104話 ガニンガー大将軍
「…うっ、く…? ウチは…」
シェイミは頭を横に振る。パラパラと小石が落ちてきた。
「気絶…していた? ここは…」
「よかった! 気がついたか!」
頭上にマイザーの顔があるのに、シェイミは一瞬だけホッとした。
「なにが…」
「頼むから動かないでくれ。いま少しヤバイ状況でね…」
「ヤバイ? あッ!?」
シェイミはようやく自分の置かれた状況を理解する。
そこは崖であり、シェイミは宙ぶらりんになっているところをマイザーが辛うじて掴んでいるところであった。
下には森林地帯が見えるが、とても落ちて助かるような高さではない。
「な、なんで? ウチらは道の真ん中を歩いていたのに…」
「その道の側面が急斜面になっていて転げおちたってことさ。
だが、大丈夫だ。必ず引き上げる。もう少し辛抱してくれ」
「引き上げるったって…リーダー…マイザー…アンタ…怪我して…」
シェイミの眼に、マイザーの肩口から血が滴っているのが見えた。
それだけでなく、腕を伝って落ちてくるのを肌で感じる。
「…かすり傷だ。それより悪いが血で滑りそうだ。両手で…反対の手で手首を掴んでくれよ。シェイミ」
言われるがまま、シェイミはマイザーの手を強く握る。
こんな状況下で不謹慎だとは思ったが、シェイミは直に触れるマイザーの手がこんなに大きくて太いのだと改めて認識した。
「マイザー! シェイミは!?」
「もう少し待て! すぐ助け…ええい! 邪魔をするでないわッ!!」
マイザーの後ろで、トレーナとダルハイドの怒声が響く。
「まさか…」
剣戟や魔法の音に、シェイミはすぐに戦闘しているんだと理解した。
そして、いま自分が足手まといになっていて、パーティがピンチになっている事実に顔面蒼白となる。
「なにやってんだよ! マイザー!」
「大丈夫! 問題ない。お前は心配しないでちゃんと掴んでいろ。こっちに集中だ」
「問題おおありだ! ウチなんて捨てろ! 離せ! 離せよ! みんなのお荷物になるくらいならウチは死ぬ!」
「ふざけたこと抜かすなッ!!」
マイザーの一喝に、シェイミはたじろぐ。
「俺はクズみたいなダメな男だ! だが、仲間を…シェイミを見捨てて逃げるほど、腐っちゃいない!!」
「マイザー…」
「手放すなよ! じっとしてろ…ふんぐッ!!」
マイザーが力んで顔を真っ赤にする。両腕の筋肉がこれでもかとばかりに膨らんで血管が浮き出た。
どこからこんな力が出るというのか、シェイミは徐々に引き上げられていく。
そして、胸元まで上げられ、そのまま抱き寄せられる形でシェイミはマイザーの胸に収まった。
「……マイザー。ウチ…ウチは…」
「…そんな顔するなよ。カワイイ顔が台無しだぜ」
マイザーは歯の浮くようなセリフを言ったが、このように助けられたこともあり、なんとも相応しい言葉のように思え、シェイミは自分が久しく感じなかったトキメキを自覚した。
「ちょっと、状況。イチャつくのは後にしてよ…」
「まったくじゃ…」
肩で息をしているトレーナとダルハイドは呆れた様にする。
「も、もちろん今から戦うぜ!」「イチャついてたわけじゃ…ッ!」
マイザーとシェイミは揃って声を上げる。
「…むう。だがな。妙だ」
「妙?」
「ええ。攻撃がピタッと止んだのよ」
ダルハイドとトレーナが、マイザーたちの方へ後退する。
しかし、ガニンガーたちはある程度の距離をあけてそれ以上は近づいてこない。
「……どういうことだ? シェイミを助けるまで待っていてくれたってことかよ?」
「まさか。コルダールで見たろ。ヤツら、なりふり構わず攻撃してきたじゃんか」
「人質を取ったりよね」
「人質だと!?」
トレーナの言葉に、驚いた声をあげたのはガニンガー側からだった。
そして、ガニンガーたちが横にずれて、一番奥から銀色の甲冑に包まれた人物が出てくる。
それはガニンガーではあったが、彼らが村人の寄せ集めた民兵とすれば、より洗練させた騎士などに近いようなスタイリッシュな姿をしていた。
手に持っている物も竹槍のような粗末なものでなく、業物と思わしき三叉槍であり、カニ頭部のハサミやカニ脚はまるで兜の角のような意匠となり、より威圧的かつ戦闘的な雰囲気を醸し出している。
容姿や佇まい、その放たれる強者としての風格から、只者ではないと歴戦のレンジャーたちをして思わしめた。
「…いま、君は人質と言ったね? それは我らガニンガーがヒューマンを人質にとったということかい?」
さっき驚いた声を上げたのは、やはりその男だった。
見掛けの厳つさとは裏腹に、甲高い声で馴れ馴れしく話かけてくる。
「それ以外、なにがあるってんだよ…。テメェらは子供を人質にしたんだ。それは間違えだったとか今更言いっこなしだぜ」
ガニンガーたちに動揺が走る。銀色の甲冑は大げさに首を横に振って項垂れてみせた。
「ハァ…なんと不名誉なことを」
「不名誉だ?」
「そんな指示は与えていなかった。ヒューマン……以外にもいるようだが、ガニンガーを代表して陳謝しよう」
「は???」
「人質をとるなどという真似は、唾棄されて然るべしの恥ずべき行為だ。一部の暴走した若者の仕業と思われる。
もちろん謝罪を口にしたところで、行ったことの事実までは変えられないが…せめて、この気持ちは伝えておきたい」
「テメェなに好き勝手言って…」
マイザーが怒りの言葉を口にする前に、ダルハイドが片手を上げて制する。
「ならば、コルダールに攻めて来たのも若輩の暴走かなにかだと?」
「…いや、それは違う。某が指示してやらせたこと」
「意味わかんないし。それって、やっぱ敵対してるってことじゃないのよ」
「そうだな。そこは否定しない。しかし、この戦いは某らの名誉と尊厳を守るためのもの。それに反した貶める戦い方はガニンガーの主義に反する」
「ふむ? それを信じろと言うか?」
「……身を挺して仲間を助ける行為。敵ながら天晴。思わず感入ってしまったからこそ、某は君たちへの攻撃を止めさせた」
銀甲冑は、マイザーとシェイミを指差す。
実際、ガニンガーたちはさっきから攻撃を止めていた。それは確かに嘘を言っている様には見えない。
「ならよ! じゃあ、あの爆破はなんだったんだよ!」
「戦力を分散させるのは、戦いの手法としては至極真っ当だ。発破はあくまで君たちを分断させることだけが目的。爆発で殺す、崖から落として殺す…それは武人同士の正しい決着ではない」
マイザーの訝しそうな視線と、態度を一貫して崩さない銀甲冑の視線が、互いの腹の内を探るように交差する。
「……見たところ、何も知らず、ただエスドエムに遣わされて来たのだろう。
無法者のレンジャーならばこのまま倒してしまうところだが、良識ある者ならば話は別だ。某らの言い分も聞いた上で、自分たちで判断してみてはどうだ。若きレンジャーたちよ」
「言い分だぁ?」
上から視点の物言いに、マイザーは不快感を顕にする。
「某らもなんの理由もなくコルダールを襲ったわけではないのだ。話を聞いた上で、それでも戦うことを選ぶのであれば……そこで殺し合えばいいではないか」
ダルハイドは持っていた武器を下げる。
「おい。ダルハイド…」
「……コルダールでは対話もままならんと思っていたが、それができるならそれに越したことはない」
「吹っ掛けて来たのは向こうよ? 敵と交渉するっていうの?」
「そうだな。だが、このまま戦えば、ワシらは確実に負けるぞ」
否定することができず、トレーナは悔しそうに唇を噛む。
シェイミ、ダルハイド、トレーナの意志をアイコンタクトで確認した上、マイザーは不承不承に頷いた。
「……賢明だ。名乗り遅れたな。某はガニンガー大将軍ロースト・ボイルと申す」
なぜか4人の腹の虫が鳴った。




