124/141

124話　トンペチーノを操る者

　『馬鹿・莫迦』…知能が劣り、頭が悪いこと。利口でないこと。愚鈍。またそういった人物を示す。

　トンペチーノは思い起こす。

　六魔王軍会議の際、いつも作戦内容が理解できず、牛人王(タウロスキング)と一緒くたに、周りから「バカ」だ「アホ」だ「マヌケ」だと揶揄されて、最終的に軍魔司令パパチチイヤンから「もういいや。とりあえず、お前たちは指示されたところで暴れていろ」と匙を投げるように言われたことを。

　顔を真っ赤にして怒り狂い、巣穴に帰ってヤケ食いする屈辱飯の味は忘れたくても忘れられない。

「お、オレサマは…“バカ”じゃないブヒヒィッ…オレサマは……オレサマは……」

　眼を血走らせ、ギギリとトンペチーノは奥歯を噛みしめる。

「そうだ！　“アイツ”は言った！　オレサマは魔獣ライーなどの知恵など借りずとも、オレサマは簡単にコルダールを落とせる！　それを証明すれば、オレサマをバカにしていたヤツラを見返してやれるんだブヒヒィン！！！」

──

「怒らせたの失敗だったかな？」

「いや、怒りで魔力が安定していない。あれならば、魔技の発動の瞬間を私が見逃すことはないよ」

　ユーデスが静かにそう言う。

　冷静さを取り戻した…って、ユーデスはいつも冷静か。

「…ただこっちが有利になったわけじゃない。トンペチーノの攻撃を一発でも貰えば終わりだってことは変わりない」

　ちょっとしたミスも命取りってことだよね。手の平が汗ばむ。

「いま前衛はレディーとローストしかいないにゃ。ウィルテたちの魔法ダメージも雀の涙にゃし…」

「どう考えても攻撃力が足りない…」

　アタシが攻撃に回ったら、ユーデスが力を溜めることができない。かといってウィルテたちにトンペチーノを足止めは難しい。

「時間稼ぎ？　時間を稼いだところで何にもならないわ。無駄よ」

　半ば諦めた顔のトレーナさんが言う。

　さっきからトンペチーノは独りでブツブツ言ってるけれど、きっと動きだすのは時間の問題だろう。

「いいえ、攻撃をし続けるべきですわ」

　斜めに倒れるかかった瓦礫の影から、アイジャールさんが声をかけて来た。

「よかった。無事だった…けど、ここは危ないよ」

「ええ。でも、こうなったら街のどこへいても同じですわ。オークキングを倒さねば、あれ1体で町のすべてを破壊し尽くすでしょう」

　確かにそうだ。あのレーザーみたいな攻撃を撃っても、トンペチーノはまだまだ余裕がありそうだ。全方向に向けて同じように撃つだけで町は間違いなく消し飛んじゃう。

「１体で町を破壊し尽くせる？　……ならなんで最初からそうしなかったんだ？」

　ユーデスが奇妙なことを口走った。

「え？　どういうこと？」

「トンペチーノは強い。それこそエスドエムとガニンガーたちを争わせたり、オークの群れを引き連れて来る必要すらないくらいに」

「？　ボスだから…じゃないの？」

「私もそう思っていたよ。けれど、作戦が上手くいかなかったからといって、強引に単騎で突貫してくる“バカ”が…そんなことまで考えるかい？」

「魔獣ライー？」

「保身だけしか考えられない小物が、命を使ってまでトンペチーノを操るとは思えないね」

　そういやライーは、トンペチーノに食べられちゃったんだ。

　主従関係はハッキリしていたし、操るなんて感じじゃなかったように思う。

「なに？　なら、なにが言いたいのかわからないよ、ユーデス。他にトンペチーノを操ってるようなとんでもないヤツがいるって話？」

「私も確信があって話しているわけじゃない。…けど、それは私たちの味方をしている気がする」

　味方？　どういうこと…

　ふと、視界の端にアイジャールさんが微笑んでいるのが眼に入った。

「……戦いなさい。レディー・ラマハイム。運命の神に見放され、それでも抗い続けるカワイイ子」

「え？　アイジャールさん？　いまなんて…」

　名前を呼ばれた後はよく聞こえなかった。

　トンペチーノが叫んだからだ。