 “金”ではどうにもならないこともある。


 それが“死別”であった。


 チッチーナはまだ若くして、不治の病によってこの世から旅立つこととなってしまったのだ。


 サドマゾンの妻を失った嘆きは、誰もが痛ましく思えるほどに酷かった……




──




 エスドエムは、時計灯台の機械室へと入る。


「クッサ! えたイカの臭いがするぅ!!」


 漂う異臭にエスドエムはしかめっ面をした。


「なにをしに来た!!」


 女神像の前で、サドマゾンは振り返りもせずに怒鳴った。


 その背は幼い頃に見た時よりも幾分縮んで見え、すっかり白くなった頭髪も申し訳ない程度しか残っていないのが後ろからでもよくわかった。


 胸が締め付けられる思いを懐きながらも、エスドエムは唇を噛みしめる。


「父上! 母上が死んでから毎日、毎日! こんなところでシコシコと一体なにを…」


「ワシの気持ちがお前にわかってたまるかぁぁぁッ!!」


 女神像に抱きつき、オイオイと泣く父。


 聞かずともエスドエムは知っていた。父がここに来ているのは自分自身を慰めてるのももちろんあるが、溜まりに溜まった魔力を“抜き”に来ているのだ。


 ローション家の男たちはなぜか魔力が高い。エムドエズこそ魔力をあまり持たないで生まれたが、サドマゾンとエスドエムは類に漏れず巨大な魔力を有しており、かといって魔法使いとして大成するかどうかは本人の才量にかかっており、サドマゾンは魔法使いとはなれないタイプの人間だった。


 そして普段の生活であまりに溜まりすぎた魔力は健康を害する。頭痛などの不調をもたらし、サドマゾンを苦しめた。

 

 エスドエムは魔法を使えばいいだけだが、魔法の使えぬサドマゾンはそうはいかない。

 

 サドマゾンは懐から、ゴトンとボーリングの球のような物を落す。


 彼はこの魔力石に魔力を注ぎ込み、定期的に抜くことで体内の魔力を調整していたのである。


「……父上。聞いてくれ。エムドエズの奴が航海士になろうとしている」


 苦しげに言うエスドエムに、サドマゾンは拳を自分の額に強く押し当てた。


「……知っている」


「おそらく、父上が隠退するタイミングを見計らって…」


「知っている!!」


 父が心底苦しそうに言うのに、その先をエスドエムは続けられなかった。


「ワシは…ワシは……息子の気持ちなんて汲んでやれないダメダメオヤジだ!」


 酔っているのか、いつになく弱気なことを言う父にエスドエムは戸惑う。


「そんなこと…」


「あるんだよ! ワシに…ワシにエムドエズを止める資格などない!!」


 真っ赤な目をして、サドマゾンは鼻をすする。


「ワシはオッパイ狂いの変態町長だと思われておる! 偉大なことを成し遂げたからってそこら辺は目こぼしされてるが、殺人以外の悪いことのほとんどはやった! 血税だってチューチューしてた!」


 エスドエムからすれば「まあそうだろうな」くらいの感想しかない。清廉潔白のままで町の運営は行えない事ぐらい理解できる年齢に達していた。


「エムドエズはワシのそんな闇の部分を知らん! 偉大な父を演じてきた! だからいいんだ! もうアイツはアイツの好きなようにさせてやってくれ! それがワシにできるせめてもの罪滅ぼしだ!!」


 愛妻を失い、そして年老いたことで父が弱くなってしまったことにエスドエムは打ちのめされた気がした。


「……そして、ワシはようやく気づいた。気づいてしまったのだよ。エスドエムよ」


「気づいた? なにに…?」


「それは……ワシが本当はオッパイが好きなんではないということだ」


 あれだけオッパイオッパイ騒いで、この町をオッパイの町に変えようと目論んでいた男の言うことかと、エスドエムは半ば怒りを覚える。


「父上、それはあんまりにも…」


「違う。違うんだ。オッパイは祝福であると同時に呪いでもあったんじゃ」


 サドマゾンは、女神像の乳房に触れながら続ける。


「ワシはチッチーナの爆乳に魅せられ、そして父の乳による乳のための乳の町にしようと思っていた……しかし、そうではなかった。ワシはワシの権力や財力で支配できなかったオッパイが憎くて憎くて仕方がなかったんじゃ!!」


 サドマゾンはボロボロと泣く。


 自身の威信に掛けて建造したこの時計灯台。それよりも魅力的なチッチーナの爆乳。初めて会った瞬間に直感した。なにをどうやっても“自然の美”たるオッパイには勝てないのだと。それをあの時にサドマゾンは無意識のうちに認めてしまったのだ。


「チッチーナは妻にできた。お前たちという愛する子供たちもできた。しかし、ワシは…ワシは未だにオッパイには勝てない!! 勝てていないのだ!!」


 サドマゾンは宝箱の中のエロ本をビッと指差す。


 父はオッパイ依存症だった。チッチーナに出会ったことで“目覚め”てしまったのだ。


「そう。ワシは…ワシ自身がオッパイになりたかったんじゃ!!」


 普通なら「このオッサンなに言ってんだ?」と言うところだが、彼に育てられたエスドエムは父の気持ちがよくわかった。


「大丈夫だ!」


「え?」


「父上はまだオッパイになれる!」


 父親も父親だったら、息子もやっぱり息子であった。




──




[──そしてサドマゾンはオッパイの真理を突き止めるべくして日々を奮闘しました。命の火の続く限り諦めることはなかったのです]


 アタシたちはノイローゼになりそうだった。


 延々と頭の中で朗読される、エスドエム父のよくわからんエピソードの数々。


 戦闘中だというのに、なんでこんなものを聞かさせられなければならないのか。


 もちろんその間にもエスドエムから戦闘の

指示が飛んでくる。


 イメージ的にはビデオ再生を強制的に見せられて、戦闘となれば一時停止して、やることをやって再び再生が始まるって感じ。


 戦闘の邪魔にならないのかと言えば、たぶん車の運転をしていてバックミュージックを聴いているんだと言えばわかってもらえるだろうか。 

 ボソボソと小声で話しているけど、どうしてかその内容だけはしっかり頭に入ってくる。…ってか、頭ん中で語られてるんだから当然かも知れない。


「父上があの時計灯台で実際になにをしていたかまでは知らん」


 エスドエムが自分の口で語る。


 いや、自分で慰めてたって…おえ。気持ち悪くなってきた。   


「しかーし、最後の最期まで、妻を愛し、このコルダールを愛し、そしてエムドエズのことを案じていたのは間違いない。ただのオッパイだけに固執した依存症の変態ではなかったのだ」


 いや、なんか良いように言ってるけれど、変態に単なる変態じゃないって言われてもフォローになってないから。


「グスッ! わかるぜ…エスドエム!」


 は? マイザー? なにを言って…


「俺も“勇者”になることを諦めきれねぇ! だが、シェイミを愛する気持ちにも変わりない! 人間、ふたつ大事なものがあったっていいってことだよな!」


 え? 全然そんな話じゃないんじゃ…


「マイザー…バカなんだからさ…」


 なんかシェイミは顔を紅くして満更でもなさそうだけど…


「アイアイ…愛…愛…アイアイ…」


 なんかリュションがブツブツ呟いてる。


「でも、今そんな話を聞かせたって意味なんか…」


「意味はあーる! 我輩は、父を! 弟を! …このコルダールを愛するローション家の事を信じておるからだ!!」


 トンペチーノの攻撃を受け止め、エスドエムは時計灯台を指差す。



 ガッダッダァン!!!



 もの凄い音が時計灯台の方からして、アタシたちだけでなくトンペチーノまで振り返る。


「あれは…」


 エスドエムは額から多量の血を流しながら笑う。それは勝利を確信した顔だった。


「どうやら、コルダールの守護神のお出ましの様だ…」


 時計灯台の天辺が左右に割れ、黄金の“天使の像”が迫り出してきたのが見えた。

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[良い点] 何を言ってんだこのオッサン
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